欧州ローカル列車の旅 > 2016年 > ギリシャ > アテネ〜カランバカ

アテネ〜カランバカ 目次


目次 アテネ・ラリサ Athina Larisa
アテネ〜パレオファルサロス Athina - Paleofarsalos
パレオファルサロス〜カランバカ Paleofarsalos - Kalambaka
カランバカ Kalambaka

アテネ・ラリサ Athina Larisa


 ギリシャの首都かつ最大都市であるアテネ(Athina)から北上し、第二の都市テッサロニキ(Tessaloniki)までの区間は、ギリシャで一番の主要幹線であろう。1993年のトーマス・クックの時刻表を見ると、距離は511キロある。東京〜新大阪の新幹線、東京〜京都の在来線の実キロに近い。そこを、乗り換え無しの直通列車が一日10往復走っている。最速列車はアテネ18時30分発、テッサロニキ0時28分着の5時間58分。唯一、6時間を切っている。まだ格安航空会社もなく、飛行機が庶民的な乗り物でなかった時代であり、10往復の内訳が、昼行5.5往復、夜行4.5往復なのである。時間を有効に使うためにも、夜行で行くのが自然に選択肢に入る時代だったようである。その1993年、私は初めてギリシャを訪れたことは訪れたのだが、テッサロニキ22時55分発、アテネ7時13分着の夜行列車で寝たまま移動してしまった。この区間はその一度しか乗ったことがないので、途中の景色は何一つ見ていない。

 時は下って今、この区間の距離が、路線改良により502キロに縮まっている。直通列車の運転本数は、昼行6往復、夜行1往復になっており、最速列車の所要時間も5時間10分にまでスピードアップしている。そして昼行は全て、IC、つまりインターシティーという、名称上は欧州標準の在来線特急列車となっている。

 新幹線ができる前の東京〜大阪間の在来線特急の所要時間は6時間半だったようだが、それも半世紀以上前である。狭軌と標準軌の差を考慮したとして、5時間10分ならまあ善戦しているという見方もできるし、もう少し高速化できないのかとも言いたくなる、微妙な所であろう。この距離は、今の時代なら、高速新線を作れば間違いなく、そうでなくても在来線の改良でも、もっと飛行機に太刀打ちできる可能性を秘めている。そういう区間を、昼間の特急列車が2時間に1本しか走っていないというのも、少々寂しい。需要も小さいのかもしれないが、航空のシェアも高そうで、この区間の航空便は一日10往復以上ある。

 そのギリシャが、国家破綻、ユーロ離脱の恐れなどで全世界の注目を浴びたのが、昨年夏。それ以前からも、国を挙げての緊縮は続いていたが、今は一層徹底しているはずである。果たしてこの国はどうなってしまうのか、気になっていたが、最近はあまりニュースにもならなくなった。ずっと漠然と行ってみたいとは思っていたが、夏はあの緊縮騒ぎがあっても航空券が結構高かった。それが冬のオフシーズンとなり、航空券も下がったので、ついに金曜のアテネ空港へと降り立った。

 アテネ〜テッサロニキのIC特急でも、ローカル列車の旅で取り上げる資格は十分ありそうだが、私はその線の途中にあるパレオファルサロス(Paleofarsalos)という所で分かれて支線に入り、カランバカ(Kalambaka)という行き止まりの駅まで行く列車に当初より目をつけていた。その支線は一日に5往復しかなく、うちアテネからの直通列車は一日1往復しかない。それがアテネを朝8時27分に出て、終着カランバカには13時18分に着く。距離は292キロ。そこを291分だから、表定速度はほぼ60キロである。ICという記号はついていないが、本線の区間を見ると、IC特急と比べ、停車駅が若干多く、所要時間も10分程度だが長い。だから、ICが特急だとすれば、イメージ的には、日本の昔の幹線急行列車であろう。なかなか食指の動く列車である。

 アテネ駅前のホテルに宿を取ってあったので、ホテルにチェックインした後、翌朝の切符を買いに駅へ行った。アテネの中央駅に当たる、ラリサ(Larisa)駅は、アテネの場末にあり、駅周辺も寂しい。駅舎も首都の中央駅にしてはみすぼらしく、薄暗い感じである。中に入ると、結構な長さの列ができている。切符売り場の列である。窓口は3つしかなく、そのうち係員がいるのは2つだけ。自動券売機は無い。

