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メッス〜トリアー 目次


目次 シェンゲンとヴァッサービリヒ Schengen and Wasserbillig
メッス Metz
メッス〜アパック Metz - Apach
アパック〜トリアー Apach - Trier
トリアー Trier

シェンゲンとヴァッサービリヒ Schengen and Wasserbillig


 ドイツ、フランス、ルクセンブルクの三国国境は、モーゼル川の上である。ルクセンブルクは小国だが、拡大してベネルクスと考えれば、この三国国境は間違いなく、欧州統合初期における象徴的な場所である。EUの前身であるECの、1960年代の黎明期における初期メンバー6ヶ国のうち、イタリア以外の国が関係している国境と言えるからである。

 2011年撮影の写真から
 シェンゲン協定記念碑。対岸はドイツ
 ドイツ国境の橋からシェンゲンを望む
 ドイツ国鉄ペルル駅

 そのルクセンブルク側にある村の名前が、シェンゲン(Schengen)。これといった名所もない小さな村ではあるが、今やその名を知らぬ人はいないだろう。いや、シェンゲン協定は知っていても、それが村の名前であることを知らない人ならいるかもしれない。だが、それを知っていても、実際にシェンゲンの村に行った人は非常に少ないと思う。特に観光名所もないし、交通も便利とは言い難いので、当然ではある。

 私は2000年にルクセンブルクに初めて足を踏み入れ、国内乗り放題の切符で、各地を鉄道やバスで回った。バスよりは鉄道が好きだから、まずは鉄道で行ける所を中心に回ったが、シェンゲンは鉄道がないのでバスで行った。観光客を全く見かけない、ひっそり静まり返った村であった。

 シェンゲンには鉄道がないが、モーゼル川に架かる橋を歩いて渡れば、そこはドイツのペルル(Perl)という村で、渡ってすぐ左手にドイツ国鉄のペルル駅がある。2000年の初訪問時の印象では、だいぶ痛んだ大きくて古い駅舎があり、ホームは片面だけ。駅員もおらず、時刻表すら見当たらなかった。いかにも寂れていて、一瞬、廃駅かと思ったぐらいであった。だがレールは光っていた。

 他方、その2000年に私は、ルクセンブルクのドイツとの国境駅、ヴァッサービリヒ(Wasserbillig)にも行っている。ここには今回もこの乗車記の翌日、ちょっと立ち寄ってみた。

 ヴァッサービリヒ駅は、モーゼル川左岸にある国境駅である。ルクセンブルク全駅中、最も国境に近い駅だろう。線路はその先へと続いており、ドイツのトリアー(Trier)を経てコブレンツ(Koblenz)まで、ドイツ側は概ねモーゼル川の下流部に沿って左岸を走っている。ルクセンブルク国内乗り放題の切符では、当然ながら国境は越えられないから、ヴァッサービリヒには、知識もなく、特に期待もせずに降りた。ところがここがとてもいい所で、気に入ってしまった。駅から列車の進行方向に向かって10分も歩くと、ドイツ国境の橋がある。渡る川は、モーゼル川の支流の一つ、シュール川で、この地点でモーゼル川に合流している。

 ヴァッサービリヒから下流方向(翌日撮影)  ヴァッサービリヒからのオーバービリヒ(翌日撮影)

 ヴァッサービリヒ駅には、立派な駅舎と駅前広場のあるメインの出口と別に、線路の反対側にも小さな出口がある。そちらを出ると、目の前にいきなりモーゼル川が流れており、対岸のドイツの家並みが至近距離に見える。橋はないが、歩いて3分ぐらいの所に渡し船の乗り場があり、ドイツへ渡ることができる。

 ヴァッサービリヒの川の合流地点(翌日撮影)

