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ロカルノ〜ドモドッソラ 目次


目次 (1) バーゼル起点のスイス一周 Switzerland Circle Trip from Basel
バーゼル〜ロカルノ Basel - Locarno
ロカルノ Locarno
ロカルノ〜レ Locarno - Re
(2) レ〜ドモドッソラ Re - Domodossola
ドモドッソラ Domodossola
ドモドッソラ〜ブリーク Domodossola - Brig
ブリーク〜トゥーン Brig - Thun
トゥーン〜バーゼル Thun - Basel

バーゼル起点のスイス一周
Switzerland Circle Trip from Basel


今日はスイス北部の国境都市バーゼル(Basel)から、日帰りでスイスを一回りすることにした。スイスはやはり素晴らしい。どの線に乗っても景色を見ているだけで十分楽しめる。さてどこへ行こうか、と色々食指は動く。乗ったことのない線も、行ったことのない町も沢山ある。

結局、以前にも乗ったことがあるにもかかわらず、チェントヴァリ(Centovalli)を一回りするルートにあっさり決めてしまった。スイスを南北に縦断して周遊するルートだが、一部、イタリアに入る。これもまた良い。知らない所へも行ってみたいが、それ以上にチェントヴァリにもう一度乗りたかった。

乗るだけの一日になってしまい、気ままに途中下車とはいかないのが残念だが、それもたまにはいいだろう。どこも接続が適度に良いスケジュールが組めたし、ほぼ全区間に渡り、車窓風景が素晴らしく、見どころも多く、飽きる間もない。

ただし、本サイトのテーマである「ローカル列車」と言えるのは、ロカルノ(Locarno)とドモドッソラ(Domodossola)を結ぶ狭軌の私鉄、チェントヴァリだけで、あとは幹線か、それに近い。そこで、幹線部分はいくらかさらりと紹介し、チェントヴァリを詳しく取り上げたいと思う。

左の時刻表は、乗った列車と全ての停車駅を掲載している。ざっと解説すると、こうである。

最初が、バーゼルからロカルノまで、289キロを4時間9分、表定速度69.9キロで走破する、ローカル急行というべき山越え路線。これに全区間乗車。スイスを北から南へ縦断し、途中にはループ線が5ヶ所もある。主要幹線であり、ローカル線とは言えないが、ローカル線以上に面白い。

二番目が、ローカル線の中のローカル線、狭軌のチェントヴァリ。これでロカルノからイタリアのドモドッソラへ抜ける。ローカル線でありながら、スイスとイタリアをまたぐ国際ルートでもある。観光路線ではあるが、沿線住民の貴重な足にもなっている。表定速度は、全線走破のパノラマ急行でも、29.2キロという遅さである。

三番目は、ドモドッソラからブリーク(Brig)へ、IC特急で僅か1駅28分の旅だが、この間に、かつて長い間、世界一長いトンネルとしてその名を知られた、シンプロン(Simplon)トンネルがある。

そのIC特急にそのまま乗っていれば、ベルン(Bern)へ直行できるのだが、ブリークで旧線に乗り換える。2007年、シンプロン・トンネルより長大な山岳トンネルが開通し、特急はそちら経由になってしまった。しかし旧線も廃止にならず、沿線のローカル輸送を引き続き行っている。新幹線が開通して普通列車だけになってしまった日本の旧幹線の在来線と同じである。こちらもまた雄大の山越えの景色が続く。

その列車はベルンまでしかいかないので、スピーツ(Spiez)、トゥーン(Thun)、ベルンのいずれかで、バーゼル行きに乗り換えれば良い。私はまだ降りたことのなかったトゥーンで乗り換えてみた。五番目の最終ランナーは、スイス国内だけを走るのに、ドイツのICE特急用車輌を使った列車である。


Michelin Tourist and Motering Atlas Germany, Benelux, Austria,
Switzerland, Czech Republic 2012 より引用、線を加筆

かくして、朝8時04分発で夕方18時29分着という、丸一日のバーゼル発鉄道周遊旅行が実現した。乗車距離597キロ、乗車時間9時間13分、4回の乗り換え時間は、34分、12分、20分、6分で、合計72分だから、まあ、ほぼ乗りっぱなしの一日と言っていい。最近の日本では、こういうことばかりやっている人のことを、乗り鉄と言うらしい。あまり好きになれない言葉だが、今日の私はまさしくこれであろう。

バーゼル〜ロカルノ Basel - Locarno


1月初旬。国境都市バーゼルの朝8時はまだ薄暗い。暗くても一日は始まっている。日曜だから通勤客はいないようだが、それでもかなりの乗客が見られ、活気を感じる。売店でコーヒーやパンを買って列車に乗り込む人が多い。

