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ビルバオ〜サンタンデール 目次


目次 (1) バスク最大の都市ビルバオ Bilbao
ビルバオ〜アラングレン Bilbao - Aranguren
(2) アラングレン〜マロン Aranguren - Marrón
マロン〜サンタンデール Marrón - Santander
サンタンデール Santander

バスク最大の都市ビルバオ Bilbao


 時刻表ばかり眺めている割には、その国の政治経済も地理歴史もろくに知らないという鉄道マニアがいるとすれば、バスク地方というのは、スペインの中でも遅れた貧しい地域なのではないか、と思うかもしれない。何しろ、バスク地方最大の都市ビルバオへの特急列車が、バルセロナとマドリッドから、1日2本ずつしか来ていない。あとは2社の狭軌鉄道が、レンフェ(Renfe)として知られる全国ネットワークの広軌鉄道と別に、独立して路線網を張り巡らせている。

 バスク最大の都市ビルバオ市街地の風景

  スペインは、EUでも巨大な人口と面積を抱えながら、同規模のドイツ、フランスなどと比べて経済力が弱く、失業率も群を抜いて高い。若者の2人に1人は職がないと言われている。このたびの欧州金融危機でも、スペイン問題は大きくクローズアップされた。そんな大国スペインの中でも、首都マドリッドや大都市バルセロナとも遠く、ヨーロッパ中のリゾート客を集めるマラガを中心とした地中海側とも対照的な北部スペインは、より未開の遅れたエリアなのではと思ってしまっても不思議ではない。私もかつては漠然とそんなイメージを持っていた。それに、北ヨーロッパの人が、太陽を求めて我も我もと南スペインへホリデーに出かけるご時世になって久しいが、北部スペインに行ったという人の話はあまり聞かない。聞くとすれば、日本人も含め、巡礼に行くという人が案外多くて、これにも驚く。

 バスク地方はスペインの他地域と異なる独自の文化を持っており、言語もバスク語という、他のヨーロッパ言語と関連性のない独立系言語が使われている。バスク人はバスク人としての誇りがあり、自分たちはスペイン人ではなくバスク人だと主張し、昔からバスク独立運動があり、一部には過激派もいる。

 私自身、その程度の認識しかなく、今日までバスク地方に行く機会がなかったので、初めて足を踏み入れるに際して、多少は調べてみた。今は、安直ではあるが、インターネットである程度の知識が簡単に入る、便利な時代になった。

 バスク地方最大の都市ビルバオ(Bilbao)は、市内人口35万人で、これはスペイン全体で10位である。郊外も含めたビルバオ都市圏全体では100万に届く規模だという。バスク地方はスペインでは経済的に豊かな先進地域であり、ビルバオはまさに、豊かなバスク地方を代表するような商工業都市である。そのため、観光ガイドブックにはあまり取り上げられない。日本語のスペインガイドブックでは、ビルバオを完全に無視しているものもある。

 そのビルバオと、直線距離で約75キロ離れた、お隣カンタブリア州の港町サンタンデール(Santander)。この両都市は、高速道路で結ばれ、バスが頻繁に運行されている。バスの所要時間は、ノンストップの最速で1時間15分、平均で1時間半程度である。

 対する鉄道は、狭軌のフェーベ(FEVE)という公営鉄道があるが、全区間を走る列車は1日3往復しかなく、3時間近くかかる。かつては両都市を結ぶ主要な交通機関だったのだろうが、もはや都市間連絡鉄道としての使命は失ってしまったらしい。一日3往復という本数を見ると、芸備線や木次線を連想する。あのあたりもかつては急行が走るぐらいの準幹線であったが、中国高速道の開通以来、鉄道は寂れる一方で、今や見る影もない。

 ビルバオ発の3本のうち朝の一番列車は、ビルバオを8時02分に発車する。早朝というほどでもないが、私は前の日にビルバオ入りし、駅になるべく近いホテルに泊まった。


 ガイドブックが無視する商工業都市、という漠然とした先入観を持って、初めて訪れるビルバオを歩いてみると、予想外に情緒もたっぷりの美しい街であった。

 ビルバオには鉄道のターミナル駅が3つある。スペインの国鉄にあたるレンフェの駅は、ビルバオ・アバンド(Abando)という駅で、割と賑やかな市街地にある。ここからはマドリッド行きなどの長距離特急列車も発車する。

 ビルバオ・アチューリ駅

 バスク鉄道と訳される狭軌のユスコトレン(Euskotren)のターミナルは、ビルバオ・アチューリ(Atxuri)駅で、アバンドからは路面電車で3駅ほどの所にある。寂れた所ではないが、アバンドに比べるとやや中心から外れている。しかしバスク鉄道は利用者も多く、駅自体はそこそこ賑わっている。

