欧州ローカル列車の旅 > 2024年 > スイス・リヒテンシュタイン・オーストリア > ブッフス~フェルトキルヒ
| 目次 | リヒテンシュタイン全線全駅 Liechtenstein All Lines and Stations |
| ブッフス~フォースト・ヒルティ Buchs - Forst Hilti | |
| シャーン・ファドゥーツ~ティジス Schaan-Faduz - Tisis | |
| ティジス~シャーンヴァルト Tisis - Schaanwald | |
| ネンデルン~フェルトキルヒ Nendeln - Feldkirch |
私は国鉄時代末期に国鉄全線乗車を果たした。その後も折を見て日本国内の私鉄や地下鉄の乗り潰しも進め、大体は乗った。しかしまだ日本国内全線完乗を果たしたことはない。何年か前に名古屋で時間が空いた時に、地下鉄の未乗区間を乗り潰したが、景色が見えるわけでもないし、正直、やっていることに虚しさも感じた。しかし上には上がいるもので、日本中の鉄道の全駅乗降を目指している人や達成した人がいるらしい。個人の趣味だし、何に挑戦しようが各人の自由ではあるが、ここまで行くと、限られた時間とお金をもう少し違う事に使った方がいいのではないか、と言いたい気持ちも無くはない。
まして海外でそれをやるなんて、もう狂気の沙汰だろう。それでも例えば、ルクセンブルク程度の小さな国なら、住んでいる人や、特に縁がある人が、全駅乗降を目指すような話なら、何となく理解できる。そういう特別な縁がない国で、全線乗り潰しはともかく、全駅乗降となると、駅数20~30駅程度の小さな国に限られるだろう。西欧にそういう国はないが、もっと極端に小さな国がある。横綱はモナコで、フランス国鉄の幹線が1本通っていて、駅はモナコ・モンテカルロの1つだけ。私も初めて訪れた時以来、この記事を書くまで、全線完乗・全駅乗降など頭の隅にもなかったが、自然に達成している。モナコならそういう人は日本人にも沢山いるに違いない。
西欧でモナコの次に駅の少ない国が、リヒテンシュタインである。スイスとオーストリアを結ぶ路線1本が国内を貫通しており、駅が3つある。たった3駅ではあるが、ここはモナコと違い、気がついたら自然に達成、という全駅乗降を果たしたよそ者はあまりいないだろう。それは、モナコと異なるリヒテンシュタインの事情による。リヒテンシュタインは、山歩きやスキーなどは別として、一般の観光客が訪れる場所は、ほぼ首都ファドゥーツ(Vaduz)だけと言っていい。そのファドゥーツには鉄道が通っていない。ゆえに公共交通機関を使ってリヒテンシュタインを観光で訪れる多くの人は、鉄道ではなく、バスを使う。つまり、モナコと違い、リヒテンシュタインでは鉄道は影が薄い。国内の3つの駅は、一般的な外来旅行者が降りるような何かがある所ではない。
それでも僅か3駅である。そこで今回は、スイスとオーストリアを結び、リヒテンシュタインを貫通する路線をローカル線の旅として取り上げるに際して、ただ乗るだけでなく、各駅に降りてみることにした。乗り通すだけだと、スイスのブッフス(Buchs)からオーストリアのフェルトキルヒ(Feldkirch)まで、全線が18.5キロ、所要22分と、あっけなく通り過ぎてしまうからでもある。
リヒテンシュタインの鉄道自体はオーストリア鉄道ÖBBが運行している。この区間はチューリッヒとウィーンを結ぶ特急も通過するので、その意味では幹線なのだが、全線単線で、間に列車行き違いのできる駅は一つしかない。普通列車の本数は少なく、平日の朝夕に偏っており、土日は全く運転されないし、私の過去の経験の限り、乗客も少ない。他方の優等列車はこの区間ノンストップで、リヒテンシュタイン内の駅には全く停車しない。
