欧州ローカル列車の旅 > 2018年 > イギリス > コルチェスター〜イプスウィッチ
目次 | コルチェスター〜マニングトゥリー Colchester - Manningtree |
マニングトゥリー〜ハリッチ Manningtree - Harwich | |
フェリクストー〜イプスウィッチ Felixstowe - Ipswich |
今日はロンドンにほど近い沿岸部のミニミニ・トリップを楽しんでみる。スタートは、ロンドンからノーリッジ(Norwich)行き特急で北東へ50分の、エセックス(Essex)州コルチェスター(Colchester)。そのまま特急に乗っていれば、あと27キロ20分で、お隣サフォーク(Suffolk)州のイプスウィッチ(Ipswich)に至る。そのコルチェスターからイプスウィッチまでを、盲腸支線に乗り換え、湾口をフェリーで渡る大回りルートの旅である。2つの短いローカル線に乗るのに加え、異なるタイプの地味ながら個性的な2つの港町に寄り、その間を結ぶ超小型フェリーにも乗る。
前半のエセックス側では、ハリッチ(Harwich)という半島の先にある港町まで、18キロの短い盲腸線がある。ハリッチは、昔からオランダはロッテルダムに近い、フック・ファン・ホラント(Hoek van Holland)という港町とを結ぶ国際フェリーが就航している。少し前までは、他にドイツのハンブルク(Hamburg)やデンマークのエスビャウ(Esbjerg)などへもフェリーがあったが、今、残っているのはオランダの一路線だけになってしまった。恐らくその昔はロンドンとアムステルダムを結ぶルートの一つとして、多くの人が利用したであろう。そして今も、1日2往復のフェリーの時刻に合わせた、ロンドンからの直通列車が設定されている。しかしそれ以外のほとんどの列車は、本線から支線が分岐するマニングトゥリー(Manningtree)という所が始発の、線内折り返し運転である。日中の運転本数は1時間に1本。
コルチェスターは、ロンドン・リヴァプール・ストリートから84キロ。ロンドンのベッドタウンとして住宅を求めて住むような距離ではないが、もともとコルチェスターに住んでいる人がロンドンに仕事を得れば、家賃の高いロンドンで家を借りるより、コルチェスターから通った方が経済的らしい。小山や小田原あたりから都内への新幹線通勤と同様である。そのため、平日朝はロンドンへ向かう通勤客で結構賑わうらしい。どんな感じなのか様子を見てみたいが、土曜10時台の今は、長閑な田舎駅の風情で、人も少ない。
街外れにある通称北駅への標識と高架線 | コルチェスター駅南口駅舎 |
この駅は市街地の北方2キロほどの閑散とした所にある。正式にはただのコルチェスター駅だが、地元ローカルにはコルチェスター・ノース駅とも呼ばれる。市街地に近いところには、ここから出ているローカル支線で一つ目の、コルチェスター・タウン駅がある。
本線の列車は1時間に3本で、今度乗るのは、ロンドンからやってくる10時47分発、グレーター・アングリアが運行するノーリッジ行きの特急である。動力集中方式で、機関車が前後について中間に9輌の客車がついている。ロンドン寄り2輌がファーストクラスである。列車は空いていて、何となく間延びした雰囲気だが、走り出せば結構速く、初春の農牧地を快走し、一駅12.5キロを8分で走破し、あっという間に次のマニングツゥリーに着いた。1〜2時間は乗りたいような快適な列車であった。
ノーリッジ行き特急が到着 | マニングトゥリー駅に到着 |
マニングトゥリーは、屋根の短い田舎駅の風情で、コルチェスターのような本線主要駅の風格はなかった。本線ホームはゆるやかなカーヴを描いた相対ホームで、上りロンドン方面のホームに駅舎があり、その横に行き止まり式のハリッチ行き支線が発着する切り欠きホームがある。下り列車で降りると、反対ホームや出口へ行く地下道はかなり前の方にある。後ろに乗ったので、だいぶ歩かなければならず、5分の接続時間が慌しい。走らなくても間に合うが、後ろの方に乗ってしまったお年寄りには厳しい接続時間かもしれない。