 そんなヴァッサービリヒのモーゼル河畔を散歩している折、対岸にドイツ国鉄の赤い列車が走っていたのを見た時にはびっくりした。その線は、2000年当時はトーマス・クックの時刻表に掲載されていなかったので、そんな路線があるとは知らなかったのである。私はその頃、既にドイツには数回行ったことはあったが、言うまでもなくドイツは広い国であり、この対岸のあたりは全く未知の世界だったので、私の場合、この地域を見る目が完全にルクセンブルク中心になっていたからでもある。

 ヴァッサービリヒの対岸は、オーバービリヒ(Oberbillig)というドイツの村で、駅もある。そんな風にルクセンブルク旅行中に、対岸のドイツのことを断片的に知るようになり、オーバービリヒとペルルとが一本の路線上であることを理解したのは、少し後になってからであった。まだ今のように、インターネットで瞬時にこういったローカルな情報を全て調べることができない時代であった。

 といった前置きはそのぐらいにして、今回はこのモーゼル川右岸を走る線に全区間乗ることにした。それは、ドイツのトリアーとフランスのティオンヴィル(Thionville)という所を結んでいる、全長70キロの国際路線である。ほぼ全線に渡り、モーゼル川の右岸を走っており、川の眺めが良い。そして半分ぐらいは川の対岸がルクセンブルクであり、ルクセンブルクの土地を見ながら走る。対照的にモーゼル川左岸のルクセンブルク国内には、川に沿う区間は少ない。車窓からモーゼル川が見えるところは、このヴァッサービリヒのあたりのほんの2〜3分だけである。またモーゼル川は上流ではフランス国内を流れる川となるが、フランス国内には、モーゼル川に沿って川の眺めを堪能させてくれる路線は残念ながらほとんどない。ルミルモン(Remiremont)へ至る路線から途中でところどころ、チラッと見えたり、橋で渡ったりする程度である。

 ところがこの線は、実に乗りづらいこと極まりない路線なのである。まず、土日しか乗れない。ドイツ国内区間だけならば、平日でもいつでも乗れるのだが、国境を越えてフランスへ直通する列車は、週末に一日2往復が走っているだけで、平日は走らない。土日の朝に1往復、夕方に1往復の設定である。夕方の列車は、日の短い季節だと日没後になってしまうが、それでも冬も走っている。平日に全く走らず、土日だけ走る路線であり、しかも景色の良いモーゼル川をたっぷり眺められるのだから、観光路線であって、観光客向けに週末だけ走らせている、というのであれば、それはそれで理解できる。だがそれならば、冬の1往復が日没後というのはどういうことであろう。何とも謎めいたダイヤ設定である。

 今回は土曜の夕方に、フランス側から乗ってドイツへと抜けることにした。日の長い5月だから、明るいうちに全線乗れる。列車の始発駅はフランスはロレーヌ地方(Lorraine Région)最大の都市メッス(Metz)。ルクセンブルクの真南55キロに位置する、人口12万ほどの商工業都市である。

 この線は、実はこの地域への3度の訪問時に分けて、既に全区間、乗ったことはある。特にドイツ側は本数も多いので、その気になれば問題ないし、モーゼル川沿いの眺めの良い駅で途中下車したりもした。問題は国境区間とフランス側である。

 上記は同じ区間の2011年の、私の手製時刻表で、土曜日のダイヤである。この時も、全線を走る国際快速列車は土日のみ2往復で、今と変わらないし、ドイツ国内区間はこのように本数も多い。しかしフランス国内だけの区間列車は、2本しかない。これは土曜ダイヤの場合で、日曜は全くない。平日は国際快速がない代わり、フランス国内列車は3往復であった。

 ところが2013年12月、フランス国鉄は国内区間の普通列車を廃止し、バスに切り替えてしまった。私は2011年に、ティオンヴィル発アパック(Apack)行きの昼の列車に乗ってみた。乗客は数名しかおらず、見事な空気輸送であった。そしてアパックで降りて、歩いて国境を超えてドイツのペルルへ、さらにもう一度国境を越えてルクセンブルクのシェンゲンへと歩いた。アパックもペルルもシェンゲンも、似たような規模の静かで平和そうな村であった。

