欧州ローカル列車の旅 > 2015年 > イギリス > リーズ〜カーライル
目次 | リーズ Leeds |
リーズ〜カーライル Leeds - Carlisle | |
カーライル Carlisle |
リーズ(Leeds)は、ウェスト・ヨークシャーにある英国有数の大都市である。古くから羊毛や毛織物の集散地として栄え、産業革命以後、重工業都市としても発展した。今も産業都市・金融都市・学園都市として、確立された知名度はある。だが、観光面での印象が弱いので、大都市の割に馴染みが薄い人も多いのではないだろうか。また、鉄道路線図で見ても、ヨーク(York)のように幹線上の主要駅として立地している駅と違い、一見、どれが幹線かわかりにくいような、路線が沢山入り組んだ内陸部に埋没している感じがある。もっともこれはリーズに限らない。ブラッドフォード(Bradford)、シェフィールド(Sheffield)、ノッティンガム(Nottingham)、ダービー(Derby)など、このあたりに数多い産業都市のいくつかは、同様である。
リーズ駅付近の街並み | リーズ駅付近の街並み |
実際、鉄道だけで見れば、ロンドンとの利便性は、都市としてはるかに小さなヨークの方がずっと良い。これと言うのも、ヨークがエディンバラ(Edinburgh)への東海岸本線上に位置するからである。ロンドンからヨークまで、ノンストップの列車が何本もあり、所要2時間を切る。ロンドンからはヨークよりやや近いリーズには、そういう列車が無い。分岐点はドンカスター(Doncaster)。そしてロンドンまでは最速でも2時間10分ほどかかる。
リーズ駅構内 | リーズ駅ホーム |
他方、イングランドの北西端、スコットランド・ボーダーの手前に、カーライル(Carlisle)という都市がある。ロンドンからもはるかに遠く、都市としても小さい。郊外を含めた都市圏人口は10万ほどである。だが、ロンドンからグラスゴーへの西海岸本線が通っており、殆どの列車が停車するので、鉄道での利便性は高い。
このリーズとカーライルという、あまり交流も深くなさそうな2つの都市を結ぶローカル線がある。全線182キロという、鉄道旅行好きな人間には十分乗りがいのある距離がある。所要時間は最速で2時間半、平均で2時間50分。
産業地帯とは無縁そうな人口稀薄な高原地帯をのんびり走る、イングランド有数のローカル線の一つである。とはいえ、「一度は是非乗ってみたい世界のローカル線」といった取り上げられ方をするほどではない。つまりは地味な、埋没した、知る人ぞ知る絶景ルートである。私はこういう路線にこそ、一度は乗ってみたくなる。
この線の全線を走る列車の本数は、平日7往復、日曜は5往復と、少ない。気ままに途中下車して沿線散策、というわけにはいかないが、途中に都市らしい都市もない3時間弱の鈍行だから、時間を忘れてのんびりと列車に揺られる旅には良さそうだ。
そんなわけで、ヨークなどに立ち寄った後、土曜の夕方にリーズへやってきた。夕方といっても日の長い5月なので、太陽はまだまだ高い。
乗るのはリーズ17時50分発のカーライル行きで、これが本日7本あるカーライル行きの最終列車である。土曜だからというわけでなく、平日も日曜も、最終列車の発車時刻には大差ない。日曜以外はこの後、途中のリブルヘッド(Ribblehead)という所までの列車はあるが、いずれにしても早じまいのローカル線である。
Train times 17 May - 12 December 2015 Leeds to Carlisle Leeds to Morecombe/Heysham Harbour (Northern Rail) より引用
