欧州ローカル列車の旅 > 2022年 > ポルトガル > アルガルヴェ線
目次 | アルガルヴェの鉄道 Railway in Algarve |
ファロ~ラゴス Faro - Lagos | |
ファロ~ヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオ Faro - Vila Real de Santo António |
コロナウィルス感染症によるパンデミックが思いのほか長引き、欧州ローカル線巡りは前回から実に2年半が空いてしまった。しかもまだ終息したわけではなく、各地に入国規制やマスクその他の制限が残っている。ポルトガルは、この旅行を実行した2022年4月の時点で、日本のワクチン接種証明では入国できない国の一つ。しかしEU共通の接種証明があれば、問題ない。日本に住んでいてポルトガルに行きたくて仕方ない人がいるとしたら申し訳ないが、それ以外にも色々な理由から、コロナ後最初の欧州鉄道旅行はポルトガル南部のアルガルヴェ(Algarve)地方を選んだ。空港のある中心都市はファロ(Faro)。
今日のアルガルヴェは、スペインの地中海沿岸同様、太陽を求める欧州のホリデーリゾートとして賑わっている。そこをほぼ海沿いに、全長140キロに及ぶ比較的長いローカル線、アルガルヴェ線が走っている。1本の路線ではあるが、中ほどにあるファロで運転系統が分かれている。構造上は直通運転も可能だが、ファロを跨いで直通する列車は一本もない。そして今回は空港のある街ファロを起点に、まず西へ終点まで行って戻り、次に東を終点まで、という乗り方をしたため、両端の駅名ではなく線名を表題にした。
アルガルヴェ地方の中核にあるファロ空港は、欧州域内便に限ればリスボンやポルトと遜色のない便数を有する大空港になっている。しかしもともとポルトガルで人口が多く、産業が発達しているのは、二大都市であるリスボンとポルトを中心とした中部から北部で、その中でもスペイン国境と離れた西側である。対する南部は人口も少なく、大きな都市もない。アルガルヴェ地方も、今でこそ観光業で栄え、潤っているように見えるが、もともとは国内でも第一次産業比率が高い地域である。首都リスボンとの往来も、例えばポルトなど北部と比べれば断然少ない。鉄道も、路線図や運転本数を見れば一目瞭然である。リスボン方面からアルガルヴェへの鉄道路線は一本だけで、電化こそされているものの、ごく一部を除き単線である。リスボンからさほど遠くないピニャル・ノヴォ(Pinhal Novo)という所から、アルガルヴェ線に合流するチュネス(Tunes)まで289キロもの区間が、特急列車1日5往復のみの運行で、それ以外のローカル列車は走っていないし、分岐・合流する支線もない。特急はチュネスでアルガルヴェ線に合流した後、乗り入れてファロまで走る。アルガルヴェ線の中では、チュネス~ファロ間38キロが単線電化で特急も走る区間であり、それ以外は単線非電化で、2輌編成の気動車による普通列車のみの運行区間となっている。
そういった、首都リスボンから見れば閑散路線を南下してたどりつくファロであるが、この概ね海に近い所を走る実質2本の線は、まあまあ利用されているように見受けられる。少なくとも将来に渡り、廃止の心配はなさそうなローカル線である。
ファロを中心に見ると、西へ向かうのが全長84キロのラゴス(Lagos)までの線である。ラゴスは人口3万だが、途中にそれより大きな町がいくつかある。途中まではリスボンへの特急も通る路線でもあり、私は何となく漠然と、こちらがメジャーと考えていた。他方、東へ行く線は、ヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオ(Vila Real de Santo António)という、人口2万の長い名前の町へ行く、やや短い56キロの線である。地名が長いので、本稿では以下「ヴィラ・レアル」と略すが、ポルトガルには北部に、より大きなヴィラ・レアルという人口5万の市があるので、本当はこのように略すべきでないだろう。長いので、現地でもさまざまに略されているが、ヴィラ・レアルだけで、以下を完全に省略する略し方は見かけない。ヴィラ・レアルをV.R.と略し、その後をある程度綴っている書き方も良く見かける。