 そして3つ目が、フェーベの駅、ビルバオ・コンコルディア(Concordia)である。ところが、例えばグーグル・マップなどで探そうとしても、この駅はすぐには見つからなかった。結局は、レンフェのアバンド駅とほぼ同じ場所にあって、両駅は隣接しているということがわかった。同じ場所なら同じ駅として扱った方がわかりやすいと思うが、そうならなかった歴史的な事情があるに違いない。一日3本の列車に乗り遅れては大変だから、前の晩に下見に行ってみた。

 アバンド駅は、ビルバオ中央駅と呼んでいい主要駅で、それなりに大きかったが、ヨーロッパのあちこちで見られる巨大なターミナル駅の規模はなかった。駅構内には飲食店などがあって、そこは割と賑わっていたが、ホームはもう夕方のラッシュも終わったのか、それともそんなものはもともとないのか、至って閑散としていた。

 ビルバオ・アバンド駅  ビルバオ・アバンド駅

 コンコルディア駅は、最初はどこにあるのかわかりにくかったが、アバンド駅に隣接しており、同じ駅名でも問題ないように思われた。アバンド駅よりずっと小さかったが、もっと古びて寂れた駅を想像していたら、そうでもなかった。駅構内は割と小綺麗で、自動券売機はもとより、自動改札まで備わった、意外と近代化もされた駅であった。

 ビルバオ・コンコルディア駅の発車時刻表

 駅で時刻表を見る。確かにサンタンデールへは1日3本しかない。さらに興味深いのが、レオンまで1日1本だけの長距離路線があることである。しかしこの駅の現代の主役は、それら長距離ローカル線ではない。ビルバオの近郊輸送を担う短距離列車であり、郊外のバルマセダ(Balmaseda)という所まで行く列車が30分ないし1時間に1本ある。日本ならばさしずめ都市近郊私鉄であろう。そういう短距離近郊列車の発車時刻がレトロな表示板をずらりと占め、その最後に長距離列車が寂しく4本だけ載っている。いずれにしても、明日のサンタンデール行きは8時02分発で間違いない。念の為、開いていた窓口のおばさんに、明日の切符が買えるかと英語で聞いてみた。あまりちゃんとは通じていなかったが、明日買えというような返事であった。

 コンコルディア駅へは、アバンド駅の構内から来てしまったが、反対側の出口を出ると、そこはちゃんとした、コンコルディア駅の駅舎であった。もうすっかり日が暮れていたが、それにしても何という荘厳かつレトロな駅舎であろう。これは30分に1本の近郊鉄道の駅ではない。この鉄道がサンタンデールという都市とを結ぶ主力交通機関だった時代に、それにふさわしく立派に造られた駅なのであろう。


 内部の自動改札とはいかにも不釣合いな駅であったが、一通り見学して満足した。明日、ここから列車に乗るのが楽しみになってきた。

ビルバオ〜アラングレン Bilbao - Aranguren


 10月中旬のスペインの朝8時は、まだ夜明け前である。確かに秋分をとっくに過ぎているから、昼より夜の方が長い季節には入っているが、それにしても真冬でもないのに、と、初めての人は驚く。この国は、バルセロナなど南東の一部を除けば、ロンドン・グリニッジを通る子午線よりさらに西にある。にもかかわらず、フランスからポーランドまでの欧州大陸の大半を占めるヨーロッパ標準時を採用している。しかも、まだ夏時間である。だから夜明けが極端に遅く、日没も10月にしては随分遅い。この時期にして、20時でもまだ結構明るい。

 夜明けが遅くても、朝の活動時間に入っているから、月曜朝のビルバオ駅周辺は、通勤客などで賑わっていた。しかし、フェーベのコンコルディア駅構内は、ガランとしていて、コンコースには人影も少ない。構内のカフェで朝食を食べたりコーヒーを飲んでいる人はいるが、それも大した人数ではない。時刻表を見ると、到着列車は7時33分、7時44分、8時09分である。その間に我が8時02分発のサンタンデール行きが、その前に7時50分発のバルマセダ行きが発車する。この駅は多分、列車が到着した時に一瞬賑わうだけなのであろう。

 自動券売機で切符を買おうと試みる。しかし英語表示への切り替えができない。それでも大概のことは予想がつくが、間違えてはいけないので、やめにして窓口に行く。駅名を言うだけなので、こちらの方が簡単だ。窓口で買おうが当然ながら、自動改札対応の味気ない切符が出てくるが、サンタンデールまで片道8.60ユーロは、距離を考えれば安いだろう。サンタンデールまでの切符を買う人はよほど珍しいのだろう。切符と釣り銭を渡す時、微笑みながらお礼を言ってくれた。

