欧州ローカル列車の旅 > 2019年 > スロヴェニア・クロアチア > リュブリャーナ〜オグリン (2)
メトリカはスロヴェニアの国境駅で、次の停車駅は国境を越えたクロアチアの駅である。だがメトリカを出て2分ほどで、単線でホームと待合室だけの駅を通過した。その時は廃駅なのか何なのかわからなかったが、後で調べると、ロザルニチェ(Rosalnice)という正規の駅で、スロヴェニアの朝夕のごく一部の列車が、メトリカからもう一駅、ここまで来て折り返している。周辺にはある程度住宅があるので、地元住民の通勤通学用なのだろう。国際列車はメトリカでイミグレーション手続きをするので、ここで客を乗降させるわけにはいかず、通過というわけであった。
スロヴェニア最後の駅ロザルニチェを通過 | 国境のクパ川鉄橋を渡る |
ロザルニチェを通過すれば間もなく、国境のクパ川を鉄橋で渡る。その気になれば泳いで渡れそうな程度の川である。見落としているかもしれないが、国境警備の兵士などもいなかった。風景も特に変わらない。
鉄橋から1分で、クロアチアの国境駅、ブブニャルチ(Bubnjarci)に着く。大きな駅舎はあるが、立入禁止の柵で囲われている。荒れ果てた寂しい感じの駅で、線路も単線で、交換設備も引込み線もない。国境駅だから3分の停車時間が取られている。駅前にパトカーがいて、若い男性警官が運転席に座って列車を見ている。乗客がいることを運転士か車掌が伝えたのか、私の顔が見えたのか、とにかくパトカーを降りて、車内に乗り込んできた。その行動からすると、乗客ゼロのことも珍しくないのだろう。
私のパスポートを手に取ると、パラパラとめくる。メトリカと違って無愛想で笑顔はない。「どこへ行くんだ」「カルロヴァツ」「何しに行くんだ」「ホリデー」と、観光地でもない所でこれでは、我ながら怪しいとは思うが、彼は半ば呆れたような顔をして、スタンプも捺さずにパスポートを返すと、降りていった。そして、列車の発車も見届けず、パトカーでさっさと去っていった。出国審査の方は列車が発車するまでは見張っていないといけないだろうが、入国の方は国境を越えてきた乗客のチェックさえ済めば終わりで、発車を見届ける必要はないわけだ。ただ、入国スタンプは必ず捺さないといけないはずなのだが、持ってきていないのか、そもそも持っていないのか、スロヴェニア側よりルーズである。スロヴェニア側もルーズさ加減は似たようなものだろうが、あちらはシェンゲン協定に入って以来、EU側から厳しくやるようにと言われており、スタンプ省略などをやれば、他国から咎められるだろうから、きっちりしたのだろう。クロアチアはシェンゲン協定に入っていないので、トラブルがあっても国内問題で済むからか、多少のルーズがまかり通っているようだ。
柵で覆われた立入禁止の元駅舎 | 車内から駅前をパトカーが去ってから撮影 |
ブブニャルチ自体は、列車から見る限り、パラパラと人家もある、ごくありふれた小さな集落であり、国境集落といってもピンとこない。駅に国旗が立っているのでそれと知られる程度である。だが乗ってくる人もいない。この2往復の国際列車の他、ここブブニャルチで折り返すクロアチアの国内列車が日に数本あるのだが、ブブニャルチが大きいからではなく、運転上の都合というか、国内の行けるところまで、ということで、ここで折り返しているだけのようだ。
ブルログ・グラド駅前の踏切 | 川の対岸はスロヴェニア |
ブブニャルチからしばらく、左手の遠くない所を車窓にクパ川が沿い、ずっと見え隠れする。対岸はスロヴェニアである。次のブルログ・グラド(Brlog Grad)という所でようやく1名、それも若いすらりとした女性が乗ってきた。
ブルログ・グラドから次のカマニェ(Kamanje)までの一駅間は、川べりを行く。カマニェまでは対岸がスロヴェニアである。もとより緊張感もないし、以前は同じ国だったのだ。そのカマニェは駅員もいる交換駅なのに、ホームが無く、砂利の線路から直接乗り込む形である。今度は若い男性が一人、乗ってくる。地図によればこの駅から500メートルほど北に、スロヴェニアへの道路国境がある。
