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ジュネーヴ〜マルティニー 目次


目次 (1) ジュネーヴ Genève
ジュネーヴ〜ベルギャルド Genève - Bellegarde
ベルギャルド〜エクス・レ・バン Bellegarde - Aix-les-Bains
エクス・レ・バン〜アヌシー Aix-les-Bains - Annecy
(2) アヌシー〜サン・ジェルヴェ・レ・バン Annecy - St-Gervais-les-Bains
サン・ジェルヴェ・レ・バン〜レ・ズッシュ St-Gervais-les-Bains - Les Houches
レ・ズッシュ〜ヴァロルシーヌ Les Houches - Vallorcine
ヴァロルシーヌ〜マルティニー Vallorcine - Martigny

ジュネーヴ Genève


 スイスのジュネーヴ(Genève)は、レマン湖畔にある、スイスのフランス語圏を代表する都市である。フランスに突き出るような位置にある国境都市で、実際、中心部から国境を越えてフランスまで、歩いてすら行けそうである。ここから幹線鉄道がレマン湖北岸に沿って、ローザンヌ(Lausanne)、モントルー(Montreux)などを通り、イタリア国境に近いブリーク(Brig)へと走っている。レマン湖が果ててしばらくすると、マルティニー(Martigny)という駅がある。線路はこのあたりで90度ぐらい向きを変えて、ブリーク方面へと向かう。ジュネーヴからマルティニーまでは127キロで、所要1時間半。主要幹線ながら、景色も良く、快適な旅ができる。それでも地図を見ると、ほとんど半円を描くように、三日月形のレマン湖北岸を大回りしている感じがある。

 ジュネーヴ駅前通り  夕方のレマン湖畔

 それでは距離的には短いはずのレマン湖南岸経由で、ジュネーヴから東へ行くとどうなるか。調べてみれば、思った以上に大変なことがわかった。そもそも南岸は大半がフランスである。しかしレマン湖の半分がフランスではなく、スイスが主でフランスが食い込んだような形をしている。湖畔に沿って東へたどると、スイスからスタートし、フランスを通り、また国境を越えてスイスで終わる。南岸には鉄道は一部しかない。しかし先進国スイスとフランスだし、湖畔に沿って行こうと思えば、バスなども乗り継げばきっと簡単だろう、そう思って調べてみた。しかし、検索してもこれといったルートがなかなか出ない。鉄道は、ミネラルウォーターで有名なエヴィアン(Evian)までは、フランス国鉄があるが、その先スイス国境までの間は公共交通が途絶えていて、ネット検索で調べる限り、バスすら走っていない。


Michelin Europe TOURIST and MOTORING ATLAS 2000 より引用

 そこで、湖に沿わなくてもいいので、とにかく南側を、フランス経由で、それもどうせなら鉄道だけでたどってみようと考えた。北岸のIR快速が1時間半なので、倍の3時間ぐらい費やせば行けるルートがあるのではないか。そう思って調べたのだが、とんでもなかった。まず、レマン湖の南東にはモン・ブラン(Mont Blanc)という西欧最高峰の険しい山があって、行く手を阻んでいる。しかし、もう一つ、意外な所に難関があった。それは、ジュネーヴの市街にほど近い所なのだ。ジュネーヴのトラムが、フランス国境のすぐ手前まで行っているのだが、そこからフランスへは徒歩かバスで越えなければならず、鉄道路線がない。あくまで鉄道にこだわっても、土曜日で検索すると、工事でのバス代行なのか、そもそも土曜に走る列車がないのか、理由はわからないが、朝ジュネーヴを出ても、一部区間でバスを使わない限り、夕方までにマルティニーに鉄道だけで着くことができない。ところが日曜日で検索したら、全て鉄道のルートが出てきた。5本乗り継いでの大回りルートで、ジュネーヴ発9時49分、マルティニー着16時36分、所要6時間47分という一日がかりの旅である。よほど待ち時間が長いかと思えば、各乗継ぎ駅での待ち時間も概ね短い。つまり、遠回りなのに加えて列車のスピードが遅い。遅いのは後半で、何のことはない、モン・ブランの麓を走る狭軌の登山鉄道なのである。