だから、ブッフスからフェルトキルヒまでの普通列車に選んで乗ると、それだけで十分、ローカル列車の旅ができる。私は過去に2度ほど普通列車に乗ったことがあるが、いずれもガラガラであった。ある意味、興味深い国際ローカル線とも言える。
リヒテンシュタイン内に駅は3つと書いたが、かつては4つあった。乗降客が特に少ない駅が一つ、廃駅になっている。この廃駅は、鉄道と並行するバスがあり、それで訪れることもできる。そんな所まで訪れるとは物好きかもしれないが、文化財として保存されている古い駅舎があると読んだので、ちょっと見てみたい。ここは徒歩とバスを使って訪問することにした。

全列車時刻表・乗車区間の時刻部分を太字で記載
クリックで拡大(ポップアップ)
まずはスイスのブッフスを16時19分に出る、夕方最初の普通列車フェルトキルヒ行きからスタートする。これに乗れば、3駅乗降に加えて廃駅訪問までして、ブッフス出発から2時間半後にはフェルトキルヒに到着できて、最短時間で目標達成ができるという、見事なスケジュールなのである。普通列車は朝夕を中心に一日11往復しかないが、夕方に、往復とも30分毎に走る時間帯がある。出来が良すぎて、各駅での滞在時間が短すぎるので、本当はもう少しゆっくりしたいのだが、そうすると今度はどこかでかなり長い待ち時間が生ずる。ともかく今回は、あらかじめ調べて時刻表と格闘した結果を実行するだけとなり、味わい深い首都ファドゥーツを再訪する時間は捻出できなかった。
そんなわけで、まずはブッフスにやってきた。この発音は、ブックスともブフスとも聞こえるので、どれが絶対正しいということはなさそうである。街の名前も駅名も、正式には、ブッフス・エス・ギー(Buchs SG)で、このSGは、ブッフスが属するザンクト・ガレン州のことである。スイスには他にもそこそこ知られたブッフスが2つほどあるので、区別のためである。
ここブッフスSG(以下SGは省略)は、ライン川の西側を複線電化の鉄道路線が南北に走っている、その途中駅である。北へ行くとボーデン湖まで上がり、そこでほぼ90度、西へ向きを変え、チューリッヒへとつながる。南はグラウビュンデン州都クール(Chur)までつながっており、狭軌のレーティッシュ鉄道に連絡している。ブッフス自体は途中駅であり、特に大きな街ではなく、著名な観光名所もないが、駅周辺に小ぢんまりした市街地が広がっており、一通りの店があり、人も適度に見かける。
![]() |
![]() |
|
| ブッフスの駅舎と駅前 | ブッフス駅前通り |
ブッフス駅のホーム南端に立つと、南へまっすぐクール方面へ向かう複線から左へ分かれる単線の線路が見える。これが、リヒテンシュタインを経てオーストリアへ向かう路線である。チューリッヒからインスブルックやウィーンへ向かう特急列車は、ここで分岐してこの単線の路線に入り、リヒテンシュタインを通過してオーストリアへ向かうのである。そういう優等列車が一日9往復ある。加えて平日朝夕を中心に11往復の普通列車、他に貨物も通るだろうが、とにかくこの区間は単線で、本数も少ないので、ローカル線らしさもたっぷりである。チューリッヒとウィーンを結ぶ特急が通る幹線、と聞くイメージからすると、ちょっと意外感があるかもしれない。ちょうど15時54分発のウィーン行き特急列車の発車シーンを隣のホームから眺めることができた。リヒテンシュタイン内はノンストップで、次の停車駅はオーストリアのフェルトキルヒである。
![]() |
![]() |
![]() |
||
| ブッフス15時54分発ウィーン行き特急がリヒテンシュタイン方面へと定刻に発車していった | ||||
