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グラスゴー〜マレーグ 目次


目次 (1) グラスゴー Glasgow
ウェスト・ハイランド線 West Highland Lines
グラスゴー〜クリアンラリック Glasgow - Crianlarich
(2) クリアンラリック〜フォート・ウィリアム Crianlarich - Fort William
フォート・ウィリアム〜マレーグ Fort William - Mallaig
マレーグ Mallaig

グラスゴー Glasgow


 スコットランドの首都はエディンバラ(Edinburgh)だが、最大の都市はグラスゴー(Glasgow)である。エディンバラも、なかなか渋く重厚な都市であるが、グラスゴーよりは華やかな側面も多く持つ。さほどにグラスゴーの印象は重い。歴史の古いヨーロッパに、そういうところは山ほどあるし、ロンドンでも似たような感じを受ける所もある。しかし、グラスゴー中心部に立って受ける重さの印象には独特なものがあると、私は来るたびに感じる。

 クィーン・ストリート駅近くの風景  朝なのでバスが頻繁に通る

 スコットランドにおけるエディンバラが、観光と文化の中心なら、グラスゴーは産業の中心だ。製造業で栄え、多くの労働者をかかえ、英国とスコットランドの経済を支えてきた力持ちな都市である。しかし、そう簡単に線を引けるものでもなく、当たり前ながらグラスゴーにも昔から独自の文化が育ってきた。例えば、チャールズ・レニー・マッキントッシュという建築家が残した独特の建物が、今もグラスゴーと近郊の各地で見られ、少しオタクな観光客が訪れている。

 鉄道面でも、グラスゴーはエディンバラをはるかに凌ぐ、スコットランド最大の鉄道の集積地である。ターミナル駅も2つあり、スコットランド唯一の地下鉄も走っている。現代においても、産業都市グラスゴーは鉄道が活躍する度合いが高い。

 バーガーキングの赤が目立つクィーン・ストリート駅  ゲール語と二ヶ国語表記の駅名標

 短い北国の夏もほぼ終わりかけという風情の8月下旬、グラスゴー・クィーン・ストリート(Glasgow Queen Street)駅へとやってきた。平日なので、朝ラッシュ時の駅は、都会的に賑わっていた。グラスゴーには、グラスゴー・セントラル(Glasgow Central)駅とここクィーン・ストリート駅の2つのターミナル駅がある。両者は乗換駅同士ではないが、歩いても10分程度の距離である。どうせなら一つにしてしまえばいいとは思うが、両駅の中間あたりがグラスゴーの中心部で、今さら密集したビルを取り壊して鉄道を通すわけにもいかない。駅としては、セントラル駅の方が大きく立派で、外観も豪華な造りで風格がある。それと比べればクィーン・ストリート駅は一回り小さく、安っぽく作られた感はある。それでも十分立派な駅であり、ローカル線での長旅の出発地にもふさわしい。

 停車駅のひときわ多い長距離鈍行マレーグ行き  5番線で発車を待つマレーグ行き

 グラスゴー・セントラルは南へ出発する構造なので、ロンドンなどイングランド方面との長距離列車が多い。対するクィーン・ストリート駅は北へ出発するターミナルなので、スコットランドの奥地へ行く列車など、スコットランド域内のローカルターミナルの趣がある。グラスゴーとの行き来が恐らく一番多いエディンバラは、北でも南でもなく、東になるので、どちらのターミナルからも列車がある。経路も異なるが、所要時間が最短のルートはこちらクィーン・ストリート発着だ。これから乗る、マレーグ行きは、北西方面になる。最初はほぼ真西に行くが、これらの方面への長距離列車のターミナルも、こちらクィーン・ストリート駅が一手に引き受けている。他にも、インヴァネス(Inverness)、ダンディー(Dundee)など、スコットランド各地の主要都市へ行く列車が並んでいる。他方で聞きなれないマイナーな行先の列車もいる。これらの多くはグラスゴーに近い短距離の近郊列車である。

 その中でもひときわ遠いマレーグへの列車は、閑散とした僻地を走るとはいえ、途中駅の数も断然多く、全停車駅を表示する電光式の発車案内でも全駅が収まらないほどであり、パッと見ると目立っている。

ウェスト・ハイランド線 West Highland Lines


 グラスゴーはローランドにある。ローランドとは、あまり聞きなれない人が多いと思うが、ハイランドに対する語である。正式に地域を区分けする言葉ではないが、大雑把に言うと、スコットランドの南東の半分がローランドであり、北西の半分がハイランドになる。

