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ナンシー〜ルミルモン 目次


目次 (1) ヴォージュ県 Département des Vosges
ナンシー Nancy
ナンシー〜サン・ディエ Nancy - St Dié
(2) サン・ディエ〜アルシュ St Dié - Arches
アルシュ〜ルミルモン Arches - Remiremont
ルミルモン Remiremont
ルミルモン〜ナンシー Remiremont - Nancy

ヴォージュ県 Département des Vosges


 旅の目的地が選ばれる理由にも色々ある。どうしてもここに行きたい、と思って行く場合もあるが、限られた制約下でどこへ行けるか比較検討した結果、行くことに決まる場合もある。後者は、たまたま近くまで仕事で行くついでとか、乗り放題切符で行ける範囲を調べた結果、などである。

 私にとって、このルミルモン(Remiremont)は、まさに後者の典型である。今回、行くと決めるまで、全く聞いたこともない無知の場所であった。種明かしをするとこうである。ロレーヌ地方を含むこのあたりのローカル列車に休日一日乗り放題で20ユーロ、という格安切符がある。まずそれを買うことを決めた。次にその切符で乗れる所を調べた。調べると、ルミルモンという盲腸線の終着駅まで行けることがわかった。ルミルモンと言われても、どんな所か見当もつかない。しかも概して列車本数の少ないフランスであり、さらに本数が減りそうな日曜である。ロレーヌ地方でもかなり奥まったルミルモンまで、スムーズに行けるだろうか。最初はそんな感じで調べ始めた。

 ルミルモンへはナンシー(Nancy)から直通列車が出ている。ナンシーから単純往復するだけなら問題なさそうである。しかし同じ路線をただ往復するのは面白くない。行きと帰りで違う所を通れないものか。本数の少ないフランスのローカル線では無理かなと思いながら、時刻表を眺めるうちに、見事な案が一つできた。接続が良すぎて途中下車できないのが難点だが、終着ルミルモンに1時間の滞在ができる。これなら悪くない。トーマスクックの時刻表から作成したプランが左の時刻表で、トーマスクックに掲載されている駅は全て載せて、それでこれだけである。

 そのような経緯で、日曜の昼前、ナンシーという、女の子の名前のような街へとやってきた。ナンシーは、ロレーヌ地方(Lorraine Région)第二の都市で、私は以前にもちょっと立ち寄ったことがある。パリから直通のTGVもあって、交通の便は割と良い。しかし同じロレーヌ地方でも、ここから奥のヴォージュ(Vosges)になると、全くもって未知の世界である。もとよりフランスに対する関わり度も人それぞれだとは思うが、ロレーヌとかナンシーぐらいは聞いたことがある、しかしヴォージュなんて全く知らない、というレベルの人は、結構多いのではないだろうか。読者の皆さんを勝手に自分と同レベルにしようとするコメントで恐縮だが、大きくは外れていないような気がするのだが。

 そのヴォージュについて、簡単に説明しておくと、ここはロレーヌ地方を4つに分ける県(Département)の一つである。県庁であり人口最大の街はエピナル(Épinal)で、その次が、しばしば短くサン・ディエと略される、サン・ディエ・デ・ヴォージュ(Saint-Dié-des-Vosges)、この2つがヴォージュ県の二大都市である。第三と第四はずっと小さな町となる。それがどちらも同じく1万弱の人口を持つ、ジェラルメ(Gérardmer)と、今回の目的地ルミルモンである。ちなみにロレーヌ地方全体では、二大都市は、メッス(Metz)とナンシーになる。この両都市は、パリやルクセンブルクなどから直通列車も多く、交通の便も良い。それらと比べればヴォージュ県は大きな都市のない奥地という色合いが濃い。


Ter metro LOR 11 Fiche horaires du 8 julliet au 8 décembre 2012 より引用

 接続が良すぎて心配なので、トーマスクックで調べた通りの列車がちゃんとあるかどうか、フランス国鉄SNCFのサイトで一応裏づけを取っておいたが、予習したのはそこまでである。そして現地の駅で時刻表をもらい、そこに掲載されていた路線図(上図)を見てみる。エピナルの南では、路線番号で言うと13番と4番に順に乗るわけだが、重複区間が長いようである。両方とも停まる駅があるのではないか。エピナルはヴォージュ県の県庁だし、寄れれば寄りたい街だが、乗換え時間5分では寄る意味がない。だったら途中の駅で乗り換える方がいいかもしれない。こんな事をナンシーに来てから、この路線図を見てやっと考えた次第である。フランスのローカル線は、本数が少ない割に、ローカル線同士の乗換えが親切ではない所が多い。主要都市と各地とを結ぶことしか考えていないようなダイヤをしばしば見かける。