このアルガルヴェのヴィラ・レアルはスペイン国境の町で、川を挟んで対岸のスペインの町アヤモンテ(Ayamonte)という所とをフェリーが結んでいる。こちら「東線」は途中の町も小さいので、より寂れているとのではいう漠然とした先入観があった。しかし今回、訪問に際して調べていくと、ファロ~ラゴスより、ファロ~ヴィラ・レアルの方が、運転本数も多く、平均駅間距離も短いという事実を発見した。そういった東西対比の乗り比べもまた楽しみな路線である。
今回は渡航前に、ポルトガル国鉄のウェブサイトから時刻表をダウンロードし、日本製の無料ダイヤグラム作成ソフト"OuDia"を使って全線のダイヤグラムを作ってみた。なかなか便利なソフトウェアで、この程度のローカル線のダイヤ作成なら、さほど時間もかからない。列車を使ってあちこちを効率良く回ったり、乗車して行き違い列車の予備知識をつけたりと、数字を羅列した時刻表にはない良さがあるので、お勧めである。
そうして乗車予定の前の晩、ファロ空港に着いた。ホテルに行く前に駅に寄ってみる。思ったより小ぢんまりした駅舎で、すぐに列車がないからか、閑散としている。自動券売機などはないが、窓口が一つ開いており、男性の係員が一人ポツンと座っていた。
明日からの切符が今買えるか尋ねてみる。イギリスなどからのリゾート客が多いエリアだけに、英語は問題なく通じた。あらかじめポルトガル国鉄のサイトで調べてきた、アルガルヴェ線全線2日間乗り放題の切符がある。それを買いたいのだが、「何とかパス」といった切符の名称が無い。国によってはこういう時、言葉がわからないと難儀なのだが、英語で説明したら、すぐ理解してもらえた。しかし購入には何とパスポートが必要であった。ツーリスト用だから地元の人に買えないようにしているのか、単なる身分証明チェックなのかはわからないが、とにかくそれで簡単に買えた。出てきた切符を見ても、パスポート番号などはどこにもない。
値段は調べてきた通り、20.90ユーロ。ポルトガルはまだ鉄道運賃が割と安くて、例えばファロからラゴスまで84キロが、普通運賃で7.50ユーロ(約1,012円@135円計算)である。JR本州3社の幹線運賃で1,520円なので、日本の3分の2といったところだ。それでもその区間を往復するだけで15ユーロなので、今回のこの乗り放題切符は純粋にお得で、全区間単純往復だけで十分元が取れる。
それから駅構内を観察する。21時半。ラゴス方面への最終は出た後で、あとは、22時10分発のヴィラ・レアル行き最終だけである。それを待っているのか、ベンチに座っている人が数名いる。跨線橋などもなく、開放的で長閑なターミナル駅である。
2年以上に渡り旅行らしい旅行ができなかったが、ようやく来たな、と思う。飛行機も空港も混んでいたし、まだパンデミックは終わっていないが、人々は確実に動き出している。どちらかと言えば私が出遅れたのだろう。
さらにこれは偶然で、意識したわけではないのだが、私はこれが前回のポルトガル訪問からちょうど10年になる。10年前はこのサイトを始めた年で、北部のローカル線、ポルト~ポシーニョを取り上げた。それが2012年の4月であった。ともあれ久々の鉄道旅行、明日の朝が待ち遠しくなってきた。
欧州ローカル列車の旅、記念すべきコロナ後再開第一号は、日曜日のファロ9時02分発ラゴス行き5902列車である。改めて駅を見ると、主要駅なのに、発車案内の類がどこにもない。今日は日曜なので、8時57分発のヴィラ・レアル行きも運転されないし、他に路線もないし、車輛には前後と側面に行先表示がある。だから誤乗などしようがないのだが、一応駅員に聞いてホームを確認する。というのも、駅舎から見ると4番ホームの一番手前に機関車が見えるのだが、ラゴス行きは気動車列車に違いないと思ったのだ。行ってみれば、機関車の前に少し間を空けて2輌の気動車が停車しており、ラゴスと行先も出ていた。
ファロの駅舎 | ファロ駅の切符売場 |