もう20年以上前の話だが、私が初めてリヒテンシュタインを訪れた時は、リヒテンシュタインに入って最初の駅、シャーン・ファドゥーツ(Schaan-Vaduz)駅の駅前のホテルに泊まった。ファドゥーツ市内はホテルが高かったからである。駅のある場所はシャーンという所で、単にシャーン駅とも呼ばれているが、ここが一応、首都ファドゥーツに一番近く、バスへの乗り換えもできる玄関口だからか、駅名にファドゥーツが入っている。今回はレールパスを持っているので、いちいち切符を買う必要はないが、あの時はブッフスで一駅の切符を買う必要があった。当時は自動券売機がなく、窓口で切符を買ったのだが、「シャーン・ファドゥーツ」と言って切符を買おうとすると、駅員は「ファドゥーツは駅から遠いよ、バスで行った方がいいよ」と言うのである。なまじ駅名にファドゥーツを入れているから、ファドゥーツへ行く人が勘違いするケースが多いのかなと思った。まだスマホもない時代の話である。
![]() |
![]() |
|
| ブッフス4番線で発車を待つフェルトキルヒ行き | 車内は案の定ガラガラである |
16時19分発フェルトキルヒ行きは、オーストリア国鉄の綺麗な4輌編成の電車である。案の定ガラガラではあるが、発車直前に数名乗ってきた。定刻に発車すると、さきほど特急列車を見送ったように、左カーヴで単線の線路に入る。そこからは町と反対側の駅裏の、雑木林や荒れ地を走り、すぐに高速道路を、続いてライン川を渡る。ライン川が国境で、リヒテンシュタインに入る。
![]() |
![]() |
|
| ブッフス発車後ほどなく立派な高速道路を跨ぐ | 国境のライン川で、右側はリヒテンシュタイン |
リヒテンシュタインに入っても最初は農地などだが、やがて建物が増えてくれば、ほどなくシャーン・ファドゥーツ。首都最寄りの駅ながら、垢抜けない田舎町風情の駅、というのが、以前の印象なのだが、様変わりしており、ここから勤め帰り風の人などが、若干乗ってきた。この後、戻って降りるので、その時ゆっくり観察することにして、もう一駅、フォースト・ヒルティ(Forst-Hilti)まで乗る。
![]() |
![]() |
|
| シャーン発車後の車窓左側 | フォースト・ヒルティに到着 |
車窓左手はすぐ農村風景になったが、右手はシャーンからビルや建物が点在している。以前より増えているかもしれない。駅間距離も短く、すぐに単線でホームだけの小駅、フォースト・ヒルティに着いた。ここで下車。
![]() |
![]() |
|
| フォースト・ヒルティのホームからシャーン方向 | ホームから見る線路の反対側 |
フォースト・ヒルティは一見、存在感の薄い農地の中の小駅なのだが、意外にもここで乗る人が結構いた。乗ってきた列車を見送ってから、急ぎ駅と周辺を観察する。ホームの反対側は純農村地帯だが、シャーン方向は中層のオフィスビル群が見える。駅を出て駅前の細道を行くと、こちらにもオフィスビルがパラパラと見え、その少し先に、バスの通る道路がある。そのさらに先に、駅名にもなっている、ヒルティ社の本社があるそうだ。駅の所在地は行政上はシャーン地区で、その北東はずれのフォーストというエリアにある。そのフォーストに企業名のヒルティをつけた駅名なのである。
![]() |
![]() |
|
| 駅前の細道を上がると企業のビル | フォースト・ヒルティ駅名標 |
駅周辺にそういった企業があるので、そちらから勤め帰り風の人が駅へ向かってパラパラと歩いてくる。若い人が多い。前にここを通った時は、クリスマス休暇中だったからか、乗降客もなく、畑の中にある、利用者もいない無人駅という印象が残っていたのだが、そういう一度きりの勝手な印象は、実情とは異なることも多い。それを知ったからどうこうではないが、全駅乗降を目指したからこそ知ることができた。

ここフォースト・ヒルティでの滞在時間は僅か6分。乗ってきた列車が次のネンデルン(Nendeln)で反対列車と交換してやってくる。到着間際まで、人が続々と集まってきて、15名ぐらいになった。
