欧州ローカル列車の旅 > 2022年 > イギリス > グラスゴー~ストランラー
目次 | グラスゴー~エア Glasgow - Ayr |
エア~ストランラー Ayr - Stranraer | |
ストランラー Stranraer |
今日はスコットランド最大の都市、グラスゴーの都心部に位置する、グラスゴー・セントラル(Glasgow Central)駅へやってきた。コロナ騒動もだいぶ収まり、人の動きも元に戻ったものの、閑散とした日曜朝の駅に、観光客らしき人の姿はほとんど見られない。
グラスゴー・セントラルの重厚な駅入口 | グラスゴー・セントラル駅構内 |
9年前、もう一つのターミナル駅、グラスゴー・クィーン・ストリート(Glasgow Queen Street)駅から、ハイランドのマレーグ(Mallaig)まで、片道5時間かかる絶景路線の旅をした。コロナ2年半の空白を差し置いても、そんなに昔だったか、という気持ちになる。もっとも9年やそこらでは、あの沿線の大自然の風景も途中の鄙びた村や集落のたたずまいも、きっと何も変わっていないだろう。
スコットランドには他にも僻地らしい荒涼たる風景を楽しめるローカル線が多い。その多くは北部や北西部のハイランド奥地へ向かう路線である。私も半分ぐらいは乗ったが、一度乗れば終わりではなく、季節を変えて再度乗りたい線も多い。
今回は日曜日を丸々使えるので、乗ったことのある線も含め、まずは北部への日帰りルートを調べたのだが、広大なスコットランドを甘く見てはいけない。例えば英国最北駅、サーソー(Thurso)への路線は、日曜ダイヤでは、グラスゴーから日帰りできない。平日ならば、7時07分発、23時59分着で、サーソーに2時間滞在できるが、相当な強行軍である。
そこで、ハイランドに比べてインパクトは弱いが、近距離の地味な路線に乗ってみることにした。終着はストランラー(Stranraer)という港町で、グラスゴーから片道2時間半の旅である。ストランラーは、グレート・ブリテン島とアイルランド島との距離が最も近くなるあたりにある町の一つで、長年北アイルランドのベルファースト(Belfast)とフェリーでつながっていた。しかし2011年、フェリーの発着港は、ストランラーから北へ9キロほど離れたケアンライアン(Cairnryan)へと変わってしまった。いずこも同じで、フェリー利用者の大半は車であり、列車やバスとの連絡の良さは、フェリー会社にとって二の次なのであろう。フェリー無き後もストランラーへの鉄路は健在であるが、もともとフェリー連絡のためかと思うような本数の少ないダイヤだったので、今後この線はどうなってしまうのか、以前から気になっていたのである。
切符は駅の券売機で、往復乗車券を買う。伝統的なイギリス式の運賃は、往復が片道の2倍よりかなり安い。グラスゴー~ストランラーの距離だと、ネット早割の片道に安いものがあるようだが、この日に関しては、数日前に調べたところ、往復だと当日駅買いの方が安かったので、事前に購入はしていなかった。イギリスはまだ、事前ネット購入・支払いでも、駅の券売機で発券するパターンが多いので、当日買いと同じような切符らしい切符は入手できる。それでも当日買いに決めたもう一つの理由はストライキ情報があったことで、予定通り鉄道旅行ができるのか、若干の不安があったためである。この日は最終的に問題なかったが、前日も翌日も鉄道ストでかなりの列車が運休になったようである。結局はストの合間の日に乗れたわけである。
グラスゴー・セントラルはスコットランド随一の巨大な鉄道ターミナルで、乗降客数もスコットランド第一位とのことだが、駅前も駅構内も閑散としていた。もっとも駅が広すぎるので閑散として見えるだけで、観察すれば各方面への列車を待っているらしき人がパラパラと構内に見られる。どこかのホームに列車が着けば、降りてきた人が広い構内を通り抜けて、街へと消えてゆく。
