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サンモリッツ~ツェルマット 目次


目次 (1) 氷河急行 Glacier Express
サンモリッツ St. Moritz
サンモリッツ~クール St. Moritz - Chur
クール~ディゼンティス/ムステル Chur - Disentis/Mustér
(2) ディゼンティス/ムステル~アンデルマット Disentis/Mustér - Andermatt
アンデルマット~フィスプ Andermatt - Visp
フィスプ~ツェルマット Visp - Zermatt
ツェルマット Zermatt

氷河急行 Glacier Express


 自分なりに欧州の鉄道にはずいぶん乗ったと思っているし、これだけ色々な路線に乗った日本人はそんなにはいないだろう。もちろん、上には上がいるだろうし、欧州在住の日本人も大勢いて、ある特定の地域についてはずっと詳しい人も多いと思う。自分がローカル線の旅として乗った区間を、通勤で通っている日本人だっているに違いない。そんな人から見れば私の記述も笑止千万かもしれないが、それを言っていては何も書けなくなるので、何とか広く浅く、欧州鉄道旅行の中級者ぐらいの方を中心に広く読んでいただければ、なんて勝手なことを思っている。

 今回取り上げる所は、そういう意味で、詳しい人が大勢いる筈なので、いつもより筆が重い。統計によると、一日平均百名以上の日本人が乗るそうなのだ。大手旅行社もツアーで扱っているし、観光ガイドブックにも必ず紹介されている、世界的に有名な絶景路線である。

 スイスを代表する山岳鉄道を走る「氷河急行」と訳される観光列車がある。現地語では、グレーシャー・エクスプレス(Glacier Express)。Glacierは、英語とフランス語で同じスペルの、氷河という意味の普通名詞である。走る区間はほぼドイツ語圏であるが、英語のGlacierが公式名称として定着しているし、運行会社の社名も同様である。氷河はドイツ語では、Gletscherだが、ドイツ語で検索しても、この単語では出てこない。世界一遅い急行などと、半ば揶揄されつつも、スピードは問題ではなく、一日中景色を楽しめて、車内で飲食もできる豪華列車のように紹介されている。もちろん日本人のために走らせているわけではなく、世界中から観光客が乗りに来る列車ではあるが、そういう所はここだけではない。その中にあって、ここは日本人比率が高いのだそうだ。


 今回、訪問前に色々な検索ワードで調べていて気になったことがある。旅行会社や観光ガイドのサイトから個人の旅行記まで、沢山ヒットするのだが、あたかも鉄道自体が氷河急行という観光列車のためにあって、「それ以外に地元の人向けの普通列車も走っている」と、どちらがメインなのか誤解を生みそうな記述が一つならずあったからである。

 氷河急行が走る山岳鉄道は、私も一部区間しか乗ったことがなく、大半が未乗車である。それでも、この記述にはさすがに最初から騙されなかった。いや、もし本当に普通列車がごくわずかな本数しか走っていなければ、それはそれで「欧州ローカル列車の旅」が追いかけたい列車なのだが、現実は違う。

 スイスには標準軌のスイス国鉄の他、メーターゲージの地方鉄道が私鉄としていくつも存在する。その多くは山岳鉄道である。中には観光用に特化した保存鉄道みたいなものもあるが、スイスの場合はほとんどが、比重は別として、観光客のためだけでなく、地元住民のローカル輸送も担っている。人間を運ぶだけでなく、貨物列車も走らせている所も少なくない。日本ではとっくの昔に絶滅した貨客の混合列車すら走っている。

