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シャルルロワ~クヴァン 目次


目次 ベルギーの非電化路線 Non-electrified Lines in Belgium
シャルルロワ~クヴァン Charleroi - Couvin
クヴァン Couvin

ベルギーの非電化路線
Non-electrified Lines in Belgium


 ベルキー国鉄SNCBのサイトからは、国内全線全駅を網羅したPDFの路線図がダウンロードできる。眺めているとなかなか楽しい。サイトの同じページからは各路線の時刻表もダウンロードできる。時刻表の方は、フランス語版とオランダ語版があるが、路線図は一つだけである。よって駅名は、ブリュッセル都市圏は2ヶ国語で、フランス語圏のワロン地域はフランス語で、オランダ語圏のフランデレン地域はオランダ語で書かれている。但し一部のボーダーエリアでは、カッコ書きで2つ目の言語でも書かれているなど、微妙な地域性がうかがえる。実際、ブリュッセル以外でも、ボーダーエリアの一部の駅は現地駅名標も2ヶ国語表記の所がある。それがどこか、ということも、この地図から想像ができる。

 路線は赤と緑の2種類があり、ほとんどが赤である。何かと思えば、緑線は非電化路線であった。一般の鉄道利用者にとって、それほど重要な区分とは思えないが、とにかく非電化路線がどこかも一目でわかる。数えてみると6路線。うち4路線は北西部のヘント(Gent)周辺に点在している。うち2路線は行き止まりの盲腸線、他の2路線は両端で電化路線とつながっている。もう1路線は北東部の地味な所にあり、両端で電化路線に連絡している。最後の1つは南部にある盲腸線で、これが一番長い。


 ベルギーは何度となく来ているが、そう言えばベルギーで気動車に乗った記憶がない。もしかしたらどこかで乗っているのかもしれないが、それよりベルギーは、割と最近まで吊り掛けモーターの旧型電車が活躍していて、その印象が強いので、気動車列車に乗っていたとしても、印象に残っていないのかもしれない。

 この路線図を眺めているうちに、どこか非電化路線に乗ってみたくなってきた。そこで、6線区の中で一番長い、南部にある53キロの路線を選んだ。それは、工業都市であるシャルルロワ(Charleroi)から南に垂れ下がっていてクヴァン(Couvin)というフランス国境に近い町までの線である。ワロン地域唯一の非電化路線でもある。片道ちょうど1時間。非電化ローカル線でも、1時間に1本走っているので、スケジュールも組みやすく、乗りやすい。少ない本数のローカル線に乗るために時刻表と格闘するのも、楽しいと言えば楽しいが、ここならそういう苦労もなく、シャルルロワで3時間ほどの時間を確保すれば、往復してくることができる。

 シャルルロワ・セントラル表口駅舎  中央駅の駅前を通るトラム

 シャルルロワは、人口ではベルギー第4位で20万強、ベルギー有数の産業都市である。フランス語圏のワロン地域では人口最大の都市で、ワロンの首府ナミュール(Namur)やワロン東部の代表都市リエージュ(Liège)をも上回る。観光地が少ない分、日本人には知名度が低い都市だと思うが、シャルルロワ空港が格安航空会社ライアンエアの一大拠点として発展しているため、最近の欧州人には馴染みのある地名である。ブリュッセルにもさほど遠くないため、シャルルロワ空港は実質、ブリュッセルの第二空港としての機能が強い。


 シャルルロワの中心駅は、長らくシャルルロワ・スュド(Charleroi-Sud)駅、つまり南駅であった。名前の通り、市の南部に位置するものの、紛れもない鉄道の中心駅であり、ターミナル駅であることから、つい最近の2022年12月、シャルルロワ・セントラル(Charleroi-Central)に改称された。クヴァンへのローカル線もここが起点かつ始発である。

 裏ぶれて雑然とした駅の南側  クヴァン行きは10番線から発車

 セントラル駅への改称と関係あるのかどうか、北側の表口は駅前が真新しく整備された感じで、ピカピカの近代都市の印象であった。駅舎は昔からであろうが、これも立派だ。だがそんな立派な駅なのに、一歩入ると古びた地下道は狭く薄暗い。そして地下道を抜けて南側出口、つまり裏口に行くと、そこは駅前らしい駅前も商店もなく、いきなり高速道路が上を通っている。これから整備するのだろうが、工事の柵などで雑然としていた。

