欧州ローカル列車の旅 > 2012年 > フランス > ナンシー〜ルミルモン (2)
目次 | (1) | ヴォージュ県 Département des Vosges |
ナンシー Nancy | ||
ナンシー〜サン・ディエ Nancy - St Dié | ||
(2) | サン・ディエ〜アルシュ St Dié - Arches | |
アルシュ〜ルミルモン Arches - Remiremont | ||
ルミルモン Remiremont | ||
ルミルモン〜ナンシー Remiremont - Nancy |
サン・ディエ13時48分発エピナル行きの気動車鈍行列車の客となる。車内もガラガラであった。2輌合わせて10人もいないのではないだろうか。しかし私にとっては、やっと本物のローカル線に遭遇できた喜びを感じるひとときである。落書きはいただけないが、古い車輌の乗り心地が楽しみである。
正確な発車時刻を守るフランスの鉄道員 | 外観に比べて綺麗な旧型気動車の車内 |
発車間際までホームで話をしていた半袖シャツに制帽の男性と若い女性だが、男性は駅員で、女性の方がこの列車の車掌であった。のんびり雑談をしている風に見えたが、ここでも時間には正確なようで、男性の駅員が時計を見て発車時刻になると、女性の車掌が乗り込み、駅員が発車合図をする。そして気動車ならではの唸りとともに、重々しくサン・ディエを発車した。
最新の電車から乗り換えてみれば、まさにおんぼろの気動車だが、中は思ったより綺麗で、座席などもリニューアルされているようである。そして窓が開くのが嬉しい。今日は結構暑いが、冷房はついていない。走りだすと、開けた窓から吹き込む風が気持ち良いが、同時にかなりうるさい。それでもこの、窓から自然の風が吹き込む昔ながらの汽車旅、最近は日本でもヨーロッパでもめっきり機会が減ってしまったなと改めて思う。スピードを出すと、走行音がかなりやかましい。やはり一般の乗客にとっては、静かで快適な列車とは言い難いかもしれない。
車掌が検札に来た。乗客も僅かなので、2輌の検札をあっという間に終えて戻っていく。どこへ戻るかというと、乗務員室ではなく、一等室である。ここが日本と違うところで、こんなローカルな2輌の気動車なのに、そのうち先頭車の前寄り4分の1ぐらいが、ファーストクラスなのである。ちらりとのぞいてみると、お客が一人いる。鉄道職員なのかもしれないが、ビジネスマン風で、テーブルに書類を広げて眺めていた。その一等室の一番端の席が、車掌の彼女の席である。
この区間の運転本数は、サン・ディエ発で言うと、平日6本、土日祝は3本である。土曜と日祝ではダイヤがかなり違い、土曜は朝6時発があるのに、日曜は13時48分発のこの列車が一番列車なのである。日曜の午前中は人が移動しないというヨーロッパ・キリスト教圏の農村部の伝統が、今もなおしっかりと反映されたダイヤと言えそうだ。
錆びた引込み線もあるサン・レオナール | 駅構内に洗濯物が干してある |
最初の駅、サン・レオナール(St-Léonard)に停まる。かつては農産物を積み出す貨物もあったのだろうか、錆びた引込み線もある駅で、駅舎も立派だ。その線路跡に洗濯物が干してある。本当のローカル線に来たなと思う。
いかにもレトロな駅名標が残っていた | 絵に描いたような豊かな農村風景 |
次はコルシュー・ヴァネモン(Corcieux-Vanémont)という駅である。こういう長い駅名が多いが、これは周辺の二つの集落の両方を取っているからである。しかしヴァネモンを無視した、コルシューという小さな古い駅名標があった。他では見たことのないレトロなもので、この駅だけの独自な物か、かつてはあちこちにあったものがここだけ残っているのかはわからない。駅周辺は山に囲まれた豊かな農村という感じである。乗降客はいない。
ビフォンテーヌで発車の笛を吹く車掌さん | ラヴァリン駅ホーム |
ところで車掌の彼女だが、検札を終えると制服を脱いでTシャツになってしまった。制服を着ているとキリっとした車掌だが、Tシャツだとその辺のお姉ちゃんという感じで、服装は印象を大きく変えるなと改めて思う。それでも各駅でホームに降り、時計をちらちらと見て、時間になると笛を吹いて発車合図をする。ダイヤにはゆとりがあるようで、どの駅も1分以上の停車時間がある。乗降客も僅かなので、すぐ発車できるのだが、時間はきっちり守っている。日本人の感覚なら当然だろうが、ヨーロッパでも国によってはこういう場合、時間調整は主要駅でしかせずに、小駅では平気で早発してしまう。
