欧州ローカル列車の旅 > 2015年 > ドイツ > ノルトハウゼン〜イルフェルト

ノルトハウゼン〜イルフェルト 目次


目次 ハルツ狭軌鉄道 Harzer Schmalspurbahnen
ノルトハウゼン〜イルフェルト Northausen - Ilfeld
イルフェルト Ilfeld
ノルトハウゼン Northausen

ハルツ狭軌鉄道 Harzer Schmalspurbahnen


 地図で見ればドイツのほぼ真ん中あたり、旧東ドイツ三州にまたがるハルツの森。この一帯にHSB(Harzer Schmalspurbahnen)という歴史のあるメーターゲージの狭軌鉄道が140キロ余りにも及ぶ路線網を張り巡らしている。一部には蒸気機関車も残る。観光要素が強いとはいえ、今も地元の人の足にもなっているという。

 その程度の知識しかなかったが、かねてから一度行ってみたいと思っていた。そこでまずは、他の用事でドイツへ行くついでに一日だけ寄ってみようと思った。ところが、そのつもりでウェブサイトで調べたところ、運悪く全線の大半が1ヶ月弱の工事運休となる期間であった。下の告知がそれである。赤線の区間は全面運休で、走る区間の方がずっと少ない。これでは面白くない。

 これを見ると、そもそもこの鉄道は果たして生活路線だろうかと思ってしまう。11月という閑散期に全面運休する区間は、観光客しか乗らないような路線なのではないだろうか。そう考え出すと、若干興味が薄れていく。

 今回は潔くやめて、どこか他の所へ行こうかとも思ったのだが、やはり思い直して、下見感覚で寄ってみることにした。であれば当然、蒸気機関車が走るブロッケンの山へ登る線が候補である。しかしそこをあえて、もう一つの僅か12キロの短い運行区間を今回の行先に決めた。起点はノルトハウゼン(Nordhausen)。人口4万5千の小さな市で、旧東独の小都市の例に漏れず、人口は減っており、さほど活気もない町らしい。

 ハーレ(Halle)から、電気機関車が二階建て2輌編成の客車を牽くという、日本では有り得ないローカル線に乗る。駅の表示にも機関車の先頭にも、ちゃんとノルトハウゼン行きと出ているが、こちらも途中のロッスラ(Roßla)という小駅から先は工事か何かでバス代行になる。それも事前に調べて知っていた。初めて乗る線であるから、一部がバス代行で列車に乗れないのは残念、と最初は思った。しかし考えてみれば、これを残念と思う感覚は、その昔、日本で国鉄全線完乗を目指していた頃から身についた習性である。私は欧州では完乗とかそれに類する乗り潰し的なことは、もうきっぱり諦めている。というよりも、限られた時間しか費やせない鉄道趣味で、それにこだわると、それだけで終わってしまうことになりかねない。それによって失うものも大きいと思うからである。完乗にこだわらないとなると、バス代行は、鉄道とは違う景色が楽しめて、むしろ新鮮だ。

 ノルトハウゼン行きの始発はハーレ駅  代行バス乗り換えのロッスラ駅

 というわけで、途中から代行バスに乗り換え、ローカル国道からの沿道風景を眺めつつ、ドイツ国鉄ノルトハウゼン中央駅の駅前広場に着いた。その広場にはトラムの停留所もある。これは市内電車であって、郊外鉄道であるイルフェルト(Ilfeld)行きは違うものではないか。そう思って行ってみたが、時刻表で調べてきた通り、次のイルフェルト行きは14時54分発で、ここから発車するという表示も出ている。ここが、ノルトハウゼン・バンホフプラッツ(Nordhausen Bahnhofplatz)停留所、日本語にすれば、駅前広場停留所である。


 何だ路面電車か、と思った。路面電車はそれで別種の趣味の対象であり、私は大好きである。しかし、この欧州ローカル列車の対象とは異なる。乗るつもりのノルトハウゼンからイルフェルトまでの12キロは、確かに駅間距離も平均1キロと短いが、郊外鉄道であり、運転本数も1時間に1本程度だから、それなりのローカル線だろうと思ってやってきた。

 ノルトハウゼン駅から市内方向  ノルトハウゼン駅前広場停留所

 晩秋のドイツ東部の日没は早い。夕方5時には薄暗くなってしまう。だから、間もなく発車する14時54分発にとりあえず乗らなければならない。これを逃がすと次は1時間後なのである。乗ってみれば既に席が完全に埋まり、立つ人もいる盛況である。観光客など一人もおらず、地元の人ばかりだが、学生からお年寄りまで、客層は幅広い。