 氷河急行は、2つの狭軌私鉄にまたがって走る観光列車で、サンモリッツ(St. Moritz)とツェルマット(Zermatt)というスイスを代表する2つの山岳リゾート地の間を一日かけて横断する。運行本数は冬期で1日2往復、夏期は少し増える。どちらの狭軌鉄道も、それ以外に少なくとも日中毎時1本、区間によってはそれ以上の普通列車を走らせており、地元の一般旅客を運んでいる。普通列車にも観光客が乗り合わせることはもちろんあるし、タイミングによっては観光客の方がずっと多いこともある。しかし、基本はあくまで地域の生活インフラなのである。それだけに、氷河急行を売りたい業者の宣伝とはいえ、それがメインでついでに地元の人のローカル列車を走らせている、と誤解を生むような表現には、正直、反感すら感じてしまう。

 といった不満はともかく、私は今回、意図的に、氷河急行には乗らず、氷河急行が走る区間全線を忠実に普通列車で走破することにした。さしずめ「氷河鈍行の旅」である。

 氷河急行の時刻表は上の通りで、全区間を乗ればほぼ丸一日、8時間前後かかる。部分乗車もできるが、停車駅はかなり絞られていて、一区間を乗るだけでも1時間以上かかる。*印をつけた駅は、サンモリッツ発は乗車のみ、ツェルマット発は降車のみできる駅である。10分や20分を乗ってすぐ降りるような客がいては、雰囲気も変わってしまうので、落ち着いて乗ってもらうためにこうしているのだろう。せっかく乗るなら車内でゆっくり飲食をして良さを堪能して欲しい、つまりは飲食代にもお金を落として欲しい、という営業戦略もあるだろう。

 今回は、サンモリッツを起点に、ツェルマットまで乗ることにした。理由は、サンモリッツの方が、訪れるまでに乗る区間と氷河急行が走る区間の重複が僅かで、別ルートからたどりつけるからである。ツェルマットをスタートにすると、少なくともフィスプ(Visp)からツェルマットまでの1時間余り、同じ区間を乗ってツェルマットに行かなければならない。二度乗るのはむしろ良いことだが、やはり最初は新鮮な目で走破したい。

 サンモリッツからの前半区間の私鉄は、レーティッシュ鉄道(Rhätischen Bahn)。最大都市クールを中心に、スイス東部のかなりのエリアを網羅し、路線がいくつもある狭軌鉄道である。この鉄道には、2本の快速・普通列車を乗り継いでサンモリッツからディゼンティス/ムステル(Disentis/Mustér)まで乗る。


 後半は、マッターホルン・ゴッタルド鉄道(Matterhorn-Gotthard-Bahn)で、この鉄道は長い1本の線に、ちょこっと短い支線があるだけで、路線図は単純である。これに、ディゼンティス/ムステルからツェルマットまで、3本の列車を乗り継いで行く。


 この両鉄道の接点であるディゼンティス/ムステルというのは、修道院もある古い町ではあるが、人口も2千人程度で、分岐路線もなく、それほど有名な町ではない。ずいぶん半端な所が会社境界になっている印象を受ける。日本のJRなら、猪谷や南小谷といった感じだろうか。ディゼンティス/ムステルの前後を乗り通す人は多いと思うが、普通列車はディゼンティス/ムステルで必ず乗り換えを要する。直通で乗り続けられるのは氷河急行だけである。

 私は今回、2日に分けて乗ったが、普通列車でも1日で走破は可能である。つまり、普通列車も氷河急行もスピードは大して変わらない。例えば、サンモリッツを2本の氷河急行の間に出る普通に乗っても、終点ツェルマットに着くのは、2本目の列車の僅か3分後である。ブリーク(Brig)までは2本目の氷河急行より先着、普通列車はその先のフィスプで乗り換えとなり、乗り継ぎ時間が18分ある。その間にフィスプを2本目の氷河急行が通過する。普通列車はその氷河急行を追うように続行運転するのである。結局、氷河急行はスピードを売りにする必要がない列車ではあるが、現実的にも、単線区間に組まれている毎時1本の等時隔ダイヤに割り込む形でスジが入っているから、運転停車が多くなるのだと思う。

 1日での走破にこだわらなかった理由というか言い訳になるが、そうしようとすると、サンモリッツかツェルマットに1泊して朝出発しないといけない。どちらも名だたる富裕層向けの山岳リゾート観光地。物価や宿泊費が高いスイスの中でも、特に高い。