よってとても改札を出る時間はないが、実は今回のこの旅にとっては、マニングトゥリーも立ち寄っておきたかった町ではある。マニングトゥリーは人口700人だが、村ではなく町と呼ばれ、英国で一番小さい町ということになっているらしい。町はストア川(River Stour)がホルブルック湾(Holbrook Bay)に注ぐところにある。ホルブルック湾は北海から鋭く喰い込むように内陸に向いた細い湾であり、ストア川の河口部と言ってもいい。これから乗る線は、ほぼその湾に沿って進む。そして、湾が北海の大海に広がる所にある港町がハリッチである。マニングトゥリーはそんな川と湾の接点にあるので、これといった見所はないらしいが、今回のテーマに関連して若干気になる町なのだ。
マニングトゥリー11時ちょうど発のハリッチ・タウン行きは、その切り欠きホームにブルー車体の4輌編成で停まっていた。短距離で駅も少ない1時間に1本のローカル線にしては長編成で、割と新しい両開き2つドアの電車。ロンドンあたりでも普通に見かける、日本で言う近郊型に近い車輌である。駅舎や階段に近い後ろ2輌にパラパラと客がいるが、前の2輌は回送同然のガラガラであった。
マニングトゥリーで発車を待つハリッチ行き | 向かい側ホームにロンドン行きが入ってきた |
向かい側に同じようなブルーの電車が入ってきた。11時02分発の、イプスウィッチ発ロンドン行きの普通列車が少し早着しているらしい。本来は接続しないダイヤなのだろう、乗り換え客はいなかった。こちらが先に11時ちょうど、定刻にドアが閉まった。
本線とあっさり分かれて右へカーヴする。ローカル線の旅の始まりで、ワクワクする一瞬ではあるが、本線も沿線風景は十分長閑だし、こちらも複線電化なので、違いと言えばスピードが遅いことぐらいかもしれない。それでもすっかりローカルムードになる。左手には木々の間から、ホルブルック湾が見え隠れする。最初の駅ミストレー(Mistley)では身軽な家族連れが乗ってきた。
そんな長閑な路線だが、二つ目のラブネス(Wrabness)を出てしばらくすると、雰囲気が変わってくる。線路が広がり、石油タンクなどが現れ、左手の先の方にフェリーが見え、それまで線路際に見られた住宅や農地などがなくなってくる。いかにも、という港湾地帯に入ったのがわかる。
車窓から見るホルブルック湾 | ラブネス駅ホームのイラスト |
そんな所をカーヴを何度か描きつつ、到着する駅が、ハリッチ・インターナショナル(Harwich International)。オランダ行き国際フェリーの乗換駅である。長いホームにはちゃんと屋根がかかっており、ホームからフェリー乗り場までも屋根付きの連絡通路でつながっている。線内の他の途中駅とは格が違い、ここだけは優等列車が停まる駅らしく見える。実は私も大昔に一度、このルートでロンドンからロッテルダムまで、夜行フェリーを介した旅をしたことがあるのだが、古い話でもあり、ほとんど何も覚えていない。いずれにしても、この駅はフェリー乗り換え以外の利用者は少ないと思われる。フェリーは朝と夜行便しかないはずだが、スーツケースを引きずった中年女性が一人下車した。
貨物船や引込み線が見える | 国際フェリー連絡のハリッチ・インターナショナル駅 |
ハリッチ・インターナショナルを出ると、単線になった。実際は複線分の線路が残っているのだが、下り線は錆び切っていて廃線同様であり、この下り列車も上り線を走っている。全線単線でも問題ないような路線だが、フェリーに接続するロンドン直通の列車もあるので、きっとその昔に需要拡大も見込んで複線で作り、今も前半区間はそのまま使っているのだろう。車窓風景はほどなく平凡な住宅地に戻り、そんな中にある片側ホームのドーヴァーコート(Dovercourt)に着く。ここから乗る人がいてちょっと驚いたが、この辺に住んでいて町の中心にちょっと用事、という感じて一駅だけ鉄道を使う人だろうか。最後の一駅間は0.8キロしかない。
平凡な住宅地にあるドーヴァーコート駅 | 終着ハリッチ・タウンに到着 |