 そんな風に部分的に分けて乗っており、色々な思い出もあるが、今回はメッスからティオンヴィルを経てトリアーまで、快速の全区間を乗り通してみようというわけである。

 右の時刻表は、今回乗車時点における土日ダイヤのものである。一日2本の国際列車と、私が乗った夕方の列車の前後2本のドイツ国内(ペルル〜トリアー)の普通列車の時刻だけ載せてある。2011年は、土日はトリアーからペルルまで走る列車は2時間に1本で、その間の列車は途中までで折り返していた。だが今は、ペルル〜トリアーの全区間、平日も土日も毎時1本の等時隔運転が実現している。フランス側が寂れる一方なのに対して、ドイツ側は利便性がさらに向上しているという、この対照も、両国の鉄道に対する力の注ぎ方の違いとして興味深いものがある。


メッス Metz


 メッスは、日本語ではメスと書かれている方が多いようだ。どちらが正しいか、議論しても仕方ないのだが、最近普及が著しい列車の自動放送を聞く限り、どちらかと言えばだが、「ッ」が入ったように聞こえる。私は過去にも2度ぐらい下車しており、駅付近はそれなりに歩いている。古い歴史を有する雰囲気のいい街ではある。だが、そういう所はフランスだけでも数え切れないほどあるので、どちらかと言えば、見所が格別多い街とは言えない。


 駅名標は、メッス・ヴィル(Metz Ville)駅である。これはフランスでは良くあることで、英語ならタウン駅、ないしシティー駅だが、実質的に中央駅であることが多い。正式な駅名はどちらなのか、と日本的に考えても仕方ないのだが、いずれにしても、ただメッス駅と言えば、ここヴィル駅を指すことは間違いない。この駅舎は立派だ。日本ほどではないにしても、欧州でも古い駅舎の改築は結構多く、ガラス張りなどのモダンな駅舎に変わってしまう所が増えている。そんな中にあって、この石造りの重厚な駅舎は、あと100年、200年と、建て替える必要もないぐらいに大きくてがっちりしているように見える。

 メッス駅付近  メッス駅付近

 メッス18時22分発の国際列車、ドイツのトレーヴ(Trèves)行き。ドイツにちょっと詳しい人でも、トレーヴってどこだい、と思うだろうが、トリアーのことを、フランス語ではそう言う。それでも駅の発車掲示板などは、きちんと仏独2ヶ国語表示をしているので問題ない。この点はベルギーとは違う。

 メッス駅ホーム  メッス駅の重厚な駅舎内

 空いていそうなことは確認できていたが、良い席に座りたいので、発車15分ほど前にホームに行く。上を道路が覆っているために薄暗い長いホームの、真ん中の地下道のあたりに列車がポツンと停車している。同じホームの反対側には列車はなく、当分発車予定もなさそうである。ガランとした寂寥感を感じる。列車は新型の1輌のディーゼルカーである。最近、フランスのローカル線はほとんどこれになってしまったような気がする。私の最近の体験では、バスク地方のバイヨンヌ〜サン・ジャン・ピエ・ドゥ・ポールの山村ローカル線が、やはりこんな車輌であった。

 発車案内ではトリアー行きは2ヶ国語表示  7番線にたたずむ1輌のトリアー行き

 人の気もない寂しいホームであったが、それでも車内には何組かの先客がいて、モーゼル川が見える進行左側のボックス席は全て埋まっていた。そして、乗った瞬間の雰囲気も、どことなく客層が違う気がする。何故かというに、ドイツ系の人が多いのである。もとより見ただけではっきり区別がつくわけではないが、顔つき、服装、雰囲気、そして話していればその言語で、何となくそれを感じる。少なくともフランス国内のローカル電車の雰囲気とは違う。


