欧州ローカル列車の旅 > 2023年 > ブルガリア > スタラ・ザゴラ~ゴルナ・オリャホヴィツァ (1)

スタラ・ザゴラ~ゴルナ・オリャホヴィツァ 目次


目次 (1) ブルガリア国鉄第4線 Bulgaria BDZ Line No.4
スタラ・ザゴラ Stara Zagora
スタラ・ザゴラ~トゥロヴォ Stara Zagora - Tulovo
(2) トゥロヴォ~バゾヴェツ Tulovo - Bazobec
バソヴェツ Bazovec
クラステツ Krastec
(3) ラドゥンチ Radunci
ラドゥンチ~ツァレヴァ・リヴァダ Radunci - Tsareva Livada
ツァレヴァ・リヴァダ~ゴルナ・オリャホヴィツァ Tsareva Livada - Gorna Orjahovica

ブルガリア国鉄第4線 Bulgaria BDZ Line No.4


 今回はEUの南東に位置するブルガリアにやってきた。旧東欧諸国が一斉にEUに加盟したのが2004年5月だから、早くも18年近くが過ぎた。ルーマニアとこの国はやや遅れて2007年1月に加盟したものの、まだシェンゲン協定に加われていない。言葉は悪いが、経済的にはEUの底辺国であろう。実際、2021年のデータを見ると、ブルガリアの一人当たりGDPは、EUで最下位である。共産主義が崩壊した後、しばらくは経済も低迷したが、EU加盟後は順調に成長はしている。実際、ソフィアの中心繁華街は、一部だけではあるが、大昔に来た時とは比べ物にならないほど綺麗にお洒落になっており、社会主義国の残骸も見られないほどであった。

 ソフィアの中心部

 鉄道に関しては、首都ソフィアも含め、今も概して古色蒼然としている。一極集中の首都ソフィアでは、市内輸送としては昔からのバスとトラムに加えて、1998年に最初に開通した地下鉄が、今は4路線48キロまで成長している。しかし国鉄の方は、ソフィアですら近郊輸送も限定的で、本数の少ない古びた汽車が中心で、地方へ行けばなおさらである。もっとも日本も、例えば仙台の国鉄時代はそんな感じであり、街がどんどん発展する中で、鉄道だけが時代に取り残された感じの時期もあった。今のブルガリアは日本の数十年前と似ているかもしれない。

 そのブルガリアの鉄道に乗りに来たわけだが、今日の旅の出発地は、スタラ・ザゴラ(Stara Zagora)である。人口ではブルガリア第6の都市だが、知っている日本人は少ないだろう。欧州をある程度知っている人に、例えばフランスの都市名を20言え、というのと、ブルガリアの都市名を5つ言え、というのでは、どちらが難しいだろう。人それぞれではあろうが、ブルガリアの都市名がさっと5つも出てくる人は、なかなかだと思う。要するに私自身が、今回の旅の計画を立てる前に唐突にこのクイズを出されたら、答えられなかったかもしれないし、スタラ・ザゴラなんぞ全く知らなかった。

 そういう、やはりマイナーな国なので、自身の学習を兼ねて、人口6万人以上の16都市を、人口が多い順に並べてみた。データは2014年の国勢調査結果を使った。そして地図に順位を数字で書き入れてみた。こうして見る限り、ソフィアが一極集中で断然大きいのを別とすれば、中小の都市は全国にまんべんなく散らばっている感じはある。それにしても、上位のいくつかを除けば、聞いたことすらない地名ばかりである。

 ブルガリア国鉄の路線には、地名を使った線名はなく、数字で第1線から第91線まである。但し途中がだいぶ飛んでおり、現在は貨物専用を含め、29線ほどあるようだ。飛んでいるのは、もともとなかったのか、廃線になったのかはわからない。いずれにしても一般旅客には馴染みのなさそうな、内部用であろう。例えば一番長く、首都ソフィアと第三の都市ヴァルナ(Varna)を結ぶ541キロの線は、第2線である。第1線は、セルビア国境からソフィアを通り、トルコ国境までで、第3線はソフィアからブルガス(Burgas)まで、そしてソフィアからブルガスへのプロヴディフ(Provdiv)経由の南回りルートは第8線になる。第2線と第3線は、日本ならヴァルナ本線、ブルガス本線とでも称されそうな、一本の線らしい線で、線内完結の優等列車が何本も走っている。