 私にとってこのエリアは未踏・未知の世界であり、今回初めてそういう場所と実態を認識したし、面白そうなルートが見つかって気に入ったのだが、一つ懸念は、混雑だ。何しろ夏休み真っ只中の8月上旬の日曜日である。一年で最も観光客が多い日かもしれない。そもそも私はスイス自体、夏に来たことはほとんどない。夏じゅうスイス全土に観光客が溢れるわけではないが、それでも夏は混むと聞いている。対照的に冬のスイスは雪山の景色も綺麗だし、人も少なく列車も概ね空いている。そういうスイスを知っているだけに、繁忙期に出向くのは若干気が重い。

 ジュネーヴ駅正面駅舎  7〜8番線はフランス行き専用ホーム

 人の多さに辟易する旅になって懲りるかもしれないが、一度ぐらいは経験である。そう思って多少の悲壮なる覚悟も持って実行することに決め、ジュネーヴの国鉄駅前にあるホテルに投宿した。使う切符はインターレールのグローバルパス。

 最初の計画では、ジュネーヴ9時49分発のヴァランス(Valence)行きに乗るつもりだったが、その前に9時22分発のリヨン・ペラーシュ(Lyon-Perrache)行きがある。どちらの列車もIC特急ではなく、フランス国鉄の分類ではTERとなる、普通・快速列車の位置づけである。いずれもジュネーヴを出ると西へ向かい、スイス内の小駅は通過して国境を越え、最初にフランスのベルギャルド(Bellegarde)という所に停車する。ベルギャルドから進路は南になるが、30キロ余り同じ線路を通った後、リヨン行きは西へ、ヴァランス行きは南へと分かれて行く。そこでまずは、9時22分のリヨン行きでベルギャルドまで行ってみることにした。

 フランス行きホームへは税関を通る  8番線に停車中のリヨン行き客車列車

 ジュネーヴ駅は主要駅としてはそこまで大きくない。島式ホーム4面8線で、レマン湖のある表出口の側が1番線で、裏口の側が8番線である。欧州ではホームの番線のつけ方にわけがわからない所も多いが、ここは日本と同じでスッキリとわかりやすい。欧州標準方式で改札口はなく、誰でも自由にホームに上がれるが、7〜8番線ホームだけは異なる。このホームはフランス行き限定の専用で、かつてはここで出国審査もあったのだろうが、スイスがシェンゲン協定に加盟して以来、それはない。しかしスイスはEUの関税同盟に入っていないため、税関検査は残っている。乗客をその税関検査に通すため、7〜8番線ホームの入口だけは、ガラスの自動ドアがあり、入ると荷物検査のためのブースやエックス線を通す機械などがあり、一応係員もいる。

 自由にホームに出入りできる所と違い、一度税関を通ってしまうと簡単に戻れないかもしれないと思い、まだ時間があったので、しばし駅構内をうろついてみる。8番線の先はすぐ裏口で、そこは表口のような立派な駅舎も駅前風景もない、ごく普通の路地裏といった感じであった。高架の線路に接してカフェやホテルがある。その線路にはこれから乗るフランス国鉄の車輌が停車している。それを見て、もう乗れるかもしれないと思い、税関を通り、ホームへ上がることにした。結論としては税関を何度行き来しても問題はなさそうであった。欧州はEU拡大に連れ、国境越えも国内と同じ扱いが当たり前になり、国境を感じる施設が残っている所は随分減ってしまった。その中にあって税関とは、通るのが楽しい所ではないが、国境を感じさせてくれる施設ではある。