 アテネ・ラリサ駅の切符売場  夜のアテネ・ラリサ駅

 やれやれ、と思ったが、他に切符を買う手段もなさそうなので、列の後ろに並んだ。しかし、手間のかかる切符を売るほどの複雑な路線網がないせいか、列の進みはスムーズで、さほど待たずに自分の番が回ってきた。英語も問題なく通じ、簡単に買えた。座席指定ともども、18.30ユーロ(約2,400円)。日本のJR本州3社の幹線ならば、運賃だけで5,080円の距離である。

 切符は薄い用紙に機械打ちしたもので、2枚あり、無造作にホッチキスで留めて渡された。上が乗車券にあたるものと思われ、値段が書いてある。下は座席指定券であろう。乗車券にも乗る列車が指定されているが、実際にこの列車に乗らないと無効になってしまうのかどうかはわからない。下は4号車の43番席ということかと思われる。他の西欧諸国なら言葉がわからなくても、文字でもう少し予測がつくのだが、ギリシャではお手上げである。その代わりというのか、イラストを文字代わりに使っているあたりは、微笑ましい。

 列が長かったのは、間もなく発車する列車があったからで、それに乗る人が、間に合うかどうか、時計を気にしてやきもきしながら並んでいた。列は整然としていたが、2人ほど「発車が迫っているので先に行かせてくれ」と頼んで前の方に移動していた。そのあたりの譲り合いもトラブルなく行われていたのは、いい感じである。その後何度かここに来たが、こんな長い列はなかったので、たまたまであろう。しかし裏を返せば、首都の中心駅にしてこの程度ということであり、鉄道の利用者がいかに少ないかということにもなろう。

 今、アテネの鉄道ターミナル駅はここだけだが、かつてはもう一つ、狭軌のターミナル、ペロポネソス駅が、ここにほぼ隣接して存在した。それは、ペロポネス方面へ行く列車の駅で、レール幅も違ったので、駅も別であった。しかし今、この方面も改軌が進み、アテネには既に狭軌鉄道は入ってこない。それに伴い、ペロポネソス駅もこのラリサ駅に統合されている。


 切符を買った後、夜の駅構内を見てみた。これが首都の中央駅だとは、やはり信じられない。ドイツあたりなら、せいぜいICEが通過する中堅駅クラスだ。もとよりこれは別に今の緊縮財政とは関係ない。これがこの国の昔からの鉄道輸送事情なのであろう。

 一夜明けて土曜日。朝のアテネは、欧州では南国とはいえ、冬のさなかである。東京と同じか少し暖かいか、という程度であろうか。コートを着ている人とそうでない人が半々程度である。発車15分前に駅へ行けば、既に列車が改札前の一番ホームに入線しており、結構な数のお客が乗っていた。土曜の朝に首都を出る列車だから、観光客もいるだろうが、一見したところ、用務客風の客が多い。もちろん実際の旅行目的など、簡単に判別はできないが、少なくともグループ客にも華やいだ感じは見られなかった。

 場末風のアテネ・ラリサ駅前  アテネ・ラリサで発車を待つ884列車

 駅名標は2ヶ国語表示で、上がギリシャ文字で、下は英語のAthens、発音は「アセンズ」である。しかし現地語をローマン・アルファベットで書く方針の、英国発行の欧州鉄道時刻表(旧・トーマス・クック)では、アテネがAthinaとなっている。他に、Athinai という表記も見られる。これはここアテネに限らず、ギリシャの地名駅名全般に言えることだが、正式地名はあくまでギリシャ文字表記であり、ローマ字での綴り方には、規則というか、正式という概念はないそうだ。だから複数の表記が混在することになる。ここラリサ駅は、この駅がラリサという大きな都市へ向かう起点駅だから、そう呼ばれる。パリのリヨン駅がリヨンへ向かうパリの駅であるのと同じである。そのラリサも、LarisaだったりLarissaだったりする。この程度の違いなら理解できるのだが、この列車の2つ目の停車駅の英文字表記は、OinoiまたはInoiが混在しており、頭のオーがあるかないかの違いだけとはいえ、初めてだとわかりづらい。最初は別の地名かと思ってしまった。ギリシャ国鉄のウェブサイトと現地の駅名標とで表記が異なることも珍しくない。

 それなりに長距離客が多いよう  落書きが醜い一等車

 列車は機関車を先頭に、客車が6輌。うち1輌目が一等車、あとは二等車である。一等車輌も古いようで、しかも外からの落書きが醜く、中は窺い知れなかった。鉄道運賃が安い国なので、一等にすれば良かったかなとも思ったが、緊縮下のギリシャの素顔を知ることも旅行目的の一つだから、庶民感覚と乖離した一等などに乗るのはよろしくないだろう。実際、二等車も十分な居住環境で、他の先進国の標準的な車輌に比べて特に遜色もなく、快適性にも問題はなかった。