ざっと見たところ、座席がパラパラ埋まっている程度で空いている。それでも窓側の良さそうな席に座るため、早めに乗り込んだ。ポルトガルはまだ公共交通機関でのマスク着用は義務で、空いているのに、皆かなり真面目に着用している。
発車を待つラゴス行き気動車 | ファロ発車直後の車内 |
ポルトガルの鉄道は、スペインともどもイベリアゲージと呼ばれる線路幅1668ミリの広軌である。そのせいか、気動車もかなり大きい。中央のドアを境に2区画に分かれている。
この気動車はポルトガル国鉄450系で、1999年から製造された2輌1ユニットで、ポルトガルの他の地域も含め19編成がある。アルガルヴェ線では2011年から投入され、特急以外の全ての列車に使われている。西側の1輛が動力車で、東側の1輌は付随車。実際乗ってみると付随車はとても静かである。
私は1輌目の前半分に乗ってみたのだが、座席定員40名に対して、発車後に数えてみると、自分を含め15名の客がいた。特に観光シーズンでもない日曜朝9時の列車としては、そこそこ利用者がいると言っていいだろう。
ファロからラゴスまでは83.4キロ。この列車の所要時間は1時間34分なので、表定速度は53.2キロ。途中駅数15駅で、駅間平均距離は5.2キロという路線である。リスボン方面の特急を除けば、ほぼ全ての列車が全駅停車だが、早朝深夜の一部の列車が小駅を若干通過している。駅間距離は8キロ台が4ヶ所あり、最短は2.0キロ。ファロを出ると最初の駅までが8キロ台と長く、市内輸送はもっぱらバスであろうことが察せられる。
ファロの駅は海際ギリギリの立地である。といっても大西洋の外海ではなく潟湖(ラグーン)で、沖合にファロ空港がある。ファロを発車すると間もなく、左手後方に、ファロ空港の管制塔や飛行機がはっきり見える。他方、右手は場末的な住宅地であるが、やがて緑の多い郊外に出る。ミカン畑もみられ、まだ4月前半なのに、かなり大きな実がついた木もある。やはり南国だ。それでも都市近郊なので、国道沿いに郊外型ショッピングセンターがあったりする。
3つ目のロウレ(Loulé)でファロ行きと行違うので、その手前の2つの小駅では、ファロ行きを待っている人が結構いた。他方のこちらは乗客の動きは乏しい。そのロウレはなかなか立派な駅で、既にファロ行きが入線しており、左側通行での交換、こちらが停車すると同時にファロ行きが先に発車していった。
ロウレで列車行き違い | 跨線橋もあるアルブフェイラ(後刻撮影) |
ロウレから2つ目が、アルブフェイラ・フェレイラス(Albufeira-Ferreiras)という長い名前の駅だが、一般にはアルブフェイラで通っている。アルブフェイラは海沿いにあるそこそこ知名度のある大きな町で、リゾート地でもあるが、駅と町は6キロ近く離れている。そこで駅に近い小さな町、フェレイラスも加えた駅名が正式なのだが、駅名標は単なるアルブフェイラであった。リスボンなど遠くへ行く時は、アルブフェイラの町の人もこの駅を利用するだろうが、ファロに行く時は断然バスだろう。そんな駅だが、ファロにも無かった跨線橋を備えた立派な駅で、若者のグループなどが賑やかに乗ってきた。
分岐駅チュネス | チュネスを出るとすぐ電化路線が分岐 |
その次がリスボン方面との分岐駅、チュネスである。駅周辺は特に繁華でもなく、寂しくもない普通の住宅地である。ダイヤを見ると、リスボン方面とラゴス方面とで接続を考慮していることがわかる。乗降客より乗換客の方が多い駅かもしれない。全列車停車とはいえ、特急の通る乗換駅だからか、ここも跨線橋がある。見落としがなければ、アルガルヴェ線全線で、跨線橋があるのは2駅だけであった。
チュネスを出るとすぐ、一日5往復しか旅客列車の走らないものの、立派に整備された電化路線が右手に分岐していき、それより本数の多いこちらは非電化区間となる。その先はやや人家も減り、赤茶けた台地といった感じの所を走る。時にミカン畑が現れ、農家なのか、豊かそうな豪邸も現れる。
アルカンタリーリャ駅 | 沿線はミカン畑も多い |
停車する駅はどこも地元の人が僅かに乗り降りする。特に目を見張るものはないが、駅ごとに伝統的な装飾タイル、アズレージョが見られるのがポルトガルらしい。アルカンタリーリャ(Alcantarilha)もそんな小駅の一つで、作成したダイヤではここでの列車交換はないが、行き違い設備は残されている。