僅か22分のあっけない旅ではあったが、片面ホームだけの終着駅、ハリッチ・タウン(Harwich Town)に着いた。無人駅のようで、駅前も閑散としているが、インターナショナル駅に比べればローカル線らしい旅情もあり、悪くない。折り返し列車に乗る人も10名ほどいたようである。土曜のこの時間に見るだけだと、どう考えても4輌編成は長すぎるが、平日朝夕は意外と利用者がいるのかもしれない。
ハリッチは、エセックス州の北東端にある人口1万7千の町である。地図で見てもどこが中心かがわかりづらい町だが、少なくともこの駅と港の間はそれなりの中心部であろう。そこを通って港まで行ってみる。港といっても、さきほど通った国際フェリーの出る港とは別で、もっと小さな波止場である。渡し舟は、国際フェリー乗り場とは全く別の場所から出るのである。この渡し舟は英語ではフット・フェリーという言葉が使われている。歩行者・自転車専用で、車は積めないフェリーだが、フェリーという大型国際客船と同じ単語が使われている。日本語ならやはり渡し舟がピッタリくる。
ハリッチ・タウン駅舎 | ハリッチの中心と思われるストリート |
タウン・センターらしきところを歩いて海の方へと向かうが、店も少なく、中心街というほどの活気はなかった。ただ、空き家や空き店舗が並んでいたわけでもないので、昔からこんな程度の栄え方だったのだろう。そして間もなく海辺に出る。駅からまっすぐ歩けば10分弱であろうか。そこには海に面したカフェがあり、まだ昼食には早い時間だが、結構賑わっていたし、周囲にはアイスクリーム屋なども出ている。土曜だからか、観光客というほどではないが、ちょっと外へ出てきた風の身軽な荷物のカップルや家族連れなどが多い。人をあまり見かけないタウン・センターに比べれば、まとまった数の人がいる場所である。さて渡し舟乗り場はどこだろうと思って最初はキョロキョロしてしまったが、何のことはない、そのカフェのある所が波止場なのであった。良く見れば、ここからフェリーに乗れますという看板や、そのパンフレットを置いた台もある。
ここだけ人が見られる波止場のあたり | フットフェリー乗り場 |
フット・フェリーは1時間に1本で、もとより列車との接続が考えられているわけではない。まだ30分ほどあるが、特に行く所とてなく、港のあたりをうろうろしながら時間を潰す。それなりに古い風格ある建物もあり、歴史を感じる場所と言えばそうではあるが、メジャーな観光地にはなり得ないであろう。何より沖合がコンテナ積み出しなどのクレーンばかりである。それはそれで圧巻だし、私は好きだが、一般的に好まれる風光明媚な観光地の風景ではない。
12時05分ごろ、沖合から小さな黄色いボートが近づいてきた。思った以上に小さな船である。一応お客がそれなりに乗っている。下船する人もいれば、そうでない人もいる。
ハーバー・フェリーが到着 |
というのも、フェリーはここハリッチが始発というか、折り返し点ではなく、ショットリー(Shotley)という所からやってきて、ここ経由でフェリクストー(Felixstowe)へ行くのだ。ショットリーは、ハリッチとフェリクストーの間に挟まれたもう一つの半島の先端にある集落である。他の2つと違い、人口も小さく、鉄道も来ていない。だから、ショットリーからフェリクストーまで乗り通す人もいるわけだ。実際、結構いて、屋根のある船室内をほぼ占拠している。しかも高齢者が多いようだ。他方、ここハリッチから乗り込む人には若い人や家族連れなどが多い。サイクリストの青年2名もいる。そのほぼ全ては屋根のない部分に順に腰を下ろした。まだ少し寒いので、船室が空いていれば、私はそちらに行ったかもしれないが、短時間だし、まあ大丈夫だろうと思って、屋根のないデッキの方に座ってみた。ほぼ満席に近い盛況となり、12時11分に出航した。