 そういった次第で、クリスマス明けとはいえ欧州の大半の人が休みである12月28日木曜日、違うルートを回って、朝11時、今回の旅の起点であるサンモリッツへとやってきた。

サンモリッツ St. Moritz


 サンモリッツは、スイスのドイツ語圏にある町で、ドイツ語読みではザンクト・モリッツとなる。しかし、日本語ではフランス語読みのサンモリッツとして完全に定着しているし、英語圏でも一般的にそう呼ばれるらしい。つい先日訪問したインスブルック(Innsbruck)を流れるイン川の最上流部であり、この町の少し南西に源流がある。町の標高は1800メートル前後で、その中では低地にある駅の標高は、1775メートル。人口は5千人弱。スイス有数の山岳保養都市の一つで、特に冬のスキー観光では長い歴史がある。

 サンモリッツ駅舎  サンモリッツ駅ホーム

 鉄道駅は、狭軌のレーティッシュ鉄道の3路線が乗り入れる、頭端式のターミナルで、全ての列車はここが始発または終着である。レーティッシュ鉄道には、イタリアのティラノ(Tirano)へ至るベルニナ急行というもう一つの著名な観光列車もあって、冬ダイヤだと、そちらもまたサンモリッツが始発で2往復の運転である。

 丘の上から眺めるサンモリッツ駅  雪に覆われた高級リゾート

 発車までしばしの時間、雪道で転ばないように気をつけながら、駅周辺の町を一回りしてみた。寒さは大したことがない。観光客は適度に来ているが、混雑というほとではなく、思ったより素朴という印象であった。ホテルやレストランを含め、観光客向けの施設は多く、名だたるブランド品の店が並んだ一角もある。

 観光馬車とブランドショップの組み合わせ  発車を待つ12時02分発クール行き

 きちんと調べれば、見どころも色々あるのだろうが、駅周辺を表面的に観察する程度なら、1時間は手頃であった。結局この街にはお金を一銭も落とさず、少し早めにクール行きの発車する2番ホームへと向かう。

サンモリッツ~クール St. Moritz - Chur


 氷河鈍行乗り継ぎ旅、第一ランナーは、アルブラ線(Albulalinie)で、列車はサンモリッツ12時02分発クール(Chur)行き。通過駅が結構ある本格的な「快速」であり、列車番号にもIRというのがついている。列車は客車10輌編成で、うち3輌が一等車、最後尾に電気機関車がついている。軽便鉄道とは思えない本格的な中距離快速列車である。クールまで89キロあり、所要時間2時間02分、表定速度は43.9キロになる。

 車内はガラガラで、ざっと見たところ、乗車率は2割弱かと思われる。12時ちょうど、姉妹列車であるクール発サンモリッツ行きが隣のホームに定刻に到着。入れ違いにこちらも定刻に静かに発車した。出るとすぐに短い単線のトンネルがある。ティラノへ向かう線は、駅構内から右へ分岐しており、このトンネルは通らない。

 ツェレリーナ駅手前のスキー場

 ちょこっと走り、最初の駅ツェレリーナ(Celerina)に停まる。手前左手がスキー場であった。サンモリッツ郊外のようだが、古くからの独立した自治体であり、村の中心に歴史的な建物が多く見られるそうだ。ティラノへの路線も村の南東を通っており、1キロ弱の所にツェレリーナ・スタッツ(Celerina Staz)という別の駅がある。ホテルなどの宿泊施設も結構あるが、サンモリッツのようには俗化されていないらしい。個人的にはブランドショップが並ぶサンモリッツより、こういう所でぶらりと降りて歩いてみたいと思うが、今日はひたすら「乗り鉄」である。