乗る列車は10時ちょうど発のエア(Ayr)行き。エアでストランラー行きに連絡する。日曜ダイヤだと、これがストランラーへの始発列車なのである。かつてフェリーがあった頃の時刻表を見ると、フェリー連絡と思われるグラスゴー~ストランラー直通列車もあった。しかし今は全て乗り換えを要する。グラスゴーからエアまでは、複線電化で運転本数も30分に1本ある、グラスゴー近郊路線であり、ローカル線とは言えない。
だだっ広いコンコースに、発車案内の掲示板を見ながら立っている人が点在している。発車番線がなかなか表示されないためだ。10時ちょうど発エア行きの発車案内に14番線という表示が出たのは、発車9分前であった。待っていた数名がその方向へ歩き始めたが、その数は少ない。
季節外れの日曜朝に郊外へ向かう列車は見事に空いていて、4輌編成の電車はガラガラであった。これなら好きな席に座れそうなので、ホームの先まで行って写真を撮る。
14番線エア行きに向かう乗客 | ホーム先端近くまで行ってみる |
そうしていると、運転席から体格の良い運転士が出てきて、手招きする。これは「写真を撮るな」と怒られるのかと、覚悟をして寄っていくと、気さくに、しかし強烈なスコットランド訛りで話しかけてきた。運転室内をのぞかせてくれて、ここも撮っていけ、と言う。そして、この車輌は最近導入した新しい車輛で、外部のカメラモニターの質が向上していて、安全確認が楽になったこと、車輌性能が旧型車より向上していて運転しやすい車であること、などを嬉しそうに説明してくれた。
運転席の中を見せてくれた | 発車するとすぐクライド川を渡る |
お礼を言って辞し、乗り込めば、10時ちょうど、きっかり定刻に静かに発車した。4輌編成の2輌目に乗ってみたが、乗客は他に4名ぐらいしかいない。出てすぐに、グラスゴーの街を貫くクライド川を渡る。グラスゴー周辺の鉄道路線図はかなり複雑ではあるが、大雑把に言えば、川の南岸で南東と南西へ分岐する。南東方向はカーライル(Carlisle)を経てロンドンまでの長距離列車が走る幹線である。対する南西は路線はさらにいくつにも分岐するが、スコットランド内の普通・快速列車だけで、これから行くストランラーが最遠、といったスコットランド南西部の近郊路線ばかりである。
分岐後しばらくは駅もなく、堀割などで風景もあまり見えないが、やがて立て続けに郊外の小駅を3つ通過する。これらは、この先色々な方向に分岐する数ある路線のうち、30分に1本のグーロック(Gourock)への路線が各駅に停まり、それ以外の列車はほとんどが通過している。グーロックは、クライド川下流の海峡に沿った港町である。
風格あるペイズリー・ギルモア・ストリート | 郊外駅らしいジョンストン |
快走し、10分で最初の停車駅、ペイズリー・ギルモア・ストリート(Paisley Gilmour Street)に着く。グラスゴー空港最寄り駅で、風格ある立派な高架駅である。おじさんが一人、乗ってきた。発車後すぐ車掌が検札に回ってくる。おじさんは当たり前のように車掌から切符を買っている。ペイズリーほどの大きな駅で切符が買えないはずもないだろうが、車掌も平然と車内で切符を売っている。ここはまだ、ペナルティー・フェアが導入されていないのだろうか。そして彼は、僅か4分走った次のジョンストン(Johnston)で降りていった。どう見ても、ただ乗りを期待していて、今日はたまたま検札が来たから払った、という乗り方に見えるのだが。
いくつかの寂しい湖のほとりを通る |
ジョンストンから次の停車駅キルウィニング(Kilwinning)までは、この列車最長の5駅通過区間で、進むにつれて、住宅地が減り、牧草地が増えていく様子がわかる。荒涼とした寂しい湖もいくつかある。しかしこのダイヤは日曜ダイヤで、平日はこれら5駅とも通過する列車はほとんどない。ダイヤの組み方はかなり複雑で、一応の等時隔ダイヤであっても、時刻表なしには利用しづらいと思われる。平日と休日では需要も異なるだろうが、いずれにしても、どの駅からもグラスゴーを筆頭に、主要駅への利便性と速達性が優先のダイヤになっていて、途中駅から途中駅だと乗り換えを要するケースが多いし、どの路線も30分ないし60分間隔なので、場合によってはかなりの待ち時間が生じる。途中利用はある程度犠牲にして、グラスゴー市内へ行く時だけは、車より速くて便利、といった、鉄道の大量輸送特性に合わせたダイヤになっていると言えそうだ。