ラヴァリン駅付近の風景 | 立派な駅舎のあるブリュイェール |
ブリュイェール(Bruyères)という駅は、この途中区間では一番の町らしく、立派な駅舎があり、乗降とも数名あった。路線図を見ると、リュネヴィールからバスが来ている。かつては鉄道だったようで、地図を見ると今も線路が残っているようである。こうしてどんどんローカル線が廃止され、バスに置き換わっているのも現実である。今乗っているこの線も、いずれはそうなってしまうのかもしれない。
レパンニュ(Lépanges)という駅に停まった。古く大きな駅舎があるが、駅舎としては使われていないようである。駅の先にはバー・レストランを兼ねた民家風のホテルが見えている。しかしこんな純然たる農村地帯の駅前ホテルにどれだけの宿泊者がいるのだろう。昔はともかく、今はバーが売り上げのメインではないかと思われる。ここも早着したようで、ホームに降りた車掌の彼女が時計を何度も見るのだが、なかなか発車時間が来ないらしく、笛を吹かない。唐突に駅舎の二階の窓から白いTシャツのおじさんの顔が出てきた。車掌の彼女と顔馴染みらしく、二言三言、雑談を交わしている。非番の駅員か、駅舎を借りて住んでいる人なのか、わからない。
ドセル・シュニメニル駅の車窓風景 |
ドセル・シュニメニル(Docelles-Cheniménil)では、駅の目の前で木材チップの積込み作業をしていた。この地域は良質な木材の産地だというのは後から知ったことだが、確かに農業が主流には見えるものの、山も多く、木々の緑が濃いのが印象的である。秋晴れの晴天だったから余計にそう感じたのかもしれない。
次がアルシュ(Arches)である。近づくと左から単線電化のルミルモンからの線路が寄り添ってきた。小さな駅と小さな町であろうが、このローカル線の途中駅と比べれば、一応の町に見える。駅も思ったよりは大きく、ホームには駅員もいた。ここで降りるかどうか、実際に来るまでは多少の迷いはあったが、悪くなさそうな所である。エピナルまで行かず、ここで下車することにする。
アルシュは小さな駅で、降りたのは私一人であった。周囲に繁華街といったようなものは無さそうだが、いくつかの駅とは違って全くの農村でもなく、一応の村落になっているようである。駅舎はオレンジ色で、それが明るい日差しを浴びて輝いており、これはこれで一枚の絵になる。
乗ってきた気動車をアルシュで降りる | オレンジが映えるアルシュの駅舎 |
駅のすぐ横に踏切がある。駅舎のある側が、アルシュの村の中心のようである。そちら側には教会の尖塔も見えている。踏切を渡ると、駅の裏手にあたる場所に使われていない錆びた引き込み線が何本もあり、現役の線路との間には柵がしてある。いずれ線路がはがされて再開発でもされるのだろうか、それともそんな使い道もなく、いつまでもこのまま放置されるのだろうか。知る由もないが、この駅もかつては、単なる線路の分岐点という以上の役割を果たす、客貨とも扱う総合駅だったようだ。どこへ行っても栄枯盛衰という言葉が浮かんでくる。
駅のすぐ横にある踏切 | 錆びた引込み線が多数 |
踏切を渡ると、先の方に橋が見えている。あの橋はモーゼル川に違いないと思い、そこまで行ってみた。ところが近づくと、橋の下を通っているのが高速道路であることがわかり、ガッカリする。せっかくだし、フランスの高速道路を外からしかと眺めたこともないから、その様子でも眺めようかと思って行ってみれば、高速道路の先にモーゼル川の流れがあった。
橋の下は立派な高速道路だった | 高速道路の隣がモーゼル川 |
