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ロカルノ〜ドモドッソラ 目次


目次 (1) バーゼル起点のスイス一周ルート
バーゼル〜ロカルノ Basel - Locarno
ロカルノ Locarno
ロカルノ〜レ Locarno - Re
(2) レ〜ドモドッソラ Re - Domodossola
ドモドッソラ Domodossola
ドモドッソラ〜ブリーク Domodossolar - Brig
ブリーク〜トゥーン Brig - Thun
トゥーン〜バーゼル Thun - Basel

レ〜ドモドッソラ Re - Domodossola


そんな山間部をしばらく行くと、ちょっと一服、という感じで狭い平地が開ける。そこが、レである。面白い駅名で、一度聞いたら忘れられない。


この駅は、イタリア側のローカル列車の折り返し駅であり、運転上の要衝でもある。カメドと違って駅員もいる。しかし周囲は車窓から見る限り、町らしい町もない。点在する人家が、カメドより若干多いかな、という程度である。

レは、距離的にもこの路線のちょうど中間地点になる。こことドモドッソラの間には、イタリア内だけのローカル列車がある程度運転されており、全線を走る快速列車を補完している。そのため、レを出た所にはイタリア側の小さな車輌基地もある。

 駅名標はなく駅舎に直接駅名が書いてある  レはイタリア側の小さな車輌基地がある

レでは3分ぐらい停車した。駅名標があれば写真を撮りたかったが、駅舎に直接、RE と太字で書いてあるだけで、ホームに駅名標は見当たらなかった。その間、運転手と車掌と駅員が、何やら話をしていた。談笑というほどなごやかなものでもなく、車輌か線路に何か小さなトラブルがあったのかもしれない。

国境も越えたし、中間地点も越えたので、何となくここからは下っていくような気がするが、線路はこの先もまだまだ山を登るのである。それでも雰囲気としてはこれまでより少し開けた感じがする。カメドからレの間は、人家もほとんどなかったが、レを過ぎると線路沿いに時おり小さな集落がある。また、谷を隔てて向かい側の山の斜面にまとまった集落が見えることもある。

ここでこの鉄道の歴史と現況を簡単に述べてみたい。このチェントヴァリの谷に鉄道を敷設する計画は、19世紀の末に具体的な計画としてあがり、1913年に建設が始まった。しかし第一次大戦で工事が中断し、開通したのは1923年だということである。

全線単線電化の52キロの狭軌(1メートルゲージ)路線で、83の橋と34のトンネルがある。標高は右の時刻表に示した各駅の標高の通りで、マッジョーレ湖畔のロカルノが一番低い200メートル、最高はサンタ・マリア・マッジョーレ(Santa Maria Maggiore)の800メートルである。単純計算すると、平均勾配は、ロカルノ側が18.2‰、ドモドッソラ側の方がきつく、27‰ということになる。最急勾配は60‰、最急曲線は半径60メートルと、もらったパンフレットにある。

最近の輸送量は年間120万人前後ということである。 国境をまたぐため、会社もそれぞれの国に分かれており、慣れないとややこしい。観光客は、全区間を走るこの快速列車ぐらいしか乗らないだろうが、小駅に停まる区間列車を利用するには、それぞれの時刻表を別に参照しなければならない。

スイス側は、ロカルノに本社を置く、正式名Società per le Ferrovie Autolinee Regionali Ticinesi、略称 FART社による運行で、この会社はロカルノ地区のバスや、山間部のケーブルカーなども運行している。通称チェントヴァリ社として知られ、ウェブサイトは www.centovalli.ch である。ロカルノの駅で時刻表をもらうと、この会社が発行している時刻表をくれるので、ドモドッソラまでの直通快速列車と、ロカルノ〜イントラーニャ・カメドまでの各停の区間列車は掲載されているが、レ〜ドモドッソラの区間列車は掲載されていない。

 谷の向こうの斜面に比較的大きな集落が見える

イタリア側は、ドモドッソラに本社を置く Società Subalpina Imprese Ferroviarie、略称SSIF社による運行である。ウェブサイトは www.vigezzina.com である。イタリア側の駅でもらう時刻表には、ロカルノへの直通快速列車と、ドモドッソラ〜レの各停の区間列車が掲載されているが、スイス国内の区間列車は載っていない。