構内が広く駅員もいたカマニェ | カマニェを過ぎればクパ川対岸もクロアチア国内 |
カマニェからも少しずつ川幅が広くなったクパ川に沿うが、対岸もクロアチア国内となる。といっても橋もほとんどないし、対岸との通常のローカルな交流は特にないのだろう。単線の荒れ果てた駅と、駅員のいる交換設備のある駅が、交互ぐらいに現れる。
乗車が多かったオザリ | オザリ付近の車窓 |
オザリ(Ozalj)という駅で、6〜7名乗ってきて、かろうじて営業列車らしくなった。川も離れ、段々と平凡な農村地帯の、どこにでもあるような風景になってくる。
乗降ゼロのゾルコヴァツ駅 | ザグレブからの電化路線が接近してくる |
メトリカからカルロヴァツは、ちょうど1時間。カルロヴァツが近づくと、都市郊外らしくゴチャゴチャしたものも現れ、左手にザグレブからの単線電化の路線が接近してくる。そして構内が広くなり、カルロヴァツには2分の早着。この列車はここで8分ほど停車した後、電化路線を先へ乗り入れて3つ先のドゥガ・レサまで行く。私が乗り継ぐ予定の本線列車へは4つのどこで乗り換えてもいいので、決めずに来たのだが、やはり立派な主要駅のカルロヴァツで降りることにした。
カルロヴァツは人口5万5千。今回の全区間で、リュブリャーナに次ぐ人口を有する。クロアチアの中では中部の中心都市だそうである。国境に近いからか、1990年代の独立時には激戦地となり、それ以前より人口が2万ほど減り、以後も戻っていない。長いこと、ビールが主産業だったそうだ。
カルロヴァツに到着したドゥガ・レサ行き気動車 | ザグレブ行きの落書きだらけの電車が入線 |
駅は広い構内を持つ中核駅で、とりわけ駅舎は巨大で、内部も広い。だが人は少ない。駅前もビルなどはあるが、市街地とは離れた人の少ない寂れたところという、こういった小都市の中央駅にありがちな雰囲気であった。
乗ってきたドゥガ・レサ行きが8分停まるのは、ここで上りザグレブ行きを待つからである。そのザグレブ行きは、車体いっぱい落書きだらけの3輌編成の電車であった。客は少なく、ここでの乗降客も僅かであった。
ザグレブ行きが出た後、乗ってきたドゥガ・レサ行きの発車も見届ける。こちらは時刻表より4分遅れで僅かな客を乗せて出ていった。
大きくて外観は綺麗なカルロヴァツ駅舎 | カルロヴァツ駅前の風景 |
さて、次に乗る予定のザグレブ発オグリン(Ogulin)行きまで、40分ある。ここは事前にある程度調べてあったのだが、オグリン方向の次の駅が、カルロヴァツ・センター(Karlovac Centar)という駅名で、歩いても20分程度と思われるので、歩いてみることにした。この一駅を未乗車で乗り残してしまうが、帰りにザグレブまで戻る時に乗るので、いいだろう。図体だけ大きくて街外れの本駅と、駅は小さいが街中にありそうなセンター駅、そしてその中間からせンター駅にかけてが市街地、という構造である。昼食のこともあるので、歩くかどうか最終的には来てから決めようと思っていたが、このカルロヴァツ駅付近には、入りたいようなカフェ一つもなかった。だからやはり、歩くことにした。
5分ばかり歩くと、ドイツ系安売りスーパー、リドルがあった。店に入って昼食をする時間もないので、ここでパンと飲み物を買っておく。こうすると本当に安上がりでもある。それを持って市の中心部へ向かって歩き出す。あまりゆっくりはできなかったが、早足で歩きつつ、時々立ち止まって写真を撮るぐらいの余裕はある。
市街地へ向かう道路 | クパ川を渡る市内の道路橋からの風景 |
カルロヴァツは、メトリカからしばしつきあってきたクパ川の少し下流に位置する。そのクパ川を渡った先が市の中心である。渡る手前はうらぶれて活気を失った古びた通りだったが、橋の先にはおしゃれで都会的な店もあり、カフェやレストランも見られた。人もパラパラとは歩いていた。