フォースト・ヒルティ16時31分発ブッフス行きに、1駅2分1.8キロを乗って、今来た所を戻り、シャーン・ファドゥーツで下車する。乗降とも若干名がある。
![]() |
![]() |
|
| シャーン・ファドゥーツで下車 | ブッフス方面へ去っていく列車 |
シャーン・ファドゥーツは、首都ファドゥーツへの最寄り駅なので、ファドゥーツをつけているが、駅はシャーンという地区にあり、ファドゥーツ中心部とは3.5キロ離れている。シャーンはリヒテンシュタインを11の行政区に分けたうちの一つで、人口最大で、首都のファドゥーツより多い。リヒテンシュタインの町など、一般にはファドゥーツぐらいしか知られていないだろうが、シャーンはローカルには重要というか、住宅や企業の集まったエリアなのである。加えて首都への玄関駅としての貫禄もあって、今は単線ホームの小駅ではあるが、その昔は栄えたのか、使われていないが古くて立派な駅舎があり、貨物を扱った跡もある。線路とホームだけのフォースト・ヒルティとはだいぶ異なる駅と駅前である。但し無人駅で、立派な駅舎も施錠されており、中には入れないし、切符も買えない。
![]() |
![]() |
|
| シャーン・ファドゥーツ駅舎 | 新しいビルも多い駅前 |
私は20年以上前、この駅前のホテルに泊まった。まだ今のようにネット検索が便利な時代ではなかったが、当時調べた範囲では、ファドゥーツに沢山あるどのホテルより安かった。その当時の感覚で、やや古びた一時代前の田舎ホテルではあったが、特に問題はなかったし、何しろ駅前だったのである。駅付近の街並みもどこか垢抜けない田舎っぽさがあった。しかし、駅前は様変わりしていた。交通の結節点としての機能が強化されたのか、小さいながらバスターミナルができている。駅前にあった筈の20年前に泊まったホテルは跡形もなく、新しいビルが増えて、近代都市っぽくなっていたし、おしゃれな飲食店も増えている。今の列車がブッフスから折り返してくるまで、今度は18分あるので、駅周辺を一通り歩き回ってみたが、教会だけが昔のままで、町並みはかなり変化していた。
![]() |
![]() |
|
| 以前はなかった駅前のバスターミナル | フェルトキルヒ行きが到着 |
16時52分発フェルトキルヒ行きが、定刻にやってきた。夕方の退勤時間だからか、ここから乗り込む人が結構いる。それも若い勤め人風の男女が多い。最初にブッフスから乗った30分後の列車だが、乗客数は似たようなもので、ガラガラとまでは言えない程度には乗っている。ちょこっと走り、さきほど降りたフォースト・ヒルティからも、やはり数名が乗ってきた。フォースト・ヒルティを過ぎると現代的な企業っぽいビルはほとんどなくなり、交換駅のネンデルンも駅周辺は昔ながらの住居が点在する長閑な風景が展開する。ネンデルンは乗降客僅か。その先は農村風景となり、スマホの地図で見ていたため、シャーンヴァルト(Schaanwald)廃駅もはっきり確認できた。国境を越えてオーストリアに入り、長閑な風景が続き、やがて減速すると、ティジス(Tisis)に着く。ここで下車。
ティジスは、オーストリア最西端の駅である。寂れていると思っていたリヒテンシュタイン貫通の普通列車ではあるが、リヒテンシュタイン内の3駅は、一応どこも乗降客が見られた。しかしここティジスは、私以外に乗降客がいない。反対方向の列車は夕方は全部通過だし、こちら方向が一応停車するのは、この辺に住んでいてブッフスやリヒテンシュタイン内からの帰宅客がたまにいるからなのだろう。
![]() |
![]() |
|
| 他に乗降客もいないティジス駅 | 駅舎はないがホームに待合所がある |