ちなみに、リーズ17時50分発カーライル行きに乗り遅れたら、今日中に列車でカーライルに行けないかというと、そうではない。18時35分発でマンチェスターへ行き、マンチェスター・ピカデリー(Manchester Piccadilly)とプレストン(Preston)で乗り換えると、カーライル着21時50分。さらには、19時07分発でヨークへ行き、ヨークとニューキャッスル(Newcastle)で乗り換えて、カーライル着22時56分。これが本当の最終である。直通ルートは乗り換えがない分、所要時間も多少短いので、通しの利用者もいるであろうが、代替ルートも複数ある。もとより代替ルートは、リーズからカーライルへ行く人を念頭にダイヤが組まれているわけではなく、たまたま利用できるだけではあろうが、とにかくここはそういった路線なのである。
土曜の夕方17時半過ぎ。大都市リーズの駅は、各方面への帰宅客を中心に、それなりの賑わいを見せている。カーライル行きは2輌のディーゼルカーで、行き止まりホーム6番線に停車している。10分前に行くと、乗車率は5割弱といったところだったが、発車間際には4分の3の席が埋まった。
リーズを発車すると、リーズ近郊の郊外駅は通過する。だが、その数は少ない。つまり、リーズを出るといきなり、駅間距離が結構長い。この列車がまず走るのは、リーズ・モアカム線(Leeds to Morechamb Line)である。そういう区間名だけで、何とか線という線名は特につけられていない。モアカムは、ランカスター(Lancaster)の北西数キロの所にある港町で、ランカスターの外港の役割を果たしている。最初に開通した大昔の区間が今もそういう路線名として使われているようだ。今、モアカムの港湾としての役割は大した規模ではなさそうだが、その時代の鉄道は、港へとつながることが重要だったのだろう。
そのあたりでは、西海岸本線上にあるランカスターが主要駅である。だからモアカム線も、今はランカスターに立ち寄り、本線を横切ってモアカムまで走っている。カーライルへ北上する当列車も、前半3分の1の区間はモアカム線を通り、ほぼ真西へと進む。
そのモアカム線の小駅を2つほど通過して、早くも農村風景が展開すれば、最初の停車駅がシプリー(Shipley)。駅と周辺の車窓は、市バス、アパート、スーパーなど、典型的な郊外のベッドタウンの様相であるが、どことなくのんびりしている。シプリーは、ブラッドフォードというもう一つの大都市に属している。ブラッドフォードは、典型的な産業都市で、リーズ以上に観光名所も少なく、パキスタン系移民が多いと言われる街である。近年、その移民が差別扱いに抗議して暴動を起こしたことも記憶に新しい。
最初の停車駅シプリー | ビングリー付近で見えた古い工場 |
進むほどに緑が濃く、人家が少なくなってくるが、通過する小駅の反対ホームには列車を待っている人が何人もいることが、それなりの都市圏であることを感じさせてくれる。高速道路の下を通るあたりでは、高速沿いの方が線路沿いより開けているのではと思えた。2つ目の停車駅ビングリー(Bingley)、次いでキースリー(Keighley)と、リーで終わる地名が続くが、どちらも下車が多く、早くも空いてきた。キースリーには大学があるらしく、反対ホームも若い乗客で賑わっていた。
キースリー駅 | スキプトン駅 |
時刻表では、キースリーの次はスキプトン(Skipton)で、路線図ではその間に通過駅が2つあることになっている。だが、そのうちの一つ、スティートン・アンド・シルスデン(Steeton & Silsden)に停車した。閑散とした所で下車客も少ない。ホームの向こうには羊が見えている。後で調べると、カーライルまでの長距離列車は、この夕方の列車だけ停まるようである。ここまで来ればすっかり農村風景で、羊が多い。ヨークシャーといえば羊毛の産地という伝統は、今もなお健在のようだ。
スキプトンは、分岐駅ではないが、折り返しホームもあるやや大きな駅である。リーズ都市圏の果てらしく、1時間に4本もの近郊電車がここで折り返し、この先は本数が激減する。下車が多かったが、乗車する人もいて、ガラガラにはならない。