エストンバルの駅から見える町 | フェラグド付近はじめじめした感じ |
エストンバル・ラゴア(Estômbar-Lagoa)という駅がある。特に主要駅ではないが、到着前から丘の上にあるエストンバルの集落が右手に見えてきて、印象的である。観光地でも何でもなさそうで、実際行ってみても平凡な町なのかもしれないが、駅から近いし、できれば後で降りてみたいと思わせる風景であった。逆に言うと、それ以外の多くの駅は、駅名になっている町がどこも遠く、車窓から町はほとんど見えないのである。
そんな単調で長閑な景色が変わってくるのは、フェラグド(Ferragudo)の手前からで、じめじめした感じの湿地帯の風景になる。川や海をせき止めて造られたような養殖池らしきものも多い。そしてフェラグドを出ると線路はぐるりとカーヴを描き、アラデ川を渡る。著名な川でもなく、全長も短いが、このあたりで大河となり、海へと注いでいる。左手前方にポルティマン(Portimão)の町が広がる、印象的な光景である。
アラデ川橋梁から見るポルティマン | ポルティマンで大勢下車 |
ポルティマンは、ファロ~ラゴス間の途中駅で唯一、駅の周辺にそれなりに大きな町が広がっていて、鉄道での利便性が高い。ここで乗客の大半が下車した。アルブフェイラからの若者軍団も、ここで降りた。終点ラゴスまではあと一息で、ポルティマン~ラゴス間は通勤需要も高いのだろうか、平日朝に一往復、区間列車が設定されている。
そんな所だから、ポルティマンとラゴスで一つの小さな都市圏を形成しているかと思ったが、ポルティマンを出て少し街中らしい繁華な所を走った後は、また田舎の景色に戻った。途中2つの駅も閑散とした寂しい所であった。最後の途中駅、メイア・プライア(Meia Praia)は、内陸から海辺に下りてきた所で、駅前がビーチ。ポルトガル語のプライアは英語のビーチに相当する単語である。日曜だし、レジャーっぽい客がパラパラ乗降したが、反対側も閑散とした所だし、地元住民の利用は少なそうな駅であった。
目の前がビーチのメイア・プライア駅 | ラゴス南方の断崖の岬を遠望 |
ラゴスまでの最後の一駅は、波打ち際ではないものの、概ねそんなビーチを見ながら走り、つかの間の大西洋の眺めが堪能できる。左手前方には、ラゴス南方4キロにある景勝地、ポンタ・ダ・ピエダーデ(Ponta da Piedade)という断崖の岬がちらりと見える。それもほんの瞬間で、ほどなく線路は内陸にカーヴし、ラゴスの駅に滑り込む。
ポルティマンで空いたと思ったが、私の乗っていた所だけだったのだろうか、後ろの車輛から思った以上に多くの客が降りてきた。ファロから乗り通した人もそれなりにいたし、まあまあ利用されているローカル線である。ラゴスの駅舎は2003年に移転新築したモダンなガラス張りで、以前の駅の150メートル手前に造られたという。駅舎を出て線路跡の歩道を行けばすぐ、旧駅舎がある。知らずに来ても駅舎だとわかる、アズレージョも美しい立派な建物である。
モダンな今のラゴス駅舎 | 旧駅舎は今もそのまま残っている |
ラゴスでの折り返し列車までの時間は38分。ラゴスの旧市街はなかなか魅力的らしいが、駅から徒歩15分ほどとのこと。行ってすぐ戻るだけなら何とか可能だが、駅や列車を撮り、旧駅舎に見とれていると、もう時間が足りない。残念ながら、川を渡って旧市街の入口あたりまで歩いて折り返すのがせいぜいであった。それでも飲食店などが並んでホリデー客で賑わっている駅付近のマリーナを観察し、ラゴスも人気のリゾート地であることを垣間見ることはできた。
ラゴス駅からすぐのマリーナ | 駅と市街地を結ぶ歩行者専用の橋 |
11時14分発ファロ行きで折り返す。行きと似たような乗車率で、日曜だし、時間帯のせいもあってか、観光客っぽい人の割合が多い。行きに見損なった景色も再確認しながら、ファロへと戻ってきた。
ファロに戻って今度はアルガルヴェ線の東半分、スペイン国境の町、ヴィラ・レアルまでの列車で終点まで行く。乗るのは13時55分発で、車輌は共通の大型2輌編成気動車450系である。
