欧州ローカル列車の旅 > 2026年 > イギリス > カンブリアン線 (1)
連合王国の中でも地味なウェールズ(Wales)ではあるが、実際は山あり海あり、自然の美しいエリアである。本サイトでは、2017年12月、南西ウェールズの盲腸線を取り上げた。しかし、少なくとも鉄道沿線に関する限り、観光化もされておらず、車窓風景にこれといった見どころもないエリアであった。加えて12月の日が短く天気が悪い季節だったので、何とも陰鬱感ただよう旅であった。本サイトだけからヨーロッパを知ろうと思っている人など、いないとは思うが、仮にいれば、ウェールズというのは何という魅力のない所なんだろうと思ってしまいかねない。ウェールズを一度取り上げながら、その魅力を伝えていない点について、ずっと気になってはいた。仮に観光局の人などがあの章を見て、サイトで唯一のウェールズを扱った章だと知ったら、苦々しく思うに違いない。
そこで今回は一転、ウェールズの中でも一番魅力的と思われる、中西部のローカル線を訪れることにした。しかも季節も前回の正反対で、夏至に近い6月である。実際、この所の異常気象とも言える熱波で、イギリスを含む欧州全域の天気が良く、暑くなりそうという予報の日になった。輝く太陽と青い海。前回のウェールズとは正反対の旅ができるに違いない。

今回訪れる路線には、カンブリアン線という名称がついている。路線は2本あり、イングランドのシュルーズベリー(Shrewsbury)が起点で、ウェールズ中部を東西に横断して西海岸のアベリストゥイス(Aberystwyth)まで行くのが、カンブリアン・メイン・ライン(Cambrian Main Line)、その途中で分かれて北上し、プッヘリ(Pwllheli)という所までの、いわば支線が、カンブリアン・コースト・ライン(Cambrian Coast Line)と呼ばれている。
本線の起点は、シュルーズベリーだが、多くの列車はバーミンガム(Birmingham)まで直通している。時刻表ではシュルーズベリーが始発になっていても、実際にはそこでスイッチバックして、そのまま大都市バーミンガムまで、乗り換えなしに行ける列車が多い。運転本数も1時間に1本ある。ファーストクラス付きの特急車輌ではないが、ローカル線の中ではやや格上、そんな印象である。終点のアベリストゥイスも、カーディフ都市圏を除いたウェールズでは比較的大きな、大学も有する街である。
他方の海岸線は、運転本数も2時間に1本程度で、小さな駅が沢山ある、純然たるローカル線である。名前の通り、ウェールズ西海岸に沿ってのんびり走ってくれる。おそらくウェールズで一番景色のいい路線ではないだろうか。主目的はこちらだが、その起点にたどり着くまでに、本線の大半も乗らないといけない。そして、そこまで行ったらもう一息、アベリストゥイスという街も、かねてから気になっていたので、今回は両方乗って、カンブリアン線完乗を果たすことにした。
本線と海岸線が分岐しているのが、ダヴィー・ジャンクション(Dovey Junction)という駅で、文字通りの分岐駅であるが、この駅は変わった駅で、鉄道趣味的にも面白い。下車して駅を出て散策する時間は取れなかったが、ここで乗り換えもしたので、詳細はその箇所で触れたい。
そんなわけで、本紀行の起点となるシュルーズベリーへとやってきた。ここはまだイングランドで、広域的にはかろうじてバーミンガム都市圏と言えるだろう。シュロプシャー州(County Shropshire)という、イングランドの中でもあまり知名度の高くない州の州都であるが、人口は7.5万人程度の小都市である。シュロプシャー州でもウェールズとの境界に近い西部に位置するので、ある意味、ウェールズとの出入口の役割を果たす都市と言える。ちなみにシュロプシャー州最大の街は、こことバーミンガムの中間にあるテルフォード(Telford)で、人口は倍以上の16万弱に及ぶ。恐らくテルフォードあたりまでがバーミンガム通勤圏だからであろう。
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| 風格あるシュルーズベリー駅舎 | ホームにチェスター大学姉妹校の看板があるが |
