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アルメリア〜アルヘシラス 目次


目次 (1) アルメリア Almería
アルメリア〜グラナダ Almería - Granada
グラナダ〜アンテケラ Granada - Antaquera
(2) アンテケラ Antaquera
アンテケラ〜アルヘシラス Antaquera - Algeciras
アルヘシラスと周辺 Algeciras and Neighbourhood

アルメリア Almería


 スペイン南部のアンダルシア(Andalucía)で最大の空港があるマラガ(Málaga)から、地中海に沿ってバスで東へ4時間45分、アンダルシア南東部の都市、アルメリア(Almería)にやってきた。バスにしたのはこの区間の海沿いを鉄道が通っていないからである。鉄道があれば鉄道を選んだとは思うが、バスの旅にはまた違う面白さがある。


Michelin Tourist and Motering Atlas Germany, Benelux,
Austria, Switzerland, Czech Republic 2012 より引用

 鉄道路線で見るアルメリアは、どん詰まりの終着駅である。路線は内陸から来ている。これはアルメリアに限った話ではない。スペインの地中海沿岸で海岸線に沿った鉄道があるのは、東のバルセロナ(Barcelona)〜バレンシア(Valencia)ぐらいで、そこから西は延々とポルトガル国境まで、海辺の街はどこもこのタイプの終着駅であり、沿岸の都市間連絡はもっぱらバスの役割となっている。首都がマドリード(Madrid)だから、マドリードと各地を結ぶ鉄道を優先して建設した結果、こうなったのとは思われるが、しかしスペインは大きな国である。大都市はマドリードだけではない。とりわけアンダルシア地方の海岸沿いは、人口密度もそこまで低くないし、近年は欧州のリゾート地として発展も著しい。それなのに、マラガ近郊のごく短い路線を除けば、アルメリアの他、マラガ、アルヘシラス(Algeciras)、カディス(Cádiz)、ウエルバ(Huelva)などの海沿いの主要都市が、軒並み内陸からの盲腸路線だけの終着駅になっている。そしてその他の海辺の市町には鉄道がない。鉄道が無い街で最大のマルベーリャ(Marbella)に至ってはほぼ15万の人口を抱える。これがスペイン南部の交通網の特徴の一つである。海沿いのバスの旅も、何故ここに鉄道が通らなかったのかを考えながら景色を眺めていれば、色々な考えが思い浮かび、それだけでも楽しめる。

 アルメリアに着いたのはちょうど16時。駅とバスターミナルは同じ場所であった。到着直前に、何とも芸術的な味のある駅舎の前を通ったが、これは旧駅舎で、今は使われていない。のちほど近寄って中をのぞいてみたが、もぬけの殻で、侘しかった。

 使われていない旧駅舎  芸術品としかいいようがない

 新駅舎はそれなりに考えてモダンに作ったのであろうし、夏の暑いこの地方で爽やかな白を強調しているのはわかる。だがどう解釈しても、古い駅舎の荘厳な魅力には、100年経って年季が出ても、到底及ばないであろう。

 モダンな現役の新駅舎  マドリード行きタルゴが発車

 ちょうど16時05分発のマドリード行き長距離列車が出発するところだった。この列車は今や懐かしい部類と言える、かつて一世を風靡した車長の短い一軸車輪の高速列車「タルゴ」である。昔、写真で見た独特のスタイルよりは近代化しているものの、高速列車網の発展著しい今のスペインでは、徐々に影が薄くなっている気がする。

 その光景を眺めてから、明日の切符を買いに行く。列車本数も少ないからか、窓口は空いていた。カタコトの英語が通じる程度の中年男性の駅員と何とかやりとりをして、明日の切符2枚を買う。特に複雑なルートでもなんでもないので、日本なら通しで片道の普通乗車券が当たり前に買える筈なのに、今のスペインはそうではない。座席指定とセットになっているのが理由かと思われるが、列車ごとに買わないといけないので、クレジットカード決済も二度に分けて行うことになった。

 ちなみにネット事前予約であるが、実は一度、試みた。しかし長距離の高速列車などには事前ネット割などがかなりあるようだったが、MDについては全くなさそうであった。もしかすると多少安くなるのかなとも思ったが、英語でやっても途中でスペイン語に変わってしまったりしたので、何となく不安でやめておいた。ネットでも2区間通しでは買えなかったし、結局運賃も全く同じであった。こういった列車のネット事前予約は、混みそうな時に早く座席予約ができるのと、現地で切符売場に並ぶ必要がないというのがメリットのようである。