こちら「東線」は、平均駅間距離が4.3キロと「西線」より短く、表定速度もこの列車の場合で49.4キロと「西線」より遅い。漠然と、よりローカル色の強い寂れた線かもと思っていたが、実際には本数も多く、最終も遅いので、地元密着型のローカル輸送で意外と栄えているのかもしれない。駅間距離は、ファロ寄りに、8キロ前後が2区間あるが、その他は概して短く、グーグル・マップで調べると、一駅間30分以下で歩ける所が3ヶ所もある。
昼下がりの列車は乗車率4割弱、まあまあ乗っている。ファロを出ると、こちらもいきなり右手がラグーンで、今は満潮なのか、青々とした海に見える。後方湾越しにファロ空港が見える。他方の車窓左手は市街地だが、特に繁華な所ではなく、高層ビルも少ない。そんな所をゆっくり走ると間もなく最初の駅、ボン・ジョアン(Bom João)に停車する。ラゴス側と違ってファロから近いし、その間が市街地なので、この駅はファロ市街地へのアクセスとして利用できる。単線の無人駅だが、乗り込む人が多く、乗車率は5割以上になった。
ファロを出てすぐ潟が広がる | 乗車が多かったボン・ジョアン駅 |
ボン・ジョアンはポルトガル最南端の駅である。こういった事が話題になるのは日本ぐらいなのか、色々調べてもほとんど出てこないが、地図で見ればそうなのである。ファロ駅がそれに次ぐ2番目に南の駅であり、東西に走るアルガルヴェ線全体でもファロが最南の位置を占める。東西どちらもファロからいくらか北上する路線なのである。
その先もしばらく、右手は人も住めなさそうな湿地帯が続く。渺茫たる眺めではあるが、全体がリア・フォルモザ(Ria Formosa)と呼ばれる広大な自然保護区だそうで、動植物の宝庫でもあるらしい。左手は市街地から徐々に郊外の風景に変わっていく。ここは一駅が長く、だいぶ走って2つ目の駅オリャン(Olhão)に着く。
ボン・ジョアン駅ホーム(後刻撮影) | オリャンのホームと駅名標 |
オリャンはファロの東隣の町で、今はファロ郊外のベッドタウンでもあるが、もとから独立した漁師町だそうだ。駅前が賑やかな所で、お店も多く、8階建て前後のアパートも林立している。そのためか乗降ともかなり多い。ファロからラゴス側にはこういう駅はなかった。
オリャンを出ると、やはり左側は郊外、右側はラグーンという風景が続く。次も駅間距離が長く、左へカーヴして海に背を向けたあたりに、フゼタ-A(Fuzeta-A)駅がある。単線ホームの小駅であるが、住宅地の中にあって、下車がかなり多く、乗車もある。ぱっと見は平凡な住宅地であるが、少し離れてホテルやビーチもあるらしく、英語を話す観光客もここから数名乗ってきた。
続いて0.9キロというアルガルヴェ線最短駅間距離で、交換駅のフゼタ(Fuzeta)に停まる。こちらはフゼタの町を外れたちょっと寂しい所で、乗降客は少なかった。
住宅地にあるフゼタ-A駅(後刻撮影) | フゼタ-A駅駅名標 |
このフゼタの2つの駅、とりわけフゼタ-Aという駅名は、ポルトガル独特の命名方法と思われる。普通ならその国の言語で、下フゼタとか南フゼタとでも名づける所、アルファベットのAで区別している。ポルトガル独特といってもさほど事例があるわけではない。著名な例としては、北部の主要都市コインブラ(Coimbra)がある。高速列車は全てコインブラ-B駅に停まり、市街地にある行き止まりの駅は、単なるコインブラ、若しくはコインブラ-A駅と呼ばれる。
加えてこのフゼタには、スペルの謎もある。FuzetaとFusetaのスペルが両方使われている。駅名標はFuzetaだが、駅舎の表示はFusetaであった。A駅もどちらもそうであった。ポルトガル国鉄の時刻表ではFuzetaが使われているが、一般の地図で検索するとFusetaが主に出て来る。
やや町はずれで乗降客も少ないフゼタ駅 | ルス駅に残る古い給水柱(後刻撮影) |
フゼタを出るとラグーンから離れ、人家も減り、特徴の薄い郊外を進む。フゼタから2つ目のルスは、住宅地にある小駅で下車客がパラパラいた。この駅には古い駅名標と給水柱が残っている。後から単線化されたのが分かる駅だが、かつては交換駅であっただけでなく、こんな小駅でも蒸気機関車への給水も行われたのであろうか。古い駅名標は、見落としているかもしれないが、アルガルヴェ線全体で見かけたのはあと1駅だけだった。あえて外さず、朽ち果てるまで残すのだろうか。