シャルルロワ~クヴァン Charleroi - Couvin


 本日乗車するのは、シャルルロワ・セントラル発12時21分のクヴァン行き。発車ホームは奥の方にある10番線。裏口に近い側である。


 金曜でも12時はまだ平日の閑散時間帯である。ホームには2輌編成の綺麗な気動車が停車しており、発車を待っていた。乗り込めば案の定、空いていて、ボックスシートの空きもいくつかあった。

 この線は、途中駅10駅、平均駅間距離4.8キロで、シャルルロワ以外に突出した大きな町のない盲腸路線であるが、平日ダイヤでは、シャルルロワ側に通過駅が4つほどある。これら通過駅は、日中は全く列車が停車しない。早朝と夕方の一部の列車が各駅停車となる他は、これらの駅に停まる、ワルクール(Walcourt)までの区間運転の列車が2.5往復設定されている。シャルルロワ発で言うと、平日は早朝5時台から22時台まで、クヴァンまでの列車が1時間に1本、確保されている。

 他方、土日は思いっきり減便されており、全駅停車の列車が2時間に1本で、合計8往復と、平日の半分以下に減る。需要に合わせたきめ細かなダイヤと言えばそうだが、平日も全列車を全駅停車にしても、所要時間も6分程度の違いだし、問題ないような気はする。最近の日本なら、こういう所はもっと合理化して、全列車全駅停車にして最低限の本数で賄ってしまうと思う。

 まずまず快適な車内  最初はいかにも工業都市の風景

 定刻に発車、沢山の線路をかき分けつつ左カーヴで南へ進路を取る。そのあたりの両側の景色は、典型的な工業地帯、産業地帯である。それもやがて落ち着き、左側通行の複線になる。4分ほどで田舎の景色になり、渓流も現れる。この渓流はシャルルロワを流れるサンブル川の支流である。サンブル川は東を流れるミューズ(ムース)川の支流であり、ミューズ川こそ、このあたりの大河である。このシャルルロワ~クヴァンは、複数のミューズ川の支流を横切るようにして走る路線であり、川に沿って遡る路線ではない。標高差も少なく、平坦に近い地形であるが、それでも実際に来てみれば、緩やかな起伏が多く、短いトンネルもいくつかある。

 ベニエを一瞬で通過  最初の停車駅アム・シュル・ウール

 ジャミウル(Jamioulx)、ベニエ(Baignée)という2つの駅を一瞬で通過。朝夕の通勤時間以外は列車が停まらないが、ジャミウルの方はそれなりに人家も多く、シャルルロワへはバスの便が良いようである。

 短いトンネルを出ると、最初の停車駅アム・シュル・ウール(Ham-sur-Haure)。相対ホームの停留場で、車窓から見る限り、通過駅と大差ない小さな集落の小駅であった。乗降客も少ない。

 プリーという小駅を高速で通過  折り返し列車もあるワルクール駅

 複線区間なので、反対列車と走行中にすれ違い、プリ-(Pry)という小駅を通過すれば、間もなく2つ目の停車駅、ワルクール。車窓から見る限り、特に大きな町ではなさそうだが、3番線まである構内の広い駅で、シャルルロワからここまで区間運転の各駅停車もある中核駅である。シャルルロワから21キロという距離なので、この辺りまでが、シャルルロワのベッドタウン要素が強いのかもしれない。そういう所は昼間の利用者は少ないものである。

 車窓から見るワルクール駅前  車窓から見るイヴ・ゴムゼの町並み

 ワルクールを出ると単線になった。駅間距離も長くなり、以後は地図で見ると、駅のある所はどこも小さな町を成している。いずれも鉄道以前の中世からの歴史がある町なので、鉄道が主要な町に寄るように通されたのであろう。クヴァンはシャルルロワの真南だが、線路はかなり迂回しており、ほぼ東西に走る所もある。他方の主要国道である5号線は、シャルルロワからクヴァンまで南北にほぼ真っすぐ貫く、片側2車線の立派な道で、44キロの距離である。対する鉄道は53キロと、だいぶ遠回りしている。その立派な国道5号線をオーバークロスする所もあるが、道路も空いていた。