それでも日曜だから、やや遅出の人が動き出す時間なのか、キルウィニングから乗客が増えた。以後は各駅停車になり、各駅ともパラパラと乗降がある。やはり車内で切符を買う人が多い。
乗車が多かったキルウィニング | 高層アパートも見えるアーヴィン |
乗降とも多かったアーヴァン(Irvine)を出ると、右手に海が見えてきた。以後はエアまで、右手に海が見え隠れする。どんよりした、冬間近の暗い海である。線路と海の間にはゴルフ場が多い。次々といくつも現れる。スコットランド人はゴルフ好きで有名らしいが、それにしても多いし、どのゴルフ場にも優雅にプレーしているおじさんたちが見られる。
プレストウィック・インターナショナル・エアポート(Prestwick International Airport)駅に着く。寒々とした相対ホームだけの無人駅で、だいぶ傷んでいるが、線路の東は駅前の道路を挟んだ向かいが空港ターミナルで、駅から屋根のついた歩道橋でつながっている。この空港はグラスゴーの第二空港としての機能があり、主に格安航空会社が使っている。フライトが無い時間なのか、手ぶらのおじさんが一人下車しただけだった。乗車客もないし、反対のグラスゴー方面ホームにも誰もいない。線路の海側はここもまたゴルフコースである。
ターミナルが目の前のプレストウィック空港駅 | プレストウィック・タウン駅も海側はゴルフ場 |
空港駅の次が、プレストウィック・タウン(Prstwick Town)駅で、この両駅は1キロ弱しかない。つまり町の中心と空港ターミナルが徒歩圏というぐらいに近い。そして、プレストウィックの南隣の町がこの列車の終着、エアなのだが、この2つの町は実質、住宅が途切れずにつながっており、一つの町のようになっている。人口はプレストウィックが1.5万、エアが4.5万。
エアには10時52分、定刻より1分早く到着した。駅を覆う屋根と跨線橋があるなかなか大きな駅で、線路の両側に出口がある。到着ホームは山側(東側)の4番線で、隣のホーム3番線に、ストランラー行き2輌編成の気動車が停まっていた。山側の出口に出る人はそのままホームから駅前に出られるが、裏口らしく、多くの人が跨線橋を渡って1番ホームの側にある海側の出口へ向かう。そして跨線橋を渡る人の一部がストランラー行きに乗り換えるのだが、その数は少ない。1~2番線は、エアで行き止まりの構造なので、海側(西側)の出口と1~3番線のいずれも、跨線橋なしに行き来ができる。
終着エアに到着した電車 | エアの4番線側駅舎(東口) |
乗り換え時間は13分。街へ出るほどの時間もないし、1番線側は駅前が工事中で雑然としていたので、駅前だけみたら、ストランラー行き列車に乗り、いい席を確保する。といってもガラガラで、これなら好きな所に座れるし、車内での移動も問題なさそうだ。時々西口から乗客が現れるが、この列車には乗らず、皆、跨線橋を渡って4番線に向かう。ホームに立っている車掌に「グラスゴー行きか」と聞いて、違うと言われ、跨線橋へ向かう人もいた。
3番ホームに停車中のストランラー行き気動車 | ストランラー行きはガラガラ |
グラスゴーからここまでは、複線電化の都市近郊区間だが、それでも感覚的には十分、ローカル線ムードであった。それでもこの先こそが、間違いなく本格的なローカル線である。エアとストランラーの間は、途中3駅しかないが、距離は沢山の駅があるグラスゴー~エアよりも長い。そこをディーゼル列車が一日5往復。しかし日曜のダイヤはそうなのだが、平日はその他に途中のガーヴァン(Girvan)までの区間列車が9往復もある。ガーヴァンとはそれほど大きな町なのか、にもかかわらず日曜は区間列車が全く運転されないのは何故なのか、その理由が行ってみてわかるかどうかは疑問だが、気になるダイヤである。ちなみに土曜ダイヤは、時刻が多少前後するものの、平日とほとんど変わらない。日曜だけは始発も遅く、最終も早いのだが、その代わりガーヴァン~ストランラー間の日中の運転間隔は、むしろ平日より密、という、ある意味おかしなことになっている。ストランラーは、すぐ折り返すのでは町も見られないが、1~2時間の滞在が手頃、と踏んでいた。しかし日の短いこの季節の平日ダイヤでは、それが無理で、すぐ折り返すか、4時間余りの長時間滞在かの二者択一になってしまう。