数少ない古い駅名標が残るルス(後刻撮影) | 乗降客の多い主要駅タヴィラ |
ルスの次がタヴィラ(Tavira)。沿線でも大きな町だし、駅が市街地に近いので、利用者が多く、かなりの客が下車し、ここからの乗車も意外とあった。
タヴィラはジラオン川(Rio Gilão)の河口近くに開けた人口2.7万の町である。漁港を有し、今も漁業や水産加工業が盛んらしいが、城を有する観光都市でもあり、川に沿って開けた歴史的町並みはそれなりに人気がある。列車はタヴィラを出ると、勾配を上がり、右へカーヴしつつ、右手に町の中心を見ながらジラオン川を渡る。沿線で随一の、車窓から街を見下ろせる絶景であり、大きな変化に乏しいこの鉄道の旅では、見落したくないポイントである。
ジラオン川橋梁から眺めるタヴィラ市街 | 風情あるタヴィラの町(翌日撮影) |
鉄橋を渡り終えるとほどなく減速し、片面ホームのポルタ・ノヴァ(Porta Nova)に着く。タヴィラの中心部はこの駅とタヴィラ駅の間あたりなので、タヴィラ市街へのアクセスとして使える駅である。線路右手は住宅地、左手は荒れ地とはっきり分かれていた。ここも下車が多い。
ラゴス方面では気にならなかったが、こちらの線は車掌が頻繁に回ってきては、切符を売ったりチェックしたりして、現金を授受し、コインのお釣りを渡している。自動券売機もないし、無人駅が多く、ラゴス方面に比べても短区間利用者が多いから、車掌も忙しそうである。そんな中でも、マナーが悪い客やマスクをしない客に流暢な英語で毅然として注意する姿は頼もしかった。この後も含めた全体的な印象で言うと、地元の人はほぼ真面目にマスクをしていた。マナーが良くないのは大体、フランス語や英語をしゃべっていた中高年客であった。
タヴィラ市街に近いポルタ・ノヴァ(翌日撮影) | 大勢下車した単線のコンセイサン駅 |
次のコンセイサン(Conceição)で、大量に下車した。大きな町でもないし、海にも少し遠く、気に留めていなかった駅だったが、降りた人の多くが英語やフランス語をやかましくしゃべっていた中高年の外国人旅行者である。後で調べるとここは別荘地らしく、駅周辺は高級新興住宅地の風情らしい。線路の北側にゴルフ場もある。ポルトガルらしい伝統的な古い町並みが見られる他の駅とは異質の駅と言えるかもしれない。
コンセイサンですっかり空いて、車内も静かになった。 終着まであと4駅。勝手な先入観ではあるが、ポルトガル最果ての寂れた国境の町を目指す雰囲気が出てきた。実際、ヴィア・レアルというのは、イベリア半島を南岸沿いに、ポルトガルとスペインを移動する際の国境都市である筈だが、知名度も低いし、交通量も少なそうである。それが不思議といえば不思議で、それだけにどんな国境都市なのか、興味がわいてくる。列車が空いたことで、そこに近づいてきたとの実感が出てきた。
カセラでは車掌が交替 | 終着近くの左手車窓 |
次のカセラ(Cacela)で、ファロ以来最初の反対列車との行き違いがある。ファロ行きが先に着いて停車しており、こちらはすぐの発車の筈である。この駅付近はコンセイサンより賑やかで、下車客も少しある。しかし普通の交換駅で、車輛基地などがあるわけでも何でもない。そういう駅で、しかも終着までもうあと少しなのに、ここで車掌が交代した。降りた車掌は反対列車に乗り換えるわけでもなさそうで、良くわからない。急ぐ風でもなく、車掌同士、ホームで立ち話をしている。
カセラを出れば、あとはとりとめのない農地や湿地帯などを見ながら2つの小駅に停まる。これらは乗降客も少なかった。
列車は定刻15時03分、終着ヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオに着いた。それなりに立派な駅舎を持ち引き込み線などもあるものの、駅前は閑散という、ある意味、良くありそうな終着駅である。空いてはいたが、それでも総勢20名ちょっとか、地元の人と観光客風の人がパラパラ混じった感じで、色々な客層の乗客が降りてきて、三々五々と駅前に散っていった。