だから、両方の国で途中下車をしたり行ったり来たりして沿線を堪能するなら、事前に2つの会社のサイトにアクセスして、それぞれの時刻表をダウンロードしておく必要があるというわけだ。私は当初、ロカルノでもらった時刻表だけを見て乗っていたので、イタリア側の小駅はほとんど列車が停まらなくなったのかと思ってしまった。

サンタ・マリア・マッジョーレに着く。沿線で一番標高が高いサミットの駅であり、まとまった集落でもある。ここで地元の人と思われる乗客が何人か乗ってきた。ここまで高い所へあがってきても、路面に雪はない。名前にはマッジョーレが入るが、マッジョーレ湖とはすっかり離れている。

 サンタ・マリア・マッジョーレは立派な駅舎の有人駅  駅前は小さいながら町という感じ

ここを出ると、列車はちょこっと走って、一回り小さな集落のドゥルオーニョ(Druogno)という駅に停まる。そして、ここから終着ドモドッソラまではノンストップとなる。距離で言うとまだ3割残っているので、これまでに比べると長いノンストップ区間である。しかし速度はこれまでにもまして遅い。急勾配を下るためであろう。

 ドゥルオーニョ付近の牧歌的な風景  通過駅のガニョーネ・オルチェスコで列車交換

ドゥルオーニョの次のガニョーネ・オルチェスコ(Gagnone Orcesco)という駅は交換駅で、ここで反対列車が停車しており、こちらはゆっくりと通過する。それを列車の最後尾で眺めてみたが、幅の狭い、申し訳程度のホームがある、鉄道模型のような駅であった。

 向こうの山裾に大きな集落が見えるコイモ付近  険しい山の上に家がちょこっとだけ固まってある

その次に通過するコイモ(Coimo)という駅は、レからの区間列車もほとんど停まらない。どんな駅かと思っていると、人家もない山の中にひっそりと存在していた。ハイキングの人ぐらいしか利用しない駅かもしれない。対照的に谷の向こうの斜面には大きな集落がある。しかし、あそこの集落から駅へは、谷を下りて、また山道を登らなければいけない。昔はそうやってでも利用する人がいたのが、車社会になって利用されなくなってしまったのであろう。そうかと思えば、険しい山の上の高い所にポツンと家があったりもして、変化に富んだ山村風景は見飽きない。

 平野に下りてきた感じのクレッジオ付近

トロンターノ(Trontano)という駅を通過する。ここから線路はヘアピンカーヴの続く急勾配を下る。左へ右へと景色を目まぐるしく変えながら谷を下るのだ。次のクレッジオ(Creggio)を過ぎると、前方に平野が開けてきた。遠く町も見える。ドモドッソラであろう。ドモドッソラとて平野ではなく、アルプスの麓の盆地なのだが、これまで通ってきた山から下りると、平野のように見える。それでもまだ勾配がきついのか、列車はまっすぐと町へ向かわず、ぐるりと北へ大回りをしてドモドッソラへ向かう。速度は遅い。車ならあっという間に着きそうな距離を、ゆっくりと走る。観光客には問題ないだろうが、地元の人にいつまでも利用してもらうには、所要時間の面で厳しそうだなと思う。最後の通過駅、マセラ(Masera)を過ぎ、次のドモドッソラまでは、この鉄道で最長駅間距離の4キロある。左窓に、今通ってきた山の中腹の、見覚えのある家が見える。あのあたりを下りてきたとわかる眺めである。

そしてドモドッソラが近づき、線路際にも家が見えてきて、町に入ったなと思ったら、ここでも地下に入ってしまうのである。そしてロカルノ同様、地下駅の終着駅、ドモドッソラに着いた。乗っていたのは10人ちょっとであろうか。始終空いていたが、きっと観光シーズンは混むのであろう。

ドモドッソラ Domodossola


ドモドッソラは、イタリア北西部のスイス国境に近い町で、イタリア国鉄の主要駅である。スイスの首都ベルンとイタリアのミラノを結ぶ国際幹線の途中に位置し、イタリア側の実質的な国境駅でもある。

 ロカルノ同様に地下ホームへ到着  国鉄の一番線は重厚な雰囲気

その国鉄駅の地下に、乗ってきたチェントバリ鉄道の駅がある。ロカルノよりは国鉄との乗り換えの距離は近くて便利にできていて、地下から直接、国鉄のホームへ上がることができる。