  イングランドとは桁違いに人口密度の低いスコットランドだが、その中でも都市はローランドに集中している。スコットランドで市と認定されているのは7都市しかないが、そのうち6都市までがローランドにあり、人口の多い順に、グラスゴー、エディンバラ、アバディーン(Aberdeen)、ダンディー、パース(Perth)、スターリング(Stirling)の順である。対するハイランドでは、インヴァネスが唯一の市である。ローランドの各都市を結ぶ鉄道は、概ねそこそこの本数が運行されており、一部はローカル線の雰囲気も十分だが、それでも都市間鉄道と言ってよく、イングランドの大部分と比べても遜色はない。しかし、ハイランドの鉄道は、全く異なり、運転本数だけを取っても、全てがローカル線である。イングランドの多くの路線で普及してきている、1時間に1本かそれ以上の等時隔ダイヤも、ハイランドには一切見られない。一番本数が多いところでも、日中1時間に1本を切っていて、都市のない西部や北部へ行く路線だと、一日3〜4本しか走っていない。加えて荒涼とした景色の素晴らしさも、イングランドのどことも比較にならないほどに、旅人の心を惹きつけるものがある。つまるところ、ハイランドの全域が、ローカル線の旅に適した路線である。

 私自身のことを書くと、スコットランドを初めて訪れたのは1990年代前半の晩秋であった。その時は、せっかく来たのだからと、スコットランド最北端の駅サーソー(Thurso)まで、インヴァネスから往復してみた。インヴァネス〜サーソー間248キロは、当時も今もかなりの長距離ローカル線で、現在のダイヤは、平日一日4往復で、4時間弱かかる。今は日曜日も1往復だけ走っているが、当時は日曜は完全運休というすごい路線であった。

 初めてのスコットランドだったので、ついつい最北の長大路線に目が向いてしまったというわけだが、スコットランドにはそれをやや上回る長大ローカル線がある。それがグラスゴーから北西へと向かう、264キロの線である。途中、フォート・ウィリアム(Fort William)というやや大きな町があるが、終着マレーグ(Mallaig)は海辺の鄙びた終着駅と思われる。全線を走る列車は、平日3往復、日曜は2往復で、その他、ロンドンからの夜行列車がフォート・ウィリアムまで来ている。

 この路線と、途中から分岐してオーバン(Oban)まで行く線とを総称して、ウェスト・ハイランド線と呼ぶ。とはいえ、日本と違って、鉄道の全路線に正式な線名が決められているわけでもないので、これも通称と言っていいだろう。途中は人家もない荒涼としたところを延々と走るような鉄道だが、19世紀に開通した古い路線で、当時は、グラスゴー寄りを除けばウェスト・ハイランド鉄道という私鉄であった。今はグラスゴーからマレーグとオーバンまでの路線全部が、ウェスト・ハイランド線であるが、グラスゴー側は同じ線路を通勤用の電車も走っていて、それはまた別の線名で呼ばれている。日本とは線名の使われ方自体が違うのだが、まああまり難しく考えなくてもいいだろう。今日はとにかく、そのウェスト・ハイランド線のうち、古くて長い方の、マレーグへ行く線の全線に乗る。


 それにしても、片道5時間強。往復するだけで丸一日が終わってしまう。本当は、せっかく行くのだから、終着のマレーグかその近くで1泊するスケジュールを組みたかった。しかし、1日3往復という本数と、前後のエディンバラとロンドンでの用事を考えると、グラスゴーに2泊して、間の一日を使って往復するのがベストという結論に落ち着いた。264キロという距離は、宗谷本線の旭川〜稚内間259キロとほぼ同じだ。北辺のローカル線という意味でも、イメージは多少重なる。違うのは、宗谷本線は特急と普通があって、小さな駅がやたら沢山あることだ。対するこちらは、夜行以外は全列車が普通列車だが、平均駅間距離は宗谷本線なら快速ぐらいに相当する。

 そして、長距離を走る辺境路線のためか、普通列車なのに車内販売が乗っている。20余年前に乗ったインヴァネス〜サーソー間も、超ローカル線と呼んでいい列車にもかかわらず、車内販売があって驚いたものだった。日本でも車内販売は段々減っているので、イギリスはどうかと思っていたが、今日もきちんと乗っていたのが嬉しい。温かいコーヒーを飲みながら荒涼とした絶景を眺められる、鉄道マニアでなくても乗って楽しい、優雅なひとときを過ごせる路線だと思う。ただ、片道5時間は少々長すぎるかもしれない。それでもこの方面には空港がないので、飛行機があるならば飛んでしまうようなビジネスや用務の人でも、ハイランドでは、4〜5時間を鉄道に乗り通す人も結構いるらしい。そんな、飛行機が普及する時代以前から続く長距離列車というのもまた、この旅の魅力であろう。