メッス〜アパック Metz - Apach


 やっと間に合ったという雰囲気を漂わせた車掌が、発車1分前に「ボンジュール」と挨拶しながら、乗客用のドアからかばんを引きずって急ぎ足で乗ってきた。そして定刻に発車。乗客は30名ほどだろうか、席の半分が埋まる程度である。

 メッスからティオンヴィルまでは、幹線を走る。町外れでモーゼル川の鉄橋を渡れば、スピードを上げる。新型であっても、気動車は気動車で、特に加速時に、電車とは違った唸りを出す。この区間は、スイス国境のバーゼルとルクセンブルクを結ぶ幹線で、快速・普通電車が1時間に1〜2本、走っている。フランスの地方都市としては運転本数も多い。

 メッスへの通勤用と思われる近郊の小駅は通過して、最初の停車駅は、アゴンダンジュ(Hagondange)。3名降りて1名乗ってきた。この区間は本線の列車がそれなりに走っているから、何も選んでこの変わった列車に乗る必要はないわけだが、たまたまであっても、タイミングが合えば乗って構わない。トレーヴ行きという見慣れない行先の列車に戸惑う人もいるだろう。

 アゴンダンジュ駅  ティオンヴィル到着

 アゴンダンジュまでは住宅地が多かったが、その先は住宅が減る代わりに工場が目立つようになる。そして次がティオンヴィル、メッスとルクセンブルクのちょうど中間に位置する小都市である。メッスで乗った時には、ドイツ系の顔つきをした乗客が多いと勝手に感じたのだが、ここフランスのティオンヴィルで、乗客の半数は席を立って降りてしまった。代わってここから乗ってくる客は1名だけ。早くも閑散としてしまった。

 ティオンヴィルを出ると、沢山の貨車が滞留した所を抜ける。こういった貨物列車が沢山停まっているのは、国境に近い分岐駅だからだろうか。やがて、まっすぐ北上する本線と分岐して、こちらは右へのローカル線に入る。少し前までは平日3往復のフランス国内ローカル列車が走っていたが、今は旅客列車は土日のこの国際列車だけ、という区間である。そんな超閑散線区だが、複線なのである。これは貨物輸送のためであろうか。今はそうでないとしても、きっと昔はそういう重要路線だったに違いない。

 ティオンヴィル発車直後の車内  フランス区間の平凡な農村風景

 のんびりした車内を車掌が検札に回る。車窓は概して平凡な農村地帯だが、左手に異様な建物が見える。原発である。フランスは原発大国の一つで、こういった国境近くの僻地で今もいくつも稼動している。僻地とはいえ、そこまで人口稀薄な過疎地ではないし、もし事故を起こせば、ルクセンブルクとドイツへも影響をもたらす立地ではあるのだが。

 列車は時速80キロ前後だろうか、快速でものろのろでもない適度な速さで進む。荒れ果てたとしか言いようのない3つの駅を通過する。少し前までは平日3往復のローカル列車が来ていた。2011年に私はその列車に乗ったが、その時にして、この途中駅の寂れようは何とも言えなかった。今は平日は列車がなくなり、土日の国際列車のうち一部が停車するが、この列車は停まらない。朝の列車は停まるのに、夕方の列車が停まらないのは不思議だ。フランス国内の駅だから、駅を廃止しないためのお義理停車だとしても、朝よりも、メッスやティオンヴィルからの帰宅客が多少は使いそうな夕方の列車を停めた方が良さそうに思うが。もうそんな事もどうでもいいほど、利用者など当てにしていないのかもしれない。もしかして、今のこのダイヤは、利用者ゼロを口実に完全廃止するための第一段階なのだろうか。

 そして、昔からの国際快速の停車駅、シエルク・レ・バン(Sierck-les-Bains)に停まる。中年女性が一人下車、ご主人らしき人がホームに迎えに来ていた。古いが大きな駅舎がある。ここは一応の町らしい町で、駅を出て間もなく右手に、レストランやホテル、そして保険代理店なども見えた。もっと本数があれば、それなりに利用者が見込める気もするが、もうそういったやる気もないのだろう。