同じく、イングランドにありながらウェールズへの入口に位置する都市に、チェスター(Chester)がある。シュルーズベリーよりは知名度もあるし、観光都市としても賑わっている。そのチェスターと仲がいいのか、チェスター大学の分校がここにあるらしく、駅のホームにもそんな表示が誇らしげに掲げてある。しかし調べてみると、運営されたのは十年ちょっとで、2024年をもって閉校したらしい。学生が集まらなかったのだろうか。まだ日本ほど少子化も進んでおらず、英語国ということもあって留学生で溢れているイギリスだが、日本の地方小都市からの大学撤退と同じような問題が、ある所にはあるらしい。
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| アベリストゥイス行きは前方の2輌だけ | 発車直前の車内 |
そんなシュルーズベリーだが、駅はなかなか大きく、風格があり、金曜夕方の忙しい時間ゆえ、駅ホームも駅前もなかなかの賑わいであった。鉄道の要衝でもあるが、路線は4方向に出ている。
本日乗車するのは、シュルーズベリー18時30分発アベリストゥイス行きで、3番線に2輌編成で停まっていた。バーミンガムから4輌で来て、半分切り離しており、ここが始発のようであるが、バーミンガム方面からの客は降りずにそのまま乗っていられるので、実際はバーミンガム発の列車と言っていいだろう。バーミンガム方面からの下車客が多いのに対して、ここから乗り込む客はさほどではなく、座席の半分が埋まる程度の混み具合である。ただ、大きな荷物を持った人が割と多い。金曜夕方ゆえ、週末帰省の人が多いのかもしれない。
シュルーズベリーでは、バーミンガムと同じ方向に発車する。つまりバーミンガムから直通の列車はここで方向が変わる。多くの線路をより分けながらぐるりと半周して方向を南西に向けると、単線となり、列車はスピードを上げた。雰囲気は地元客の生活列車で、もとより実際はわからないが、観光客風な人は少ないようであった。
この路線は駅が少ない。全線131キロに途中駅が7駅しかないので、平均駅間距離が16キロもある。どの列車も全駅に停まる各駅停車ではあるが、実質は快速か急行で、各駅停車だけしか停まらない駅が存在しない線と言える。当列車の表定時速も70.8キロに及び。とりわけシュルーズベリーを出て最初の駅、ウェルシュプール(Welshpool)までは、いきなり32キロもある。そのうち最初の23キロほどがイングランドであろうか。そう考えると、イングランドから見て、ウェールズとのボーダーに近い側が栄えていないので、駅もない、ということになるのかもしれない。
車窓を眺めていると、確かにシュルーズベリーを出てほどなく街をはずれると、あとは閑散とした農地などの田舎を走る。寂しい所も多い。ただ、ウェールズとのボーダーは、峠や川などがあるわけではなく、今はスマホのグーグル・マップを見ながら確認できる時代だが、普通に乗っていたら、ここがボーダーだと気づくことはない。景色も特に変わらず、少しばかり家が増えてくると、ウェールズ最初の駅、ウェルシュプールに着く。32キロを23分だから、なかなかの快速である。地元の帰宅客と思われる人が結構降りる。
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| シュルーズベリー発車直後の車窓 | 下車が多い最初の停車駅ウェルシュプール |
2つ目がニュータウン(Newtown)というシンプルな駅名で、製材所が見えた。ここも下車客が多い。風景はウェールズに入ったからといって、イングランドと特に変わらない。それとなく眺めていると、驚いたことに、車内販売のワゴンがやってきた。特に欲しくはなかったが、車内販売が末永く存続するようにという気持ちも働き、コーヒーとスナックを買う。久々に現金を使おうと思って財布を出してコインを選んでいると「カード・オンリー」と言われてしまった。コロナを機会に現金の扱いをしなくなったのだろう。
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| ニュータウンも大勢下車する | ローカル列車なのに車内販売のワゴン |