ノルトハウゼン〜イルフェルト Northausen - Ilfeld


 ノルトハウゼンの駅前広場を定刻に発車した路面電車は、市街地と反対側の西へと進路を取る。ほどなく左側にはもう一つの駅らしい駅が見える。後で知ったのだが、こちらが、ノルトハウゼン・ノルト(Nordhausen Nord)駅であり、本来のこの鉄道の起点駅である。

 そのノルト駅からの線路と合流して、単線になれば、専用軌道となり、ほどなく最初の駅、単線でホームだけの、ノルトハウゼン・ヘッセロデル通り(Nordhausen Hesseroder Straße)である。起点に近すぎるので、誰も降りないが、数名乗ってきた。

 発車直後の車内  各駅に立派な駅名標がある

 列車はその先も単線の専用軌道を行く。これは路面電車などではないし、その上、何と非電化なのである。見た目はまだ平坦な郊外の住宅地ではあるが、それでも山に向かって徐々に勾配を上っているのであろう。時々、気動車がエンジンを吹かす時とやや似た音がする。後で調べたところ、これはハイブリッドLRTというのが正解のようである。

 立派な専用軌道を行く本格的な鉄道でありながら、バス同様、車内には下車知らせの押しボタンがある。もっともこの押しボタンは今や欧州では普通鉄道でも珍しくなくなってきた。それでもこの鉄道は、本格的な鉄道と軌道との中間のような感じで、地元の人の身近な足となっている。ほとんどの駅で押しボタンが押され、少しずつ空いてきた。

 13分走り、7つ目に、ニーダーサクスヴェルフェン・オスト(Niedersachswerfen Ost)という駅がある。これまでの停留所と異なり、交換駅で、鉄道の駅らしい駅である。交換する上り列車が既に隣に停まっており、この列車が着くとほどなく発車していった。上りホームには小ぶりながら趣のある駅舎があり、綺麗に手入れされているようであった。下車客も多い。住宅地ではあろうが、こざっぱりした駅前広場があり、そこに降りた人が散ってゆく。

 ニーダーサクスヴェルフェン・オスト駅  停留所ごとに少しずつ地元の人が降りてゆく

 風景はさらに郊外らしくなり、広い畑も広がるが、道路が並行しており、交通量も多く、それほど田舎に来た感じではない。そこから3つ目が、イルフェルト。ここもまた広い構内を持つ立派な駅であった。残った客の7割以上がここで降り、がらがらになった。

 イルフェルトは、工事運休がなければ、ここからいよいよ山に分け入って面白くなる、そういう都市郊外鉄道と山岳鉄道との境目の町であろう。列車はあと1駅、終着のイルフェルト・ネアンダークリニック(Ilfeld Neanderklinik)まで走る。といっても時刻表によれば、距離は1キロ、時間は1分である。日本のように0.1キロ刻みで距離が表示されないのが物足りないが、恐らく700メートルぐらいではないだろうか。そんな僅かな区間だが、山に分け入って上っているのは十分に感じられる。


イルフェルト Ilfeld


 そして単線で片面にホームがあるだけの、本日の終点、イルフェルト・ネアンダークリニックに着いた。山あいだが、駅前はこざっぱりした古い住宅がいくらか並んでおり、住んでいる人がいるので、ここが折り返し点になっているらしい。閉塞方式がどうなっているのかはわからないが、単線の途中で折り返すこと自体は、ちょっとした保安技術さえあれば安全に実行可能ではあろう。

 ネアンダークリニック駅に到着  運休中の区間へと続く線路

 駅前前方には何やら豪華な建物がある。この時はわからなかったが、後で調べると、これが、ネアンダー・クリニック、英語のclinicであり、病院かつ老人介護施設なのであった。ネアンダーは創始者の名である。よってこの駅名は、病院という施設名であり、ここの地名ではないのであった。まあ、路面電車の延長のような軽便鉄道らしい駅名ではある。

 下車した地元の人が散ってしまうと、イルフェルト・ネアンダークリニックの寂しいホームは私一人になった。運転手は運転席にいるが、写真を撮っている外国人旅行者を別に珍しくも思っておらず、関心なさそうである。今日はそんな人はわざわざ来ないが、先まで運転されていて、SLも走る時には鉄道マニアが訪れるのであろう。

 駅の先を見ると、線路は明らかに上り勾配となり、先へと続いている。ああ、この先に行きたい、と強く思わざるを得ない光景である。廃止になった北陸鉄道の加賀一の宮駅を思い出した。