ロカルノ行きは、電気機関車を先頭に、客車が実に11輌も繋がった堂々たる編成で、10番線に停車している。乗客は少なく、車輌によっては1〜2人しか乗っていない。これなら座席選びも選りどりみどり。定刻に発車。

 重厚な超大編成の列車が並ぶバーゼル駅  最初の停車駅オルテンで明るくなってきた

最初の停車駅オルテン(Olten)までは、本数の多い区間を行く。オルテンあたりでだいぶ夜が明けてきた。天気は今一つのようだ。しかし停車駅で窓を開けてみても、そんなに寒くはない。乗客が少ないからこそ冬の旅でもこんなことができる。しかし日本に比べるとこちらの人は寒さに強いのも事実。

それにしても、かつての日本の長距離急行を彷彿とさせる素晴らしい列車だ。客車、超大編成、ガラガラ。先行き大丈夫かとは思うが、何はともあれ楽しい旅である。

快調に走って、ルツェルン(Luzern)に着く。ここは行き止まりのターミナル駅。駅を降りればすぐルツェルン湖があり、絵葉書のようなスイスらしい都市風景が眺められる。方向転換のため13分も停車するので、急いで駅を出れば湖ぐらい眺めてこられるが、実はつい最近も来たばかりだし、天気も今一つなので、車内にとどまる。数少ない客のほとんどは降りてしまう。用務客が多いようだ。代わって観光客っぽい人も含めて乗ってくるが、多くはない。それでも私のいた近くにはおばさんの4人組がボックスシートに固まって座った。座るや否や、元気におしゃべりを始める。おばさん軍団は世界共通だ。

方向を変えて定刻に動き出し、ルツェルン湖の北岸を行く。このあたりは人家もそこそこ多い。大都市ではないが、一応の都市圏なのだと思わせる。それでも日本の大都市近郊に比べれば断然ゆとりのある、自然に囲まれた都市圏である。

 行き止まり型終着駅のルツェルンで方向転換  チューリヒ発の特急と接続を取るアルト・ゴルダウ

次に停まるのは、アルト・ゴルダウ(Alth-Goldau)という、あまり聞き慣れない町である。町は大きくないが、チューリッヒからの路線が合流する鉄道の要衝だ。合流するだけではなく、ここでチューリッヒ発の特急と相互接続を取る。そのためまた8分もの停車時間がある。チューリッヒからの特急は、後から反対ホームに入ってきて、先に発車していく。この列車より前を、山岳区間はノンストップで走り、ルガノないしミラノを目指す。チューリッヒとミラノを結ぶ都市間特急である。それを補完して途中の小駅にも停まりながら行くのがこちらの列車である。あちらもかなりの超大編成で、やはり空いていた。日や時間帯によってはお客も多いのであろうが、こんなに空いている長大編成の列車を2本も続行させて、人家も少ない山岳地帯を延々と走らせるとは、すごいような無駄なような気がする。ふと、上越新幹線開通前の上越線で、「特急とき」と「急行佐渡」が続行運転するようなことはあったかな、と古い時代を思ってしまった。

ここから線路は南へ向かい、ゴッタルド峠(Gotthard Pass)へ向けて徐々に登っていく。峠の手前に1つ、峠の先に4つ、計5つものループがある。日本では見られない、複線電化のループ線である。

 新トンネルの入口になる駅エルストフェルト  雪深いゲシェネンで降りた家族連れ

最初は全く雪がなかったが、登るに連れてどんどん雪深くなってくる。そして雪が降り始めた。風景も寂しくなっていくが、全くの僻地でもなく、駅があり、町があり、そしていずこも同じだが、目障りな高速道路がしばしば視界に入る。山岳地帯ではあるが、古くからの主要な交通路なのである。

ゴッタルド峠の手前最後の駅、ゲシェネン(Göschenen)に着く。出るとすぐにトンネルという駅だ。ホームはかなり雪深いし、雪も強く舞っていて、一面真っ白だ。屋根のないホーム先頭から家族連れが降りた。子供が嬉しそうにホームを走って出口へ向かっている。

ゲシェネンから次のアイロロ(Airolo)までは16キロ。ここでゴッタルド峠を15キロの長いトンネルで抜ける。ゴッタルド峠は、オランダで北海に注ぐライン川水系と、イタリア北東部でアドリア海に注ぐポー川水系との分水嶺である。ヨーロッパ大陸の南北の分け目と言っていいだろう。