 シエルク・レ・バン駅  シエルク・レ・バン駅

 シエルク・レ・バンを出ると、左手にモーゼル川が近づいてくる。この先は終点近くまで、ほぼモーゼル川に沿って走る。このあたりは対岸もまだフランスだ。そして間もなく国境駅アパック。フランス国内ローカル列車の折り返し駅だったところだが、今はここで折り返す国内列車はない。


 アパックは、小さくて平和な村である。国境という緊張感など、全くない。ホームは長く、駅構内は、ドイツ側が異様に広く、操車場のようになっている。停留中の貨物列車は少ない。この規模を見れば、かつてはここがフランスとドイツを行き来する貨物の一大通関拠点だっただろうとの想像がつく。実際、後から調べてみると、アパックはドイツから石炭などをロレーヌ地方の製鉄所に送る貨物の通関で戦前から栄えていたらしく、戦後もモーゼル川の海運との競争に力が入り、様々な貨物の通関で隆盛を極めたという。今もこの路線のフランス区間は貨物輸送のためにあるようなものだが、シェンゲン協定により通関の必要がなくなったため、ほとんどの貨物列車はただ単に通過していくだけのようである。かつては税関職員が大勢住んでいて賑わった町だったのだろう。

 アパック駅の荒れた感じのホーム  アパック駅の裏手は葡萄畑

 駅の裏手はモーゼル川で、その対岸は一面の葡萄畑である。モーゼル川沿岸は、モーゼル・ワインという白ワインの産地としても名高い。モーゼル・ワインと聞けばドイツワインの一種と思う人が多いらしいが、このあたりのフランスの葡萄を使ったフランス産のモーゼル・ワインもある。そしてこの先、モーゼル川の左岸はルクセンブルクであり、ルクセンブルクにも醸造所があり、ルクセンブルク産のモーゼル・ワインもある。Made in Luxembourg は、それ自体、稀少価値があるが、実際、国内消費が大半で、輸出市場にはさほど回っていないらしい。だからわざわざルクセンブルクまで飲みに来る熱心なワイン・ファンもいるという。


アパック〜トリアー Apach - Trier


 アパックと次のペルルは、実距離で1.6キロしかない。実際、私が以前に歩いた時も、写真を撮りながらのんびり歩いて20分ほどであった。列車が滅多に走らない国境区間だから何か制限があるのか、この一駅間はのろのろと徐行で走る。電源切替もあるらしいが、これは気動車だから関係ないだろう。列車内から国境の場所は明確にはわからない。踏切が一つあり、その先に工場がある。その工場の表記がドイツ語だったから、もうドイツに入ったらしいとわかる。と同時に、左手の川の対岸もフランスからルクセンブルクのシェンゲン村になった筈である。ほどなくシェンゲンからの道路橋の下をくぐり、ペルルに停車した。

 アパックを出ると貨車の横を通る  ドイツ国境駅ペルル

 見覚えのある古くて立派な駅舎がある。一般客の乗降はゼロだが、ドイツ国鉄DBの名札だけつけた私服のおじさんが一人乗ってきた。エンジニアか何からしいが、車掌ではない。車掌はフランスの車掌が終点まで乗務するらしい。ここはドイツの小さな村だから、フランス側から帰宅するような人もいないのだろう。そしてこのあたりの主要都市トリアーへ、こんな時間から列車で出かける人も、滅多にいないだろう。そして駅から徒歩5分で着ける対岸のシェンゲンも、名前こそ有名だが、住人も少なく、観光客も来ない。ペルル駅の停車は、利用客を見込んでではなく、単に国境駅としての停車に過ぎない。それでもドイツの駅だから、平日も休日もトリアーからの列車が1時間に1本やってきては折り返していく。そういう折り返し駅のため、複線区間なのにホームが片面しかない。