 グラスゴーからマレーグまで、264キロの普通運賃は、片道32.90ポンド(乗車日のレートで約5,100円)、往復59.30ポンド(同約9,200円)である。同じ距離の日本のJR本州三社の幹線運賃が4,930円だから、為替レートにもよるが、片道だとイギリスの方が高い。だが今やイギリスの普通運賃は形骸化していて、長距離だと大半の人が何らかの割引運賃で乗っていると思う。飛行機の国際線にノーマル運賃で乗る人がほとんどいないのと似たようなものかもしれない。

 私も今回は3週間ほど前に旅程が決まっていたので、インターネットで事前予約の安いチケットを買っておいた。それだと片道15.70ポンド(同約2,400円)である。安い運賃での発売枚数が決まっているので、早く買うのがコツで、私は往復とも一番安い運賃で買えたが、行きについては私の1枚が最後だったようで、私が買った直後にもう一度検索してみたら、もう数ポンド値上がりしていた。インターネットの事前予約は、座席指定が必須で、指定料金はかからない。日本と違って車輌ごとに自由席と指定席が分かれておらず、指定のある席にはその旨の表示がなされるという、欧州式である。最近はその表示も電光表示式が増えてきたが、マレーグ行きは、昔ながらの、指定されている旨を表示する紙切れを各座席の上に挟む方式であった。大半の席に、この紙切れが挟まっている。だから、指定を取らずに飛び乗った人は、空いた席を探すのに苦労するだろう。一人なら何とかなるが、数名で一緒に座りたいなら、今やイギリスは座席指定が必須かもしれない。とはいえ実際に乗ってみると、指定の紙が挟まっているのに最後まで空席のままというのが、行き帰りともに随分多かったのだが。


グラスゴー〜クリアンラリック Glasgow - Crianlarich


 グラスゴー・クィーン・ストリートは出口が南側で、線路は北へと向かっている。発車するとすぐに、カレドニアン大学の下をトンネルで潜り、出てもしばらくは切り通しを行くので、列車からグラスゴー都心部の風景はほとんど見えない。景色が見えてきたと思うと、早くも郊外の雰囲気が漂っている。イギリスきっての大都会ではあるが、そこまで巨大ではない。線路が分岐しては合流してきて、という、イギリスに多い三角地帯を2つ通り、西へと進路を向けたところで、最初の駅、アシュフィールド(Ashfield)を通過する。

 車窓はそのあたりから閑静な住宅街が中心になる。緑も多く、環境は良さそうだ。広い庭を持つ一戸建て住宅が並んでいる。それも新築と思われる家は少ない。すっかり成熟した住宅地といった風情である。それに混じって新しい高層や中層のアパートもある。そのあたりの住人のための通勤用の駅を、2〜3分に一つぐらいゆっくり通過する。時に倉庫があれば、大きなショッピングセンターもある。

 最初の停車駅ダルミューラ

 シンガー(Singer)という駅を通過する。これが普通名詞なら、文字通り「歌手」という意味である。もとよりそういう固有名詞なのであろうが、日本だったら歌手を目指す人が駅詣に訪れて入場券を買ったりして話題にでもなりそうだ。

 シンガーを過ぎると、右から他の路線が合流してきて線路が広がり、ダルミューラ(Dalmuir)に着く。本列車の最初の停車駅である。この間、ちょうど20分かかっているが、ここはグラスゴーの都心へ2本の路線があり、近郊電車が頻繁に通っているから、まだこの列車から降りる人はいない。駅前に高層アパートも見える、いかにもという感じの、グラスゴーのベッドタウンらしい。

 ダルミューラを出ると建物の密度が減り、左手には時にクライド川(River Clyde)が見えるようになる。クライド川は、グラスゴーを貫いている大きな川で、このあたりから下流は川とも湾ともつかない、海と川の境目のようなところである。つまり、満潮時は海水が逆流してきて淀み、干潮時には真水が下流に流れる川になるという、そういうあたりだと思う。日本に比べて緯度が高くて干満の差が激しい北ヨーロッパでは、起伏に乏しい地形の所で、こういった現象がしばしば見られる。