このティジスという所は、終点フェルトキルヒまでまだ3駅あり、鉄道だと距離も7.3キロあるのだが、直線距離ではフェルトキルヒに近く、グーグル・マップで徒歩で検索すると、2.9キロしかない。フェルトキルヒ駅の西側は岩山で、線路はそれを避けるようにぐるりと大回りするのである。そういう立地もあって、またフェルトキルヒの市街地は駅よりこちら寄りということもあって、こことフェルトキルヒの間で鉄道を使う人は非常に少ないのだろう。しかもこの駅前自体、店もビルもなく、一般の住宅が点在するだけの場所なので、この辺の住人が僅かに使うだけの駅なのだろう。夕方の反対列車通過の事情は、こういった立地と特性から、停めても利用者が見込めないからだと思われる。
|
| ティジス駅前は閑静な住宅地 |
さて、列車を見送った後、シャーンヴァルト廃駅跡まで歩く。鉄道のキロ数では2.1キロで、線路と概ね並行して道路もあるので、歩く距離も、グーグルマップによれば、2.4キロと、大したことはない。前半は田舎道があるのだが、途中のオーストリアとリヒテンシュタインの国境部分は、主要道路しか歩ける道がない。国境はやはり有事などを考え、簡単にどこでも越えられるようにはしていないのだろうか。あるいは国境越えのできる田舎道を増やした所で、需要もないのかもしれない。
実際、前半はかように長閑な田舎の風景で、気持ち良い散歩ができた。歩行者はたまにいる。道沿いに人家はほとんどないので、車時代の今、生活に必要な道路でもなさそうで、多くは犬の散歩を兼ねた地元の人のようだ。旅行者の私に気さくに声をかけてくれる人もいた。
![]() |
![]() |
|
| ティジスからの気持ち良い田舎道 | 地元の人が犬の散歩やジョギングで通る |
のんびり歩くこと15分、オーストリア最西の踏切が見えてくる。日本で言う第四種で、警報機も遮断機もない。この先はリヒテンシュタインへの田舎道がないので、あの踏切を渡って国道へ出て、あとは国道を歩かないといけない。

そこを、ティジスまで乗ってきた列車がフェルトキルヒからブッフス行きとなって折り返してきたので、しっかり撮影する。そのあたりでさらに待つこと5分、今の列車とネンデルンで交換したフェルトキルヒ行きがやってくるので、それも撮影。私が乗ってきた30分後のやつである。第四種踏切があるのに、列車は徐行もせず、高速で走り抜ける。全体では本数の少ないローカル線だが、日の長い夏の平日夕方は、短時間で複数の列車と出会えるゴールデンタイムである。
![]() |
![]() |
|
| オーストリア最西の踏切を渡った所 | 国道沿いはやはり異なる風景 |
踏切を渡って国道へ出る。国道沿いはこれまでの田舎道と違って現代的な風景である。前方に国境施設が見えてきた。オーストリアとリヒテンシュタインの国境には、税関が今もある。これらの国は全てシェンゲン協定加盟国だから、人間の出入国審査はないが、スイスはEUの関税同盟に入っておらず、リヒテンシュタインはスイスと組んでいるので、リヒテンシュタインとスイスの間には税関はないが、リヒテンシュタインとオーストリアの間に税関があるのだ。その税関施設がそれぞれの国にある。2011年にリヒテンシュタインがシェンゲン協定に加盟するまでは、ここで人間の出入国審査もあったそうだ。ちなみにリヒテンシュタインは通貨もスイスフランだし、スイスと一体化している部分の方が多いのだが、鉄道はオーストリア鉄道が運営している。
![]() |
![]() |
|
| オーストリア側の税関 | リヒテンシュタイン側の税関 |
税関は、見ていると車は一応大体一時停止させられているようであった。歩行者はほぼフリーパスで、何という事も無く通り抜け、再びリヒテンシュタインに入国、国道の歩道をてくてくと歩くと、税関から10分ほどでシャーンヴァルトの集落に入った。
![]() |
![]() |
|
| 国境から1キロほどでシャーンヴァルト | 国道から見るシャーンヴァルト駅跡 |