港でもらったパンフレットやウェブサイトの時刻表では、各港からの出航時刻と行先、所要時間が順に書いてあるのだが、それだけを見てもすぐにはピンと来なかった。だが実際にこの運航形態を見ればなるほどと納得できたので、帰ってからこうして自分で鉄道時刻表のように組み直してみた。実にシンプルで、本拠地がハリッチであること、船は一隻だけで、1時間サイクルのシンプルなダイヤで3点を結んでピストン輸送していること、昼のハリッチ〜ショットリーの一往復だけが運休で、その間だけ船はハリッチで休んでいると思われること、などがわかってくる。昼のハリッチ休憩は、きっと従業員の昼食タイムであろう。
沖合から遠望するハリッチ |
4月にしてはやや気温の低い日だったが、幸いにも風がほとんどなく、海も凪いでいるので、走り出しても寒くはない。若い係員が手にクレジットカードの決済機を持って切符を売りに回ってくる。片道4.50ポンドは交通機関としては安くはないが、観光遊覧船なら安いだろう。それにしても、皆はどういう目的で乗っているのだろう。これでもさきほど乗ってきた列車よりも乗客数が多いではないか。必要な用事がなければ金を払ってまでわざわざ乗らない列車と違い、半ばレジャーでお金を出して乗っている人達ばかりに思える。実際はわからないが、移動手段としての必要上、選んで利用している人ではなさそうに見える。
湾の一番広いところまで出ても波もほとんどなく、穏やかな航海は、あっという間で、ハリッチから遠くに見えていたクレーンの群れがどんどん近づいてくる。そして巨大なコンテナ船の脇を通る。圧巻な眺めである。フェリクストーは英国最大のコンテナ積出港なのである。そして12時27分、15分あまりの短い航海を終えた。何げに面白い船旅であった。
フェリクストーのフェリー降り場は、砂利の浜辺の上であった。折り返すフェリーに乗る人も同じぐらいの人数が待っていた。小さな船とはいえ、れっきとした旅客運送を行う定期船から防波堤でも何でもない砂利浜の上にいきなり降りるなんていう体験は初めてかもしれない。もしかすると干潮の時だけかもしれないが、いずれにしても、他の下船客に続いて浜辺を少しばかり歩いて道路へと上がる。
フェリクストーは英国最大のコンテナ積出港 | フェリクストーでは砂浜に下船する |
ハリッチの乗船場付近が小ぢんまりした港町で生活感もあったのに対して、ここフェリクストーは町から離れた岬の先で、カフェが一つあるだけの素寒貧としたところであった。町中のハリッチと違い、一帯が広大な駐車場になっている。他にあるものは、ランドガード要塞(Landguard Fort)と博物館で、前者は観光施設としてオープンしていたが、後者は休業中であった。夏だけ開くのであろう。しかしそれぐらいであり、コンテナ積み出しの貨物港自体はまた少し離れているので、どうしてここにこれだけ広大な駐車場が必要なのだろうか。ここに車を停めて今のフェリーでハリッチやショットリーに行って戻る観光客もいるかもしれない。ハリッチとてわざわざそうしてまで行くほどの観光地ではないが、フェリー自体が一つの非日常体験ではあろう。
巨大なコンテナ船を見ながら折り返していくフェリー | ランドガード要塞 |
その駐車場を少し行った所に、バス停があった。バス停の名前はランドガード要塞であり、77系統の終点である。ここはハリッチと違い、鉄道の駅は遠い。その代わりバスが1時間に1本走っていることは、事前に調べてきた。観光ガイドブックなどには絶対載りそうもないこんな所のバスの情報もネットで簡単に調べられるとは、便利な時代になったものだと思う。そのバスの発車は毎時48分で、フェリーからの乗り換え時間は23分。フェリーを降りてからここまで、普通の人の足で5分弱だから、多少余裕のある乗り継ぎ時間だが、もとより接続を考えてダイヤが組まれているわけではないだろう。ちなみにバスはフェリクストーの町を抜けた後、イプスウィッチまで行く。
12時44分、2階建てのバスがやってきた。5名ほどの客を降ろす。ここから乗るのは私の他は中年夫婦だけ。彼らはフェリーに乗っていたのかどうか、定かではないが、見なかったような気もするので、前のフェリーで来て要塞観光でもしていたのかもしれない。いずれにしても、バスもガラガラ、鉄道も空いていて、全て1時間に1本の運行という交通機関の中ではフェリーが一番乗客の絶対数が多く、定員に対する乗車乗船率では一層飛び抜けていることになる。
