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リュブリャーナ〜オグリン 目次


目次 (1) スロヴェニアの鉄道 Railway in Slovenia
リュブリャーナ〜ノヴォ・メスト Ljubljana - Novo Mesto
ノヴォ・メスト〜メトリカ Novo Mesto - Metlika
メトリカ Metlika
(2) メトリカ〜カルロヴァツ Metlika - Karlovac
カルロヴァツ Karlovac
カルロヴァツ〜オグリン Karlovac - Ogulin
オグリン Ogulin

スロヴェニアの鉄道 Railway in Slovenia


 元ユーゴスラヴィアの中でいち早く独立し、EU加盟、ユーロ導入、シェンゲン協定加盟の全てを果たしたスロヴェニア。とは言っても欧州に数ある国の中では影が薄い。そもそもリュブリャーナ(Ljubljana)からして、首都にしては地味である。鉄道面でも話題は少ない。ヨーロッパ数ヶ国を鉄道を楽しみながら回ろうと考えた時に、この国が視野に入る人は少ないだろう。

 リュブリャーナ旧市街  リュブリャーナ駅

 ヨーロピアン・タイムテーブルでも、スロヴェニアは冷遇されている。つまり省略が多い。無論、スロヴェニアに限らず、あの時刻表は西欧中心で、旧東欧や旧ユーゴスラヴィアは、どこもその程度の扱いじゃないか、とも言えなくはない。3年前にボスニア・ヘルツェゴビナの鉄道に乗った時には、あまりに少ないページ数とスカスカの内容であることを記したが、それでもあの国に関しては、一応全線全列車が載っているようであった。だがそれは、鉄道自体があまりに少ないからである。それに比べれば、スロヴェニアははるかに多くの列車が走っている。各線とも運転本数は少ないが、そこそこの路線密度があることは、ヨーロピアン・レールマップを見てもわかる。過去にいくつかの線に乗ってみたが、ほとんどがローカル線と言ってよく、地味ながら渋い味わいと情緒があり、半分退屈を感じつつも、また乗ってみたいなと思わせるものがある。

 スロヴェニアは僅かながら海があり、陸路は4つの国と国境を接している。うちイタリア、オーストリア、ハンガリーの3つは、いずれもシェンゲン協定に加盟しているので、国境審査もない。国境審査があるのは、皮肉にも元は同じ国であったクロアチアとの間だけである。元が同一国内だったので、クロアチアとの国境を越える路線はいくつもあるのだが、どこも運転本数が少ない。リュブリャーナとザグレブ(Zagreb)という首都同士を結ぶ幹線ですら、国境を越える列車は日に5往復しかなく、その他のスロヴェニア国内列車は、ザグレブの僅か30キロ手前の国境駅ドボヴァ(Dobova)で折り返してしまう。

スロヴェニア鉄道路線概略
https://www.slo-zeleznice.si/sl/potniki/vozni-redi/zemljevid-prog より引用・加工

 上の地図は、スロヴェニア国鉄のサイトから取った路線図で、そこに、今現在、列車が走っている区間だけ、オレンジまたは青で色を上書きした。オレンジはヨーロピアン・タイムテーブル掲載路線、青は掲載されていない路線である。薄い灰色が残っている区間は、このサイトの地図にはあるが、今回検索した限り、列車時刻が出てこなかった所で、休止、貨物専用化、廃線などになっていると思われる。これを見つつ、今回はどこに乗ろうかと検討した結果、首都リュブリャーナを朝の9時台に発車する、退屈そうな、言い換えれば面白そうなローカル列車でスタートすることに決めた。それは、メトリカ(Metlika)というクロアチア国境手前の町まで、122キロを2時間40分で走る鈍行列車である。ヨーロピアン・レールマップを見ても、景勝路線を表す黄緑に塗られた区間は皆無であり、ヨーロピアン・タイムテーブルでは完全無視されている。よほど地元の人しか乗らない線なのだろうか。そして線路は終着メトリカから先へも延びており、1日2往復だけ、国境を超えてクロアチアへ行く国際列車がある。この国境越え区間は、スロヴェニア国鉄のサイトでも、クロアチア国鉄のサイトでも、時刻が出てこないし、ヨーロピアン・タイムテーブルにも載っていない。それなら何でわかったかというと、ヨーロッパ全域を網羅しているドイツ国鉄のサイトからであった。