 ジュネーヴとフランスのベルギャルドとの間には、小駅が7つある。うち6駅までがスイス内で、6つ目のラ・プレーヌ(La Plaine)がスイス側の国境駅であり、スイス最西の駅でもある。列車の運行形態は、ジュネーヴとラ・プレーヌの間に日中毎時2本のスイス国内の普通列車が走っている。いわばジュネーヴ近郊区間である。ラ・プレーヌを出るとほどなくフランスに入り、スイスとの国境に沿って少し走ると、プニー・シャンシー(Pougny Chancy)という駅に至る。プニー・シャンシーの次が優等列車停車駅のベルギャルドである。ジュネーヴからベルギャルドやそれ以遠へと走る列車は、ノンストップの快速が多く、各駅停車は少ない。

ジュネーヴ〜ベルギャルド Genève - Bellegarde


 ジュネーヴ9時22分発リヨン行きは、先頭の電気機関車に続いて1等車1輌、2等車5輌の、昔ながらの汽車らしさを残すフランス国鉄の客車列車であった。駅の電光掲示板にも10分遅延とあったように、理由はわからないが始発から出発が遅れ、発車したのは9時31分であった。

 車内はガラガラであった。程よく冷房が効いており、快適である。この区間はそれなりの旅客需要があるはずだが、リヨンはとりたてて観光都市でもなく、ビーチもない内陸都市なので、多分夏休み中の日曜朝では人の動きに乏しいのだろう。リヨンまで全区間で167.5キロあり、表定速度76.1キロ、停車駅間の平均距離は23.9キロである。

 発車後ほどなく、線路をかきわけつつジュネーヴの街外れを進み、複線電化の左側通行に落ち着く。やがて右手をジュネーヴ空港への線が分かれていく。スイス内も、最初の3駅目ぐらいまでは工場や石油タンク、中古車屋、郊外型ショッピングセンターなどが雑然と交じり合っていたが、8分でサティニー(Satigny)のあたりまで来れば、ブドウ畑が現れ、農山村の長閑な風景になった。

 12分後、スイス最後の駅、ラ・プレーヌを通過。国境駅らしく少し構内は広いが、さほどの規模もなく、周囲は他の駅以上に鄙びており、駅横にもブドウ畑があった。この駅は不思議な駅で、スイス国内の普通列車はここで折り返していくのだが、本数は少ないものの、国境を越えてベルギャルドまで行く普通列車もあり、そのほとんどが、この駅だけ通過する。もしかして、折り返し設備がスイッチバックとか、何か構造上の理由があって、先へ行く列車が停車できないのか、と思っていたが、来てみればそんなことはなさそうで、ごく普通の駅に見える。もとより高速で通過した車内からの観察だけだが、単に利用者が特に少ないというのが、この駅だけを通過する理由ではと思われる。

 ラ・プレーヌを出るとほどなく小さな川で国境を越えて、スイスからフランスに入る。フランス最初の駅は、プニー・シャンシーで、プニーは駅周辺のフランスの集落名、シャンシーは川向うのスイスの集落名である。フランスの国境駅だが、小さな停留所の風情で、引き込み線も何もない相対ホームだけの駅であった。駅前の道路を歩いて1〜2分で国境の橋があり、その向こうはスイスであるから、国内のジュネーヴに通勤するスイスの住人で、フランスの駅で乗降しながら利用している人もいるかもしれない。


European Railway Atlas Switzerland (M G Ball) より引用

 このプニー・シャンシーに停まる列車は、ジュネーヴ〜ベルギャルド間の普通列車で、朝夕を中心に一日8.5往復しかない。もっともこの本数はフランスの水準では著しく少ないとも言えない。ただ、すぐ隣駅のスイスであれば毎時2本の近郊列車があるので、差が際立ってみえる。そして、プニー・シャンシーを出ると突如駅間距離が長くなり、山に入る。信号場があって左からエヴィアンからの線が合流してきて、その後、4キロの長いトンネルを経てベルギャルドへと至る。感覚的にはここが国境みたいだが、そうはなっていない。山ではなく、川が国境だからである。

 ジュネーヴ発車前の車内  ラ・プレーヌ付近の車窓

 トンネルを出ればほどなく小さい町が現れ、ベルギャルドに着く。ジュネーヴ発が9分遅れだったのに、ベルギャルド着は僅か3分遅れにまで回復していた。ダイヤに余裕があるのかもしれないが、制限速度いっぱいで快走してきたのだろう。


