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ズヴォレン〜バルデヨフ 目次


目次 (1) スロヴァキアと鉄道
ズヴォレン Zvolen
ズヴォレン〜ヴルッキ Zvolen - Vrútky
(2) ヴルッキ Vrútky
ヴルッキ〜キサック Vrútky - Kysak
キサック〜プレショフ Kysak - Prešov
(3) プレショフ〜バルデヨフ Prešov - Bardejov
バルデヨフ Bardejov
プレショフ Prešov
コシチェ Košice

スロヴァキアと鉄道


 東西に長いスロヴァキア。その西の端に首都ブラチスラヴァ(Bratislava)がある。首都でありながら国境都市でもあるブラチスラヴァは、ウィーンに近く、いち早く西側化したと言われる。他方の東半分を見ると、北をポーランド、南をハンガリーに接し、東はウクライナになる。よってこの国は、今のEUの東端の一つでもある。

 こういった国なので、どうしても地域格差が大きくなるらしい。国外にいるスロヴァキア出身者に聞くと、西側は豊かで西欧と変わらないが、東側は貧しくて仕事もない、と言う。

 首都ブラチスラヴァの中央駅

 ブラチスラヴァ以外には国際的に知名度の高い都市もないし、例えば隣のチェコと比べても、地味な国だと思う。私などはヨーロッパに長く住んでいても、まだまだ旅行し足りない思いがあるし、実際、行っていない所は山ほどある。それでもここ数年、以前よりは色々な所へ行く機会に恵まれ、段々と行ったことのない地方が少なくなってきた。そうなって初めて、スロヴァキアの中央部から東部地方に行ってみようか、という気になってきた。きっとスロヴァキアに対して似たような捉え方をしている人は少なくないと思う。特別な興味や縁があれば別だが、初めてのヨーロッパ旅行でスロヴァキアへ行く人は非常に少ないだろうし、いたとしても十中八九、ブラチスラヴァだけであろう。私もブラチスラヴァなど西部地域にはこれまで3度ほど行ったことがあったが、中央部から東部地方には全く足を踏み入れたことがなかった。

 スロヴァキア第二の都市は、東部の中心都市でもある、コシチェ(Košice)である。ブラチスラヴァとコシチェの間は、夜行列車が走るほどの距離がある。ルートは、南回りと北回りの2つがある。北回りは途中のプチョフ(Púchov)でチェコからの幹線が合流してくる。かつてチェコスロヴァキアという一つの国だった名残もあるのか、今もこのルートには、プラハとコシチェをプチョフ経由で結ぶ長距離列車が何本か走っている。これはブラチスラヴァは通らない。

 ブラチスラヴァとコシチェの距離は、北回りが445キロ、南回りが442キロで、ほとんど変わらない。本数は北回りが多く、所要時間も短いので、そちらが主要幹線と言ってよい。南回りは一段格落ちの亜幹線クラスであり、ちょうど中間にあるズヴォレン(Zvolen)で乗り換えを要するケースも多い。ブラチスラヴァからコシチェまで、乗り換えなしの直通列車の本数は、北回りが下り13本、上り12本(うち上下各1本が夜行)なのに対して、南回りは上下各4本(うち各1本が夜行)しかない。

 私にとって、全く行ったことのない地域が大半なので、ブラチスラヴァからコシチェまで、北回りと南回りでルートを変えて往復するだけでも楽しめそうだが、それではローカル線の旅と呼ぶには難がある。色々考えて、今回は、南回りの中間地点、ズヴォレンから、北東部の世界遺産指定都市、バルデヨフまで、4本の列車を乗り継いで行く旅を取り上げることにした。というのも、スロヴァキア国鉄のサイトでルート検索と切符の購入をしたところ、一見回りくどい不思議な乗り継ぎルートが出てきたので、面白そうと思って飛びついてしまったのである。

 地図を見る限り、ズヴォレンからバルデヨフへは、南回り幹線でコシチェへ出るルートが一般的ではと想像していた。その上で、それよりは山の中の景色の良さそうなローカル線ルートの、ブレズノ(Brezno)経由が面白いのでは、と思って調べたのだが、ブレズノ経由の直通列車は一日に1本しかなく、あとはローカル鈍行列車を乗り継ぎながらで、そこだけで1日がかりになる。途中の町で下車しながらゆっくり行けるし、願ってもないローカル線と思われたが、今回はスケジュールの関係でうまく行かなかったので、ここは将来の楽しみに取っておくことにした。