ナンシー Nancy


 幸い爽やかに晴れ上がった初秋のナンシー駅は、思ったより色々な列車が発着しており、人も多くて活気があった。都市の規模の割に小さな駅舎には数年前の記憶があったが、隣にガラス張りの新しい大きな駅舎が出来ていて、部分的に使用開始していた。

 完成したばかりのナンシー新駅舎  ナンシー駅前

 ナンシーにはトラムも通っている。フランスは一時期、古い路面電車がほぼ全滅したが、近年になって見直され、あちこちの都市で新規開業している。ここナンシーのトラムは、良く見るとレールが1本しかない。これはトロリーバスとの中間のようなものらしく、2000年に鳴り物入りで開業したものの、初期トラブルが相次いだらしい。とはいえ今日、バスと共にナンシーの市内交通機関として定着している。


 駅へ戻れば、通り抜け型の幹線のホームにはTGVの他、ある程度長距離を走る列車が発着している。どの路線もそこまで本数は多くないが、色々な路線が集まってきているため、トータルで見ればそれなりに列車が沢山発着している感じがある。

 各種列車の発着する幹線ホーム  このホームの左からが行き止まり型ホーム

 その他、ここ始発でヴォージュ地方などの各地へ向かうローカル列車もある。それらは駅舎に接した始発用の専用ホームから発車する。 ちょうど12時06分のルミルモン行きが入っていた。これはルミルモンへの最短ルートをまっすぐ行き、ルミルモンには13時31分に着く。新型の4輌編成の電車であった。お客もそこそこいる。 あまりローカル線らしくない。

 ルミルモン行きホームの停車駅案内  12時06分発ルミルモン行きが定刻に発車していく

 ルミルモン行きに限らず、ローカル列車もすっかり綺麗な新型車輌になってしまった。そう思いながら隣のホームに行くと、旧型気動車2輌編成の列車がやっと1本だけあった。他が綺麗な新型車輌ばかりなので、はっきり言うとオンボロである。 12時10分発の、コントレクセヴィル(Contrexéville)行きである。時刻表の路線図を見ると、ルミルモンより西側を、やはりヴォージュ地方へと南下する路線であった。ああ、こっちに乗りたいと思ったが、そうも行かないので、発車を見送る。 駅員が格好良く手を上げて発車合図をすると、思いっ切り唸って煙を出し、轟音をとどろかせながら発車していった。これは実に一昔前の列車である。毎日通勤で乗るならどちらが良いかと言えば、鉄道好きな私でも、快適な新型を選ぶかもしれない。 しかし、休暇を使って鉄道の旅を楽しむ今日の私が乗りたいのは、断然こちらである。これはもう理屈ではないのだが、わかる人にはわかっていただけるだろうか。

 異彩を放っていた旧型気動車が轟音とともに発車  サン・ディエ行き発車前のひととき

 一旦駅前に出て、サンドイッチとコーヒーを買って再びホームへ入った。12時30分発の、私が乗るサン・ディエ行きが入線していたが、残念ながら同じく新型4輌編成の綺麗な電車であった。乗車率は2〜3割であろうか。空いたボックスシートもパラパラあって、その一つに座った。

ナンシー〜サン・ディエ Nancy - St Dié


 ナンシー12時30分発、定刻に発車。ナンシーでは駅員が時計を睨みながらきっちり定刻に各列車を発車させている。こんなのは日本だけではと思う人もいるだろうが、そんなことはない。フランス人もなかなか真面目で几帳面な一面がある。

 最初の停車駅リュネヴィール(Lunéville)まではノンストップで、途中7つの駅は全て通過する。この列車に限らず、サン・ディエ行きの列車の大半が、この区間はノンストップで、一部の列車は途中のドンバル・シュル・マールト(Dombasle-sur-Meurthe)に停まる。この区間のうち、分岐駅のブレンヴィル・ダムルヴィエール(Blainville-Damelevieres)までは、エピナル方面の列車も走るが、その分岐駅に、サン・ディエ行きの列車はほとんど停まらない。他方でエピナル・ルミルモン方面の列車は、ブレンヴィル・ダムルヴィエールにほぼ停車する他、一部の列車はヴァランジュヴィル・サン・ニコラ(Varangeville-St-Nicolas)に停車している。それらに加えて、ナンシー〜リュネヴィールの全駅に停車する各停が運行されている、というのが、この区間の運転形態である。つまり、エピナル方面と、サン・ディエ方面との相互連絡は、ほとんど考慮されていない。そういう乗り継ぎをしようとすれば、多くの場合、一旦ナンシーまで出て同じ線路を戻らなければならない。そういう客は非常に少ないとの前提で、主要都市ナンシーと各駅とを利用者数に応じてできるだけ速く便利に、というのが、フランス国鉄のやり方らしい。こういったフランス流ダイヤはフランスの他の地域にも見られる。