いずれにしても、本数も駅数も少ないので、今回も日本製の無料ダイヤグラム作成ソフト"OuDia"を使って、この区間だけのダイヤグラムを平日と日曜の両方で作成してみた。
11時06分、定刻に発車。しばらくはエアの住宅地を走るが、ほどなく家並みも途切れた。しかし驚いたことに、線路はまだ複線である。まさか最後までではないだろうが、右側にも線路があり、レールも光っている。上を見ればすでに架線はない。
5分ほどで左へ廃線が分岐していき、そこから単線になった。エアからここまで4キロほど。ダイヤグラムを見れば、平日晩に2回ほど、この複線区間ですれ違っているダイヤが見られる。ここはメイボール・ジャンクション(Maybole Junction)という信号場で、分岐する廃線は、1964年まで、南東約20キロの内陸にあるダルメリントン(Dalmellington)という所まで旅客列車が走っていた。その支線だけが廃止になったと言えばそうだが、開通はエア~ダルメリントンが先で、1849年。当初の敷設目的は鉄を運ぶためだったそうだ。その後、ここからストランラーへ分岐する形で、まずはメイボール(Maybole)までが1856年に開通した。名前がメイボール・ジャンクションであることが、その歴史を語っている。それ以外にもこのあたりは複雑な鉄道の歴史があり、貨物のための路線も含め、短い支線も色々あったという。
単線となり、緩やかな起伏のある単調な景色を見ながら列車は快走し、最初の駅、メイボールに着く。今は単線の停留所だが、かつて複線だった名残りが見られる。立派な駅舎が残っているが、寂しい雰囲気は否めない。下車客も1人だけであった。
古く大きな駅舎があるメイボール | 沿線は牧草地帯が多い |
沿線は純農村地帯と言ってよく、牧草地が多く、牛があちこちに放牧されている。あいにく今にも雨が降り出しそうなどんよりした天気なので、今一つだが、晴れていれば気持ちいいだろう。
そんなところを淡々と、しかしそれなりに高速に走り、斜め前方遠くに海が見えてくると、スピードを落とし、列車はゆっくりとガーヴァンへ進入する。緩やかにカーヴした相対ホームの交換駅で、反対ホーム側が駅舎。そちら側には十数名の乗客が待っていた。
ガーヴァンの上りホームには十数名の客 | それなりに立派な駅舎のガーヴァン |
列車行き違いで4分ほど停まるので、ホームに出てみる。まだ腕木式信号機と通票が使われている。まもなくカーヴしたホームの先から、ストランラー発エア行きの、遅い日曜の始発列車がやってくる。11時台にして始発同士の行き違いである。
エア行きがすぐに発車し、こちらはさらに1分してからの発車。これは通票交換の関係かと思われる。つまり、先に着いた方が後から発車する。日本でも昔のローカル線はそうであった。イギリスは歴史の長いローカル路線が多いため、古い設備の更新も一気にできないのだろう。こういった古い鉄道設備がまだあちこちに見られる。趣味的には楽しい国である。
平日はここ止まりの列車が9往復もあるガーヴァンだが、その町の様子は駅発車後の右手にある程度見られる。9往復もの追加需要が本当にあるのかは微妙だが、それなりの大きな町ではあった。やや高い所を走る線路から、遠く海も見え、小さなおわん型の島が一つ、目立っていた。
ガーヴァンを出て右手に見える町と海の眺め | 沿線は点々と農家がある |
エアからストランラーまで、国道はほぼ海沿いを走っているのだが、線路の方は、ガーヴァンで一旦海近くへ下りてくるものの、あとはもっぱら海の見えない内陸を走る。ガーヴァンから先はさらに奥地感が強まるものの、特段の絶景はなく、似たような緩やかな起伏のある農牧地帯を行く。悪い眺めではないが、景勝路線と言うほどのポイントがなく、地味な沿線風景である。