 発車案内はほとんどがバスだった

 駅構内をざっと観察する。事前に調べてきたところ、この駅の発着列車は6往復だけだったが、発車案内を見れば沢山のローカル列車がある、と最初は思った。だがこれらは全て、バスなのであった。バス乗り場も駅の横だし、駅構内にはバス会社の切符売り場もある。駅構内は待合室に至るまで、一通りの設備が列車・バス共用になっていて、発車案内の表示まで共通なのである。初めて見る外来者のために、せめて列車かバスかだけでも明記してくれればと思うが、どうやら赤字が列車で黒字がバスらしい。この地方ではアルサ(Alsa)というバス会社のシェアが高い。私がマラガから乗ってきたのもそうだった。そのアルサの切符売場は人で賑わっていた。自動券売機もある。利用者数から言えば、ここは駅というよりバスターミナルで、鉄道の方がおまけみたいだ。鉄道マニアとしては寂しいが、今後の公共交通のあるべき一つの姿かもしれないとは思う。

 それから町歩きをし、1泊した。アルメリアは広いスペインの中ではそれほど知名度も高くないと思うが、風情に溢れた街であった。中心部は割と栄えていて活気もあった。マラガのように変に俗化していないのもいい。特に街を見下ろす城塞は、一見の価値がある。

 アルメリア駅の切符売場  アルメリア市街地

 市街地のホテルに1泊して翌朝、スペインならではの遅い夜明けを迎えた。8時半はまだ夜が明けて間もないという雰囲気であるが、人はそれなりに歩いており、一日が始まっている実感はある。もっとも今はクリスマス休暇なので、平日といえども一般の会社員や学生は休みである。

 城塞からの市街地夕景  朝のアルメリア駅

 駅へ行けば、駅舎からホームに入った目の前の1番線に、3輌編成の綺麗な列車が停車している。これが本日最初の乗車列車で、アルメリア9時00分発のセヴィーリャ・サンタ・ジュスタ(Sevilla Santa Justa)行きMDである。MDとは、スペイン語の"Media Distancia"の略で、欧州標準ではIR、つまり地域間急行といった格付けになる。スペインは原則、全車指定席である。


 何だ、ローカル列車の旅なのに鈍行ではないのか、と言ってはいけない。アルメリアから発車する列車は1日6本だけで、そのうち2本がマドリード行きの特急「タルゴ」で、残り4本が、このMDセヴィーリャ行き、それだけである。それより格下の列車はもはや一本も無い。かつてはあったが、途中の小駅の廃止とともに列車も優等・準優等列車だけに整理されてしまった。これはアルメリアだけの話ではなく、スペイン全体の傾向である。ちなみに下の時刻表は、アルメリアからグラナダ(Granada)の間は全駅全列車を掲載してある。181キロもの距離があるが、本数も駅数もこれで全部である。

 やや強引ではあるが、日本で例示をすると、北海道の宗谷・石北・根室本線あたりの、路線自体の廃止まですると影響が大きすぎる、中長距離客主体の準幹線を思ってもらえばいい。そういった路線で、乗降客数の少ない駅を大々的に廃止して、同時に各駅停車を廃止してしまった格好である。それでも、現在の特急だけを残すというのはさすがにやりすぎであるから、いくらか乗降客がいる駅、例えば宗谷北線なら、佐久、問寒別、兜沼あたりは残し、それらに停車する急行と快速の中間ぐらいの列車を走らせ、中長距離客にも利用してもらえる速度や車内設備にする。そんな列車がここのMDのイメージに近い。ローカル線情緒を期待してしまうとやや味気ないが、路線廃止になるぐらいなら、こういった合理化で中長距離の移動に鉄道という選択肢を残してもらった方がいいだろう。ローカル線の整理と活用の一つの姿を、スペインは示しているような気がする。ただ日本との一つの違いは、スペインでは通勤通学を前提としたダイヤではないことである。アルメリアにしてもアルヘシラスにしても、毎日の通勤通学で使えるような時間帯の列車はほぼ走っていない。日本のローカル幹線に残っている鈍行の大半は、特に高校生の通学のためだろうから、この点は違う。そもそもスペインのこういった地方都市では列車で通勤通学をする人はいないのだろうか。そういったローカル輸送はバスがあって、鉄道と役割を分担しているのかもしれない。鉄道は大都市圏を除けば、ある程度の量だけではなく、ある程度の距離も運ぶ輸送こそ役割だと割り切っている感じがする。とは言っても採算が取れているとは到底思えないが、これも公共性とのバランスを考えた結果なのではないだろうか。


アルメリア〜グラナダ Almería - Granada


 列車は9時ちょうど、定刻ピッタリにアルメリア駅を発車した。一日4本のうちの2本目で、グラナダまでの途中はグアディクス(Guadix)のみ停車の快速運転である。

 3輌編成の車内は見事に空いていて、乗車率は1割程度かと思われる。観光シーズンでもなく、通常のビジネスも休みの時期である。加えてクリスマス帰省にも中途半端な日だから、きっと普段より特に空いているのだろう。年末の金曜なので、日本なら今日あたりが帰省のピークだろうが、欧州では曜日配列にもよるが、クリスマス前の週末がピークで、元日の直後ぐらいがUターンのピークとなることが多い。