 昼過ぎにズヴォレンを出て、夕方の十分明るい時間までにバルデヨフのホテルにチェックインできるような列車を検索した結果、ズヴォレン始発のプラハ行きという変わった列車でスタートすることになった。この列車で、北回り本線と合流する、ヴルッキ(Vrútky)という所まで行く。ここから北回り本線に乗り換えて、コシチェの北にある乗り換え駅キサック(Kysak)へ、というルートである。ズヴォレンからヴルッキは、ほぼ北上ではあるが、やや西へ逆戻りする感じがある。ちなみにズヴォレンとプラハをこのルートで結ぶ列車は1日3往復あり、うち1往復は夜行である。時刻表を見ると、ECやICよりも一つ格が低い、Exという記号がついている。これはまさに、Expressであり、日本と同列には語れないものの、欧州でも高速列車の普及で影が薄くなりつつある、特別のつかない「普通急行」に相当する列車ではないだろうか。そして次に、ヴルッキからキサックまで乗り継ぐ、幹線の長距離列車も、時刻表によれば、ICではなく、記号のつかない列車である。しかし鈍行ではなく、主要駅しか停まらないし、食堂車までついている。ブラチスラヴァ発コシチェ行きで、ICだと5時間ほどのところ、記号のつかないこちらは6時間ちょっとで走っている。これもまた日本の往年の「急行」クラスの列車かと思う。

 切符はインターネットで事前購入をしておいた。クレジットカードで支払い、チケットは決済完了後、すぐにPDFファイルで発行される。それを自分でA4サイズの紙にプリントして持参する、という仕組みである。それが右のチケットで、青で塗りつぶした所には、名前とパスポート番号が入っている。使用後にスキャンしたものなので、下の方に検札のスタンプが2つほど入っている。

 スロヴァキアの鉄道運賃の安さには驚くばかりである。このルートで、ズヴォレンからバルデヨフまで363キロが、二等車で14.86ユーロ(1ユーロ140円で2,080円)である。同じ距離が、日本のJR本州3社の幹線運賃なら6,260円になる。しかも日本だと別に特急料金などが必要だが、それも要らない。選択追加するのは指定席料金だけで、それも一列車につき1ユーロであった。あまりに安いのと、二等車は時によっては混むようなので、今回は贅沢にも一等車にしてみることにした。ズヴォレン〜ヴルッキと、ヴルッキ〜キサックの2区間に、一等車がついている。363キロのうち83%に当たる301キロ、つまり大部分の区間を一等にして、それで21.17ユーロ(同2,964円)、そしてさらに2本目の列車は座席指定もできるので、それにプラス1ユーロである。後で思うとこの座席指定は必要なかったのだが、混む時は混むかもしれないので、たった1ユーロだから一応取っておいて、空いていたら他の好きな席に座ればいいだろう。

 今や、こんなに運賃が安い国であっても、セキュリティーのしっかりしたオンライン購入のシステムがある。インターネットにつながり、プリンターとクレジットカードがあれば、世界中どこからでも簡単に切符が買えて、座席指定までできる時代になった。サイトは、slovakrail.sk という、古いスロヴァキア国鉄のウェブサイトとは別の、いかにも最近立ち上がったばかりの新しいドメインであったが、スロヴァキア語がわからなくても、英語もあり、使い勝手もかなり良く、簡単であった。私は昔の硬券乗車券などは今も大好きだし、駅員の手計算の手書きチケットなどに大変愛着を感じる人間ではあるが、もうそんなものを求めようとしても無理な時代であることも承知している。そう割り切ると、本当に便利な時代になったものだと思う。ヨーロッパの鉄道チケットを、手数料を上乗せして日本円で販売する旅行会社が今も残っているようだが、そういう商売は先が見えているだろう。鉄道の切符を旅行会社で買うとしたら、もうレールパスぐらいだが、そのレールパスも、スロヴァキアのような運賃の安い国だと、よほど鉄道ばかり乗り回さない限り、なかなか元が取れない。私の今回の旅ですら、鉄道好きでない一般の人が見れば、随分と鉄道にばかり乗っていると思うだろう。しかしこれでも、スロヴァキア限定のインターレール・パスを買っても元が取れないのである。