このゴッタルド鉄道トンネルは、多数の犠牲者を出した難工事の末、1888年に開通した古いトンネルである。その後、道路トンネルも開通し、そして今、鉄道新線の長大トンネルが掘削中で、数年後には開通する。これが開通すると、チューリッヒとミラノの所要時間が1時間も短縮されるそうだ。その時は特急はそちらを通るのであろう。その代償として、この雄大な眺望は失われるが、旧線も残るに違いない。この列車は変わらずにこんな感じで走り続けそうな気がする。

 ゴッタルド峠を越えたアイロロも深い雪の中  ファイドでは雪も浅くなってきた

峠を越えても天候は変わらず、トンネルを出た最初の駅、アイロロも、相変わらずの深い雪の中であった。

アイロロから次のファイド(Faido)までは、20キロもあり、ループが2つある。ファイドまで来ると、雪は止み、ホームや沿線の積雪もだいぶ少なくなった。

ファイドと次のビアスカ(Biasca)の間にも、2つのループがある。これらどのループも、気をつけていれば、上から下の線路を眺めることができる。その一つでは、ちょうど下から登ってくる反対列車が見えた。数分後、いや1分程度だったかもしれないが、その列車とすれ違う。

 ファイドの先でループ線の上から下を走る列車を発見  ビアスカまで来ると路上に雪はない

駅の裏に滝が落ちているビアスカまで来ると、路面の雪はなくなった。しかしまだ山峡の雰囲気が強い。乗客は、というと、途中の各駅で少数の乗降客があったが、全体としては増えも減りもしない。何しろ11輌もの長い編成なので、平均すれば、各駅とも1輌あたり平均1人乗降するかどうか、程度なのであろう。しかし私の車輌の賑やかな4人連れのおばさんだけは、いつまでも降りず、しゃべり続けている。

次がベリンツォーナ(Bellinzona)で、これまでの山中に比べればそこそこの町である。ここでまっすぐルガノ、ミラノ方面へ南下する本線と分かれ、この列車はロカルノへと向かう。ベリンツォーナ〜ロカルノ間は、スイス国鉄として見れば支線であって、盲腸区間である。しかし平地に降りてきたので、途中区間も人家などが目立つようになり、むしろ都会に近づいた感じになってくる。

ロカルノ Locarno


列車は終着ロカルノにピッタリ定刻12時13分に到着した。しゃべり続けていたおばさんたちも、ここまでの客であった。ガラガラだと思っていたが、11輌もつないでいるだけあって、合わせればそれなりの人がホームに降り立った。

 ロカルノに到着した列車  スイス国鉄のロカルノ駅舎

この駅は、スイス国鉄としては盲腸線の終着駅だが、これから乗るチェントヴァリという狭軌の私鉄の始発駅でもある。そのため、鉄道路線図だけを見れば、一本の路線の途中駅のような印象を与える。

 寒々しさを感じるマッジョーレ湖畔

ロカルノは、スイスらしい高級感のある湖畔のリゾート都市である。アルプスの山々に囲まれたマッジョーレ湖が、いくばくかの平地を作っている所に開けた、人口1万5千人ほどの町である。湖畔にはいかにも高そうなホテルが並び、裕福そうな老夫婦などが湖畔を散策している。今は閑散期だが、夏は賑わうだろう。国際会議などもしばしば開かれるので、詳しく知らなくても聞いたことのある人も多いだろう。

この地域は、スイスの中では少数派である、イタリア語圏に属する。スイスの人口のうち、イタリア語が第一言語の人は8%程度だそうだ。そして、チェントヴァリは、国境を越えてイタリアへとつながっているので、この私鉄は国境を超える国際ローカル私鉄でありながら、走る区間は単一言語圏、という、ややこしくも興味深いことになっている。

ローカル私鉄に車内販売などないので、発車時刻が近づいた頃、お店でサンドイッチとコーヒーを買う。旅行者風の東洋人にイタリア語は通じないと思っているのか、店員の言語はフランス語であった。

 山と湖に囲まれたロカルノの街  オフシーズンだが人はそこそこ歩いている

スイス国鉄のロカルノ駅は、行き止まり式の地上駅だが、チェントヴァリの駅は地下にある。地形的な理由でもなさそうだし、何故わざわざ地下に持っていったのだろう。それこそマッチ箱のような軽便鉄道を地下化したところで、環境問題の改善にはさして効果がないと思われる。むしろこういう簡便な鉄道こそ、地上の地平を走っていてこそ、より利用しやすいと思うのだが。

実際、この地下駅は、入口も目立たないし、地下ホームもどことなく寒々しい。こんな魅惑の山岳鉄道が、こんな所から発車しなければならないのか、と思ってしまう。これは実は反対側のドモドッソラも同様なのである。この私鉄は、起終点付近を地下化したことで、何となく損しているような気がしてならない。特にイタリア国鉄の幹線の途中駅であるドモドッソラは、通過客も多い。車窓から軽便鉄道が見えれば、いつかあれに乗って旅してみよう、と思う人もいるだろう。それが地下に隠れてしまっていることで、宣伝機会を逃しているような気がしてならない。