アテネ〜パレオファルサロス Athina - Paleofarsalos


 8時27分、ほぼ定刻に、列車はゆっくりと発車した。ほぼ満席の盛況である。残念ながら私の席は通路側で、窓側には愛想のなさそうな初老のおばさんが座っている。

 国際観光都市とは結びつかない下町風の街並みを見ながら、列車は徐々にスピードを上げ、小駅を通過する。最初の駅を通過すると、地下区間に入り、出ると次の駅を通過、今度は高架から街を見下ろす、という順序で、なかなか変化に富む。

 そして、線路が増えて他線も交わってくれば、スカ(SKA)と略される、アハルネス(Acharnes)・ケントロ駅、英訳すると、Acharnes Railway Center となる、最初の停車駅に停まる。スカは、レールウェイ・センター・アハルネスのギリシャ語の頭文字を取った略号で、ギリシャ文字では、ΣΚΑ、それが英語読みでスカとなる。2011年4月に、郊外の交通結節点として開業した新しい駅だが、現状は国鉄の2路線が交差するだけで、地下鉄も来ていない。その2路線とは、アテネの外港であるピレウスからアテネ・ラリサ駅を通り、ここを経て北へ行く、今乗っている線と、アテネ空港から来てここで交差してペロポネス方面へと直通する路線である。ペロポネス方面の標準軌化に関連して整備されたようだが、後で調べたところでは、利用が少ない割に巨大な投資をして大きく作りすぎたことで批判も浴びているらしい。 若干の客を乗せてすぐ発車。

 アハルネス(スカ)から40分、次のイノイ(Oinoi)まで、ノンストップ。この列車で一番長い無停車区間である。5分も走ればすっかり郊外の風景になるが、右手の丘は中腹までびっしりと住宅で埋まっている。通過する小駅は、旅情を感じる田舎駅風で、ぶらりと降りてみたいようなところもある。この区間はアテネに近く、普通列車の本数もまあまあ多いので、次に機会があればと思う。

 イノイは定刻9時15分着で、1分停車。閑散とした所だが、ここから海辺の町ハルキダ(Chalkida)への支線が分岐する。アテネからハルキダへは直通列車が結構あるので、まだこの列車から降りる人はいない。発車すると右へ単線のハルキダへの線路がゆるやかに分岐していくのが見えた。

 満席の列車内は静かだ。車内販売もなく、単調な乗り心地で、乗客はスマホをいじったり本を読んだりと、さまざまに過ごしている。緊縮と言っても国民全員が大変なわけでもないだろうし、こうして旅行できる人を見る限り、ごく普通の先進国の光景である。昨夏の大変な騒ぎのニュースを思い出しつつ、昨日は多少緊張しつつやってきたが、 そういう国に来ているという意識は早くもなくなってきた。外の景色も普通に長閑な田舎の光景になる。特に寂れているとも思えない。

 アテネから1時間15分のアリアルトス(Aliartos)で、やっと下車客を数名見た。このあたりはバルカン半島の最南部であり、南側も北側も駅から遠からぬ所に湾があるのだが、海が見えるほど近くもなく、線路は中間の内陸を走っている。

 その半島の幅が広がるに連れて、左手前方には雪山がはだかってきた。南国のようでもやはり冬であり、内陸は雪も積もるのである。次のレヴァディア(Levadeia)という長閑な駅でもまた少し客を降ろし、その次のティトレア(Tithorea)ではかなり降りる。もとより観光地もなさそうな所であり、利用者もギリシャ人のローカルな乗客ばかりと見受けられる。

 工事中のティトレア駅  ティトレア駅舎

 ティトレアから単線になる。ギリシャの二大都市を結ぶ幹線のはずだが、まだ全線複線ではないのである。複線電化工事は順次進行中らしく、緊縮の元でも続いていると思われた。リライア(Lilaia)という駅は、駅も単線で、寂しいところにあった。それでも数名が下車する。ほとんどが迎えの車に乗り込んでいたようである。

 ティトレラ駅発車時の車内  ブラロス駅舎

 ブラロス(Bralos)に停まる。小さいが堅牢そうで綺麗な駅舎がある。しっかり手入れされており、荒れた感じもない。これまで時刻表通り走ってきたので、ギリシャの鉄道は案外しっかりしているなと感心していたのだが、ここで動かなくなった。交換する反対列車が遅れているようである。