 ベルギャルドはホームがほどよくカーヴし、山に囲まれた、絵になる駅であった。しかもちょうど隣ホームに反対方向のジュネーヴ行き客車列車も停まっている。フランスも電車化、気動車化が進んでおり、客車列車はだいぶ減ってきた。こうして客車列車2本が停まっている姿に、往年の鉄道全盛時代の余韻を感じる。

 駅舎と駅前はモダンで特に味わいもない  山に囲まれた情緒ある街並み

 来るまでどんな所か全く想像がつかなかったベルギャルドだが、山峡の中規模な街である。少し時間があるので早足で街を歩きに行く。ホームは汽車駅の情緒があったが、駅舎は新しく、格別の趣はない。駅前もつまらないところであった。

 街中を渓谷が流れている  昔の駅と蒸気機関車を描いた壁画

 だが徒歩5分ほどで中心部に行けば、風情もある。中心商店街のストリートは工事中で道路が掘り返されていたのが残念だったが、山を背景に歴史を感じる街並み、街中を流れる渓谷などを、急ぎ足で一通り見た。しかしローヌ川畔まで行く時間が僅かに足りなかった。見た渓谷はローヌ川の支流で、このちょっと先でローヌ川に合流していることを後から知った。それでも帰りに違う道を通ったら、ビルに蒸気機関車時代の古い駅を描いた壁画が見られた。何となくいい物を見た気持ちになり満足して駅へ引き返す。ちょっとだけ早起きして一本前の列車でここに立ち寄って良かったと思う。

ベルギャルド〜エクス・レ・バン Bellegarde - Aix-les-Bains


 本日の第二ランナーは、ベルギャルド10時29分発ヴァランス行きで、ジュネーヴが始発。当初の計画時には、ジュネーヴから乗るつもりでいた列車である。リヨン行きが客車列車だったのに対して、こちらは2階建て3輌編成の電車であった。

 ベルギャルドに進入するヴァランス行き電車  ベルギャルドを出てほどなくローヌ川に沿う

 やはり普通列車扱いのTERだが、停車駅も少なく、速度も高い。267.5キロというそれなりの長距離を走る列車で、この距離は羽越本線全線と大体同じ。表定速度77.9キロ、停車駅間の平均距離29.7キロというのは、日本のJRなら間違いなく特急にするだろう。リヨン行きよりずっと乗車率は良く、行楽地へ向かう風情の数名のグループが多い。二階席に空いた二人がけの席が見つかって座れた。

 そんな長距離列車だが、乗るのは1駅36分、次の乗換駅、エクス・レ・バン・ル・ルヴァール(Aix-les-Bains-le-Revard)までである。長い駅名で、通常は、ル・ルヴァールは略され、町の名前でもあるエクス・レ・バンと呼ばれる。ちなみに今日の旅ではレ・バンがつく駅名がいくつも出てくるが、これの意味は「温泉」である。

 発車するとほどなく緑がまぶしい山の中に入る。短いトンネルがいくつも現れ、左手にはローヌ川の渓谷が沿う。渓谷の幅が広くなったと思うと中規模なダムが現れ、今度はダム湖に沿う。ローヌ川はレマン湖から流れ出て、ニーム(Nîmes)の南方で地中海に注ぐ、フランスきっての大河である。

 10時42分、セイセル・コルボノ(Seyssel-Corbonod)通過。さきほどのリヨン行きはここに停車するので、降りた行楽客もいただろう。繁華な所ではないが、ローヌ川観光のできそうな行楽地駅の風情であった。その先もしばらく、左手にローヌ川の流れが沿い、気持ち良い車窓が続く。

 次のキュロズ(Culoz)が近づくと、一旦川と分かれる。ややスピードを落とし、ポイントを渡る。ここでリヨン方面の線路が右手に分かれていく。リヨン方面へ進めばまもなくキュロズという駅がある。続いてキュロズからの線が合流してくる。この列車はキュロズでのスイッチバックを避けるため、キュロズに寄らず、短絡線で直行する。そのキュロズは車窓から遠めに見た限り、小さいながら人家が固まっている集落であった。さきほどのリヨン行きはここにも停車している。