 ところで時刻表によれば、この列車の到着が15時18分であり、その次の到着は1時間後の16時18分なのに、折り返しノルトハウゼン方面の発車は、15時27分発と15時57分発の2本がある。この列車が15時27分発で折り返すとして、その次の15時57分発は、どこから現れるのだろう。ここは単線区間の駅で、留置車輌もない。どこかからか回送列車で来るのだろう。いずれにしても、今乗ってきた列車が15時27分に出ていって、ここをどいてくれないと、次の列車は入れない。

 ネアンダークリニック駅下方の家並み  ネアンダークリニック駅下方の踏切

 その15時27分発を、駅のイルフェルト寄りに見える踏切から撮影しようと思う。線路沿いには道がないので、駅前から主要道路を歩く。沿道にはなかなかの豪邸が並んでいる。そして左へ曲がる小径を見つけ、そちらへ歩いていくと、前方に小さな踏切が見えてきた。日本で言う第四種で、歩行者専用。警報機も遮断機もない。

 と、突如、列車の音がした。右手のノルトハウゼン方向から、1輌の旧型車が走ってきた。時刻表にはないから回送だろうが、このまま行けば、単線のネアンダークリニック駅で、私が乗ってきた車輌に追突してしまうではないか。もちろんそんなことはなく、その手前で停まるのであろうが、単線区間に2つの違う列車を進入させてしまうダイヤになっているあたりは、路面電車に近い。

 踏切に着いて、列車が走り去った方向を見れば、ネアンダークリニック駅のホームが見えて、そこに、2列車が並んで停車していた。後に着いた回送が15時27分として先に発車し、私が乗ってきた方は、その後さらに30分停車して、15時57分発になるようだ。回送で来て先に出る方の古典的な車輌に乗ってみたかったが、乗るなら今すぐ走って駅へ戻らないと間に合わない。イルフェルトをゆっくり散歩したかった私は、それは諦め、まずこの踏切で列車を撮影してみた。なかなかいい雰囲気の場所である。


 そこからノルトハウゼン側は、線路沿いに落ち葉の積もった歩行者用の小径がある。たまに地元の人が散歩をしている程度で、静かである。ぶらぶらと5分も歩くと、イルフェルト駅。ナローゲージながら、引込み線が何本もあって小さな車庫まである、駅らしい立派な駅で、雰囲気も良い。だが、車輌はいないし、駅前も閑散としていた。駅舎の一部はパブになっていたが、営業はしていないようである。夜だけ開くのであろうか。

 イルフェルト駅舎  イルフェルト駅構内

 まだ次の列車、つまり自分が乗ってきた車輌の折り返しまで25分もあるので、もう少し線路沿いに下ってみた。そこからは住宅もやや増えて、山間の雰囲気が弱まり、農村集落の風景になってくる。ゆっくり歩いても10分余りで、次の駅、イルフェルト・シュライバーヴィーゼ(Ilfeld Schreiberwiese)に着いてしまった。単線でホームだけの停留所である。もう一駅ぐらい歩けそうだが、反対列車が来るわけでもないし、この先は広い道路が並行していて、あまり楽しく歩けそうな道ではなかったので、ここで列車を待つことにした。

 イルフェルト・シュライバーヴィーゼ駅ホーム  イルフェルト・シュライバーヴィーゼへ入線

 踏切が鳴り、定刻にやってきた。ここシュライバーヴィーゼ発が16時01分で、乗降は私だけ。行きに乗ってきた車輌の折り返しである。夕方の上り方向だから空いてはいたが、ガラガラというほどではない。そして途中駅でもそこそこの乗車客があった。

ノルトハウゼン Nordhausen


 ノルトハウゼンでは、駅前広場で降りず、そのまま先へと乗ってみた。切符も同一運賃で市内の各停留所までそのまま乗って構わない。駅前広場停留所の停車時間は2分程度で、特に長くなく、少し客が増えて発車。これから先は純然たるトラムと言って良い。ドイツは先進国では例外といえるぐらいに路面電車が発達しており、こんな小さな町でも市内交通機関の主力の一翼を担っている。電車の行先は、クランケンハウス(Krankenhaus)。そういう地名かと思ったが、ドイツ語で総合病院の意だとのこと。

 ノルトハウゼン市内電車  ノルトハウゼン市内

 小さい町なので、終点まで乗り潰しても知れているとは思ったが、私は適当に、市街地をちょっと過ぎたかと思うあたりで降りてみた。念の為、降りた列車の上を見れば、やはりパンタグラフが上がっていた。電化・非電化の両方を走れる車輌なのだ。