天気も良くなってきて、ちょっと歩いてみたいような町だが、接続良く、12分待ちで始発のIC特急がある。その後のスケジュールも考えると、何としてもこの列車に乗らねばならないが、私は急いで駅前に出てみた。イタリアの田舎らしい古くて渋い街並みで、ホテルやバー、レストランなどが並んでいて、一応観光地でもあることがわかる。閑散期の日曜の午後だからであろうが、実にのんびりしており、私のようにあくせくと歩きまわっている人など誰もいない。

 重厚な歴史を感じる国鉄の駅舎  古くて渋いドモドッソラ駅前の街並み

イタリアというと、反射的に華やかで洒落た所を想像する人もいるかもしれないが、もとよりどこでもそういうわけではない。ましてや垢抜けたリゾート地、スイスのロカルノからやってきてみると、ここは渋く地味な印象が先に立つ。シンプロン・トンネルを控えた国境の鉄道の町として栄えたからか、駅周辺に市街地がコンパクトにまとまっているようである。チェントヴァリの谷を走ってたどりついたから、それなりの町に見えるが、もしローマからフィレンツェを経てミラノ経由でここまで来れば、ついにイタリアの最果ての町まで来たと感じるであろう。

歴史的な見どころはさほど多くなさそうだが、駅周辺を見る限り、観光・サービス業にかなり依存しているのではと思われた。後で調べてみると、周辺にダムや水力発電所が多くあり、また石切りなどの産業もあるそうである。

ドモドッソラ〜ブリーク Domodossola - Brig


ドモドッソラ始発のIC特急バーゼル行きは、機関車に客車9輌の編成で、3番線から発車する。スイス国鉄の車輌で、実際、大部分スイス国内を走る列車が、ちょっとだけイタリアに出張してきたという感じだ。始発だから空いていて、私は階段に近い真ん中あたりの6輌目に乗ったが、それでもボックスの半分は空であった。最前部や最後尾はもっとガラガラに違いない。

 3番線に停車中の始発IC特急

これにこのまま乗っていれば、終点バーゼルまでは2時間41分。IC特急とはいえ昔ながらの雰囲気の良い客車列車なので、座ってしまうと動きたくなくなってくるが、私は次のブリークで降りて旧線に乗り換える。ブリークまでは一駅28分である。

しばらく盆地を走るが、ほどなく山に入り、小さなトンネルが連続する。その間にループもある。今日6つ目のループ通過である。そして、10分あまりでイタリア側最後の駅、イゼーレ(Iselle)を通過する。特急の停車しない小駅だが、構内は広く、かつてはもっと賑わったのではと思われる。

ここイゼーレと次のブリークの間は、ほぼずっとトンネルである。これがシンプロン・トンネルで、かつて76年間もの長きに渡り、世界一長いトンネルとして知られていた。私が子供の頃の鉄道豆辞典にも、日本一が北陸トンネルで世界一がシンプロン・トンネルだと書かれていた。だから小学生の頃から名前だけは知っていた。より先輩世代の鉄道紀行作家、故・宮脇俊三氏にとっても同様だったようで、ここを初めて通った時は感慨を覚えたと書いていた。今はヨーロッパにも、英仏海峡トンネルは別格としても、これよりも長い山岳トンネルがいくつかできて、長さでは目立たなくなってしまったが、歴史的価値という意味では欧州一の主要トンネルなのではないかと思う。ちなみに、シンプロン・トンネルが世界一の座から落ちたのは、1982年、上越新幹線の大清水トンネル開通によってであった。

もっともトンネルというのは入ってしまえば景色も見えず、長ければ長いほど、退屈な時間が長いだけではある。実際、シンプロン峠は道路で越えると雄大な景観を眺められる名所の一つらしい。鉄道はトンネルばかりでつまらない、というのが普通の観光旅行者の感覚であろう。私も、ああここがシンプロン・トンネルだという意識を持って乗っていなければ、これといった印象も残らずに通り過ぎていたであろう。