駅跡はすぐにわかった。シャーンヴァルトは、オーストリア国境から1キロほどの集落で、国道沿いに店もあって、駅の周囲はフォースト・ヒルティよりも賑やかである。しかし乗降客が極端に少なかったらしく、ここだけ通過する普通列車が段々増えて、2010年には1往復のお義理停車、それも2012年になくなり、休止状態が続いた。その後正式に廃止され、ホームも撤去されてしまった。しかし、かつては国境駅としての機能があり、出入国審査もあったことから、立派な木造駅舎があって、それが文化財として残されている。
![]() |
![]() |
|
| シャーンヴァルト廃駅 | シャーン行きバスでネンデルンへ |
駅舎は確かに一見の価値あるいい建物である。窓から中をのぞくと、木のベンチや古びたストーヴが残っていた。利用者がいないのでは仕方ないが、駅として残って欲しかったと思わざるを得ない。20分以上の時間は少々持て余したが、その間、チューリッヒ行き特急も通過。18時19分、3分遅れでやってきたシャーン行き14番のバスに乗車、運賃2スイスフランを運転手に払う。バスの乗客は5名ほどであった。
バスに3分乗り、国道上のネンデルン・クルニア(Nendeln Clunia)というバス停で下車。時刻は18時22分。次のフェルトキルヒ行きは18時28分発である。長閑な村だが、国道沿いは色々な建物があり、寂しい所ではない。
![]() |
![]() |
|
| ネンデルンの国道沿い | グーグルマップに従ったら駅裏に出た |
時間もないので、グーグルマップを頼りに、急ぎ足でネンデルン駅へ歩く。徒歩3分程度と見込んでいたのだが、グーグルマップに従って着いた所は駅舎と反対側で、線路に立ち入りできないように、しっかり柵がしてある。駅に行って列車に乗るには、200メートルほどフェルトキルヒ側に見えている踏切を渡り、反対側の駅舎に行かなければならない。と言っても早足で3分程度で、駅ホームにたどりつき、間に合ったのだが、グーグルマップもこういった間違いはまだまだ多いようだ。
![]() |
![]() |
|
| 踏切から見るネンデルン駅 | 味のあるネンデルン駅舎 |
ここはリヒテンシュタイン唯一の、そしてブッフス~フェルトキルヒ間でも唯一の、列車交換のできる駅で、古い駅舎もあり、いい雰囲気である。その上、リヒテンシュタインの普通の田舎にポツンと存在しているのが良い。シャーン・ファドゥーツもかつては割とひなびていたが、あちらは駅周辺に近代的な建物が増えてしまったし、それがフォースト・ヒルティに近い所まで広がっているのと比べれば、この駅の回りは昔から変わらぬ田舎の風情が色濃く残っている。
|
| 先にブッフス行きが到着 |
このネンデルンをリヒテンシュタインの交通ハブにするという計画が、ごく最近まであった。それは、ブッフス~フェルトキルヒの複線化と合わせたプロジェクトで、ここを特急停車駅にして、バスとの結節点にするというプランである。しかしこれは2020年、リヒテンシュタインの国民投票で否決されてしまった。交通ハブの方は、リヒテンシュタイン国民にとっても利便性が高まるかもしれないが、鉄道複線化の方は、スイスやオーストリアに、よりメリットが大きいだろう。私は個人的には今のままがいいと思うが、それは旅行者視点の勝手な願望で、地元の人が発展を望むなら、それが優先だと思う。しかしリヒテンシュタイン国民は、発展や利便性向上を望まなかったので、複線化計画も没となった。そもそも多くの国民にとって、あえて新しい交通ハブを作らなくても、国内のバスは現状で十分なのかもしれない。あるいはもしかすると、ネンデルンを交通ハブにすることで、バス路線が再編され、多くのバスがネンデルン経由になると、却って不便になる人もいるのかもしれない。いずれにせよこの路線は、今後も単線のローカル線風情が残り、普通列車が平日朝夕限定という今のダイヤも、当面は変わらないだろう。