 土曜日の朝9時前、リュブリャーナ駅前に立つ。首都の中央駅としては寂しい所だが、都会風のカフェなどがあり、前に来た時よりは発展している感じもする。駅構内は広いが、駅自体は長閑でひなびた田舎駅の風情だ。加えて今日は土曜である。スロヴェニアは、土日はローカル列車がかなり間引かれるようで、発車時刻表を見ても、本数が少なく、頻度の高い都市近郊列車がないように見える。

 首都からの発車がこれだけの土曜の発車案内  1番線に停車中のメトリカ行き

 9時17分発のメトリカ行きは、2輌編成の気動車であった。早々とホームに停まってはいるが、ドアは開かない。ホームで待っているのは数名。朝に町を出る列車だから空いているのは当然だが、思った以上のローカル線かもしれない。

 ちょっと散歩をして10分前に戻ってくると、乗客が乗り込んでいた。空いたボックスもいくつもあったので、進行右側のボックス席に腰を下ろす。それから発車までに意外と乗客が乗ってきて、最後は私のボックスにも相客が座った。座席の半分ちょっとが埋まる程度で定刻発車。早くから待っていた人は中高年が多く、ギリギリに乗ってきた人には若い人が多い。


リュブリャーナ〜ノヴォ・メスト Ljubljana - Novo Mesto


 発車してカーヴで本線と分かれると、すぐ単線になり、3分で住宅地とビル街が混じった、リュブリャーナ・ヴォドマット(Ljubljana Vodmat)という単線の駅に停まる。数名が乗ってきた。次のリュブリャーナ・ラコヴニク(Ljubljana Rakovnik)は交換駅で、3分の停車時間があるが、土曜の今日は交換列車は無い。

 まだ市街地のリュブリャーナ・ヴォドマット  落ち着いた住宅地にあるラヴリツァ

 その先、線路に接して巨大なショッピングセンターがあり、車が沢山停まっている。前にお隣クロアチアの首都ザグレブから同じようなローカル線に乗った時は、もっとすぐに田舎の風景になったが、こちらの方が住宅地が先まで続いている。

 小柄でおっとりした感じの中年女性の車掌が検札に来る。レールパスを見せると、ノヴォ・メスト(Novo Mesto)か、メトリカか、と聞く。それ以外にも沢山の駅があるのだが、レールパスで乗る外国人が行くような所はないのだろう。ノヴォ・メストが中間で唯一の主要な町だというのは、地図や列車ダイヤから薄々感じてはいたが、やはりそうらしい。そのノヴォ・メストまでは75キロあり、1時間半かかる。

 木材積出し駅だった痕跡が残り、今は住宅地のスコフィリツァ(Škofijica)を過ぎると、ようやく住宅地を脱し、遮断機や警報機のない農道踏切が現れる。トンネルもある。平凡な農村地帯に所々住宅が見られる中を、小さな駅にちょこちょこ停まりながら進む。駅ごとに1人か2人が降りるが、乗降ゼロの駅もある。自動化は進んでいるようで、交換駅でも駅員はいないようである。似たような形の駅舎が多い。

 ムラチェヴォ駅舎  ヴィシュニャ・ゴーラの駅舎

  ヴィシュニャ・ゴーラ(Višnja Gora)は6分停車。ここも平日なら交換待ちである。あの車掌さんがホームに降りているので、私も降りて、カメラを構えてみる。こんな場合、乗っていろとか、写真を撮るなとか言われる場合もあるが、この車掌さんはおっとりした口調で「あ〜、フォトー」と言うので、大丈夫だ。駅舎の前まで行って列車の写真を撮ることができた。


 進むに連れて農地の中の閑散駅が増えてきた。乗降客のいない駅も多く、単調な旅ではある。ある程度の集落にある駅もあって、シュテファン(Štefan)という駅は、丘の上に教会の塔がそびえていた。今日は曇天だが、天気が良ければ絵になりそうな風景である。