最後の途中駅、バーヒル(Barrhill)は、寂しい所にある相対ホームの交換駅であった。下車は1名だけ。駅員がいて、運転士と通票交換をしているのが見えた。このバーヒルは、平日は列車交換が全くなく、日曜の夜に一度だけある。たった5往復だし、日本だったらダイヤを無理やりずらして、こういう駅は合理化ということで、単線化、無人化してしまうだろう。
駅員もいる交換可能駅バーヒル | バーヒル駅は寂しい所にある |
早くも最後の一駅になったが、この駅間は実に41キロもあり、時間も35分かかる。地図を見ると、やや回りくどいルートで、ストランラーの東を目指してから、ぐるりと方向を変えてストランラーへ向かっている。これというのも、昔はその向きが変わる場所から東へ行く路線が分かれていたかららしい。たまに農家が現れる程度で、昔から人口の少ない所だろうが、かつては複雑な路線網が存在したのである。
風力発電機も沢山見かける | 係員がいるグレンホィリー信号場 |
風景はますます荒涼とし、赤茶けた土地も見られる。風力発電機が増えた。そしてバーヒルからちょうど10分、スピードを落とすとポイントを渡る音がして、列車は停まった。グレンホィリー(Glenwhilly)という信号場である。自動信号ではないから、係員がいて、通票の受け渡しをするために停車するのだ。ダイヤを見ても、ここでの列車交換はないし、貨物も走っていないであろう。それなのにこういう信号場を廃止せずに残しているとは、何とも恐れ入る。
最後は車窓左手に海が見える | 踏切上で停車したダンラギト信号場(帰路撮影) |
グレンホィリーから10分ちょっとで、列車が右へカーヴするのがわかり、そのあたりから、今度は車窓左手遠くに海が見えてきた。見え隠れする海を眺めていると、またスピードを落とし、ポイントを渡り、停車した。何とまた信号場、ダンラギト(Dunragit)という所である。当然ここにも職員がいる。後で調べれば、グレンホィリーともども、1965年までは駅であったらしい。
ストランラーが近づくと、途中の緑豊かな農牧地帯よりは、中途半端に雑多なものが見える眺めになった。町が近づいたということであろう。と思っていると、突然、右手に広々とした海が広がった。突堤に入ったのである。そこをゆっくりと進み、列車は堤防の先端にあるストランラー駅に進入した。
ストランラーに到着 | 先端の車止めの先は海 |
大きくはないが、屋根に覆われた立派な駅である。行き止まりの先端部の左側あたりに駅舎があり、その先はすぐ海である。下車したのは7~8名であろうか、ホームにはそれよりやや多い人数が、この列車の到着を待っており、入れ違いに乗り込む。列車は10分後の12時41分発エア行きとなって折り返すので、ここから列車に乗るのは、主にはエアやグラスゴーなどへ出かけるこの町の人だろうか。
2011年11月18日まで、駅とぴったりくっついたこのストランラー港は、北アイルランドのベルファーストとを結ぶフェリーが発着していた。駅舎が前方にあるのも、フェリーとの乗り継ぎ客に便利だからだろう。この駅自体が完全にフェリー乗り継ぎを前提にできている。しかしフェリー無き今、鉄道の利用者は主にストランラーの町の人か、この町に用事がある人であろう。であれば、駅を堤防の手前あたりに移設した方がずっと便利だと思うが、そんな話は出ないらしい。駅を降りて町へ行くには、長いホームの後ろから出て、線路に沿った寂しい堤防上の道を5分ほど歩かなければならない。そこが町外れの堤防入口であり、中心部へはさらに歩いて5分ぐらいかかる。
長いホームの先端に列車が停まる | 正面がストランラー駅入口 |
列車のいる駅の様子を一通り撮影した後、私はその道を町へ向かって少し歩き、折り返し列車のストランラー発車風景を撮影することにした。といっても堤防上の道路と線路の間には、金網の柵があって、写真は撮りづらい。それでも柵が低くなっている場所を見つけ、何とか写真を撮りつつ、エア行きを見送った。
ストランラーを発車したエア行き | 道路のストランラー駅入口 |