 本日のローカル線紀行の対象は、第4線である。それも全区間ではない。この第4線というのは、ブルガリアの真ん中あたりを南北に端から端まで縦断している線だが、第2線や第3線と違って、1つの線とは言い難い。北はルーマニア国境の町ルセ(Ruse)から、南はギリシャ国境に近い行き止まりの小さな村ボッコヴァ(Botkova)という所まで、全線415キロもあってかなり長いが、全線を走る列車は無い。特に第1線と交わるディミトロヴグラト(Dimitrovgrad)以南は、本数も極端に少ない盲腸ローカル線である。


 今日乗るのは、第4線のうち真ん中の部分で、スタラ・ザゴラから北上し、ゴルナ・オリャホヴィツァ(Gorna Orjahovica)という所まで、142キロの区間である。スタラ・ザゴラが第8線のソフィア~ブルガスの途中駅、ゴルナ・オリャホヴィツァが第2線のソフィア~ヴァルナの途中駅で、その間を結んでいるので、イメージとしては、陸羽東線といったところである。そうすると第4線全体は、陸羽西線・陸羽東線・石巻線を一つの線とした呼び方、という感じだ。


クリックで拡大(ポップアップ)

 今回も、日本製の無料ダイヤグラム作成ソフト"OuDia"を使って、この区間のダイヤグラムを作ってみた。同時に片道だけ、時刻表も掲げておく。

 これらを見ればわかる通り、ローカル線ではあるが、急行列車だけでなく、何と夜行列車まで走っている。この印象がかぶってくるのは、国鉄時代の木次線ではないだろうか。木次線に夜行列車など、今の木次線からは信じられないし、そんな時代を知らない人が多数派になってきたが、道路交通が不便な時代は、木次線は中距離輸送を担った亜幹線クラスの路線と言って良かった。芸備線・木次線経由で広島と山陰を結ぶ、グリーン車まで付いた急行「ちどり」が数往復あり、うち一往復が夜行であった。私も1980年頃だったか、一度昼間の急行に乗ったことがあるが、ローカル急行なりにそこそこの乗車率で、長距離利用者も多かったと記憶している。

 木次線とのもう一つの共通点が、途中の険しい山越えである。木次線には有名な出雲坂根の三段スイッチバックがあり、今も現役である。こちらブルガリア第4線には、スイッチバックはないが、ループ線が2ヶ所ある。うち南側のループ線は、ラドゥンチ(Radunci)の「8の字ループ」として、知る人ぞ知る珍しい優れものである。その割には広くは知られていないようで、検索してもほとんど情報が出てこなかった。こういう物を見つけてしまえば、どうしても乗って確かめたくなる。今回、この路線を選んだ一番の理由が、これであった。

 スタラ・ザゴラから乗るのは10時19分発の普通列車ゴルナ・オリャホヴィツァ行きである。これで終着まで一気に乗って終わりにしても良かったのだが、今回は2つのループ関連駅に下車してみることにした。本数が少ないので、順番に降りていては待ち時間が長すぎる。よって最初に北行き列車でラドゥンチのループを通り越して、2つ目のループの途中にあるバゾヴェツ(Bazovec)まで乗り、次に南行き列車で8の字ループのラドゥンチへ戻り、次の北行き列車でゴルナ・オリャホヴィツァへ行くスケジュールを立てた。ブルガリアは運賃が安いので、インターレールなどでは全く元が取れないから、切符は乗る区間ごとに現地買いである。