3つ目のカエスース(Caersws)に停まる。少し田舎駅の雰囲気もあり、旅情が出てきた。やはり帰宅客が結構降りて、車内がだいぶ閑散としてきた。ホームの写真を撮りにドアの所へ行くと、さきほどの車内販売のワゴンがいたので、販売員のおじさんに「この駅名はどう発音するのか」と聞いてみた。一応、車内放送の自動音声の案内もあるのだが、気動車のうなりもあり、あまりはっきりとは聞こえない。彼は「うーん、難しいよね、僕もウェルシュじゃないんで下手だけど」と言いながら発音してくれた。という具合に、ウェールズ語地名の発音は、隣接するイングランドの現地人ですら難しいのだ。それも、今日たまたま旅行で来た人ならともかく、日々業務でウェールズを行き来している人で、これである。ただ、彼の内心に、自分はイングランド人でウェールズ人ではないんだよ、という潜在的なプライドがあって、それがこういう反応に出たのかもしれない。
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| 田舎駅の雰囲気があるカエスース | 段々本格的な田舎の風景が増える |
本格的な田舎の長閑な農牧風景が増え、牛や羊を見るようになる中、列車はなおも快走する。4つ目が、これまた発音が難しいマッカンスレ(Machynlleth)で、シュルーズベリーからほぼ100キロも走ってきたことになる。明日乗車するコースト線の方は、この次のダヴィー・ジャンクションで分岐するのだが、実質はここが起点というか、始発になっており、ある意味、運転上の拠点駅でもある。約1時間に1本のこちらの線に対して、コースト線は2時間に1本で、この列車からは接続がない。それでもここでも下車客がそれなりにいた。少し早着で停車時間があったので、ホームに降りてみる。

マッカンスレを出ると、にわかに人家が途絶え、もはやこれまでのような農牧地帯ではなく、あたかも人跡未踏の僻地のような荒涼たる風景に変わる。その風景が変わらないまま、スピードを落とし、がたがたとポイントを渡ると、分岐駅のダヴィー・ジャンクションである。
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| 荒涼たる景色のダヴィー・ジャンクション | 乗車列車の後方に別の列車が停車している |
ダヴィー・ジャンクションは、分岐駅ながら秘境といっていい場所にある、英国有数のユニークな駅である。一般の人は何もない駅としか思っていないだろうが、マニアの間では、知る人ぞ知る二重に面白い駅らしい。何が面白いかというと、一つが駅の立地、もう一つは駅の配線とダイヤである。明日、ここで乗り換えるので、駅自体の観察はその時にする。
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| 停まった目の前にバス代行の場合の案内板 | 前方アベリストゥイス方面に駅出口がある |
ダイヤの方は、今日のこの列車に関して言うと、本線の長いホームで、上下列車が行き違う。その間にコースト線のプッヘリ発マッカンスレ行きが来るのだが、恐ろしいまでに不親切で、プッヘリ発の列車が着く1分前に、こちらが先に発車するのである。つまり、プッヘリ方面からアベリストゥイス方面へ、僅か1分差で乗り継げない。この列車に関してはそうなっているのだが、通常はここでの乗継はスムーズに組まれているし、現に明日、私はアベリストゥイスからここで数分で乗り換えてプッヘリへ向かう予定である。
ダヴィー・ジャンクションからしばらくは、湿地帯を行く。右手は原始そのままといった姿をした川で、この川はそのままアベリストゥイスより少し北でアイリッシュ海に注いでいる。その川の向こうを、今ダヴィー・ジャンクションで分かれたプッヘリへのコースト線が走り、徐々に離れていく。
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| 寂しい湿地帯の眺め | 立派な石造りのボース駅 |
そんな風景をしばし眺めながら、少し行くとやっとホリデーホームが、続いて人家が現れ、いくらか普通の景色に戻ると、次の駅、ボース(Borth)に着く。立派な石造りの駅舎があるが、ダヴィー・ジャンクションを除けばこれまでで一番下車客が少ない。