 そのクライド川の対岸もまた、グラスゴーの郊外であり、鉄道も通っている。川を挟んで両岸の交流がありそうだが、現実には、ダルミューラの次のキルパトリック(Kilpatrick)の手前で上を跨ぐ道路を最後に、それより下流にはこの川を越える橋がない。鉄道利用だと、目の前の対岸に行くにも、一旦グラスゴー市内へ戻らないと行けない。さらに下流に行くとフェリーもあるが、両岸の交流はあまり蜜ではないと思われる。

 この列車の2つ目の停車駅は、ダンバートン・セントラル(Dumbarton Central)。ダンバートンはクライド川北岸の古い町で、城もある。 かつては造船やウィスキーなど独自の産業で栄えたそうだが、今はそれらも廃れ、グラスゴーのベッドタウンとしての機能が強まっているそうだ。それでもセントラルとつくだけあって、風格のある立派な駅であった。 車窓から見る街の風景も、単なる新興住宅地とは違った風格が感じられた。

 ダンバートン・セントラル駅  車内販売がやってきた

 ダンバートンの街を抜けると、クライド川はますます幅が広がり、もはや川ではなく湾と呼んでいい広さになった。このあたりはまだ大グラスゴー都市圏の余韻が残り、対岸には低層から中層ぐらいのビルも結構見えて、人家も多い。あちらにも複線の近郊鉄道が走っているはずである。景色を眺めているうちに、前から車内販売がやってきた。

 対岸にはまだビルなども見える  単線のヘレンズバラ・アッパー駅

 それでも人家も次第に減り、風景も徐々に田舎になってくる。そんな感じが強まるあたりで、カードロス(Cardross)という駅を通過する。その先を少し行くと、ポイントをガチャガチャと渡り、線路が二つに分岐する。左のクライド川沿いに、複線電化の本線かと思うような立派な線路が、そして右は単線非電化の線路が分かれるのである。我がマレーグ行き列車は、ここで右の線路に入る。左に分かれたあちらの線路は、最初は立派な複線だが、間もなく単線となる。そしてあと2駅ほど走ったヘレンズバラ・セントラル(Helensburgh Central)が行き止まりの終点である。 ここまでがグラスゴーの通勤圏ということであろう。

 単線非電化となったこちらは、しばらくは名残惜しそうに下の電化の線路と寄り添っているが、やがてそれも見えなくなり、ヘレンズバラ・アッパー(Helensburgh Upper)に停車する。 ヘレンズバラも、今はグラスゴーのベッドタウンの機能が強い町だが、独立した自治体であり、またクライド川が湾として広がった景色のいい所にあるため、グラスゴー市民の日帰り行楽地にもなっているそうだ。

 近郊電車の終着駅、ヘレンズバラ・セントラルは、ここからまっすぐ1キロぐらい緩やかな坂を下りたところにあり、そちらの方が町の中心にも湾にも近い。ここアッパー駅は、地形の関係で仕方ないというような町のはずれにあって、単線1面の、ちょっと寂しい感じの駅である。しかしヘレンズバラの人が鉄道でこの先へ行こうと思えば、この駅からの乗車になる。そんな感じの人が数名乗ってきた。逆に、グラスゴー方面から来てヘレンズバラに用がある人は、町の中心に近くて本数も多い、セントラル駅を使う。わざわざこの列車を選んで乗ってここで降りる人は、ごく僅かだろう。というのも、ここはもう、本数の少ない非電化単線区間であり、一日数本の長距離列車しか走らないのである。

 そんなわけで、近郊電車区間を脱し、ここからは完全各駅停車の長距離列車になる。それに歩調を合わせるように、ここからはグラスゴー都市圏を思わせるような景色ではなくなる。ヘレンズバラ・アッパーから、次のゲーレロックヘッド(Garelochhead)までの間、車窓左手にはゲーレ湾(Gare Loch)が沿う。ゲーレ湾はクライド湾(Firth of Clyde)の複雑に入り組んだ地形にある入江の一つで、幅は平均1.5キロほどしかない。列車はそれを少し高い所から見下ろすように走る。周囲は木々に覆われており、知らなければ湾だか湖だかわからない。

 その細長い湾の終わりにあるのが、文字通りのゲーレロックヘッドである。これで海の入江も終わって内陸に入るのかと思うと、また次の入江が現れる。ロング湾(Loch Long)で、名前の通り、 ゲーレ湾をはるかに凌ぐ細長い入江で、これが次の駅、アロカー・アンド・ターベット(Arrochar & Tarbet)までのほぼ一駅間、左に沿う。ロング湾は広義のフィヨルドの一種であり、それ以外の入江の多くも、ある程度、氷河の侵食を受けたフィヨルドである。ノルウェー語のフィヨルドに相当するスコットランド語が、クライド湾に使われている Firth になるらしい。