ズヴォレン Zvolen


 トーマス・クックを継承したヨーロピアン・レール・タイムテーブル。そのスロヴァキアのトップにある路線図を見ると、スロヴァキアには、太字の大文字で書いてある主要駅は5つしかない。ズヴォレンはその1つである。だから鉄道路線図から想像すると、ズヴォレンはスロヴァキアの中核都市の一つと思える。だが実際は若干異なる。ズヴォレンは、スロヴァキアを8つに分ける、日本で言う県のような地域割(Kraj)では、バンスカ・ビストリツァ県(Banskobystrický kraj)に属する。その県庁にあたる都市は、バンスカ・ビストリツァ(Banska Bystricá)であり、それはこれから乗る列車で少し北上した所にある。人口でも、バンスカ・ビストリツァが8万弱で、ズヴォレンは4万強と、開きがある。それでもズヴォレンも、スロヴァキアの人なら誰でも知っている、中都市の一つである。

 ズヴォレンの主要駅は、ズヴォレン・オソブナ(Zvolen osobná)である。中央駅と呼んで差支えないだろう。ブラチスラヴァやコシチェへの長距離列車もここに発着するし、ここを始発・終着とする列車も多い。スロヴァキアあたりは、ユーロ圏の中ではまだ国民の所得も低く、車社会に成りきっていないし、鉄道運賃が安いので、鉄道の需要は高い。それゆえ、ズヴォレンのこの駅も結構な規模があり、駅舎も大きい。だが土曜日の昼下がりの駅は、見事にガランとしていた。

 ガランとしたズヴォレン駅舎内  ズヴォレン駅舎

 駅のあちらこちらに、社会主義時代の香りが漂っている。特にだだっ広い駅舎内は、その雰囲気が濃い。自動券売機もなく、切符売場の窓口が一つだけ開いている。それでも最近設置されたと思われる、近代的な発車案内の電光掲示板がある。

 駅前も見事に閑散としている。何も知らずに日没後にこの駅終着の列車で着いたりしたら、唖然とするかもしれない。駅自体が街外れにあっても、主要駅であれば、駅前にホテルぐらいはあるものだが、それもないし、店の1軒も見えない。駅前を広い道路が通っているだけで、その反対側にはバスターミナルが見える。それだけ、と言って良い。

 それでも駅前広場にはおしゃれな絵地図の市街図があり、少し歩けば街の中心に行けることがわかる。その方向に歩くと、5分ほどで、右手に城が見えてきた。これがズヴォレン城で、街を代表する史跡であり、ズヴォレンの代表的な観光施設でもある。

 ズヴォレン城  花が綺麗なズヴォレンの街

 城を右手に見つつ左へ行くと、市街地に入り、歩く人が目立ってきた。だが大きな都市という感じではない。幸いにも初夏の晴天の日に来たので、花も綺麗で、明るい印象ではあるが、どことなく活気に欠ける寂れた都市という雰囲気も強い。

 だだっ広いズヴォレン中心部の広場  ズヴォレン市街地の普通の街並み

 その市街地には、ズヴォレン・メスト(Zvolen mesto)という駅がある。英語に訳せば、ズヴォレン・タウン駅である。そこまで行ってみる。本駅であるオソブナ駅の次の駅で、歩いても20分弱であろうか。ここは厳かなオソブナ駅と対照的な、踏切に隣接した、街中の可愛らしい単線の小駅であった。これから乗る列車はこの駅にも停まるので、ここから乗ることもできるし、こんな駅で乗降してみたいと思わせるような感じのいい駅なのだが、初めてなので、やはり始発駅から乗ろうと思う。

 踏切に隣接したズヴォレン・メスト駅  駅舎のホーム側は落書きだらけ

 踏切のある道路側の駅舎には窓口があるので、ここで切符も売っているのかと思ったら、そうではなかった。買い物に来る人がちょくちょくいるので見ていると、暑くなってきたせいか、アイスクリームを買う人が多い。民間に賃貸でもしているのか、とにかくキヨスクのようなお店になっていた。しかしホームに入ると中ほどに待合室があって、その中に切符売場の窓口があった。その反対側の壁は落書きだらけであった。