トンネルを出ると、もうそこはブリークの構内である。

 鉄道の要衝ブリークに到着  堂々たる国鉄のブリーク駅舎

峠の南は晴れていたのに、ブリークはみぞれが舞っていた。路面にも雪が残っていて、峠の南北の気候の違いを実感する。

乗ってきた列車は、降りる人の何倍もの乗車があり、それなりの乗車率となったようである。そのまま乗っていれば、2007年に開通した、現時点で最長の陸上トンネル、34.6キロのレッチュベルク・ベース・トンネル(Lötschberg Base Tunnel)を抜け、僅か30分あまりでスピーツへ着いてしまう。実は私はうかつにも、2007年の暮れに、それを知らずに古い地図や時刻表を持ってベルンからブリークへの新線経由の列車に乗り、驚いたものであった。よって旧線の方が未乗車なので、今回は計画段階から、ここの旧線を通ることに重きを置いていた。

ブリークは、ドモドッソラと似たような規模か、ちょっと大きいかぐらいの町で、駅周辺の雰囲気もどことなく似ている感じがする。峠を挟んで国が違い、言葉も気候も違うはずなのに、トンネルができて100年もの交流を経ると似てくるのだろうか。ドモドッソラよりも一層、鉄道の要衝として重要であり、駅前にはまるで路面電車のようなもう一つの狭軌私鉄、マッターホルン・ゴッタルド鉄道の駅がある。

 国鉄駅前にあるマッターホルン鉄道の駅  駅前の街並み

旧線経由は1時間に1本で、今回のブリークでの乗り継ぎ時間は20分である。日が短い季節なので、これに乗り遅れると、次の列車では峠の手前で日が暮れてしまう。何としてもこの列車に乗らなければならない。駅付近の観察もそこそこに、ホームへ戻る。

ブリーク〜トゥーン Brig - Thun


ブリーク15時36分発の、旧線経由ベルン行きは、8輌編成で、4輌固定編成の電車を2編成つないでいる。この旧線経由は新トンネル開通後、優等列車が廃止され、運行会社が別会社化されたが、それと引き換えなのかどうか、新型の綺麗な電車であった。やはりガラガラである。

 旧線経由ベルン行きは新しい綺麗な電車

今回の列車はどれもガラ空きで、好きな座席を選べるし、なかなか良い。冬のヨーロッパ旅行は、日も短く天気も悪いので敬遠する人もいるが、悪いことばかりではない。雪景色も綺麗だ。夏だとこうはいかないだろう。

ブリークからスピーツまで、この電車は途中9駅に停車して、74キロを68分で走る。元幹線で線形が良いからか、なかなかの俊足である。しかし、さきほどの新線経由のIC特急は、途中1駅だけ停車して、64キロを33分で走り抜けてしまう。日本の新幹線と在来線ほどの差はないが、線路の幅が同じで、お互いに乗り入れができるのは利点であろう。

さて、旧線は、フィスプ(Visp)、シオン(Sion)を経てローザンヌ(Lausanne)方面へ西へと向かう線と分かれ、早速勾配を上り始めた。2分も走ると下界を見下ろす高台になる。2つ目の駅、エッガーベルク(Eggerberg)は、真下にフィスプの町と駅を見下ろすことができた。トンネルの新線は、フィスプまではシオン方面への昔からある線を走り、フィスプから北西へと向きを変えて一気に世界最長トンネルに入ってしまうので、こちらのように高いところまで上がってこないわけである。

 フィスプの町を見下ろすエッガーベルク  乗降客はほとんどいないアウサーベルク

下界に見えるフィスプなどの町は結構大きく、栄えている感じがする。対するこちらの高い所は人家も少なく、各駅とも乗降客は非常に少ない。谷を見下ろせる景色は、実に20キロも先のホーテン(Hohtenn)まで続くのであった。素晴らしい眺望で、比較するべきものではないとは思うが、篠ノ井線の姨捨をはるかに上回ると思う。

 ホーテン手前から下の谷を見下ろす  ホーテンの寂しいホーム

ホーテンまでの途中4駅は、どの駅もホームからの眺めがいい。時間と体力があれば、どこかで降りて、下の町まで歩いてみたい、次回は是非そうしよう、そう思わせる、素晴らしい眺望であった。