少し都会的で活気もある中心部 | センター駅近くの団地 |
中心部に大きな団地もある。日本にもありそうな、一昔前の公団住宅とか社宅といった風情である。その脇を通ると高架の線路と駅が見えた。あたりは工事中で、街並み整備の最中と思われた。何年後かに来てみれば、より都会らしく綺麗になっていることだろう。
カルロヴァツ・センター駅入口 | 高架駅ホームからの町の眺め |
カルロヴァツ・センター駅は、築堤上の高架駅で、最近改装したのか、ホームへ上がるエレベータまで整備されていた。駅自体は単線の無人駅である。階段でホームへ上がってみると、列車を待っている人が10名ほどいた。ホームからの眺めもなかなか良く、中心部を歩いてきたことと相まって、カルロヴァツがどういう街か、多角的に体感できた気がする。本駅で40分も待っているだけより、ずっと良かった。こういう芸当は、ネットとスマートフォンがない時代だったらできなかったかもしれない。
さきほどカルロヴァツで見たザグレブ行き同様に落書きだらけの、オグリン行き3輌編成の電車が定刻にやってきた。他の十名ばかりの客とともに乗り込む。
列車は乗車率2割程度で空いてはいたが、3輌なので、もちろんさきほどの気動車よりは乗客はずっと多い。これとてローカル線ではあろうが、超ローカル線の気動車の後だから、幹線に乗り換えたような気持ちになる。スピードも速く、電車らしい快適な走りである。スーパーで買ったパンで昼食にしながら車窓を眺める。
最初は団地もあるが、ほどなく一戸建ての住宅が点在する郊外風景になる。古い家も多い。
一つ単線の駅に停まると、次がドゥガ・レサで、さきほどの気動車列車の終着駅である。格別の特徴もなさそうな、カルロヴァツ郊外の住宅地、という感じの所であった。駅の規模も、普通の交換駅程度であった。さきほどの列車がドゥガ・レサ止まりなのは、ここが交換駅だから折り返しに適するだけで、主にはカルロヴァツ・センターへのアクセスへ便宜を図るためという気がする。
ドゥガ・レサ駅 |
ドゥガ・レサを過ぎればカルロヴァツ都市圏も果て、田舎の風景になる。といっても人家もパラパラとあるし、とりとめのない平凡な景色である。次のベラヴィチ(Belaviči)という単線の駅の駅前は、地方都市郊外の田舎暮らしという感じの大きな家が並んでいる、豊かそうな所であった。
閑静な住宅地という感じのベラヴィチ | 下車の多いジェネラルスキ・ストル |
単線の駅と、交換駅が、大体交互に現れる。スロヴェニアでは交換駅でも自動化が進んでいるのか、駅員がいない所が多かったが、クロアチアはこれまで通ってきた限り、交換駅には必ず駅員が立っている。駅ごとに少しずつ降りる人がいて、ますます空いてきた。
交換駅はどこも駅員がいる | 森の中で人家の見えないクカチャ |
ゴルニェ・ドゥブラヴェ(Gornje Dubrave)という駅は4線の大きな駅で、駅員もいたが、森の中の寂しいところであった。カルロヴァツから離れるほどに、周囲の寂しい駅が増えてきている。
駅舎の横に鶏がいたコシャレ | 寂しい分岐駅オシュタリエ |
終着オグリンの一つ手前、オシュタリエ(Oštarije)に着く。ここも何もない寂しいところだが、駅員はいる。ここは分岐駅で、アドリア海沿いのスプリット(Split)まで行く線は、ここで左へ分かれ、あと一歩のところでオグリンへは行かないのである。駅を出るとすぐ左へ線路が分岐していき、オシュタリエを通らない短絡線が単線非電化で合流してくる。スプリット方面への長距離列車はオグリンを通らないが、この短絡線を使ったオグリンからの普通列車はある。
オグリンは、駅の一部が工事中なのか、トタンで囲われて狭くなったホームに着いた。大きな荷物を持った人など、それなりに色々な乗客が乗っていたことがわかる。カルロヴァツより一回り小さい程度の、一応の主要駅である。線路は先へ、リエカ(Rijeka)方面へと続いている。ザグレブからリエカまでの直通列車もあるが、この列車はオグリンが終着である。