 駅のズヴォレン・オソブナ寄りに、陸橋がある。そして間もなくズヴォレン・オソブナ発の普通列車がやってくる。そこでその陸橋まで行ってみた。何とか鉄道写真が撮れそうな場所であった。どんな列車が来るかと思いながら待ち構えていると、実に、ディーゼル機関車に旧型客車3輌をつないだ古き良き時代を思わせる汽車がやってきた。撮るよりも乗りたい気もするが、ともあれ日本では20年あまり前には消滅した、こんな汽車が、スロヴァキアではまだ現役なのである。しかしこれもあと何年持つであろうか。

 来るまでは、時間が余ったらズヴォレン城にでも行ってみようかと思っていたのだが、それよりは鉄道写真撮影の方が面白くなってきた。ズヴォレンと、県都であるバンスカ・ビストリツァの間は、単線ながら普通列車の本数も案外多く、あと2本、撮影できる。その2本はどちらも2輌編成の小型気動車であった。しかもその間に重連のディーゼル機関車に牽かれた貨物列車が通るという予想できなかったオマケもついた。

 ズヴォレン・メストへ向かう気動車列車  重連機関車に牽かれた貨物列車

 そんな事をしながら列車撮影の合間にズヴォレンの街をうろついていれば、あっと言う間に時間が迫ってきた。そこで来た道を引き返し、ズヴォレン・オソブナ駅へと戻った。こちらの駅と駅前は相変わらず人が少なく、閑散としていた。


ズヴォレン〜ヴルッキ Zvolen - Vrútky


 4本乗り継ぎ旅の第一ランナーは、ここズヴォレンが始発のプラハ行き急行列車である。ディーゼル機関車牽引の5輌編成の客車列車であった。4輌が二等車で、最後尾の1輌が一等車であった。

 ズヴォレンで発車を待つ220列車  一等車の客車内

 列車は見事なまでに空いている。これなら二等車で十分だったなと思う。

 客車列車というと、古いというイメージが先行するし、実際、外観からは、特にモダンな印象も受けなかった。東欧のこのあたりは、まだまだ昔のままだな、と思いつつ、車内に入る。だが車内は違っていた。新車なのか内部を改造したのかはわからないが、片側は1人掛けのクロスシートがオープンに並び、反対側は2人掛けクロスシート、つまり4人1室の、ガラスで仕切られた、半個室のようになっていて、とてもお洒落な雰囲気であった。コンパートメントではなく、ドアもないので、通路を通る人からは丸見えであるが、前後の客との間に仕切りがあるので、ある程度はプライバシーも保てるし、落ち着ける。

 そして、特筆すべきは、というほどもはや特筆ではないのだが、あえて日本の鉄道事業者向けに言いたくなるのは、こんなローカル急行でも無線LAN(Wi-fi)が完備していて、乗客は誰でも無料で使えることである。コンセントも各座席にある。欧州が全てこうなっているというわけではないが、日本に比べれば普及度は格段に高い。特筆するのは遅れている日本の方であろう。日本がこういった先進的なサービス面で世界のトップを突き進むことがなくなったのは、残念だし寂しい。

 右の時刻表は、スロヴァキア国内のプチョフまでは、全駅を掲載した。そこから先、チェコの区間については、停車駅のみである。プラハまで553キロを7時間46分で走るので、表定速度は71.5キロ。日本の在来線の特急の平均と似たようなものだろう。しかし私が乗る、ズヴォレンからヴルッキまでの区間は単線で山の中を走るローカル区間のため、この区間だけの表定速度は58.8キロである。

 ズヴォレンからバンスカ・ビストリツァまでは、駅間距離も短く、区間列車も多い。さきほどズヴォレンの街中で列車の写真を撮ったのも、それら区間列車であった。ズヴォレン・メストで買い物袋を提げて乗ったおばさんが、僅か5分の次のスリアチュ・クペレ(Sliač kúpele)で早速下車したりと、短距離客にも利用されていた。