 なお補足すれば、フェーベもレンフェも公営ではあるが、最近、経営統合のような形で一体化している。そのため、買った切符にレンフェのマークもある。これは車輌も同じで、フェーベの車輌なのにレンフェのロゴも描かれていた。

 切符を自動改札に通して、7時55分ごろにホームに上がってみる。まだ列車は入っていない。駅舎の豪華さの割に駅自体は小さい。ホームは高架上の、相対ホーム一面だけの簡素な終着駅である、とはいえ列車本数からすればこれで十分であろう。車止めの近くに、おもちゃのように小さな蒸気機関車が置いてある。あれがかつてはこの線を走っていたのであろうか。列車が入っていないだけでなく、待つ人も少ないので、本当に列車が走っているのか、ちょっと不安になる。

 ビルバオ・コンコルディア駅  ビルバオ・コンコルディア駅

 もう一つ気づいたことだが、駅構内やホームの駅名表示は、ビルバオだけで、探した限り、コンコルディアという名前はどこにも見当たらなかった。買った切符も単にビルバオからとなっている。コンコルディアとはなかなかいい名前だと思うが、実際にはあまり使われていないのだろうか。

 早く列車が来ないかと待ち遠しい思いで、高架のホームから街の方を見ると、ようやく空がうっすらと明るくなり始めていた。

 8時にようやく列車が入線

 8時ちょうど、列車がやってきた。どんな車輌か予想がつかなかったが、白を基調として黄色と青を使った、小型ながらいいデザインのモダンな2輌編成であった。後で調べると、2700系という気動車で、2009年に導入された新車であった。最高速度も120キロ出せる、高性能車らしい。

 回送で到着して折り返すようで、乗客は乗っていなかった。それにしても、ここから乗り込む人の数といったら、十名程度であろうか。気分的には夜明け前の始発列車で、街から出る列車だから、日本の都市近郊でもガラガラのことはある。しかし多少の遠出をするのにも手ごろな朝8時の列車なのである。

 ギリギリに入線してきたので、1分ぐらい遅れたが、すぐ発車した。発車するとすぐトンネルに入る。最初の停車駅も地下駅であった。2つ目は駅だけ地上だが、出るとまたトンネルに入る。よってビルバオの市街地は、車窓からは殆ど見られない。3つ目のソロサ(Zorroza)から、普通の地平駅となり、そこを出ると速くも郊外の雰囲気が漂う。人家は多いが、農地もあって、羊すら見かけた。


FEVE路線図の一部 www.feve.es の lineas-feve.pdf より引用

 今、走っている区間は、運転本数も多いビルバオ近郊区間である。複線電化で、バルマセダまでの近郊列車が走る区間を、この列車も走っている。全駅停車の近郊列車に対して、こちらは長距離列車の位置づけで、いくつかの駅は通過する。それらは車窓から見れば、典型的な通勤用の都市近郊駅であった。この列車の空き具合もあわせて考えれば、ビルバオへ向かっての、かなりの片輸送状態なのではと察せられる。

 サラミリョでビルバオ行きを待つ人  山間に入った感じのソドゥペ駅

 サラミリョ(Zaramillo)は、相対ホームの駅で、反対ホームにはビルバオ行きを待つ通勤客などがいる。時間帯の割にその数は少ない。間もなく4輌編成の電車が入ってきたが、座席は半分も埋まっていなかった。

 サラミリョを出ると単線となり、山に分け入っていく。しかしまだビルバオ近郊なので、人家も多い。そんな山あいの次の駅、ソドゥペ(Sodupe)は、駅は山間の田舎の小駅風だが、周囲は新興住宅やモダンなアパートが多かった。自然環境にも恵まれた郊外の住宅地という感じであろうか。神戸電鉄とか、昔の福知山線生瀬のあたりを思い出した。

 アラングレン付近にはアパートもある  拠点駅らしい大きさのアラングレン駅

 ソドゥペを出ると小駅を3つ、次々と通過する。このあたりが一番、駅間距離が短いような気もする。そしてバルマセダ方面との分岐駅、アラングレン(Aranguren)に停まる。アラングレンは中核駅らしく、狭軌鉄道の駅としては大きい。引き込み線があり、ディーゼル機関車や貨物列車も見られる。入れ替わりに左側からビルバオ行きが発車していった。さきほどは4輌だったが、今度は2輌であった。あの列車がビルバオに着くのは9時10分なのに、もう朝の通勤時間も終わりなのだろうか。


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