 ネニッヒ駅  ネニッヒの先で葡萄畑に沿う

 ドイツ国鉄の毎時1本の列車は全て各駅停車だが、この列車はここから、コンツ・ミッテ(Konz Mitte)まで、途中駅は全て通過する。コンツ・ミッテは、もうトリアーに近い。ペルルからコンツ・ミッテまで、ほぼ全区間が、モーゼル川に沿う眺めの良い区間である。今日はこの珍しい列車に乗ること自体が一番の目的だから、これを選んだが、本音を言うと、ここはドイツの鈍行でゆっくり行きたい所だ。

 ファルツェム〜ヴェア間  ヴィンチェリンゲン手前でモーゼルに架かる橋

 複線区間だから無停車のはずだが、列車は2つ目のネニッヒ(Nennig)で停まってしまった。2分ほどすると、ドイツ語でアナウンスが入った。乗務しているのはフランス国鉄のフランス人の車掌だと思うのだが、ティオンヴィルから先の乗客はドイツに帰るドイツ人ばかりだからか、当たり前のようにドイツ語だけで放送する。

 2011年撮影の写真から
 ニッテル駅
 オーバービリヒからヴァッサービリヒを望む
 オーバービリヒ駅

 私は何を言っているかわからないが、それを察したらしく、通路向かいのボックスに座っている中年夫婦の奥さんの方が、最初はフランス語で、それも駄目だと思うと次に英語で話しかけてきてくれた。それをきっかけに少し話をする。トリアーに住んでいてフランスに出かけた帰りだそうだ。トリアーはドイツ有数の歴史が古い街であること、モーゼルの白ワインは有名でおいしいことなど、こちらも多少知っていることだが、しつこくなく親切で控えめなお国自慢で好感が持てた。感じの良い人で、もう少し話をしてみたくもあるが、それをすると車窓が眺められなくなる。

 5分ほどの臨時停車を経て無事動き出し、その後は快調に走った。モーゼル川はずっと進行左手なので、私はしばらく席を立って、ドアの所へ立って景色を眺め、カメラを取り出す。ドイツは欧州の中では鉄道マニアがいる方の国だとは思うが、あのトリアーの奥さんは、私がモーゼル川を好きだと思っているらしく、鉄道が好きでこの列車を選んで乗っているという風には理解していないようであった。

 徐行するほどの急カーヴはないが、ゆったりしたモーゼルの流れに沿って走るので、カーヴは結構多い。対岸はルクセンブルクで、どちらかというとドイツ側の方が家が多く、ルクセンブルク側に葡萄畑が目立つ気がする。どちらの側にも、モーゼル川と葡萄畑の丘に挟まれた豊かそうな集落があり、折からの好天の夕陽を浴びた風景は、見事な一枚の絵になっている。ホームがモーゼル川沿いにピッタリくっついた駅もある。ここはやはり各駅停車でゆっくり停まりながら乗りたい区間だ。

 ヴァッサービリヒが対岸に見えた。シュール川に架かる国境の橋も、一瞬だが見える。対岸がルクセンブルクなのはここまでで、この先は両岸ともドイツになる。オーバービリヒ通過。モーゼル川の川幅が広がった気がする。

 このあたりは、モーゼル川の両岸とも線路が川に迫っている、数少ない区間である。対岸は、ヴァッサービリヒからドイツ最初の駅、イーゲル(Igel)までの一駅が、ほぼモーゼル川に沿う。対するこちらが少しだけ離れてしまうのだが、それでも対岸を走る列車も見える所があるかもしれない。

 コンツ・ミッテ駅

 モーゼルがやや離れ、住宅や建物が増え、にわかに都会的な風景になると、モーゼル川の支流、ザール川を渡り、コンツ・ミッテに着く。ザール川はこの駅のすぐ北西でモーゼル川に合流している。コンツはトリアーの衛星都市のような町である。ホームのベンチに座って本を読んでいた青年が、見慣れぬ列車が入ってきたのを見て慌てて運転室に駆け寄り、運転手に何か訊ねている。それからこの列車に乗ってきた。他に乗降客はいない。