モーゼル川は、ドイツのコブレンツでライン川に合流する、ライン川の支流の一つである。私にとって馴染みのある川で、下流にあたるドイツ国内の堂々たる流れも好きだし、ドイツ・ルクセンブルクの国境あたりの白ワインの産地を流れる中流らしい穏やかな眺めも大好きだ。 完全にフランスに入っても、結構な水量のあるメッスのあたりはまだ中流と言っていいだろう。それもこのあたりまで来れば、上流と呼んでいいだろう。このあたりのモーゼル川を見るのは初めてであるが、これがあのモーゼルの上流なのか、という感慨を持って見なければ、どちらかと言うと平凡な流れである。 橋を渡るとその先はアルシュと別だが似た名前のアルシェット(Archettes)という集落になる。
橋の先はアルシェットという村 | ナンシー発ルミルモン行き電車がアルシュに到着 |
いずれにしても、主要駅のエピナルで僅か5分の乗り継ぎをする代わりに、ここアルシュで降りたのは大正解だった。特別な名所のない平凡な田舎だが、こういう寄り道を通してこそ、フランスの田舎の素顔を垣間見た気持ちになれるものである。もっとも日差しも強く、暑い。ホームでボーッと次の列車を待っていれば、汗もかかずにのんびりできたのだが、急ぎ足でモーゼル川を見に行ったため、大汗をかいてしまった。
やがてルミルモン行きがやってきた。ここで乗るのは私の他、さきほどからずっとホームで待っていた青年が一人である。私がナンシーで見送ったルミルモン行きのほぼ2時間後にナンシーを出た列車である。やはり同じ新型4輌編成の電車であった。このあたりの電化区間ではこの電車が標準になっているらしい。
末端区間だから、車内は空いていた。とは言ってもガラガラではなく、不規則に点々と乗客が散らばっている。いかにも、途中で順次客を降ろしてきた後の最後区間、という雰囲気である。
この列車は小駅通過型の快速列車である。アルシュからルミルモンまでは、途中3駅があるが、そのうち2駅は通過する。しかし車窓から見る限り、停車駅も通過駅も大差ない集落であった。さきほどの路線と違い、広々と農地が広がる田舎ではなく、沿線全体に家なども目立ち、人口密度が若干高いようである。モーゼル川に沿って発展してきた地域なのであろう。所々、モーゼル川も、それに沿う高速道路も見えるが、全体としては格別な風景ではなく、特にどうということもないまま、最後は建物が増えてきて、終着ルミルモンに着いた。僅か14分の短い乗車であった。
ルミルモンは、単線の盲腸線の終着駅にしては大きな駅であった。と言うより、大きい町だからこそ短距離盲腸線の鉄道が残っているのだろう。駅舎も立派で、広くて立派な駅前広場がある。但し、あとは閑散としている。もっともこういった駅と街の関係は、ヨーロッパではむしろ普通であり、徒歩数分程度の距離であっても、駅前とは離れた所に市街地がある所が多い。
ルミルモンに到着した電車 | 堂々たる立派な駅舎の終着駅 |
駅前広場に小さな蒸気機関車が静態保存されている。かつてこの線を走っていた機関車に違いない。日本ではD51など、比較的大きな蒸気機関車が保存されているのを良く見るが、ヨーロッパでは、それ以前の初期のものと思われる、こういった小さな保存蒸気機関車を良く見かける。
おもちゃのような小さな蒸気機関車 | 踏切の先にモーゼル川の橋がある |
市街地へ行く前に、まず線路に沿って戻り、踏切を渡り、モーゼル川を見に行く。さっきアルシュで見たモーゼル川の、またちょっと上流である。踏切を渡ればすぐ、小さな橋があり、難なくモーゼル川の上に立つことができた。やはり特別のことはない小河川ではあるが、こんな所から流れている水があの大河となってコブレンツでライン川に合流するのだと思えば、それなりの感慨はある。
長閑なモーゼル川の流れ | 花の綺麗な街だった |
戻って中心部に行ってみる。日曜だからか、最初の駅寄りは閉店の店ばかりであったが、さらに奥へ進んで行くと、パン屋やレストラン、カフェなどがいくつか店を開いていた。古い重厚な街並みで、観光客も結構来ているようである。自分が知らなかっただけなのだが、意外でもあり、嬉しい発見でもある。たまたまやってきただけの街だし、鉄道に乗りにきたついでではあるが、好天も相まって、いい気分で街歩きができる。
観光客もパラパラ見られる中心部 | ルミルモンの長い歴史を伝える修道院 |
中心部には、ルミルモン修道院(Abbaye de Remiremont)がある。7世紀の聖人、聖ロマリックが620年にこの地に修道院を開いたのが街の名前の由来にもなっているという。今も街の観光名所の一つである。その他、いくつもの噴水が目についたが、これも街の名物らしい。水が豊かな街なのかもしれないが、さすがに噴水の水は飲めないらしい。