 続いて氷河急行も停車するサメーダン(Samedan)。やはり独立した村で、ツェレリーナより少し大きい程度であるが、こちらは鉄道の主要駅で、構内も広く、乗り換え客も多い。クール方面からサンモリッツへ寄らずにティラノへ向かう路線が分岐・合流している。また、スイス最東端駅のシュクオール・タラスプ(Scuol-Tarasp)へとまっすぐ向かう線は、一つ先のベヴェル(Bever)で分岐するが、べヴェルは快速が通過する小駅なので、実質ここサメーダンが乗換駅になる。

 構内も広いサメーダン駅  シュクオール・タラスプ方面が分岐していく

 そのべヴェルを通過すると、イン川に沿ってシュクオール・タラスプへと下っていく線と分かれ、ほぼ90度、左へカーヴし、進路を西へ向ける。山里らしい穏やかな景観だったこれまでと変わり、本格的な山岳路線になる。次のシュピナス(Spinas)という小駅は通過。利用客が少ないので、1時間に1本の当路線にあって、2時間に1本しか停車せず、この列車は通過する。シュピナツは駅の標高1815メートルで、この区間で一番高い。シュピナツを出るとすぐ、長さ5865メートルのアルブラトンネル(Albulatunnel)に入る。その中間にある最高地点の標高が1831メートル、ここはドナウ川水系とライン川水系の分水嶺になる。1904年に開通した歴史の長いトンネルである。


 トンネルを出るとすぐ、標高1789メートルのプレダ(Preda)に停まる。この一駅はほとんどがトンネルであった。プレダは山峡の小さな集落だが、シュピナツと違い、氷河急行以外の全列車が停車するし、乗降客もパラパラいて、ここで行き違うサンモリッツ行き反対列車を待つ客が数名ホームに立っていた。

 プレダから次のベルギュン(Bergün)までの12.6キロは、この区間のハイライトである。両駅の標高差は417メートル。そこを10のトンネル、7つの橋梁と、複雑ないくつかのループ線で下っていく。いずれのトンネルも橋梁も長さは短い。標高差がありすぎて、長いトンネルで一気に結べる区間ではないので、ループとカーヴで勾配を稼いでいる。

 ループ下の線路が見える

 最初に現れるのが、二つのループが重なった眼鏡のようなループで、2月に訪問したブルガリア国鉄第4線・ラドゥンチの8の字ループともまた少し異なるが、何か通じ合うものはある。あちらと違い、眺望が開けていて、これから通る線路が下に見える所もある。人家などは全く見られない。

 そうして険しい山の雪景色を眺めていると、やがて左手下方にこれから走るであろう線路が2本、その向こうにベルギュンの小さな村と改革派教会の塔が見えてきた。左へぐるり、そして右へぐるりと二度の大カーヴを経て、そのたびに改革派教会が近づいてくる。最初に車窓にベルギュンの村が現れてからベルギュンのホームに滑り込むまで、5分ほどかかった。

 これから通る線路とベルギュンの村  カーヴで先頭から見える後方客車と後押し機関車

 ベルギュンも小さな村だが、パラパラと乗降客がある。駅横はスキー場で、車が沢山止まっている。だいぶ下ってきたが、積雪量はプレダとほとんど変わらないように見える。雪が融ければ長閑な山里らしい風景が見られるであろう。駅前には、この鉄道を知るために欠かせない、アルブラ鉄道博物館がある。是非訪れたい所だが、今回はひたすら乗りまくりのスケジュールである。

 続いてベルギュンから次のフィリズール(Filisur)まで、9キロで300メートルほど標高が下がる。途中はほとんど人家も無い所を、左手に深い谷を見下ろしながら、短いトンネルと橋梁とカーヴを繰り返しながらゆっくりと下っていく。フィリズールの手前にループがあり、最初は高い所から、次にループを一回りして少し低い所から、フィリズールの村を見下ろすことができる。