 そしてローヌ川を鉄橋で渡り、2分ほどで、シンドリュー(Chindrieux)という小駅を通過。続いて車窓右手にブルジェ湖(Lac du Bourget)が現れる。ブルジェ湖について、私は今回まで何も知らなかったのだが、純然たるフランス国内の湖ではフランス最大だそうだ。最大と言っても、スイスとまたがるレマン湖と比べればずっと小さく、面積は13分の1しかない。ちなみに琵琶湖はレマン湖よりもう少し大きい。改めてそういう目で地図を眺めれば、フランスは大きな国なのに、これといって大きな湖がないことに気づく。

 車窓にしばらくフランス最大の湖が沿う  二階席からブルジェ湖を眺めつつの旅

 列車はブルジェ湖にピッタリ沿って快適に走る。風光明媚な高原地帯にある湖で、実に気分がいい。駅があれば途中下車して眺めたいぐらいである。折からの暑い夏の日曜、ヨットも出ており、湖岸で日光浴する人が見える。長閑で平和そのものの景観であり、乗客もそれとなく眺めている人が多い。

 シンドリューからからエクス・レ・バンまでは15キロ。途中に駅はなく、ほとんどの区間でブルジェ湖を見ながら快走する、気持ちよい景勝路線であった。

 エクス・レ・バンに到着したヴァレンス行き  エクス・レ・バン駅正面

 エクス・レ・バンにはピッタリ定刻11時04分の到着。駅の標高は244メートルで、本日の旅程全区間で標高が一番低い。駅前からいきなり小綺麗なホテルが並ぶ、気品を感じる所であった。湖に囲まれた避暑地のようであり、名前の通り温泉も湧いているのだろう。

 エクス・レ・バン駅前の街並み  エクス・レ・バン駅の発車案内

 取って作られたような金持ち用の避暑地などには反感すら感じることもある私だが、ここエクス・レ・バンは、駅前の雰囲気から何ともまったり感もある。特にマークもしていなかった単なる乗換駅なのだが、ゆっくり歩き回ってみたい町であった。しかし予定通り次の列車に乗るので、駅前をざっと一回りするだけが精一杯であった。


エクス・レ・バン〜アヌシー Aix-les-Bains - Annecy


 エクス・レ・バンから乗車する本日の第三ランナーは、リヨンからやってくるアヌシー(Annecy)行きで、やはりTER扱いの快速列車である。同じホームの反対側には50分遅れのパリ行きTGVが入ってくる。続いてわずかに遅れてアヌシー行きが、ほぼ定刻に入ってくる。TGVが大幅遅れなので、同じホームに並ぶことになったのは偶然である。アヌシー行きは、ここまで乗ってきたのと同じ形式と思われる、2階建て3輌編成の電車で、ここで方向が変わる。そのため、7分の停車時分がある。

 大幅遅延のパリ行きTGVが入線  TGVとほぼ同時入線のアヌシー行き

 このパリ行きTGVは妙な列車で、始発はアヌシーなのだが、アヌシーと反対方向の南から入ってくる。何故かというと、ここから14キロ南にあるシャンベリー(Chanbéry)という駅に寄ってきて、エクス・レ・バンとシャンベリーの間は同じ区間を往復しているのである。アヌシーからシャンベリーへ向かう時には、エクス・レ・バンは通過し、戻ってきた今、停車している。そしてここからパリまで、2時間48分をノンストップで走る。

 例えるならば、秋田新幹線が、秋田を出たら大曲を通過して横手に停車し、折り返して今度は大曲に停車してから田沢湖線を先へ進む、といった感じである。こうすると、秋田からの客は、秋田〜大曲だけを乗りたい人も含め、大曲〜横手間を往復乗っていなければならない。秋田〜大曲は近くて普通列車で十分、新幹線はもっと遠くへ行く人のため、と割り切った運転系統である。そういう運行であり、面白いといえば面白い。超高速鉄道のイメージが強いTGVも、パリから遠い末端では色々な運用があるものだ。アヌシーからパリへ行く人にとっては、所要時間増の無駄が生じるが、それでもそれが理由で鉄道を選ばない人が大勢出るほどの影響は無いのだろう。秋田新幹線は、秋田〜東京間で飛行機と競争しなければならないので、仮に横手まで標準軌になったとしても、こんなことはできないだろう。