私はこの2時間後の列車で戻ることにしていたので、これといった見どころの無さそうなこのストランラーの町で、2時間を過ごすことになる。それでもフェリーが来なくなって11年になる町の様子がどんなだろうか、という点に興味は沸く。せっかくここまで来て、町を全く見ずに10分で折り返す方が勿体ない。
フェリーに乗る車やトラックのための道路標識は、今も古いものにフェリーの部分を消した跡がわかるものであった。フェリーがあった頃はここもトラックなどで賑わったのだろうと思える道から、町の方へ入っていく。そこはイギリスの田舎ならあちこちにありそうな垢抜けない商店街で、貸店舗や廃墟もあるものの、思ったよりは栄えていて、人も歩いていた。
フェリー関連を消して使われている道路標識 | ストランラーのタウンセンター |
ここではどうしても、5年前に訪れたウェールズのペンブローク・ドック(Pembroke Dock)を思い出し、比べてしまう。あれは日の一番短い12月の土曜日の夕方であった。深夜のように寂しく、人通りも少なかったが、まだ普通の店が開いている時間だったのである。だがあちらは現役のフェリー発着港である。対するこちらは、11年も前にフェリーが撤退している。にもかかわらず、意外と賑わっている。フェリー以外にも色々な要因はあるだろうから、単純に比較はできないが、私はここに来る前は、きっとペンブローク・ドックより寂れているだろうと予想していたので、それは全く外れである。
かなり大規模なホテルの廃墟があった | 町の側から見るフェリー発着場跡と駅 |
そんな風に色々な事を考えながら、一通り町を歩き回ってみるが、観光名所があるわけでもないし、今にも降り出しそうなどんよりした天候も相まって、さして面白いわけではなかった。普通の人なら10分で飽きてしまうかもしれない。日曜だが、観光客はもとより、近郊からの日帰り行楽客らしい人も皆無に近い。2時間の滞在は長すぎるが、いつも慌ただしい旅が多いので、1時間ほど歩いた後、カフェに入ってのんびり昼食にする。そこも適度にお客が入っていて、スタッフも若いお姉さんがきびきびと働いていた。但し、スコットランド訛りが強烈で、一度で聞き取れないことが多かったのだが。
カフェを出ると、雨が降り出していた。これも予報通りで覚悟はしていた。雨の中を再度歩き回る気力はないので、少し早いが駅へ向かう。町外れのラウンドアバウトの所から駅まで、10分弱で、遠くはないのだが、もう二度とフェリーが来ないのなら、駅をそのあたりに移設したらどうか、と、雨の中を歩きながらつくづく思ってしまった。
ストランラーにフェリーが発着しなくなったとは言っても、フェリーが廃止になったわけではなく、発着港が9キロばかり北のケアンライアンという所に代わっただけである。帰ってから色々調べると、これは主にはフェリー会社の意向で、もともと採算の悪いこのフェリー路線を維持するためのコストダウンの一環だったようだ。
ケアンライアンは湾口に近く、ベルファーストとの航行距離も時間も短くできるし、海が深いので接岸が容易らしい。つまり、ベルファーストからのフェリーがケアンライアン沖に到達した後、そこからストランラーの港に接岸するまでが、意外と余計な手間と時間とコストがかかる部分であり、カットしたいし、できる部分だったのだろう。ケアンライアンは人口も僅かで港以外に何もない所らしい。だから、フェリーや港湾の関係者の多くは今もストランラーに住んでいるそうだ。通勤は当然車だろうが、15分程度であろう。また、エアやグラスゴー方面への道路距離と運転時間は、ストランラーよりケアンライアンの方がやや短いので、フェリー利用者の大多数である車やトラックにとっては、むしろメリットである。他方、数少ないながら、徒歩乗客のためとしても、ケアンライアンからガーヴァン、エア経由でグラスゴーまで、海沿いの国道を行くバスがあり、フェリーとの連絡も考慮されている。
かくして150年ものフェリー連絡の歴史を有するストランラーの鉄道路線と駅も、今は単なる閑散ローカル線とその終着駅に成り下がってしまった。ストランラーの町にとって、鉄道がないと非常に困るかと言えば微妙だが、途中の小駅に電光案内表示などが整備されていたことからも、当面、路線廃止はないであろう。