 そして、ノルトハウゼンの中心部を線路沿いに散策しつつ、DB駅の方へと戻った。歩いた限り、寂れきってもおらず、活気に満ちているわけでもない、旧東欧の典型的な小都市の一つかと思われた。だが堪能できる時間も短い。晩秋のドイツ東部、午後5時過ぎには暗くなってしまう。

 平日夕方の退勤時には、そこそこの利用者はあったが、満員盛況とは程遠い。営利事業なら間違いなく赤字だろうが、市民の基本的な交通権を維持し、環境にも易しい路面電車が、このコンパクトな街で、それなりの存在感を持っている。右図の如く、路線も2つあり、駅前の部分は単線の一方通行。郊外線に乗り入れる列車以外は、ぐるりと回ってまた市内に循環していく。

 その退勤時間をとうに過ぎ、夕食を済ませた後の午後9時頃、もう一度街を歩いてみた。どの方向のトラムも、そして時折通るバスも、見事にガラガラで、通りを歩く人も少なく、開いている飲食店もあまりない。このあたりが人口の少ない地方都市の宿命であろうが、それにしても静かすぎる気がした。旧東独とはいえ、それは既に相当昔の話。今はヨーロッパ最優等生のはずのドイツの地方都市ではあるが、派手やかさは全くない。一般市民の生活は至って質素なのだろうとは思われた。あるいはどこかに夜の繁華街があるのかもしれないが、駅やトラム沿線にはそれらしきところは無さそうであった。

 この静かな町に1泊し、翌朝は9時台の列車でここを去る。その前に、ノルトハウゼン・ノルト駅に行ってみた。時刻表によれば、9時25分に、ここ始発のイルフェルト・ネアンダークリニック行きの列車がある。

 平日のダイヤだと、ノルトハウゼンからイルフェルトまで、24本の列車がある。そのうち、ここノルト駅始発は7本しかない。残り17本は、駅前広場電停の発着で、そのうち13本まで、市内の路面電車と直通運転している。駅前広場電停とノルト駅は、実質は同じ場所にある同じ駅と言って差し支えないが、雰囲気は天地ほどの差がある。ノルト駅は鉄道の駅らしい駅、それも頭端式の重厚な始発駅であった。

 ノルトハウゼン・ノルトの立派な駅舎  ノルトハウゼン・ノルト駅の風格ある発車案内

 立派な駅ではあるが、ホームは1面だけで、人の気配もない。入って右側が1番、左側が2番線である。他に若干の引込み線がある。1番線には、蒸気機関車が牽くのであろう、マッチ箱のような可愛らしい客車が何輌も留置してある。ここまでくれば明らかに観光用保存鉄道の風情だが、これはこれで乗ったら楽しそうだ。

 着いたときは1番線には列車はいなかった。しかしホームのはるか先に1輌の小さな電車が停まっている。昨日、ネアンダークリニックで見たのともまた少し違う車輌で、路面電車風だが、パンタグラフがないので、市内電車への乗り入れはできない形式と思われる。いかにも古風な感じの車輌だが、もう風前の灯なのだろうか。これらが新型電車に置き換えられる時は、このノルト駅での折り返しがなくなってしまうのかもしれない。そうなればこの終着駅風情満点のノルト駅も、観光用SL列車しか発着しなくなってしまうのだろうか。


 そう思っていると、ノルト駅をかすめて、市内電車直通の新型連接車が走り去っていった。駅前広場9時23分着で、そのまま市内線へと乗り入れる、イルフェルトからの列車である。それに続いて留置してあった1輌の小型車が、ここノルト駅の1番ホームに入ってきた。始発のこの駅から乗ったのは2名だけのようであった。そして9時25分、すぐにイルフェルトへ向けて発車していった。

 ノルト駅を素通りして路面区間へ進入する列車  折り返しイルフェルト行きで発車していく旧型車

 これだけの見聞からも、このイルフェルトまでの郊外区間は、ノルトハウゼンの市内トラムへの直通運転が、それなりに功を奏していることがわかる。この風情あるノルト駅で全てが折り返していたのでは、利便性に劣るというわけであろう。それはそれで仕方ないが、ナローゲージながら重厚な終着駅風情をしっかり保ったこのノルト駅が、いつまでも健在であることを願ってやまない。

 いずれにしても、この程度でも、来ると来ないとでは大違い。だいぶ状況もわかったので、次回は是非、他の区間に乗りたいと思う。その時には、今回乗った区間は最もつまらなく感じるだろうが。



欧州ローカル列車の旅:ノルトハウゼン〜イルフェルト *完* 訪問日:2015年11月4日(水)


アルロン〜ディナン (2) へ戻る    ミラノ〜シラクーザ へ進む