 国鉄駅の裏手にあるチェントヴァリ鉄道の入口  地下のちょっと寒々しいチェントヴァリのホーム

ここロカルノの地下ホームで発車を待っている客は、数名しかいない。いくら1月のオフシーズンとはいえ、日曜だし、もう少し客がいても良さそうに思われる。これでは大赤字だろう。空いているのは嬉しいが、空きすぎていて先行きが心配になってしまう。

乗るのは12時47分発のドモドッソラ行きで、主要駅のみ停車の快速列車である。そして窓の大きいパノラマカーを使った車輌である。観光客に景色をたっぷり楽しんでもらえるように作ったのだろうが、残念ながら、窓が開かない。私としては、旧型の窓の開く車輌の方が好きだ。しかも追加のパノラマ料金がかかる。料金は安いのでいいとしても、鈍足のローカル山岳鉄道で、窓が開かないというのは、残念な気がする。今は冬の寒い季節だが、春から秋にかけて、山の空気が車内にたっぷり入ってくる方がいいのではないだろうか。

4輌編成の2輌目に乗り込む。この車輌の客は私一人である。空きすぎだが、左右とも自由に席を移動して景色を存分に楽しめるのは嬉しい。

ロカルノ〜レ Locarno - Re


発車すると間もなく車掌が検札に回って来る。切符を見せると何やら追加料金のことをイタリア語で言う。前回も経験済みでわかっているので、英語で値段を聞くと、英語で、2スイスフランまたは1.5ユーロだと答えてくれる。欧州経済危機以来、スイスフランが高くなり、ユーロが下落したので、ユーロで払った方が得だから、そうする。乗車記念証を兼ねたような切符をくれた。

地下の駅を2つほど通過すると、地上に出る。するとたちまち右へ左へとカーヴを繰り返しながら急勾配を登りはじめる。スイスの狭軌鉄道なら珍しくないが、この感触は何度乗っても楽しい。通過する各駅の周辺にはささやかな住宅地があり、この鉄道が観光用だけではなく、地元の人の足にもなっていることを改めて感じる。


Michelin Tourist and Motering Atlas Germany, Benelux,
Austria, Switzerland, Czech Republic 2012 より引用

2つ目の停車駅が、イントラーニャ(Intragna)。ここまで18分かかっている。ここまでの区間運転の各駅停車が何本もあるところをみると、このあたりまでがロカルノ郊外の住宅地なのであろう。実際、イントラーニャを出ると人家も減り、山が険しくなっていく。

 最初の停車駅ポンテ・ブローラ  イントラーニャの手前で川を渡る

列車は急勾配を右へ左へとカーヴを描きながら登っていく。ほぼ並行する道路があり、時折車が通るが、交通量は少ない。冬の日曜午後だから人の動きが少ない時間帯なのかもしれないが、そもそも沿線人口自体が少なく、日常流動は極めて細いと思われる。ダムがあり、ダム湖ができている。結氷してはいないが、氷片がいくつも浮いている。

 氷片が浮かぶダム湖  国境駅カメドは静かな無人駅

カメド(Camedo)に着く。ここはスイス側の国境駅である。スイスは、あくまでEUに加盟しない永世中立国であるが、それでいてついにシェンゲン協定には加盟した。よって今は出入国審査はないが、かつてはこの駅には、出入国審査官が詰めていたに違いない。今は無人の小駅で、人家もまばらの寂しい所にポツンと存在する駅である。スイス側のローカル列車はここで折り返す。ここからレ(Re)までの国境区間は、この列車のような「国際快速列車」だけが走る。

 後方に道路のイタリア入国ゲートが見える

カメドを出てもまだ登り勾配は続く。やがて小さな橋を渡る。これがスイスとイタリアの国境である。右手に道路も並行しており、そちら側には出入国管理所がチラリと見え、イタリア国旗がたなびいている。今は入国審査所は使われていないようで、ひっそりしている。それでも何やら工事をしている。こちらは橋を渡ってすぐ、イタリア側の最初の駅リベラスカ(Ribellasca)を通過する。かつてはイタリア側の国境駅として機能していたのもしれないが、何もない単線の小駅であった。

その先、列車はゆっくりと人家もない所を進んでゆく。一番の閑散区間で、各駅停車がないので、朝夕の一部だけ全線走破の快速列車が停車するが、昼間はほとんどの列車が通過する。特に、イセラ・オルジア(Isella-Olgia)という駅は、利用者がいなくなってしまったのか、時刻表には載っているが、全ての列車が通過している。



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