 そんな、線路が東西に走る区間にある次のイヴ・ゴムゼ(Yves-Gomezée)も、歴史ある古い町である。かつては城もあったが、第一次大戦で破壊されたそうだ。

 沿線には牧場も点在する  途中最大の町フィリップヴィル

 次のフィリップヴィル(Philippeville)は、途中の町では最大で、シャルルロワ中央駅の発車案内も、フィリップヴィル方面クヴァン行き、という表示であった。ここは下車客が目立った。

 フィリップヴィルから次のマリエンブール(Mariembourg)は12キロあり、この線で最長の駅間距離である。といっても景色はどうということもなく、基本は農牧地帯で、風力発電機も目立ち、時に小さな集落もある。フィリップヴィルはスペイン王フェリペ2世にちなんだ人名地名であり、マリエンブールはハンガリー王妃マリア・フォン・エスターライヒにちなんだ、やはり人名地名である。どちらも16世紀の人で、マリアの父はフィリップだが、別人である。そもそもがフィリップやマリアは今日に至るまでありふれた名前であり、歴史上の人物も山ほどいる。そのあたりを調べ出すとこの旅行記を書く何倍もの時間がかかりそうなので詳細は省略するが、とにかくかたやスペイン王、かたやオーストリア・ハンガリーの王妃というように、ベルギーの隣り合う町なのに、由来人物の方向は正反対である。この辺りは過去何度となく、そういった領土争いの激戦地となり、オランダ領になったりフランス領になったりしている。マリエンブールも壁に囲われた城塞都市であったが、19世紀に壁は取り壊され、今はほとんど痕跡が残っていないらしい。

 駅がない所にもまとまった住宅地もある  反対ホームが学生で賑わうマリエンブール

 そのマリエンブールは、終着の一つ手前だが、構内は広く、側線が何本もある。ここで二度目の反対列車との行き違いがあるので3分の停車時間が取られている。反対列車のホームは大勢の若い学生で溢れていた。金曜午後なので、もしかすると寮制高校の学生が実家へ帰る所なのかもしれない。

 マリエンブールを発車すると、進行左手の側線群はさらに広がり、廃車の客車などがみられる。最初はそういう廃車が留置されているだけかと思ったが、鉄道博物館になっているのがわかった。扇形機関庫の跡もあり、様々な車輌が展示してある。ここは博物館だけでなく、ここで分かれる廃線が保存鉄道になっている、と、この時初めて知った。

 マリエンブール発車後左手に見える保存鉄道  扇形機関庫の脇を通る

 後で調べてみると、このマリエンブールから分かれ、トレーニュ(Treignes)を経てフランスのヴィルー(Vireux)までの鉄道は、歴史も古く、もともとは沿線で採れる石炭を輸送するため、馬車鉄道からスタートしており、のち蒸気鉄道となり、シャルルロワの産業発展に大いに貢献した、歴史ある鉄道なのである。一般旅客輸送は1963年まで、貨物輸送は1977年まで行われており、複線区間すらあったという。対するマリエンブール~クヴァンの、今回乗車する最後の1駅間の方は、1854年の同時期に支線として開通した。そのためベルギー国鉄の路線番号は、今日もここを境に変わるのである。そして1973年以来今日まで、マリエンブール~トレーニュ間14キロが、非営利団体による保存鉄道「3つの谷の蒸気鉄道」(Chemin de fer à vapeur des Trois Vallées)として運営されているという。サイトを見ると、2024年の運転日は4月1日から11月3日の土日で、7~8月は平日の一部も運転される。今日は運転日ではないので、保存鉄道目当ての観光客もおらず、およそレジャー色のない列車であったが、保存鉄道運転日はまた違う客層で賑わうのかもしれない。

 まっすぐトレーニュへ向かう線に対して、こちらは支線らしく右カーヴでさらに南下し、似たような単調な景色の最終区間に入る。クヴァンが近づくとにわかに景色が開け、右手に近代的なショッピングセンターが見えると、ゆるりと停車した。そこが終着クヴァンであった。

クヴァン Couvin


 今ひとつパッとしない天候も相まって、単調で格別とは言えないローカル線の旅。その印象は終着クヴァンに来ても変わらなかった。駅は一応は島式ホームだが、使われている線路は片側だけで、もう1本は線路が錆びており、出口寄りには落書きだらけの廃貨車が置いてある。駅舎は無く、入口近くにポツンと自動券売機があるだけの、終着駅の旅情もないあっけらかんとした所であった。