 長く停車したブラロス駅  建設が進む新線や高速道路が見える

 ブラロスから山間部に入る。そこを右へ左へとカーヴを繰り返し、高所の岩山の中をゆっくり走る。右手下方はるか遠くに海が見える所もあり、なかなかの絶景もある。複線電化に際しては、大幅なルート付け替えもなされるようで、そうなるとトンネルばかりの新線になってしまうのだろう。それが必要というのも理解できるが、この景色と風情がいずれなくなると思えば残念である。緊縮が続いて工事が遅れてくれれば、もう一度ゆっくり乗りに来られるかもしれない、と不謹慎な、ギリシャの人に聞かれたら殴られそうなことを、ふと考える。

 リャノクラディ(Leianokladi)という駅に停まる。町は小さいが、ラミア(Lamia)という近くの主要都市への最寄り駅だからか、下車客が多い。接続するローカル支線もある。駅には、EUの旗のマークがついた、路線改良工事プロジェクトの看板があった。EUの資金で改良工事をしていることを誇示するかの如き立派な看板で、似たものはEUのあちこちで見かける。

 アンゲィエ駅  工事が進んでいる複線の付け替え路線

 リャノクラディからは、線路はますます小さなカーヴの繰り返しとなる。地図を見れば、まさに羊腸路線というにふさわしい。だが車窓からは工事中の複線電化の新線が見える。在来線と新幹線ぐらいの差があり、あちらは直線の複線電化でまっすぐと通っている。工事もだいぶ進んでいるようである。並行する高速道路の工事も見える。こういったインフラ改良工事は緊縮以前からのものであろう。そんな区間を過ぎて平地に降りた感じの所にある、アンゲィエ(Aggeiai)は、寂しい所にある小駅で、乗降客も見られない。だが右手に真新しいホームがほぼ出来上がっている。

 アンゲィエからは、右手にほぼ完成した複線の新線を見下ろしながら、また少し山間部をさまようように走り、降りれば次のドモコス(Domokos)に停まる。ここも小さな駅で、乗降客もほとんどいない。その先は徐々に農村の平凡な景色に戻った。

パレオファルサロス〜カランバカ Paleofarsalos - Kalambaka


 すっかり平坦地となり、パレオファルサロスには12時30分ごろ、時刻表より20分弱の遅れで着いた。聞いていた通り、駅周辺に何も無い寂しい所にあるが、駅自体は大きく立派で側線も多く、貨車も停留している。駅舎は大きいが、コンクリート造りの味も素っ気もないものであった。


 ここでかなりの客が降りる。出口へ向かう客は僅かで、皆、ホームに留まっている。パレオファルサロス始発のテッサロニキ行きの接続列車を待つのだろう。とは言っても、時刻表によれば、その列車は12時32分発だから、あと2分しかない。こちらが定刻に着けば21分の乗り継ぎ時間がある。どこかから来るわけでもないこの駅始発のようだから、とっくに入線していても良さそうなのだが。

 廃車両も留置されている  乗換え列車の到着を待つ乗客

 結局、12時50分過ぎ、どこからともなく5輌編成のテッサロニキ行きが回送で現れると、ホームに待っていた人が乗り込む。信号の関係なのか、それと関係なく発車できそうなこの列車も、回送列車の到着までは発車しなかった。もしかすると、カランバカ方面から回送で着いたのだろうか。そして当列車は12時54分、32分の遅れで発車した。

 いよいよカランバカへの支線に入る。右手に複線電化の幹線が分かれていく。幹線の方は、ここからラリサを経てテッサロニキまでは、複線電化の近代化工事が終わっているらしく、見た目にも立派な幹線であった。

 こちらはもちろん単線である。ただ、スピードも車窓風景もこれまでと大差なく、特に寂れたローカル線に入った感じはない。パレオファルサロス〜カランバカ間は、82キロあり、一日5往復の列車が設定されている。内訳は、アテネ発着1往復、ラリサ発着1往復、テッサロニキ発着1往復で、残る2往復は線内運転。どの列車も所要54〜56分であるから、表定速度は80キロ前後あり、本線区間より高い。線形がいいからかもしれないが、意外と高速である。