ホーテンを出ると、線路は一気に90度右へ曲がり、北へと進路を取る。これで下界の眺望ともお別れである。にわかに山間部らしい路線となる。次のゴッペンシュタイン(Goppenstein)が、峠の手前の駅で、峠を越える区間だけ車を乗せるための専用列車が走っている。ここからカンデルシュテック(Kandersteg)までの間がレッチュベルク・トンネルで、全長14.6キロ。新線のレッチュベルク・ベース・トンネルは、標高にしてここより400メートルも下を走っているという。

 トンネルの手前にあるゴッペンシュタイン駅  トンネルを抜けたカンデルシュテック駅

トンネルを出てしばらく走り、カンデルシュテックに停まる頃には、だいぶ薄暗くなってきた。このあたりはひときわ雪深い。ここでスキーやレジャー帰りの客がどっと乗ってきて一気に賑やかになった。そこからは一方的な下り勾配なのであろう。段々と雪が浅くなり、フルティゲン(Frutigen)まで来ると、雪もだいぶ少なくなった。

 ホームが新しいフルティゲン駅で反対列車が停車中

フルティゲンは、トンネル新線の合流地点で、その関係で大規模な工事があったのであろう。駅が新しく、都会的な高いホームがある。ちょうど反対側に、ブリーク行きの旧線経由の列車が停まっていた。こちらの列車は観光客が多いが、あちらは地元の利用客が多いようであった。日曜だが、首都ベルン方面に遊びや用事で出かけた人たちが多いのだろう。平日なら通勤客もいるだろう。

この先は、これまでに比べると平坦な風景となり、あと2つほど駅に停まると、インターラーケンからの路線が合流するスピーツである。スピーツは降車客が多く、少し空いた。この列車のすぐ後に、インターラーケンからのIC特急バーゼル行きが来る。スピーツ、トゥーン、ベルンの3駅はどちらの列車も停車するので、どこで乗り換えても良い。

こちらがスピーツを発車したところで、向こうのホームにインターラーケンからのドイツ国鉄の車輌を使った特急が入ってきた。ガラガラである。こちらの列車で終点ベルンまで行って乗り換えても良いが、私はトゥーンで乗り換えることにした。ベルンからでも混むとは思えないが、トゥーンからの方が好きな席を選べそうだし、トゥーンはまだ乗降したことのない駅である。(スピーツとベルンは過去に乗降したことがある。)

トゥーン〜バーゼル Thun - Basel


これまで通ってきた所に比べれば都会っぽくなったが、薄暮のトゥーンのホームは、これはこれで絵になった。乗り換え時間は4分しかないので、駅前へ出るわけにはいかない。ホームの写真を撮りながら、待つほどでもなく、さっきスピーツで見た列車が入ってきた。

 トゥーンでブリークからの列車を降りる  ドイツ国鉄ICE用車輌を使ったスイスのIC特急

この列車はスイス国内だけを走るのに、ドイツ国鉄DBの車輌を使っている。ドイツ版の新幹線ICE用の車輌だが、この列車はICEではなく、ICとしての運行である。前後に機関車となる動力車を持ち、中間12輌が客車という長い編成である。車内は普通の四人掛け座席とコンパートメントが混在しており、ガラガラなので好きな方を選ぶことができる。今さらながら、快適なドイツの車輌に感謝。日もほぼ暮れ、今日の旅は終わったも同然。旅の最後をこういう快適な車輌でくつろげるのは、これはこれで有難い。私はコンパートメント席を選んだ。

 すっかり夜の更けたバーゼルに定刻に到着

列車の方向が変わる首都ベルンでも僅かしか乗ってこず、ガラガラのまま、日の落ちたスイス北部をひた走る。今朝、実質的な夜明けを迎えたオルテンが、ベルンの先、唯一の停車駅である。これでスイスを一周して戻ってきたことになる。最後の一駅、オルテン〜バーゼルは、行きと同じ区間だ。

そして18時29分、定刻にバーゼルに着いた。フランスとドイツとの三国国境にある要衝である。それを象徴するかの如く、ホームの向かい側にはフランスのTGVが停まっていた。

今日は乗ってばかりであまり歩いてもいないし、どの列車も快適だったので、全く疲れを覚えない。実に満足度の高い「乗り鉄」旅行であった。



欧州ローカル列車の旅:ロカルノ〜ドモドッソラ *完* 訪問日:2012年1月8日(日)


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