運行上はスキプトンの前後で全く違うような路線だが、沿線風景はさして変わらない。つまり本数の多いスキプトン以東も、十分に緑豊かな農村地帯であった。だがいよいよローカル閑散区間に入る。ここから先へ行くのは、このカーライルへの列車と、それ以上に本数の少ないモアカム線だけになる。そんな所を羊の群れを見ながらゆったりと進む。スキプトンから2つ目のヘリフィールド(Hellifield)は、かつて分岐路線があった名残で、錆びた側線が多数の広い構内を持つが、駅周辺に人家も見当たらず、下車客も少ない。
次がロング・プレストン(Long Preston)である。路線図では、ここがカーライル方面とモアカム線の分岐駅である。だがここも寂しい所で、分岐駅でありながら通過する列車も多い。それでも駅は立派で、鉄道の要衝としての貫録を示している。乗降客の方は、若者が3名ほど下車しただけであった。
ロング・プレストン駅で下車する若者 | 古い駅舎が風情あるセトル駅 |
ここまで来るとすっかり閑散線区だが、かつて栄えた名残りなのか、単に土地が余っていたからか、複線である。そしてロング・プレストンから4分ほど走ると、左へモアカム線が分岐して、ようやくカーライルへの単独路線へと入る。さすがにここから単線になるのではと思って見ていたが、こちらは複線のままで、鄙びた感じの石造りの家が並ぶ渋い集落に入り、セトル(Settle)に着いた。
セトルは、ランカスターの真東約33キロに位置する内陸の集落である。ここからカーライルまでが116キロで、西海岸本線のランカスターからカーライルが110キロだから、ほぼ等距離である。つまり、このあたりからカーライルまでは、本線の東側を遠からず並行する路線なのである。本線の景色も悪くないが、こちらのいい所は、線路に沿った主要道路がない点である。だから余計に開けていない。本線沿線もそれなりに田舎ではあるが、それでも国道や高速道路も並んで走っているので、交通の便が良い分、昔ながらの景色が減ってきている。ついでに言えば、コッツウォルズと並んで日本人の大好きな湖水地方は、このあたりの本線のさらに西側ということになる。
ホートン・イン・リブルスデール駅 | ホートン・イン・リブルスデール駅 |
セトルの先も、本格的な農牧地帯が続く。大きな集落はなく、点々と農家らしき人家が見られるほかは、ゆるやかな起伏を持った広大な牧草地が続き、羊が群れている。そして所々に駅があり、この列車はその各駅に停車する。車社会になる以前、駅は文明との接点だったのだろう、何もなさそうな所でも、大きな駅舎が残り、電話などの外部との連絡設備があることが、駅の価値であるかのように表示されている。だが土曜の夕方とはいえ、地元の利用者は少ない。
リブルヘッド(Ribblehead)に着いた。この後の最終列車はここが終着という駅だが、何とも寂しい駅である。乗降客も少ないが、リュックを背負った3人組の中年男性が乗ってきた。ハイキング帰りらしい。
リブルヘッドからやっと単線になった。線路に沿ってキャンプ場があり、テントが張られている。そういう自然派のレジャーに向いた地域らしいのに対して、一般の民家は非常に少ない。
単線はつかの間で、また複線になる。そして反対列車とすれ違う。カーライル発リーズ行き最終列車で、定刻の運転である。それにしても、これほどの閑散線区の大半が複線区間というのは、日本ではあり得ないだろう。
次のデント(Dent)は、駅の周りに見事に何もない。乗降客もいなかったようである。そういった駅でも、しっかり立派で大きな駅舎がある。各駅とも同じ仕様の味のある古い街灯がある。この線共通の特徴だ。それが柱ともども真っ赤に塗られている。自然豊かな緑の中にあって、派手な赤色が意外と景観に溶け込んでいる。
ガースデール(Garsdale)に着く。地元住人風の老夫婦が下車した。こういった光景は、ローカル線のイメージに相応しいが、同時に、車世代の次世代の人達だけになったら、この路線も持つのだろうか、と考えてしまう。