私が持参していた少し古い小型の路線図では、次が終点のアベリストゥイスなのだが、最新の時刻表にはもう一つ、ボウ・ストリート(Bow Street)という駅がある。案の定、新しくて綺麗なホームの、しかし駅舎のない駅で、駅前に広い駐車場が整備されている。調べれば、2021年に再開業した駅だそうだ。このあたりはアベリストゥイス郊外の住宅地もあるので、パーク・アンド・ライドを充実させて、鉄道利用者を増やそうということかと思われる。割と多くの下車客がいた。時間が遅いから駐車場は空きも沢山あるが、駐車スペースを外れた路肩にまで車が停まっていることから、満員で入りきれないぐらいの需要があるものと察せられる。
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| ボース付近で見えた教会 | いかにも真新しいボウ・ストリート |
最後の一駅間も、農村風景が続くが、いくらか都市郊外の風景もあり、徐々に建物が増えてきて、列車は終着アベリストゥイスに着いた。
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| 終着3分前の車窓 | アベリストゥイスに到着 |
終着アベリストゥイスまでの客はけっこう多く、2輌の気動車からはそれなりの客が降り、ホームが活気づく。出口と反対側に行くと、係員が最後尾のドアに車椅子用の渡し板を置いている。車椅子の客が降りてくるのかなと思ってみていると、さきほどの車内販売のワゴンであった。あれ以来、車内で見かけなったが、終着まで乗っていたのだ。どう考えても彼の人件費すら出ていないと思うが、そういう風に独立採算で赤か黒かといった考え方ではなく、全体として快適な旅を提供するサービスの一つと位置付けているのだろう。それにしても凄いと思わざるを得ないが、日本も多少は見習ってほしいとは思う。
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| 到着列車の最後尾 | アベリストゥイス駅舎 |
駅舎には英国で良くみるチェーンの飲食店が入っており、ホームや列車の発着を見ながら食事ができる席もある。金曜の晩でもあり、かなりの客で埋まっていた。駅舎も古そうな石造りの豪壮な建物で、良く手入れもされていると感じる。
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| 夕方のアベリストゥイス市街地 | リゾートの雰囲気が濃い海沿いの道 |
まだ日が高いので、駅前からビーチまで、歩いてみる。やや華やかさも感じる、老舗海浜リゾートらしい雰囲気であった。高層マンションが林立するようなリゾートではなく、落ち着きとゆとりがあり、好感が持てた。言ってみれば、大人向きリゾートであろうか。これまた2017年12月の南西ウェールズの各終着駅と比べてしまうが、ここならあの12月の暗い日に来ても、あそこまで暗い印象は持たないだろう。
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| 夕方の静かなビーチ | 朝のアベリストゥイス駅 |
アベリストゥイスは、人口2万弱の町で、カンブリアン線全線の沿線でも、シュルーズベリーに次ぐ2位の規模がある。もちろんシュルーズベリーよりは小さいのだが、大学があるのが売りの一つらしい。というより、特段著名な観光地があるわけでもないので、知名度が低い分、相対的に大学が目立つのだろう。例えばこの地名を日本語で検索すれば、上位の方に大学や留学などに関するサイトがかなりヒットするのに気づく。だからかどうか、ビーチでは若い人が遊んでいるのを結構見かけたが、町全体の雰囲気は海浜リゾートらしさはあっても、学園都市という感じはない。

その晩は駅近くの宿に1泊した。既に6月中旬。この日の日没時刻は21時38分で、一年で一番日没が遅い日の21時42分とほどんと変わらない。夏の北国、標準時(グリニッジ)より西、そしてサマータイム、しかも晴天ということで、22時でもまだ十分明るい夕景を楽しむことができた。