 アルメリア発車時の車内  発車5分後の車窓

 5分ほどで市街地を抜けると、早くも荒涼とした赤茶けた大地が広がる。とは言っても人口10万を越す都市の郊外だから、時々綺麗な住宅があったりする。日本でこの規模の都市なら近郊に新駅を作って短距離の利用者を増やそうとするだろうが、スペインは逆で、廃駅跡を2つほど通過する。ただ、廃駅との確信はない。昔も今も信号場である所もあるかもしれない。これは以後も同様である。

 早くも荒涼感のあるアルメリア郊外  木も生えない荒涼とした所をひた走る

 最初の駅、ガドール(Gádor)も、この列車は通過。停車するのは1日3往復だけである。それでも現役の駅は廃駅とは違って、綺麗に整備されており、駅前にレストランもある駅らしい姿であった。逆に言えば、3往復しか停まらないのが気の毒に思える。

 大きな駅舎の残る廃駅をいくつも通過する  2往復しか停車しないジャルガル駅を通過

 列車は起伏のある赤茶けた台地をカーヴを繰り返しながらも、それなりに高速で進む。時々遠くに集落が見える。廃駅は一定間隔であって、一部は信号場として機能している。遠く雪山もはだかってくる。アンダルシアの海岸沿いがあまりに暖かかったので、雪などピンとこないが、スペインは広く、内陸とは気候が大きく違う。わかってはいても、最初はちょっと意外感がある。

 温暖な地方でも遠くには雪山が  グアディクスの町を遠望

 1時間以上を無停車で淡々と、しかし変化に富む荒々しい風景の中を走る。途中は霧も出たりと気候にも変化があって、ようやくこれまでより大きな町が見えてくると、その町を取り囲むようにカーヴをして、グアディクスに到着する。全列車停車駅であり、数名の乗降客がある。

 全列車が停車するグアディクス駅  日本なら有名観光地になりそうな風景

 グアディクスを3分ほど遅れて発車すると、ほどなく急ブレーキがかかり、車内のモニターに、緊急停車のようなスペイン語の表示が出た。だが停車はせずそのまま徐行で走り、珍しく駅間距離の近い、次の駅、ベナルア・デ・グアディクス(Benalúa de Guadix)に停まった。前の車輌から女の子が2名、スーツケースを引きずって降りていったから、どうやらグアディクスで降り損ねたか、あるいは誤乗でこの列車に乗ってしまったのだろう。ここならグアディクスの町に近いから、タクシーで戻っても大したことないし、もしかすると、この後の反対列車を臨時停車させてくれる親切があるのかもしれない。いずれにしても、2分ほど停まり、また動き出した。

 臨時停車したベナルア・デ・グアディクス駅  マドリードへ向かう単線電化の路線が分岐

 その先も赤茶けた大地が続くが、徐々に起伏が減ってやや平坦な風景になる。そして臨時停車の駅から17分、徐行となり、ポイントを渡ると右へ単線電化の路線が分岐していく。ここがマドリード方面とグラナダ方面の分岐点であるが、駅はない。駅はマドリード方面に少し行った所にモレダ(Moreda)という閑散とした駅がある。次にそのモレダからの短絡線が非電化単線で合流してくる。三角地帯である。その合流してくるモレダからの線は、かつては夜行を含めて数本のグラナダへの列車が通っていたが、段々と減ってしまい、今は定期旅客列車はなくなってしまったようである。最後まで残った旅客列車が夜行だったようだが、それも廃止されてしまった。

 そこから数分、ピニャール(Piñar)という信号場で姉妹列車であるアルメリア行きと右側通行で列車交換。こちらが少し遅れているので、あちらを待たせているが、そうでなければこちらが停車したのかもしれない。いずれにしても、割と高速で通過したので、あちらの列車の様子は窺い知れなかった。

 植林されている山  グラナダ到着8分前の車窓

 風景は依然として田舎で、一度、鹿の群れも見たが、グアディクス以南よりは人の手が入った農村地帯が多く、植林されている山も多い。そんな所をひたすら走り、グラナダ到着の10分前ぐらいになると、ようやく都市郊外の風景になる。アルハンブラ宮殿で知られる内陸都市グラナダは人口約24万、アンダルシア地方第4位、スペイン全土では18位となるそこそこの規模の都市で、本日の全行程中でも最大の都市である。だが、それほどの都市でも鉄道は都市圏内輸送を全くしておらず、近郊に駅は全くない。