 終着クヴァンに到着  駅前広場とショッピングセンター駐車場が一体

 駅のすぐ横がショッピングセンターで、広い駐車場がある。どちらかというと、ショッピングセンターが主役で、その駐車場の片隅が駅とバスターミナル、といった感じである。ラ・クヴァノワズ(La Couvinoise)というのがショッピングセンターの名前で、ウェブサイトを見ると、トップページの下に、450台の駐車場や駐輪場があると書いてあるが、公共交通の記載はない。さらに「アクセスとコンタクト」をクリックすれば、やっと鉄道やバスなどの情報が出てくる、といった具合で、駅横ではあっても、車主体の田舎社会に向けた宣伝になっている。

 駅横はバスターミナルでもある  ショッピングセンターの方が目立つ駅入口

 1時間に1本の等時隔ダイヤであり、一つ手前のマリエンブールが交換駅なので、折り返しまでの時間は46分ある。特に見どころもなさそうな終着駅周辺を一回り散歩するには手頃な長さなので、町の中心へ向けて歩いてみる。


 駅とショッピングセンターに背を向けて市街地へ向けて歩き出せば、そのあたりも、それ以前からあると思われる飲食店や小売店が点在している。賑わっているとは思えず、いかにも垢抜けない古びた店が多い。さらに10分ぐらい歩いたあたりが市街地らしく、おしゃれなレストランなども見られたが、良い意味での田舎臭さが残る、一昔前の風情を留めた地味な町であった。

 典型的なあか抜けない田舎町の風情  町を流れるロ・ノワール川

 町を流れるのは、ミューズ川の支流、ヴィロアン川のそのまた先端の支流である、ロ・ノワールで、英訳すればブラックウォーターである。源流はフランスで、ベルギーのクヴァンの下流でヴィロアン川となり、マリエンブールから出ていた保存鉄道に沿い、またフランスへと流れる。フランス領内でミューズ川に合流。ニューズ川はそこからまたベルギーへ入り、ディナン(Dinant)、ナミュール、リエージュなどの著名な街を通り、オランダへ入ってマース川と名を変える。そちらの方は何度となく行ったことがあるし、ミューズ川沿いには景色の素晴らしい観光都市も多い。それらと比べてしまうとここクヴァンの川の眺めは格別なこともなく、これでは観光客が来ないのも納得、という眺めであった。

 クヴァンは19世紀は鉄で栄え、20世紀はストーヴ生産で知られたそうだ。5社ものストーヴ・メーカーがあり、その一つがショッピングセンターと同じ名前の、ラ・クヴァノワズだったので、もしかすると、ショッピングセンターはその跡地なのかもしれない。今、この町にストーヴ・メーカーは1社だけ残っており、従業員20名程度らしいので、もはや町の主要産業とは言えない。

 道路標識もどこかレトロ  戻る列車の行先はシャルルロワ南行き

 駅へ戻る。列車の行先表示は、駅名改称から1年以上経っているのに、シャルルロワ南駅のままであった。日本ならきっと、改称のその日に目に付く所はきちんと入れ替えるだろう。日本に生まれ育って日本の鉄道に馴染んでいれば、そんなことは当然と思うが、ヨーロッパ各国の鉄道に乗れば、日本の方がきちんとしすぎているのだということに気づく。もちろん、それが日本の良さであるし、否定するわけではない。ただ、その準備に前の晩は夜遅くまで作業したりと、日本の現場の人は大変で、こちらではそこまでしないのだろうなと思う。

 ぶらりと鉄道に乗って景色を楽しむ旅として、この路線は特段お勧めではないが、乗車を機会に沿線の歴史や産業を調べれば、興味は沸いてくる。逆に言えば、そういったことに興味を持って乗ったり沿線の町を訪ねないと、乗るだけでは退屈な線かもしれない。それでも列車は往復とも快適で空いており、乗り心地も良い。地味ながら悪くないローカル線の旅ではあった。そして、観光客と思われる乗客は全く見かけない、地元色たっぷりの旅であった。



欧州ローカル列車の旅:シャルルロワ~クヴァン *完* 訪問日:2024年05月17日(金)


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