 グレン・ダグラス信号場で行き違う保線車  グラスゴー行きと列車交換

 スピードが落ち、ポイントをガタガタと渡る。そして列車は停車した。しかし駅ではなく、グレン・ダグラス(Glen Douglas)という信号場である。最初に保線用の小さな豆車輌が行き交う。これとの交換のために停まったのかと思ったが、まだ動かない。5分も停まっただろうか、次に反対列車がやってきた。マレーグを朝6時03分に出た、始発のグラスゴー行きである。グラスゴーには11時半に着く。これが朝一番の列車だから、マレーグに住んでいる人が都会に出るのはやっぱり大変だなと思う。あちらも同じような気動車4輌編成で、席の半分余りが埋まっているようだった。

 アロカー・アンド・ターベット駅

 ホームは広いが周囲は寂しい、アロカー・アンド・ターベットを過ぎると、ようやくクライド湾の一連の入江が途切れ、海ともしばしのお別れとなる。すると間もなく今度は右手から、似たような細長い湖が近づいてくる。こちらはローモンド湖(Loch Lomond)で、海とはつながっていない、淡水湖である。ブリテン島最大の湖だが、面積は71平方キロに過ぎない。これは琵琶湖の1割余りで、洞爺湖と同じぐらいである。ちなみに有名なネス湖は第二位の59平方キロである。

 スコットランドでは、こういった細長い湖や入江に、ロック(Loch)という名前がついている。日本語でロッホと書いてある書籍も多いが、実際の発音は、個人差もあるが、その中間ぐらいで、私は個人的には「ホ」と書くのはやりすぎだと思う。いずれにしても、英語の湖であるレイクのゲール語訳なのだが、海の入江にも内陸の湖にも同じ語を使うから、同じロック○○でも、日本語に訳す時には、実際の地形によって、○○湾としたり○○湖としたりするのが正しいだろう。実際を知らなければ機械的には訳せない言葉である。

 車窓から見るローモンド湖  アードルイ手前のローモンド湖

 原始の姿そのままのようなローモンド湖を眺めているうちに、時刻表では10時39分着・10時39分発となっているアードルイ(Ardlui)をゆっくりと通過してしまった。リクエスト・ストップらしい。しかしそんなアナウンスも案内も無かったように思うが、よほど利用者がいない駅なのか、それとも車掌が今日は下車客がいないことを把握しているのか、どうなのだろう。私のようなネット予約の安い切符は指定列車のみ有効だが、通常料金の普通乗車券は短距離でも途中下車は自由だ。途中下車してローモンド湖を見学に行くような事情を知らぬ旅行者が乗っていないとも限らないような気がするのだが。実際、後で調べると、アードルイは湖畔の小さな村だが、駅からは徒歩1分で湖畔に出られるし、ホテルもあるような所である。外来のよそ者などまず降りないといった駅でもない。

 ところで乗客は、圧倒的に観光客が多いようで、左に右にと見える湖などの風景をカメラに収めている人が大勢いる。しかし用務で乗っている人もパラパラいるようで、私の向かいの男性は、グラスゴーからずっとパソコンに向かって建築図面などをいじっているから、その方面の仕事で汽車に乗っているに違いない。女性の車掌が回ってきて、乗客に大判の絵葉書を配り始めた。デザインが数種類あるようだが、一人一枚だけである。私がもらったのは、雪景色の中を走る列車の絵葉書であった。他の乗客もサンキューと言いながら受け取っているが、私の向かいの建築家は手を横に振っていた。

 次がクリアンラリック(Crianlarich)である。オーバン方面との分岐駅で、鉄道の要衝だから、駅が近づくと景色が開けるのかと思っていたが、何もないまま、駅に着いてしまった。広いホームがあるが、そこから見る限り、人家も見えない秘境のような所にある駅であった。行く手に山が立ちはだかり、この先の景色にますます期待したくなるような、いい駅である。


 そんな寂しい風情が満点の駅だが、それでも鉄道運行上の拠点駅らしく、車掌も車内販売員もここで交代していた。ホーム上の待合室にはティールームと書いてあるのだが、乗換で長く待つようなダイヤでもないし、どれほど利用者がいるのだろう。


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