グラナダ〜アンテケラ Granada - Antequera


 どんどんビルなどが増え、グラナダ駅へ到着した。列車はセヴィーリャ行きだが、この先はバス代行なので、乗客は全員ここで降りる。

 グラナダに到着  グラナダ駅舎

 主要都市の駅なのに、スイッチバック方式の駅は小さく、乗り換え路線もなく、列車本数も少ない。ホームは駅舎側の片面だけだが、隣に高速新線用の新しいホームを建設工事中であった。駅舎はさほど大きくもないし、アルメリアの旧駅舎のような強烈な特徴も無いが、何となく好ましい落ち着いた佇まいであった。高速新線が来てもこのままであることを願いたいが、どうなるだろうか。

 ほぼ線路が完成している新型路面電車  遠く雪山を望むグラナダの街

 駅前には、トラムの線路がお目見えしていた。2017年3月開業予定で、トラムではなく「メトロ」と呼ぶらしいが、グラナダの新型路面電車(LRT)である。試運転などの車輌を見ることもなかったし、停留所の設備はまだ完成していなかったが、線路自体はほぼ出来上がっていていつでも走れそうな感じであった。この全長16キロのトラム路線、もともと2010年完成予定だったのが、スペインの金融危機で資金が尽きて何度か開業延期となったそうだ。ご多聞に漏れず、20世紀前半はこの都市も路面電車が網羅されていた。それは戦後のモータリゼーションとともに縮小され、1974年に全廃されている。

 グラナダは大きな町で、しかも中心部は駅から少し離れているという。だが駅付近も十分賑やかで、人も大勢歩いているし、カフェも店もいくつも見つかる。いずれにしても、1時間20分の待ち時間では、観光らしい観光はできないので、駅付近を歩き回るだけにして、最後の30分で駅近くのカフェに入り、サンドイッチの昼食にしておく。この後、夕方のアルヘシラスまで、食事にありつけない可能性が高いからである。

 2015年夏の時刻表を見ると、この区間は2016年1月までバス代行と書いてある。だが、2016年も間もなく終わる現在も、依然としてバス代行である。工事のためであって、廃止の前兆ではなさそうだが、乗れないのは残念だ。しかし線路と概ね並行している高速道路からの眺めは、それはそれで面白い。

 グラナダの駅前には、2台のバスが止まっていた。正面に小さな紙の行先表示があり、誘導の係員もちゃんと出ている。手前のバスがサン・フランシスコ・デ・ロハ(San Francisco de Loja)行きで、奥のバスがアンテケラ(Antequera)行き。グラナダからアンテケラまで、100キロ以上あるのに、途中駅はそれしかないのである。アンテケラ行きのバスが、サン・フランシスコ・デ・ロハに立ち寄らないのは、列車ダイヤと同じ時刻で定時運行するためであろうか。サン・フランシスコ・デ・ロハからアンテケラへ行く人はどうなるのだろうという疑問はあるが、いずれにしても、バスの発車時刻は列車ダイヤ通りで、早まったりしていない。

 グラナダ駅前から出る代行バス  最前部の席から見る高速道路

 運転席のすぐ後ろの席が空いていたのでそこに座る。大型バスの乗客は全部で25人ぐらいだろうか。発車は定刻で、行先の異なる二台のバスが同時に発車する。グラナダの市街地を抜けるまでの区間は信号も多く、歩いた方が早いぐらいで、遅々として進まない。僅かな距離に10分以上かかる。そこを抜ければにわかに流れが良くなり、高速道路に入ると、あとはひたすら快適なドライブである。高速道路だが、シートベルト着用も言われず、乗客も誰もつけていない。このあたりのゆるさは、いかにもスペインらしいお国柄である。

 ほぼ完成している高速新線

 途中でほぼ出来上がっている建設中の高速新線と並行したり、その下をくぐったりする。この高速新線は、グラナダからアンテケラまでの区間に近々開通予定であり、現在バス代行であるのも、その関連工事と思われる。地図で見る限り、グラナダとアンテケラの間は、在来線と高速新線がほぼ並行している。在来線にも途中駅は2つしかないので、高速新線にも駅を作ることで、在来線は不要になるだろう。そのあたりの予定の詳しいことは知らないが、もしかするともう在来線には乗れないかもしれない。ちなみに高速新線はマドリードからアンテケラを経てマラガまで、既に開通している。そのアンテケラから分岐してグラナダまでの枝線が、現在建設中で開通間近というわけである。

 やがて高速を下りて、ごく普通の田舎の風景の中、一般道の一本道を少し走る。ほどなく前方に家が増えてきて、この先に町がありそうな雰囲気になってくる。その正面を線路が横切っており、その向こうがアンテケラの町になる。今はスマートフォンのおかげで、そういう細かい事もその場でわかる。


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