終着オグリンに到着 | 長閑さ漂うオグリン駅 |
駅舎は、巨大なカルロヴァツとは違い、中規模で、待合室も小さかった。クロアチアは自動券売機が導入されておらず、古風な切符売場が一つ開いている。
オグリン駅の待合室と切符売場 | オグリン駅舎 |
いずこも同じ、うらぶれた感じの駅付近を歩き、5分ほどで市街地に入った。オグリンは市というより町で、人口は2万足らず。鉄道旅行でもそうでなくても、わざわざやってくるほどの所ではなさそうだが、特に何も期待していなかった分、思いのほか良かった。爽やかな初秋の晴れの午後だったからかもしれない。中心部の広場も活気はないが、何組かの市民がのんびり日向ぼっこをしている。人は少ないが、建物も教会も綺麗で、寂れた感じがない。
オグリン市街地付近 | 町の中心の広場と教会 |
広場のすぐ先にオグリン城がある。中がローカルな博物館になっているらしい。そこまでは平坦だったのに、突如、深い渓谷がある。この地形ゆえ、防衛上重要な場所に城が築かれたのだろう。鉄道に興味がなければ、まず来ることがなさそうな町だし、鉄道に興味があっても、普通は降りるような駅ではないだろう。今日はたまたま、オグリン行きの列車があったので、この辺までにしとこうか、という選択でここが最終目的地となった。実は、カルロヴァツまでにしてザグレブへ戻るか、迷いつつ、結局ここまで来てしまった、というのが正直な所である。
オグリン城 | 城の近くにある渓谷 |
鉄道旅行としては今回も楽しかったし、それがメインだから、これで満足すべきではある。しかしオグリンは、あと1時間あれば、城に入ったりカフェに入ったりして、もう少しゆっくりしていきたい町であった。天気が良かったのでなおさらである。列車本数が少ないので、16時20分発の列車に乗らなければならず、何やかんや言ったところでまず二度と来ないだろうから、心残りであった。
カルロヴァツ経由ザグレブ行きの戻りの列車は、リエカからやってくる長距離の客車列車で、電気機関車の次に白い客車が3輌連なっていた。こちらは落書きもなく綺麗な、絵になる編成であった。オグリンでの乗車は10名程度で、中も空いている。長距離列車ではあっても完全各駅停車で、行きの電車と同じく全ての駅に停まる。カルロヴァツの歩いて未乗となった区間も無事乗り通し、カルロヴァツからは初めて乗る区間となり、定刻にザグレブへと、快適な旅ができた。
クロアチアといえば、国の中では端の端に位置し、鉄道もないドゥブロヴニク(Dubrovnik)が、断然人気の観光地となっている。クロアチアと言われればすなわちドゥブロヴニク、というイメージすら定着しているほどである。もちろんそれなりにいい所ではあろうが、幸か不幸か鉄道がないので、行ったこともなければ、今後も行くチャンスは少なそうである。鉄道とバスを乗り継いでたどりつくのも面白そうだが、今日ではヨーロッパ人の人気リゾート地として発展し、あちこちから格安航空会社が飛ばしているので、実際はそれで安く簡単に行ける。他にも海沿いには人気都市がいくつかある。対する内陸は、首都ザグレブ以外には、観光客が押し寄せるような町もほとんどなく、どんな所かイメージすら湧かない人が多いに違いない。実際、今回の旅の区間も車窓風景は格別ではないし、街だって、遠方からわざわざ観光に来て下さいというほどのところではない。けれども鉄道旅行自体はどこも思いのほか快適だし、列車も概して空いている。そしてスロヴェニアを含めた今日の全ルートも、いかにもという外国人観光客にはほとんど出会っていない。ノヴォ・メストで降りた英語ネイティヴの中年夫婦がほぼ唯一、明らかにそれっぽいと感じた人たちであった。絶景などはなくても、生活感に満ちた、純然たるローカルを感じる鉄道旅は最高で、これからもやめられそうもない。