 教会の塔が絵になるシュテファン  ホームに接してとうもろこし畑

 私は退屈する間もなかったが、普通の人にとっては単調で平板な、長い鈍行列車の旅に違いない。途中駅での乗降も少なく、大きな町もなかったので、一層単調に感じられる。そうしてようやくノヴォ・メストが近づいてくると、少し車内がざわついてきた。

ノヴォ・メスト〜メトリカ Novo Mesto - Metlika


 ノヴォ・メストは間違いなく主要駅で、乗客の半数はここで下車した。ノヴォ・メストが運転上の主要駅だが、一つ先が、ノヴォ・メスト・センター(Novo Mesto Center)で、そちらが中心部に近いらしい。英語国からの旅行者らしい中年夫婦が一組、降りる駅がわからないらしく、回りの人に聞いているが、結局ここで降り、ホームにいた駅員に何か尋ねていた。

 構内も広い主要駅のノヴォ・メスト  半数が下車したノヴォ・メスト駅

 ノヴォ・メストは、市のサイトによれば、人口3万6千。スロヴェニア南東部の中心都市で、今も発展している町だという。直訳で「新しい町」つまり「新町」という安直な名前である。スペルが少しずつ違ったりはするが、東欧のいくつかの言語で大体似たような単語なので、ある程度慣れてくると、調べなくても想像がつくようになる。

 この時の私はその程度しか考えていなかったが、実はこの町こそ、話題の米大統領夫人、メラニア・トランプの出身地なのであった。著名観光地など無さそうな町だが、あの英語ネイティヴっぽい夫婦の観光目的は、もしかすると、と今にして思えば・・・いや違うとは思うし、そもそも町を歩いた所で、ゆかりの場所を巡るようなものは何もないだろう。彼女は高校と大学がリュブリャーナだったようなので、このローカル線に何度となく乗っていたかもしれない。

 時刻表によると、ノヴォ・メストがつく駅が4つ続き、駅間距離も短い。日本の時刻表は0.1キロ単位で距離が表示されているが、こちらは1キロ単位なので、四捨五入するとリュブリャーナから同一距離になってしまう2つの駅がある。市内にちょこちょこと駅が設けられているのだ。

 ノヴォ・メストを貫くクルカ川を渡る  車窓から見える街中の風景

 中央駅にあたるノヴォ・メストの次は、ノヴォ・メスト・センター駅で、単線の簡易な駅であった。名前に反して特に繁華なところには見えないし、乗降客もさほどいない。その先でサヴァ川の支流クルカ川を鉄橋で渡り、高い所から町を見下ろしながら進むと、立派な駅舎のノヴォ・メスト・カンディヤ(Novo Mesto Kandija)に着く。川で二分された町の両岸に駅がある感じで、ここは下車が多かった。その次のノヴォ・メスト・シュミヘル(Novo Mesto Smihel)は、市街地の外れに新たに整備された風の小綺麗な駅だったが、乗降客はほとんどなかった。

 下車客が多いノヴォ・メスト・カンディヤ  ノヴォ・メスト市街最後の駅は新開地風

 ノヴォ・メストの町を脱して、田舎の景色に戻る。だいぶ降りて空いたものの、ノヴォ・メストからの客もいて、ガラガラではない。沿線はこれまでより起伏が出てきた。地図を見れば、ノヴォ・メストで渡ったクルカ川と、終着メトリカを流れるクパ川は、どちらもサヴァ川の支流ではあるが、水系が異なり、線路はこの先、両河川の分水嶺を越えていくことになる。

 ビルチュナ・ヴァス駅  下車客が多いセミチュ

 長いトンネルがあり、出るとブドウ畑が広がる。スロヴェニアはワインの産地としてはマイナーで、生産量もさほどではないが、歴史は長い。輸出に出回る量が少ないので、海外では知られていないものの、魅力あるワイナリーがいくつかあるらしい。主産地は国の東部とあるから、そのエリアに入ったのだろう。鉄道ばかり追いかけていると、グルメはおろか、ローカルなワインを味わう余裕もないが、ブドウ畑を見れば、ちょっと勿体無いという気にはなる。