噴水も街の名物らしい | 飲み水ではないとの注意書きがあった |
1時間足らず歩き回り、それなりのイメージはつかめたが、ゆっくり見物すれば半日ぐらいはかかるだろう。ともあれ歩き回って疲れたし、お腹も空いてきたので、開いていたパン屋で飲み物とパンを買う。たまたまかどうかわからないが、安かった。
ルミルモン16時25分発の列車でナンシーへ戻る。間際まで街を歩き回って駅に戻ると、日曜の夕方という人の動きが多い時間のせいか、始発ルミルモンからの乗客は結構多く、ボックスはかなり埋まっていた。最後尾まで行ってようやく一つ空きボックスを見つけて座る。
最初はさっき乗ってきたばかりの区間を戻る。この列車は行きに通過した小駅も停車する。そういう小駅でも僅かながら乗車する客がいる。日曜の夕方だから、人々が週末帰省を終えて田舎から都会へ戻る時間帯に入ったのであろう。
さきほど下車したアルシュでも、何人もの人が乗ってきた。アルシュからまた初乗車の区間に入るわけだが、さきほどのローカル気動車区間に比べれば、この電車路線は平凡だし、歩き疲れたこともあってか、車窓を見る目にもあまり力が入らない。
エピナルでは降りる人もいるが、その何倍もの人が乗ってきて、席の大半が埋まった。私の向かいの席にもビジネスマン風の人が座った。この人は早速、大きなノートパソコンを開いてカチャカチャとやり始めた。
エピナルはヴォージュ県の代表都市だから、できれば寄りたかったのだが、一旦ここで降りてしまうと後が遅くなるし、疲れてもいるので、このまま車内に留まる。一回っきりの車窓からの観察だから、全く当てにならないが、しいて言えばあまり面白そうな街には見えなかった。
乗車の多いエピナル | 窓から見たシャテル・ノメキー駅の反対ホーム |
エピナルからしばらくは、右手にモーゼル川が沿うので、車窓からも結構良く見える。アルシュやルミルモンでのモーゼル川も、格別ではなかったが、それでもまだある程度の谷を刻んでおり、川遊びも楽しめそうな風情はあった。しかしエピナルより下流は平坦な農村地帯を淡々と流れており、運河のように見えることもあった。 これはこれで、このあたりのモーゼルの一つの姿であろう。駅に停まるごとに少しずつ客が増えてくる。若い人も多い。バイヨン(Bayon)など、駅の裏手が野原の何もない駅だが、反対側には集落があるのか、若い人が何人か乗ってきた。
裏手は何もないバイヨン | サン・ディエ方面と合流するブレンヴィル |
そして右手からサン・ディエからの路線が合流してくると、分岐駅であるブレンヴィル・ダムルヴィエールに停まる。サン・ディエ方面の列車はほとんど通過するという分岐駅である。立派な駅舎もあるし、線路も沢山ある鉄道の要衝だが、町は小さいみたいで、乗降客は少なかった。
これで一周して戻ってきたことになる。ここからの最後の区間は行きも通ったし、もうナンシー都市圏だから車窓風景には期待していなかったが、行きは見落としていた運河が線路に沿っていることを発見した。かつては交通路だったのだろうが、今はレジャー用のクルーズ船などが通れるのだろうか、途中唯一の停車駅、ヴァランジュヴィル・サン・ニコラの駅裏は、そんな感じの船着場があった。ちなみにこのあたりはモーゼル川は少し離れている。後から調べたところ、モーゼル川の支流から派生した運河のようであった。
駅裏が運河のヴァランジュヴィル・サン・ニコラ | 大勢の客が降りる終着ナンシー |
そしてナンシーへと戻ってきた。所要5時間23分、うち乗車時間3時間55分、列車はどれも定刻に走り、スケジュール通り、天気も良く楽しい汽車旅ではあった。ただ、このルートを他人に勧めるかといえば、微妙である。風景は全般的には比較的平凡なので、何かに多少のこだわりがなければ、退屈してしまうかもしれない。それでも私としては、全く知らなかったヴォージュの奥の方、モーゼル川の上流に、ルミルモンという小ぢんまりとした綺麗な街があることを知っただけでも収穫であった。もう一度行くことは多分ないと思うが、もしも機会に恵まれるならば、次はゆっくりルミルモンに1泊しておいしい物でも食べるのもいいかもしれない。