バスの折り返し地点 | 数分走れば郊外の住宅地 |
素寒貧とした浜辺からバスで少し走れば、普通の住宅地になる。バス停ごとに停車しては町へ出かけるらしい一人二人の地元の乗客を拾う。やはり乗客はお年寄りが多く、次が免許取得以前の中高生ぐらいで、働き盛り世代は乗ってこない。小リゾートっぽいビーチ沿いもあり、そして10分ほど走ると、フェリクストーの市街地に入った。ハリッチより断然活気のある町である。
フェリクストー中心部 | フェリクストー旧駅舎 |
バスは駅前を通るとのことだったが、その一つ手前のバス停あたりが一番賑やかな繁華街のようだったので、そこで降りてみた。コンテナ港の経済効果であろうか、空き店舗もほとんどなく、適度に人が歩いていて、景気も悪くなさそうに見える。ただ、強い特徴があるわけではない地元向けの商店街なので、格別面白くはない。イギリス各地で見かけるチェーン店舗も多い。バス停1つ分をぶらぶら歩いて駅前へと着いた。
駅の面影を完璧に残す旧駅舎内 | 駐車場の先に今の駅が小さく見える |
この駅もかつては多くの乗客を捌いたのであろうか。立派な終着駅だったに違いないが、今は違う。見るからに鉄道の駅舎ではあるが、入口の看板に駅という文字はなく、グレート・イースタン・スクエアと書いてある。このあたりを運行する鉄道会社はグレート・イースタン・レールウェイであり、その駅名標などと同じ色とデザインに統一されているが、駅ではない。中は小さなショッピングセンターで、駅だった面影はたっぷり残っている。そこを抜けて出れば広い駐車場で、右手にはかつてのホーム跡が屋根つきで残っている。それが一旦途切れて道路が横切り、その先にあるのが今の駅なのである。つまり、長いホームの先端近くを道路で分断し、その先の僅かな部分だけ駅として残し、あとは駐車場などにしてしまった形になっている。
昔の駅の先端だけを残したフェリクストー駅 |
次に乗るのは、13時28分発のイプスウィッチ行きで、13時24分着が4分停車で折り返す。思い切りホームを短くされてしまった駅は、無人駅で、入った所に自動券売機が1台あり、ガラスの待合所があるという、最低限の設備になっている。線路も単線1本だけである。かつて長いホームに超大編成の列車が颯爽と到着して賑わったのであろうことを考えれば寂しいが、仕方ないだろう。残っている屋根などは当時のままのようで、長いホームに堂々と架かっていた立派なものである。列車を待っているのは20名ぐらいであろうか、若い人も結構多い。
そして定刻にイプスウィッチ発の列車がやってきた。気動車で、何と1輌であった。町はハリッチより大きいし、駅の立地も市街地に近いが、ハリッチと比べて見た目は断然のローカル線である。もっともハリッチの方も1輌で運べる程度の利用者だった。あちらは電化路線なので、本線と車輌を共通運用する関係で4輌だったのかもしれない。
サラリと座席が埋まり、定刻に発車。イプスウィッチまでは25キロと、さきほどのハリッチの線より長いが、途中駅は逆に一つ少ない3駅だけである。最初の駅、トリムリー(Trimley)は近くて、フェリクストーの町外れといったところにあるが、その先は、イプスウィッチ郊外にあたるダービー・ロード(Derby Road)まで、途中13キロもの間、駅がない。イングランドでは、幹線ならば都市近郊でもこの程度の駅間距離は割とあるが、短距離盲腸線での駅間距離13キロは、比較的少ないように思う。
その最初のトリムリーまでの間、二度ほど左から単線の線路が合流してくる。いずれも貨物専用の、港湾地帯への引込み線であり、レールは錆びていない。さきほど眺めたコンテナ埠頭へとつながる貨物輸送がしっかり健在と思われる。歴史をたどると、これらの貨物線にもかつては旅客列車も走っており、駅も2つあった。一つがあのランドガード要塞から程近い、コンテナが積んであったあたりにあった、フェリクストー・ピア(Felixstowe Pier)駅で、旅客駅としては1951年に廃止された。もう一つはランドガード要塞からバスで市街地へ向かう途中のビーチのそばにあった、フェリクストー・ビーチ(Felixstowe Beach)駅で、こちらは1967年に旅客営業を終了した。どちらも今なお貨物線が通過している。ビーチ駅の廃駅舎はつい最近の2004年まで残っていたそうだ。ビーチ駅は名前にたがわず、徒歩数分で砂浜に行ける駅であった。フェリクストーも湾の内側はコンテナ港だが、外海の側は保養客・海水浴客で賑わう海浜リゾートである。