時刻表を見れば、全列車が停まる駅と、快速タイプが通過する駅とがあるのだが、車窓から見た実感としては、どこも大差なく、人家が目立って多い大きな町にある駅は一つもない。それでもアップルビーという駅は、駅周辺に多少の新しい人家も見られた。まだカーライル都市圏には遠いので、それは関係ないことであろう。
ガースデール付近の車内 | アップルビー駅 |
単調で変化に乏しい車窓ではあるが、適度に起伏もあり、綺麗な緑の風景を見ているだけで癒されるので、退屈はしない。
その次のラングワスビー(Langwathby)という古そうな村の駅は、下車客が結構多かった。ここまで来ると、リーズ都市圏とは遠く離れているが、遠いからこそ車を運転するにもそれなりの長距離なので、鉄道を利用する意義も残っている、といった距離感かもしれない。
アップルビー付近 | ラングワスビー駅 |
カーライルが近づいてきた。しかし小さな市なので、手前の駅に停まっても、都市圏に近づいた感じはない。カーライルの一つ手前のアーマスウェイト(Armathwaite)も閑散とした寂しい駅で、乗降客もいなかった。リーズないしその付近からの長距離客が、多くはないが、ある程度残っている。そして最後の一駅は距離も長い。やがて右手にニューキャッスルからの路線が合流してくると、急に都市郊外の雰囲気に変わった。
そして20時38分、定刻より3分ほどの早着で、まだ明るさを十分残すカーライルに着いた。刺激には乏しいが、ゆったり楽しめた3時間であった。カーライルは大きな街ではないが、かつて鉄道の要衝の一つとして栄えたのであろう、駅は大きく、駅舎も立派である。だがこの時間、構内はガランとしていて、人は少ない。この列車で降りた客も、あっという間に散ってしまった。このローカル線の余韻に浸る終着駅としては、相応しい雰囲気かもしれない。
カーライルは、イングランド北西端の市で、スコットランドとのボーダーが目と鼻の先であるから、かつては戦略上も重要な要衝であった。味わい深い歴史もある街だが、今、ここを含むイングランド北部は、景気の悪くない英国の中にあっては、相対的に景気が悪い地方だという。そんな先入観を持ってみると、どことなく寂れた感じもある。実際、中心部のオフィス街にも、空きが多いようで、貸室を表す、TO LET という不動産屋の看板も目立った。
カーライル駅前と駅舎 | カーライル駅(翌日撮影) |
ここもまた、イギリスの多くの街と同様、石造りの古い建物が並ぶ重厚な都市である。その晩はカーライルに泊まったが、週末にもかかわらず、夜も大騒ぎになるような賑わいは無さそうであった。熟年夫婦が静かにパブで飲む光景が似合う街かもしれない。
カーライル駅付近(翌日撮影) | カーライル駅付近(翌日撮影) |
イギリスの例に漏れず、鉄道と駅の歴史は古い。今、カーライルの駅は一つだけだが、昔は違った。複数の駅があった頃、今のこの駅は、カーライル・シタデル駅と呼ばれていた。その名の通り、駅前にドーンと大きなシタデル、つまり要塞だった建物があるのだが、今は市の行政施設として使われているようであった。
カーライル・ロンドン・ロード駅跡 | 売りに出されていたレールウェイ・イン |
駅から東へ線路沿いに10分余り歩き、市街地が果てて、乗ってきたリーズからの線とニューキャッスルからの線が合流する手前あたりに、明らかに線路跡と思われる廃墟の荒れた光景が見られた。そこには、レールウェイ・インという看板を残す閉業したパブがあり、建物が売りに出されていた。ここはカーライル・ロンドン・ロード駅の跡で、最初にニューキャッスルからの路線が開通した時は、ここがターミナルだったらしい。その後、今のシタデル駅が開業したことで、この駅は役割を終えて旅客営業を廃止したのだが、それが実に1851年。その後も最近まで、貨物駅として使われていたから、こういう跡が残っているらしい。やはり英国の鉄道史は古くて奥が深い。どこに行ってもこういう話がゴロゴロしていると言って過言ではない。