 右が鉄道博物館というベルギュン駅  ダヴォス線分岐駅のフィリズール

 フィリズールも小さい村だが、ダヴォス(Davos)線が分岐するので、ダヴォス方面からの利用ができるように、氷河急行も停車する。世界中から政治家が集まるダヴォス会議で知られる、あのダヴォスである。

 フィリズールを出た所で通りかかった若い男性車掌が、私の顔とカメラを見て、一番先頭へ行くといいよ、と言うので、そうしてみる。座席からでも十分見えるが、この先に有名なラントヴァッサー橋(Landwasserviadukt)があるので、それを先頭車から見るといい、ということのようだ。確かに先頭から見る迫力も良かったが、写真は撮りづらかった。大きくカーヴするので右窓から後押し機関車が橋を渡る所を、ガラス越しながら撮ることができる。

 車掌お勧めの先頭風景  トンネルを出てラントヴァッサー橋を渡る列車の後部

 そうして通路を伝って自分の席に戻ると、近くの席にその車掌が手に立派な望遠つきカメラを持っていて、私に向かって「俺は今日はここから撮ったんだ」と言う。れっきとした乗務中の車掌なのだが、何とも大らかで、日本では考えられないだろうが、列車もガラガラだし、別にいいんじゃないか、と思う。個人の趣味なのか、鉄道の宣伝業務に使うためなのかはわからない。

 そうしていると、雪に覆われたティーフェンカステル(Tiefencastel)の村が下方に見える。ひたすら山を下る方向の列車なので、さきほどから何度となく、まず高い所から村を見下ろし、数分後その駅に着く、というパターンが繰り返され、少しマヒしてきた。ティーフェンカステルも小さな村だが、何故かここが氷河急行の停車駅になっている。乗り換え路線もないし、停車駅に選ばれている理由が一番わからない駅である。上からの眺めはすっぽりと雪に埋もれた村だったが、駅に停まればこれまでよりだいぶ積雪が浅いことがわかる。

 雪に覆われたティーフェンカステルの村  トゥージス手前の車窓風景

 プレダからトゥージス(Thusis)までの4駅間は、どこも駅間が10キロ前後あり、急勾配が続く山岳区間である。その最後の区間のトゥージスに近づくあたりで、明らかに人里に下りてきた、という景色に変わり、路面の雪がほとんどなくなる。トゥージス駅の標高が697メートル。標高最高のシュピナツからここまでほぼ50キロで、標高は1118メートルも下がったので、この区間の平均勾配は22パーミルほどである。トゥージスは路線図では途中駅で分岐路線もないし、この列車も先へ直通するが、アルブラ線という線名はサンモリッツからここまでで、ここからクールを経てラントクワルト(Landquart)までは、ラントクワルト・トゥージス線という別の路線になる。その区間はこれまでと違って人家の多い盆地を走り、小駅も沢山あり、各駅停車にはSバーンというドイツ語圏共通の国電の名称が使われている。

 トゥージスからクールまで、途中停車駅は、これから乗るディゼンティス/ムステルへの線が合流する、ライヒェナウ・タミンス(Reichenau-Tamins)だけで、通過駅は9駅もあるので、本格的な快速である。当然ながら、そのまま乗り続けたが、8分の接続で、トゥージス始発クール経由ラントクワルト行きSバーンがある。今思えば、それに乗り換えてクールに行っても良かったかもしれない。その後の行程にも影響しないし、その方が、細かいこだわりだけれど、より「氷河鈍行」らしい各駅停車の旅に近くなる。このSバーンは結構速くて、もし乗り換えていれば、クール着はこの列車の14分後の13時18分。乗車時間は9駅通過の快速と8分しか違わない。