 支線最初の駅ソファレス  ソファレス駅に掲げられた時刻表

 それだけに、車窓風景はこれまでより平凡で、農村風景が淡々と続いた。途中の小駅は簡素なホームだけの駅もあり、そこにも停車し、僅かな客を降ろす。交換設備の残る駅もあるが、今、旅客列車のダイヤを見る限り、パレオファルサロス〜カランバカ間の途中駅での列車交換はない。

 周囲に農家1軒だけの無人駅  トリカラで降りる人たち

 そんな所を進むうちに、トリカラ(Trikala)が近づくと、荷物を取りまとめる人などでざわついてくる。そして多くの人が席を立った。トリカラは、この地方の中心かつ最大の都市で、日本で言う県庁所在地に近い。特に観光地もなさそうだが、行政の中心地であり、恐らく農産物の集散地として発展してきたのだろう。

 トリカラの駅名標  トリカラ駅停車中の車窓風景

 トリカラですっかりガラガラになり、最後の一駅になった。少し古い地図だと、この間にも駅があることになっているが、全て廃止されたようである。残った乗客は少ないが、その分、観光客風の人がちらほらいるのを感じる。

カランバカ Kalambaka


 駅設備などにローカル線の味わいがあるだけで、風景自体は本線ほど面白くなかったこの支線ではあるが、カランバカが近づくと、前方ににょきにょきとした岩山が現れてきた。そしてそんな岩山に囲まれた終着駅、カランバカにゆっくりと到着した。13時53分、定刻より35分遅れであった。

 終着カランバカに到着  カランバカ駅ホーム

 駅名標の英語表示は、カラバカ(Kalabaka)であった。降りた人は、バスやタクシー、徒歩や迎えの車などで、三々五々、散っていく。客引きなどはなく、静かな駅前である。


 ここカランバカは、世界遺産指定の中世修道院群である、メテオラ(Meteora)の麓にある、人口1万人余りの町である。よってメテオラ観光によって潤っている一種の門前町だと言える。色々な形をした険しい岩山に囲まれた町のあちこちに、ホテルや食堂、カフェ、土産物屋などがあるが、土曜とはいえ1月終わりのオフシーズンだけに、どこも閑散としていた。そもそも緊縮経済下で国内の観光客は激減しているだろうから、海外からの旅行者が頼りであろう。

 カランバカ駅舎  カランバカの町

 私もせっかくここまで来たのだから、メテオラの岩山へも登ってみた。どちらにしても、次の戻る列車は、日没後の17時32分までない。それは、今の折り返しのアテネ行きである。どうしてもすぐこの町を出たければ、鉄道の他、バスはある。

 世界遺産指定史跡メテオラ修道院  メテオラから見下ろすカランバカ

 天気に恵まれたこともあり、メテオラは素晴らしい所であった。岩山の上にいくつもの修道院があり、冬の閑散期でもいくつかは一般公開されていた。観光客もまばらで寂しかったが、緊縮財政下でもしっかり管理されており、整備状態も良かった。

 夕暮れ時のカランバカ市街地  ひっそりした夕方のカランバカ駅

 その晩はこの町に泊まり、夜更けの町を歩いてみたのだが、どこもひっそりしていて活気がなかった。立派な史跡群を持つ国際観光都市と言っていいと思うが、中級以上のレストランが見当たらず、地元の人向けの安食堂やカフェは、地元中高年男性の溜まり場になっていた。それも、土曜の晩だというのに、テーブルの上はコップ一杯の水だけで、誰もビールなど飲んでいない。オーナーや店員ともどもテレビを見ながらだべっている。皆が不景気だから、オーナーも儲けにならなくても場所を提供して常連客と一緒に過ごしている、という感じがした。もとよりギリシャの全てがそんな所ばかりではないだろうし、実際、アテネに戻ってから夜の繁華街に行ったら、活気のある所は十分賑わっていた。だが、この日のカランバカに関しては、市民レベルでの緊縮がひしひしと伝わってくる風情であった。以前がどうだったのかは知る由もないが、まさに経済危機下のギリシャを垣間見た気分にはなれた。

 この後、ギリシャの他の町もいくつか立ち寄ってみたが、アテネの繁華街を除けば似たように静かで、いかにも人々がお金を使っていない感じはあった。しかしどこも治安は良く、雰囲気も落ち着いていた。活気がなく寂しいという感じ方もあろうが、旅をするには全く問題ない。少なくともあと数年は、同じような感じで推移するかと思われる。



欧州ローカル列車の旅:アテネ〜カランバカ *完* 訪問日:2016年1月30日(土)


ミラノ〜シラクーザ へ戻る     ザグレブ〜トゥズラ (1) へ進む