平凡なトリムリー駅 | 交換駅のダービー・ロード |
そんな事を知って乗ればそれなりの面白さも感じるが、トリムリーの駅自体は平凡で、何か印象に残るような所ではない。まだ町の郊外で住宅も多いので、利用者がいるかと思ったが、乗降ゼロであった。そしてその先13キロも、淡々と平凡な農村風景であった。ハリッチの線の方が湾が見えたりフェリーポートがあったりと、途中の風景は変化に富んでいた。それでもダービー・ロードは交換駅で、反対の線路にはしっかりと行き違いのコンテナ貨物列車が停まっていて、なるほどと実感する。旅客の方はここも乗降客はいなかった。
ダービー・ロードからイプスウィッチまでは、まだ10キロ近くあるが、地図で見ればここはもうイプスウィッチ市街地の外れである。イプスウィッチは人口20万強の、サフォーク州都かつ最大の都市である。ただ近年は発展の度合いが弱く、全般的に景気も悪くないイングランド東部にあっては、相対的にはやや停滞感の見られる都市らしい。
そんなイプスウィッチをじっくり味わうなら、ここで下車して中心部を抜けて歩いてみるのもいいかもしれない。線路はここからぐるりと市街地を大回りして本線のイプスウィッチ駅へと至るが、両駅間は直線距離では3キロちょっとしかないので、歩けてしまう。
ここから線路はさらに北上し、次にローストフト(Lowestoft)からのローカル線と合流したところにあるウェスターフィールド(Westerfield)という駅に停まる。ここもまた寂れた相対ホーム一面の駅で、乗降ゼロであった。ローストフト方面へ行くのにここで乗り換えては駄目で、この駅は合流・分岐駅でありながら、こちらの線のみ停車で、イプスウィッチとローストフトを結ぶ列車は、全列車鈍行のローカル線なのに、日中の列車はこの駅だけは全て通過するのだ。そんな冷遇された寂しいウェスターフィールド駅ではあるが、分岐駅だけにかつてはもっと大きかったようで、隣に線路が外され草に覆われた廃ホーム跡が見えた。
廃ホームが見える合流駅ウェスターフィールド | イプスウィッチ到着時の車内 |
そして列車は定刻にイプスウィッチ駅に滑り込んだ。片道26分かかる単行気動車は、1時間に1本のこの路線を行ったり来たりするので、折り返し時間はこちらもやはり4分しかない。なので、フェリクストー行きの折り返し列車に乗る乗客が20人ぐらい、ホームで待っていた。
イプスウィッチに到着した単行気動車 | イプスウィッチ駅前のオウェル川 |
イプスウィッチは、駅舎ばかりでなく、ホームや構内の建築物一つ一つに風格がある。いい意味で古びているが、しっかりと作られたことがわかるような、立派な駅である。コルチェスターとは違って、本線の駅以外に市街地により近い駅はない。市街地まで普通に歩ける距離だが、バスも何本も駅前へと入ってきていた。
駅前通りを真っ直ぐ行くとすぐに橋がある。それを渡ってさらに行けば市街地である。この橋が架かっているのがオウェル川(River Orwell)で、ハリッチ側のストア川と対を成す川である。マニングトゥリーのあたりが、ストア川が湾に注ぎ出る所であり、同様にイプスウィッチはオウェル川が湾に注ぎ出る所に位置する町である。同じような地形条件でありながら、マニングトゥリーは小さな町にしかならなかったが、こちらイプスウィッチは大きな都市に発展した。フェリクストーはイプスウィッチの外港と言えるが、イプスウィッチもまた大型船舶が入港できる港町である。そんな川と湾と海に、そして海運に縁の深い地域を回る、合計3時間ちょっとのミニトリップは、これで終わった。