写真を撮っていると、列車が先へ動き出した。後方半分が長いホームの先端にかかり、前の方はホームがないあたりまで前進して停まった。平日だと21分の停留で折り返す筈だが、日曜の今日はその15時24分発ファロ行きは運休になっている。だから営業列車ではないことを明確にするために、ホームを外れた所まで動かしたのだろうか、ホームはもう一つあるので、そのままでも問題なさそうだが、とにかくそうして列車が移動したので、そこまで行ってみた。
錆びた線路は先へ続いている | 風格あるヴィラ・レアル駅舎 |
その昔、線路はこの先まで伸びていて、950メートルほど先の、国境の渡船乗り場までもう一駅あった。そこが、ヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオ・グアディアナ(Vila Real de Santo António Guadiana)という、グアディアナの付いたさらに長い名前の終着駅であった。駅ホームから見る限り、線路は錆びつきながらも続いているように見える。
駅前は寂れた感じが漂う。店もなく、ひっそりしている。市街地は南というのは、地図で見てわかっているが、私は線路の方向に東へ歩いてみた。そこは倉庫などが連なる産業地帯で、日曜のせいか、犬を連れた地元の人の散歩に出会う程度である。それでも10分もしないうちに、前方に川らしきものが見えてきた。グアディアナ川、対岸はスペインである。
駅の東側は寂しい倉庫街 | 部分的に線路が残る河畔からアヤモンテ遠望 |
これまたいかにも、という寂れた港湾地帯ではあるが、キャンピングカーの駐車場があり、地元の人が釣りをしていたりと、それなりに人の気配はある。そこを草ぼうぼうの線路が部分的に残っている。対岸にはスペインの町、アヤモンテがいい雰囲気で見えている。川の上流2キロほどの所に立派な橋が架かっているのが見える。1991年開通の、スペインとポルトガルを結ぶ自動車専用道で、あれが開通して以来、スペインとの行き来が完全に道路交通に移り、5年後の1996年、鉄道は港までの一駅間が廃線となった。それから四半世紀、線路は部分的にはがされ、簡単に復活できないまでになっている。道路橋の開通により、ヴィラ・レアルはスペインとの中継点としての機能が弱まり、寂れてしまったのだ。
それでも小型フェリーは残っている。川に沿って南へ歩いていく最中に、まさにそのスペインへ向かうフェリーがやってきた。15時30分の便であろう。人はそこそこ乗っている。ものの本には車も積めるフェリーと書いてあるのだが、見る限り、車は載っていない。僅か2キロ上流を無料の自動車専用道があるのだから、ここでお金を払ってフェリーに乗る車もないであろう。情報が古いのかもしれない。
アヤモンテ行きフェリーがやってきた | 町の中心部は明るく綺麗で活気もある |
それでもポルトガルはまだこうして、国境の町まで鉄道が走っている。しかしローカル鉄道の維持に消極的なスペインは、海岸沿いに鉄道はほとんどない。列車でここまで来て、フェリーに乗ってアヤモンテへ行っても、そこから先、鉄道はなく、バス乗り継ぎの旅になる。それでも次回はこのフェリーを介して、スペインとポルトガルの国境を越える旅をしてみたいと思う。
フェリー乗り場から少し陸側に行けば、ヴィラ・レアルの中心地で、そこは綺麗なビルもお店もホテルもあり、道路に沿って椰子の木が綺麗に並び、日光浴の人々が繰り出している。そのあたりの光景を見れば、人口2万弱のヴィラ・レアルが寂れきった町ではないこともわかる。もし駅前だけ見て引き返していたら、寂れた国境都市という一面的な誤ったイメージだけで終わっていたかもしれない。鉄道乗り回しだけでは地域の真の姿が見えない。きっと昔を知っている人は、昔よりは寂れたと言うのだろうが、それでも鉄道も維持できないほど人口が減ったわけではない。
そんなヴィラ・レアルとファロの間の鉄道は、全体としてはバランス良く地元利用と観光利用が見られる。今後も当面、発展も縮小もせず、地域ローカル輸送を担っていくことであろう。