 といったダイヤはともかくとして、この区間はとりとめのない都市近郊で、田舎の景色もあれば工場があったりして、特に見るべき景色はなかった。そして最初の停車駅、リュネヴィールで早くも大勢の下車客がある。ここはストラスブール方面の路線が分岐し、ナンシー〜ストラスブールの列車もほぼ全てが停車する主要駅である。街もそこそこ大きいようだ。

 最初の停車駅リュネヴィールは下車客が多い  サン・クレマン・ラロンクで上下列車行き違い

 リュネヴィールでストラスブール方面と分岐すると、単線となり、ローカルムードが濃くなってくる。この列車はいわば「区間快速」であって、ここからは各駅停車になる。次のサン・クレマン・ラロンク(St-Clement-Laronxe)で5分ほど停車し、反対列車と行き違った。この駅は2人ぐらいしか下車しなかった。だいぶローカル線ムードになってきた。

 リュネヴィールからサン・ディエまでは、時刻表によれば、平日15本、土曜10本、日祝8本の列車がある。しかしそのうち、全駅に停車するのは、平日と土曜が3本、日祝は2本だけである。今、私が乗っている列車は、その数少ない全駅停車列車なのである。こういう列車に乗り合わせると、そういう駅の利用者がいるのかどうかがどうしても気になる。次のシュヌヴィエール(Chenevieres)と、その次のメニル・フリン(Menil-Flin)が、2駅連続でそういう駅で、日曜の今日はこの列車が始発で、次が5時間後の夕方の列車、それしか停まらない。平日と土曜は早朝にもう1本停車する列車がある。

 乗降のなかったメニル・フリン  ホームから見たメニル・フリンの風景

 どちらの駅も、普通の農村地帯で、人家もパラパラとあり、そこまで寂しい所ではない。しかし日本でもそうだが、こういう所に住んでいる人は、車での移動が当たり前で、普段は鉄道など利用しないのだろう。たまにパリなどへ列車で出かける時は、近くの大きい駅まで車で行くのかもしれない。窓の開かない列車なので、メニル・フリンではドアを開けて外を見てみたが、乗降客はいなかった。

 メニル・フリンを出ると、刈入れ中の麦畑が広がった。日本なら稲刈りが始まる季節だろうが、ここはフランス、米ではなくパンの国だから、穀倉地帯の主役は麦である。

 車窓に広がる刈入れ中の麦畑  ティアヴィール駅も乗降ゼロ

 次のアゼレール(Azerailles)は、ほぼ全ての列車が停まる駅だが、街というほどではない。それでも駅前にホテルまである。その次が全列車停車駅の一つ、バカラ(Baccarat)で、大きな駅舎があり、下車客も多かった。駅前もパブやレストランがあって、一応の町を形成している。

 その先のティアヴィール(Thiaville)が、3駅ある停車本数一日3本の3つ目である。物好きにもまたドアまで行って外を眺めてみたが、やはり乗降客がいなかった。当たり前と言えば当たり前だが、停車本数の多い少ないが、乗降客の多寡を反映している。

 エティヴァル・クレールフォンテーヌ(Etival-Clairefontaine)という駅がある。ここも全列車が停まる駅で、駅の裏手の大きな工場が目に飛び込んでくる。Papeteries de Clairefontaine と書いてあるので、文具の工場である。どこかで聞いたことがあるような気がして後で調べてみたら、クレールフォンテーヌという著名な紙製品のメーカーであった。世界各地に輸出しているほどのメーカーだが、もとはここが創業の地らしい。それはこのエリアが森林と水に恵まれ、良質の製紙工場に適していたからだそうで、19世紀創業以来の歴史と伝統があるそうだ。

 もう一つ小さな駅に停まると、定刻より1分ほど早く、終着サン・ディエ・デ・ヴォージュに着いた。ここまで乗り通した客はかなり多く、ホームが降りた人で賑わう。ヴォージュ県第二の街にふさわしい。街もそれなりに活気がありそうである。

 終着サン・ディエに到着  構内踏切を渡って出口へ向かう乗客

 降りた客の殆どが、構内踏切を渡って出口へと向かうのだが、構内踏切を渡らず、同じホームを前方向へ進むと、嬉しいことに、旧型の気動車が停車している。ナンシーで見たのと似たような車輌だ。外側は落書きだらけで汚いが、これが接続しているエピナル行きに違いない。念の為、立っていた駅員に「エピナル?」と聞くと、そうであった。しかしせっかく3分の好接続なのに、乗り継ぐ客はほとんどいない。

 大きく立派な駅舎  エピナル行きは旧型気動車

 接続時間3分というのは、利便性としては素晴らしいが、今日の私には恨めしい。天気もいいし、せめて30分ぐらいでも乗換時間があれば、サン・ディエがどんな街か、ちょっとでも歩いてみたいところである。3分では駅前に出る時間すらない。



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