 ブルガリア語はキリル文字の言語である。キリル文字と言えばロシアが代表的だが、もともとはブルガリアが発祥と言われている。ブルガリアは、共産主義時代は東欧でも最も親ソ連だった国だが、西側化した今日も、文字はキリル文字を通している。バルト三国など、いくつかの旧ソ連の国はキリル文字を捨て去ったが、ブルガリアは発祥国としての歴史もプライドもあるのだろう。実際の使われ方だが、ソフィアのモダンな商店が並んだ繁華街では、キリル文字よりローマ字をずっと多く見かける。日本でも都会の繁華街では横文字ばかりの所もあるから、似た現象であろう。しかし田舎へ行くほど、キリル文字しか見かけなくなる。鉄道に乗るぐらいなら問題ないが、もっとディープな旅行をするなら、キリル文字の基礎ぐらいは学んでおかないと苦労するだろう。

 駅名に関しては、駅名標等はローマ字との併記が多いが、キリル文字だけのものも少なからずある。ローマ字での表記法には正式といったものがないので、例えばブルガリア国鉄のサイトと現地の駅で、ローマ字の綴りが違うことも珍しくない。ギリシャにおけるギリシャ文字とローマ字の関係もそうであった。地名・駅名で良く使われる文字の一つに、"Ц"というのがある。これは日本語のツに近く、"ЦИ"となると、日本語のチに近い。ブルガリア国鉄のサイトでは、"Ц"のローマ字が"c"で統一されているようなので、本稿ではそれに合わせて統一したが、実際にはどちらかというと、"ts"の方が良く使われている。例えばラドゥンチは、ブルガリア国鉄のサイトでは"Radunci"だが、現地駅名標は"Raduntsi"であり、地図なども、どちらかというとこちらが多いようである。日本人には"ts"の方が馴染みやすいが、"c"を使うのは、他の東欧諸国の言語表記に合わせているのかもしれない。もう一つは"Я"で、例えば終着ゴルナ・オリャホヴィツァの"РЯ"(リャ)には、"rja"と"rya"の両表記が見られる。スタラ・ザゴラの新型発車案内やブルガリア国鉄サイトは前者であったが、一般には後者が多く、現地駅名標も後者であった。


スタラ・ザゴラ Stara Zagora


 そのような次第で、土曜の朝、スタラ・ザゴラ駅にやってきた。どこにでもありそうな古びた主要駅だが、駅舎は建て替え工事中で、まだ全部は使えず、一部が立ち入り禁止になっていた。

 ブルガリア国鉄では、ソフィアも含め、切符類の自動券売機は一切無いようで、ここでも窓口で切符を買う。係員のいる窓口が2つほど開いていた。ループ区間での途中下車は、天候次第では中止も考えていたが、天気も悪くなさそうなので、計画通り、ループ線の中にある駅、バゾヴェツで降りてみようと思う。単純な途中下車でもないので、切符もバゾヴェツまで買う。

 窓口の女性職員は英語をほぼ解さないし、ブルガリア語のできない外国人がバゾヴェツなどと言うものだから、すんなりとは売ってくれず、何やら色々と言ってくる。そんな所に何しに行くのか、何もないよ、と言っているような気もするが、とにかく押し切って購入。全体的に日本の国鉄末期ぐらいの水準なので、もしや硬券が出てこないかと期待したが、さすがにそれはなく、QRコードも入ったスーパーのレシートのような切符であった。キリル文字のブルガリア語だけだが、数字は一緒なので、大体の意味はわかる。途中下車自由の普通乗車券を予想していたが、きちんと列車の時刻と列車番号が記載された切符であった。

 ブルガリアの鉄道運賃の安さは感動的で、スタラ・ザゴラからバゾヴェツまで、67キロが3.95レヴァ(約295円)であった。JR本州3社幹線なら1170円、小田急で740円区間に相当する。昨年12月にスロヴェニアのノヴァ・ゴリツァから乗った時、週末大幅割引の安さに驚いたが、ブルガリアは週末割引もなく、年間通じていつでも誰でも当日でも買える普通運賃が、そのレベルの安さなのである。

 それから駅周辺を一回り歩いてみる。駅前でまず目につくのが保存蒸気機関車。ここも鉄道の主要ジャンクションだから、当然、鉄道の町としても栄えたのであろう。主動輪が5つもある大型機関車だが、かなり荒れて錆も目立っており、まともに管理して手入れする人がいないらしいことが察せられる。