先にフェルトキルヒ発ブッフス行きが入線してきた。乗降客はいないし、列車もガラガラのようである。ホームで列車も待つのも私一人である。ほどなく少し遅れて、ブッフス発フェルトキルヒ行きも到着。本日最初にブッフスから乗った列車の2時間後の列車になる。まだ18時半で、普通に退勤時間だと思うが、こちらの一般の人にとっては帰宅時間として遅いのか、乗った前2本のフェルトキルヒ行きより空いていた。

1時間半前の列車でティジスまで乗った区間を、歩いた所なども確かめながら再度風景を眺める。ティジスはやはり乗降客がいない。その次のギジンゲン(Gisingen)では1名下車。ここもホームだけの寂しい駅であるが、周囲はティジスと似たりよったりの住宅地のようである。ティジスとギジンゲンは、現在、フェルトキルヒ行き普通列車は全て停車するが、逆方向は夕方以降の列車は全て通過している。それでいて利用者も少なそうなので、いずれはシャーンヴァルト同様、廃駅になるかもしれない。フェルトキルヒの市内交通としては断然バスだろうから、この2駅の利用者はおそらく、この辺の住人が、シャーンやブッフスなどに行く時ぐらい、それも買い物などは車だろうから、日常的に使っているのは僅かな通勤客ぐらいなのかもしれない。ともかく、ごく限られた利用者しかいない駅なのは間違いない。
![]() |
![]() |
|
| 住宅地にあるギジンゲン駅 | 近代的な駅舎のアルトシュタット駅 |
最後の途中駅は、アルテンシュタット(Altenstadt)。ここは普通列車全列車が停まる。のみならず、ここから徒歩数分の所には、別の路線のアンベルク(Amberg)という駅がある。そちらはフェルトキルヒとブレゲンツ(Bregenz)を結ぶ路線で、土日も含め、終日30分毎に普通列車が走る、高頻度運転の路線である。そういう駅が近くにあれば、本数の限られたアルテンシュタットの利用者は少なそうだが、こちらは他の2駅を通過する列車も停まるのは、何故なのだろう。この列車では乗降客はいなかった。
![]() |
![]() |
|
| 終着フェルトキルヒに到着 | 18時45分発ブッフス行きが発車 |
終着駅フェルトキルヒには18時42分、定刻1分遅れで2番線に着いた。列車は18時45分発ブッフス行きとなって折り返すが、待っていた人は僅かであった。これが本日最終の普通列車ブッフス行きになる。
|
| 夕刻のフェルトキルヒ駅前 |
フェルトキルヒは人口3.6万、オーストリア最西の市であり、リヒテンシュタインとの国境都市でもある。以前にも歩いたことはあるが、市街地は中世の面影が色濃く残る、風情あるいい街であった。駅は地形の関係か、やや手狭な感じの所にあるし、さほど活気もない。それでも以前来た時に比べて、駅前にビルなどが増えているようである。首都ウィーンから見れば果ての果ての街だが、人口も微増が続いているらしい。
リヒテンシュタインという、少しばかり謎めいた超小国。そこを通る鉄道に乗り、各駅を訪問してみた感想としては、僅か3駅、廃駅を含めても4駅だが、行ってみればそれぞれに個性と特徴があり、ただ通り過ぎるだけではわからない、色々なものが見られ、感じることができた。複線化して利便性を高めればまだまだポテンシャルのある路線だし、オーストリアやスイスはそれを望んでいるようでもある。それが小国リヒテンシュタインの国民投票で否決されたことで、今後もローカル線風情漂う単線の幹線として、当面は維持されるようである。リヒテンシュタイン国内の様子を見れば、それも何となくわからないでもない、という微妙な国情も感じられた、充実したミニ旅行であった。
ダンケルク~アミアン へ戻る この先は準備中です