 そして途中は少し緑が多く、農村風景も広がったが、それも長続きせず、ほどなく県都であるバンスカ・ビストリツァの街に入ると線路は高架になった。なるほど県都だけあって、それなりに立派で風格のある街のようだ。幹線沿いのズヴォレンは鉄道の街として開け、行政の中心と機能分化しているのかもしれない。小郡と山口の関係のようなものだろうか。

 スリアチュ・クペレ駅  車窓から見るバンスカ・ビストリツァの街

 ローカル線の駅ながら、バンスカ・ビストリツァは、山口より立派な駅だった。堂々たる駅舎があり、引込み線もあり、留置車輌も多い。停車時間はわずかで、二等車はある程度の乗降客があったようだが、我が一等車は相変わらず誰も乗ってこなかった。

 ここからは、うって変わって駅がなくなる。例えれば、札幌近郊区間からいきなり石勝線に入るような感じだろうか。バンスカ・ビストリツァの次の駅までは39キロあり、40分かかる。線路は深い山に入り、カーヴを繰り返すようになる。けれどもトーマス・クックの路線図では景勝路線の黄緑色になっていない。その理由は線路際の木々が多すぎて、広い景色が見える所が少ないからではないかと思われた。それでも時たま木々の間から、今走ってきた下の線路が見えたりもした。私とてトーマス・クックの地図を盲信しているわけではない。この地図を使いながら、あの人たちとて、ちゃんと全部に乗ってチェックしたのだろうかという違和感を感じることも良くある。だが実際ここは、人家もない山の中を延々と走る割に、山も渓流もさほど見えない路線ではあった。車窓風景が素晴らしいと太鼓判を押すには、少々厳しいかなという所であろう。

 バンスカ・ビストリツァ駅  寂とした山中の信号場

 単線で、駅間距離が長いので、当然、信号場がいくつもある。信号場というよりも駅としか思えない所もあった。ホームと駅舎があり、駅員がいて、通過列車を見送っている。駅舎には駅名が掲げてある。だが後から再度調べても、この39キロの区間には途中駅に停車する列車はなかった。きっと、かつては駅だったけれど、乗降客がなくなって信号場に格下げされたのであろう。それでも交換設備のある所には必ず係員がいた。信号やポイントが自動化されていないのであろうか。その一つでは5分ほど運転停車して、プラハ発ズヴォレン行きの姉妹列車との列車交換があった。

 その後、長いトンネルに入った。後で調べると、チェコとスロヴァキアを通じて最長のチュレモシュニャンスキ・トンネル(Čremošniansky tunnel)だそうで、長さは4697メートル。いずれはこれらの国でも高速新線の長大トンネルができるのかもしれないが、このトンネルは、第二次大戦の少し前に開通したそうで、スロヴァキア中部の南北の往来を容易にする大事なプロジェクトで、かつ当時としては難工事だったらしい。

 そして定刻より5分ほど遅れて、急に景色が開けて教会の塔などが見え出すと、バンスカ・ビストリツァから39キロにして次の駅、ホルナ・シュトゥブナ・オベツ(Horná Štubňa obec)に着いた。途中にはいくつもの信号場があり、駅員もいたのに、ここは単線の駅で、駅員もいないようであった。近くに町はあるようだが、駅自体は閑散とした所にあり、乗降客も少ない。

 ホルナ・シュトゥブナ・オベツの村  ホルナ・シュトゥブナ・オベツ駅

 その先で左から別のローカル線が合流してくる。合流した次のトゥルチァンスケ・テプリチェ(Turčianske Teplice)が、やや開けた所で、乗降客もパラパラと見られる。そこからはまた小さい駅をいくつも通過する。これら小駅に停まるのは、さきほど合流してきた方の線の列車で、こちらズヴォレン方面からの列車は全て急行扱いのようである。いずれにしても、風景もこれまでの人家もない山の中に比べれば、やや平凡になった。

 トゥルチァンスケ・テプリチェ駅  マルティン駅

 マルティン(Martin)という人名のような駅に停まる。ここがバンスカ・ビストリツァ以来、一番大きく賑やかであった。そしてもう一っ走りすると、線路が沢山広がり、プラハやブラチスラヴァとコシチェとを結ぶ本線に合流し、ヴルッキに着いた。この列車はプラハ行きなので、列車はここから西へ向かう。コシチェ方面は正反対の東であり、ここで乗り換えになる。私もここで乗り換えなければならない。


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