 まだ工事中の真新しい駅構内と切符売場  工事終盤の駅舎

 駅前には広い公園がある。特に何があるわけではないが、パラパラと市民が散歩している。ほとんどが落葉樹なので、冬枯れの寂しい風景だが、今日は春間近の空気感が漂っている。2月のブルガリアはもっと寒いかと思って厚着をしてきたが、朝10時にしてそこそこ暖かい。午後はもっと気温も上がりそうである。

 駅前の保存蒸気機関車  駅前はこざっぱりした公園

 駅の回りは繁華街ではなく、基本は住宅地で、とにかくアパートが多い。それも年季の入ったものばかりで、日本なら昭和の団地である。ただ、見た目は今一つだが、きっと堅牢な造りで、住み心地は悪くないのだろうし、だからこそ今日まで古びたまま残っているのだと思う。

 そんな古いアパートに囲まれて、現代的なドイツ系安売りスーパーの「リドル」があった。広い駐車場もあり、店内もレジに短い列ができる程度に客が入っている。今日これから途中下車する駅は、店など何も無さそうな所なので、立ち寄って食料を少し仕入れておく。

 駅周辺の普通の町並み  古いアパートに囲まれた新しいスーパー

 中心市街地はもう少し先らしく、そこまで行く時間がなかったのは心残りだが、駅へ戻り、地下道をくぐって2番線へ行く。停まっていたのは、電気機関車が先頭の、2輌の客車列車であった。いかにも旧型客車といった感じの渋い緑色の列車である。ブルガリアも車体への落書きが酷く、落書きがない車輌を見ること自体が稀なのだが、この列車はそれが全くないので、実に美しい。清掃直後なのか、それとも落書きするような奴らも、さすがにこの車輌には歴史的価値を感じたのだろうか。側面の行先表示(サボ)も、差し込み式のもので、キリル文字だけの、職員の手書きと思われる素朴なものであった。


 車内は2輌ともコンパートメント車で、古い東欧タイプの、1室定員8名という、満員になればかなり窮屈な車輌である。もちろん混んではいないが、思ったよりは乗客がいて、空いたコンパートメントが一つもなかった。通路側に人の好さそうなおじさんが一人座っている所を見つけ、進行窓側の席に座った。

 車輌側面の素朴な行先表示  プロヴディフ行きの汚い電車が入ってきた

 発車3分前、同じホームの反対側に、2輌編成の電車が着いた。10時14分着、27分発の、ヤンボル(Jambol)発プロヴディフ行きであろう。比較的新しい車輌と思われるが、見事に落書きだらけの汚い車輌で、あれがブルガリアではむしろ普通である。その列車からこちらへ数名が乗り換えてきたようである。


スタラ・ザゴラ~トゥロヴォ Stara Zagora - Tulovo


 スタラ・ザゴラから、もう一つの幹線に合流するトゥロヴォ(Tulovo)までは、この旅の序章である。めぼしいものもなさそうで、特に何も期待していなかった。スタラ・ザゴラを出てしばらくは古いアパートなどを見ながらブルガス方向へ走り、やがて緩やかなカーヴで北へと分かれていく。いつもながら、やってきたなとワクワクするローカル線の旅の始まりである。

 ところが、予想に反して、すぐに人家も果て、線路は山の中に入っていく。並行する道路ともども、カーヴが続く。最初の駅ズメホヴォ(Zmejovo)までは14キロもあり、今回乗車区間中で最長駅間距離である。街の大きな駅と次の駅が遠い所は、市内輸送が高頻度のバスなので、逆に鉄道の駅がない、というケースが多く、ここもそうなのかと思っていたが、ここは駅間ずっと寂しい山の中で、人家もほとんどなかった。線路の両側は概ね落葉した林で、眺望は良くない。