 いずれにしても、本来は相互接続などしないから、お互い無関係といった感じであり、駅員の関心も優等列車であるTGVに向いている気がする。とはいえTGVの乗降客はあまり多くない。対するこちらアヌシー行きも、ここでの乗降は少ないが、乗り込めばかなり混んでいた。若干の空席はあるが、大きな荷物が占領しているところも多く、立っている人もいる。さきほど以上に行楽色が濃い列車で、人種も黒人、アラブ系、アジア人など、幅広くなった。いかにも夏休みを利用しての遠方からの観光客である。乗車時間43分なので、立っても良かったが、この混雑を見て、この先はもっと混むこともあるかもしれないと思い、座っておくことにした。トイレの前のロングシート・タイプの窓を背にした席が一つだけ空いていた。

 リヨンからアヌシーまでの全区間はちょうど2時間で、表定速度はさきほどの列車と似たりよったりの79.2キロ。しかし、リヨンからここエクス・レ・バンまでは表定速度101.7キロという高速で走ってきたのに対して、ここから先、アヌシーまでは、55.3キロと、相当に落ちる。線路もここからは単線になる。

 この列車の混雑に遭遇し、やはり夏の観光シーズンのピークにモン・ブランなどへ向かうべきではなかったと、やや後悔の念を覚える。座れたし、移動手段としての鉄道の役割は果たしてくれているのだが、何かもう、ローカル線の旅では、列車が空いていることが必須というか当たり前という習性が身についてしまった。この欧州ローカル列車の旅で取り上げた列車を思い起こしても、こんな乗車率の高い列車はほとんどなかったように思う。しかもこの区間は車窓風景もつまらない。無論、トイレ前の窓を背にしたシートだからゆっくり景色を堪能できる環境ではなかったが、それでも両側の車窓は一応見える。その限りで言うと、これといった湖も川も山の眺めもなく、平凡な田舎の車窓が続いた。

 唯一の途中停車駅、リュミリー(Rumilly)も、車内から見る限り、特徴の薄い平凡な町で、観光と関係無さそうなローカル客が数名下車した。リュミリーからアヌシーまでは18.6キロあるが、途中駅はない。ただ、列車交換できる信号場が2つある。もしかすると昔は駅だったのかもしれない。

 その最初の信号場で、反対列車と行き違いのため数分停まる。これはダイヤ通りだろう。しかしその先の森の中で突如急停車した。大事故でなければ良いがと思いながら待つと、ほどなくフランス語で車内放送が入るが、良くはわからない。この乗客層だとフランス語がわからない人も多いだろうが、皆平然としているので、大事ではないのだろうと信じて待つ。結局7分後にゆっくり動き出したがスピードは出ない。もう一つの信号場を徐行で過ぎると、やっとスピードを上げた。

 車内から見たリュミリー駅前  終着アヌシーに到着

 そのせいでアヌシーには12時17分、9分遅れで着いた。満員の列車から大勢の客が降り、皆が乗換や下車のために狭い地下道へと向かう。アヌシーは鉄道路線図では分岐路線もない途中駅であるが、その割には大きな駅で、TGVも停留していた。


 乗換路線もないので、降りた人のほとんどが、私と同じサン・ジェルヴェ・レ・バン(St-Gervais-les-Bains)行きに乗り換えるに違いない。乗換列車はここ始発なので、今度は早く行っていい席を取りたかったが、あいにく出口への階段は前方にあり、私は後ろの車輌に乗っていたので、そうはいかない。狭い階段と地下道が人で溢れている。大きなスーツケースを持った人も多く、遅々として進まない。



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