 セミチュ(Semič)という少し大きな駅に着き、結構大勢下車した。駅舎と反対側に教会があり、下方に森林が広がっており、いい眺めであった。

 セミチュ駅裏手の風景  チュルノーメルでまた大勢降りてガラガラに

 セミチュから10分ほど走った、チュルノーメル(Črnomelj)という駅も下車が多い。平日は1本、この駅止まりの列車もある。ブドウ畑よりは森林が多く、駅は木材積み出し駅の名残をもった所が多い。

 駅員もいるグラダツ駅  山村の無人駅ドブラヴィチェ

 チュルノーメルですっかりガラガラになった。時間帯のせいかもしれないが、乗降客の動きが乏しかったリュブリャーナ〜ノヴォ・メスト間に比べ、この区間に乗降客の多い駅がいくつかあった。終着メトリカの一つ手前の、ドブラヴィチェ(Dobravice)という駅は、待合所だけの無人駅で、あたりは山村集落。ここは乗降客がなかった。


メトリカ Metlika


 終着メトリカで降りたのは、7〜8名といったところである。国境駅だから、大きな駅舎の前にスロヴェニア国旗が掲げられている。とりあえず列車から降りたおばさんの後について、主要道路へ出る坂道を上がってみた。そこは車がそれなりに通る道で、沿道にも何かがあり、民宿のような宿も一つあったが、賑やかなところではない。タウンセンターがどこにあるのかもわからないが、どちらにしても時間がないので、道路の上から駅の写真を撮るぐらいで、駅へ引き返した。

 終着で国境駅のメトリカに到着  メトリカ駅舎と乗ってきた列車

 駅へ戻ると、若い男性警官がいて、あの車掌さんと談笑している。車掌さんが私を見て、リュブリャーナへ戻るのか、カルロヴァツ(Karlovac)か、と聞く。普通に考えればこんな短時間でリュブリャーナに引き返すはずはないと思うのだが、私の車内での行動から、鉄道に乗るのが目的らしいということは、理解されているようだ。日本ならともかく、スロヴェニアのこんな所にも、鉄道乗り潰しの人が来るのだろうか。

 駅上方の道路  上の道路から駅を見下ろす

 時間になり、カルロヴァツ方面からクロアチア国鉄の1輌の小型気動車が進入し、構内踏切の手前で停まった。だが降りてきたのは車掌だけで、乗客は誰もいない。国境駅は写真撮影などにうるさい場合もあるが、ここは警察官にカメラを向けなければ大丈夫そうだし、実際、警察官も車掌と談笑を続けているので、色々な角度から列車の写真を撮った。


 満足したし、発車時刻も近づいてきたので、乗ろうと思うのだが、乗っていいかどうか、わからない。それを察したのか、車掌さんが、ここは国境駅だから、と言う。で、パスポート検査はどこでやるのか、ここか、車内か、と聞くと、警官の方が、ここだ、パスポートを、と言う。渡すと、パラパラと見て、また車掌と談笑を続けている。どうしたら良いかわからず、彼らの方を見ると、警官が「スタンプが届くまでもうちょっと待て」と言う。間もなくパトカーがやってきて、駅舎の横に停まり、別の警官が出てきた。何と出国スタンプを届けに来たのだ。それを私のパスポートに捺して、パスポートを返し、乗っていいよ、と言う。

 リュブリャーナ方面から着いた時には、降りた客の中に、駅にとどまる人がいたと思ったが、乗り込んでみると、乗客は誰もいない。発車は12時16分、メトリカ発ドゥガ・レサ(Duga Resa)行きである。乗ってきた折り返しのリュブリャーナ行きも12時17分発とほぼ同時なので、あの車掌さんも列車へ戻っており、駅舎前には警察官だけが残っている。それ以外には人の姿もない。

 小型気動車一輌の国際列車接続駅メトリカ  乗客は誰もいない

 こちらの列車には最後まで乗客は現れず、定刻に発車した。車掌は乗っていて、すぐ切符のチェックに来ると、運転席へと戻っていった。



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