 コンツ・ミッテからは風景は平凡になるが、鉄道路線的にはしばらく面白い。そもそもなぜこの駅名に、中を表す「ミッテ」がついているかというと、本家のコンツ駅は、この駅の南、僅か500メートルほどのところにある、ザールブリュッケン(Saarbrücken)とトリアーを結ぶ線の駅である。他方でこの駅の北東、やはり500メートルぐらいのところには、クロイツ・コンツ(Kreuz Konz)駅がある。そちらはイーゲルの次の駅であり、線路はイーゲルとクロイツ・コンツの間でモーゼル川を渡って、こちらの岸にやってきた。それら3本の線が合流し終わったところに、次のカルトハウス(Karthaus)駅があるが、この列車は通過する。その間も、トリアー中央駅に寄らないための短絡線などが入り組んで存在しているので、このあたりはゴチャゴチャと色々な線路が輻輳している。

 その先でまた広くなったモーゼル川に少しだけ沿うが、それも僅かの区間で、中都市という感じの街に入るとほどなく、終着駅トリアー中央駅(Trier Hbf)へと滑り込んだ。


トリアー Trier


 ティオンヴィルから1時間あまり、乗客の出入りもほとんどなかった。改めてここトリアーで下車する人はどういう人達かと眺めてみるのだが、恐らく大半が、こういう列車があるならばちょっと日帰りでフランスにでも遊びに行ってみようか、という、トリアー在住のドイツ人ではないかと想像する。


 赤い車輌が中心のドイツの駅にあって、このフランス国鉄の気動車は、やはり異質の存在であろう。何人かが、変わった列車が入ってきたな、という目で見ている。列車は客を降ろすとドアを閉めて、一旦先の引込み線へと移動していった。そして別のホームへ戻ってくると、20時05分発メッス行きとして折り返す。十数名が待っていて乗り込んでいた。この線の国際列車は全てフランス国鉄の片乗り入れのようで、車輌も乗務員もフランス国鉄がトリアーまでそのままやってくる。

 折り返しメッス行きとなる  工事中のトリアー駅舎

 前回、この駅で降りたのは2012年なので、もう3年も経ってしまったかとの思いだが、その時、駅舎は工事中で、覆いがかかっており、絵にならなかった。それが今回も、前回よりはマシだが、入口あたりは覆いがある。まさか3年も工事が続いているのだろうか。

 トリアー駅付近  トリアーの有名な壁と門・ポルタ・ニグラ

 7月の長い日は、まだしばらく持ちそうである。トリアーは、日本ではさほど知名度はないが、ドイツ有数の古都であり、ドイツ人なら誰でも知っている街である。汽車に乗ってばかりでなく、ゆっくり歩いてみたい街ではあるのだが、それ以上にこのあたりには面白い鉄道が色々あるので、いつも駅前旅行だけで終わっていた。今回は日没まで多少の時間があるので、この旅ゆかりのモーゼル川を見に行くことにした。駅からしばらく、風情のある街並みが続いており、大きな壁と門もある。その向こうは結構、観光客で賑わっているものの、全体的には観光都市というほどの感じはしない。そしてモーゼル川に向かって歩くと、平凡で寂しい郊外の風情になった。

 トリアーのモーゼル川畔  夜のトリアー駅

 それでも駅から20分ほどで、モーゼル川に架かる橋のたもとまで来た。川には遊覧船が出ており、川沿いにはレストランやバーが並び、夏の土曜の夕方を大勢の人が優雅に楽しんでいる。こうしてドイツにやってくれば、いやでも最近のギリシャ危機の事を考えてしまう。この豊かな光景をギリシャの人が見たらどう思うのだろう、と、やはりそんなことを考えてしまった。



欧州ローカル列車の旅:メッス〜トリアー *完* 訪問日:2015年7月18日(土)


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