 最初の駅ズメホヴォに差し掛かる  駅員が3人も出ているズメホヴォ

 そうして着いた最初の駅、ズメホヴォは、立派な駅舎がある交換駅で、駅員が3人も駅舎前に立っていたが、乗降客はゼロ。駅周辺も寂しそうな所であった。次のヤゴダ(Jagoda)も寂しい所で、こちらは単線の無人駅であった。この2つの途中駅は、一日3往復の普通列車のみの停車で、他の列車は通過している。この先の本格的な山の中の小駅の方が停車列車が多い。

 ヤゴダは小さな峠を越えた所という立地で、その先は平地の広々とした景色が広がる。数分後、左から単線電化の線路が合流してくる。この線路はソフィアとブルガスを結ぶ幹線(第3線)である。スタラ・ザゴラも同様に、ソフィアとブルガスを結ぶ幹線(第8線)の途中駅だが、ソフィア~ブルガス間は、途中の経由ルートが2つある。トゥロヴォを通る第3線の方が418キロと距離は短いが、450キロある南の第8線の方が、プロヴディフやスタラ・ザゴラといった大きな街を通るので、長距離列車は経由ルートを概ね半々に分けている。

 列車はトゥロヴォに到着した。構内は広く、そこそこの大きさの平凡な駅舎はあるが、ホームは狭く、駅周辺も閑散としている。しかし駅で列車を待っている風な人が結構いる。この列車にも若干乗ってきたが、多くはまだ駅舎前で他の列車を待っている。当列車はここで17分も停車する。ここと次のダボヴォ(Dabovo)までの一駅間は、第3線と第4線の重複区間になる。

 トゥロヴォ手前で第3線が合流してくる  トゥロヴォに着いた列車

 時間がたっぷりあるので、カメラだけ持ってホームに降りてみる。最初はホームから離れないようにしていたが、あまりに平和で長閑な雰囲気なので、構内踏切を渡って駅舎の中と駅前もざっと見てきた。トゥロヴォは一応、小さな駅前集落があり、集落内に店も若干あるらしいが、商店街などはない。鉄道の要衝ではあるが、宿泊施設などがあるような所でもない。

 長閑そのものの長時間停車  トゥロヴォ駅前

 そうしているうちに、隣の線路に来た方向から列車が入ってきた。電気機関車牽引で客車4輌をつないだ、快速にあたる列車で、ソフィア発ブルガス行きという長距離列車である。次のダボヴォにも停車するので、こちらの列車からダボヴォに行く人は、ここで乗り換えれば少し早く着く。客車側面は落書きだらけであった。列車は1分停車ですぐ発車していった。そこからこの列車に乗り換えてくる人も数名いた。時刻表では10時53分着、54分発だが、3分程度遅れていた。

 駅舎内のレトロな発車時刻表  ソフィア発ブルガス行き列車が到着

 続いて今度は反対方向から、ブルガス発ソフィア行きの快速列車がやってきて、駅舎前のホームに停車する。やはり見事に落書きだらけの客車4輌である。こちらは時刻表では11時03分着、04分発、そして当列車が05分発なのだが、今度はあちらからの乗り換えのために連絡を取っているわけではない。ブルガス方面からこの列車に乗り換える人は、ダボヴォが乗換駅になるからである。しかも、このあたりではトゥロヴォ~ダボヴォの1駅だけが複線だから、そこですれ違うこともできる。だがとにかく、ソフィア行きが出てからもうしばらく停車して、こちらは3分ほどの遅れで発車となった。

 ブルガス発ソフィア行き列車が出ていく  トゥロヴォを3分遅れで発車

 まだ駅舎前に若干待っている人がいるが、この人たちは、この列車の姉妹列車である快速のスタラ・ザゴラ行きを待っているのであろう。それはこの列車と、ダボヴォまでの複線区間ですれ違う筈である。閑散線区なりに、というか、だからこそというべきか、4方向の列車がお互い乗り換えできるようにダイヤが組まれていて、それぞれに乗り継ぐ客がいるのを見て、意外な所で感心してしまった。例えばフランスなど、ここまでの配慮がないダイヤが多いように思うのだが、気のせいだろうか。


トリエステ~イェセニツェ (2) へ戻る    スタラ・ザゴラ~ゴルナ・オリャホヴィツァ (2) へ進む