 交換待ちで運転停車したボナドゥツ駅  一時間後に乗る路線が合流してくる地点

 トゥージスを出るとすっかり平凡な、都市郊外の盆地といった感じの景色になる。最初の通過駅カツィス(Cazis)も駅周辺に人家が多く、郊外ベッドタウン駅の雰囲気になった。このまま徐々に人家が増えてクールに着くのかなと思ったら、その先はまた寂しくなり、渓流沿いの小駅もあった。ライヒェナウ・タミンスが近づくと、起伏が出てきて、左手下方に、ディゼンティス/ムステル線の単線の線路と鉄橋が見える。その先がライン川の2つの支流の合流地点であり、線路がここで分岐合流するのも地形的な理由があるわけだ。ライン川の源流へはこれから次の路線で遡っていくわけだが、この合流点から上流の名称はフォルダーライン川といい、単なるライン川という川の名前はここがスタート地点になる。

 この合流地点からライン川の名称が始まる  クールに定刻に到着

 ライヒェナウ・タミンスから右側通行の複線区間になる。徐々に人家も増えて、最後は倉庫やオフィスビルも目立つようになり、クール・ヴェスト(Chur West)という街中の駅を通過、列車は定刻にクール駅に滑り込んだ。同じホームの向かい側に、標準軌スイス国鉄のクール始発チューリッヒ行きIC特急が停車していて、乗り換える人も多い。鉄道会社も線路の幅も違っても、同じホームで僅か4分の好接続と、連携は素晴らしい。

クール~ディゼンティス/ムステル Chur - Disentis/Mustér


 私はこれが二度目のクールなのだが、駅周辺に限定して言えば、クールは特に面白い所ではないと思う。氷河急行は、クールに立ち寄るため、ライヒェナウ・タミンスからの10キロほど、同じ区間を折り返して戻っている。クールの停車時間はさほどではないので、これは、氷河急行を乗り通す人にクールの町を見てもらうためではなく、ここで乗降する人がそれなりに多いということだろう。氷河急行に一部区間だけ乗ろうとなった場合、チューリッヒ等からのアクセスが良いクールは良い接続点だからだ。

 クール駅  それなりに人も多い駅付近

 私も今日は氷河急行のルートをそのままたどる旅というテーマを設けたから、クールへ来てしまったが、クール立ち寄りにこだわる必要がなければ、ライヒェナウ・タミンスで乗り換えて1時間早い列車で先を急いだと思う。そうすればアンデルマット(Andermatt)まで十分明るいうちに乗れるので、実は計画段階で、どちらを取ってどちらを捨てるか、ずいぶん迷った。

 氷河鈍行乗り継ぎ旅の二番列車は、クール14時55分発ディゼンティス/ムステル行きである。ライヒェナウ・タミンスまで、今しがた乗ってきた所を戻り、そこで分岐してから終点まで49キロが、一つの線である。アルブラ線のような名称はなく、ライヒェナウ・タミンズ・ディゼンティス/ムステル線という長い線名だそうだ。列車番号は、さきほどのIRに対して、こちらはREと、一段落ちのローカル列車であり、ライヒェナウ・タミンスからは全駅に停車する。全区間の所要時間1時間16分、表定速度は46.7キロで、今回乗車する5本の中で一番速い。

 今度は電車で、4輌編成1ユニットが2編成つながった8輌編成が、11番ホームで発車を待っていた。やはり空いていて、乗車率は2割弱かと思われる。

 クールからディゼンティス/ムステルまでは、部分的に下る所はあるが、基本は一方的な登り勾配で、最後の方ほど勾配がきつく、最後の一駅間で150メートルも上がる。クール駅の標高が584メートル、ディゼンティス/ムステルが1130メートル。とはいえ、今まで乗ってきたアルブラ線に比べれば地味な路線であることは否めない。アルブラ線のように人家もない山奥で駅間距離10キロといった区間が続く所はなく、ライン川に沿って点々と集落があり、駅もこまめに設けられている。ライヒェナウ・タミンスからディゼンティス/ムステルまで49キロの平均駅間距離が4.1キロ、最長で6.6キロ。途中にこれといったハイライトがないから、氷河急行はこの区間に途中停車駅はない。

 クールで発車を待つディゼンティス/ムステル行き  ディゼンティス/ムステル行き最後尾

 今しがた乗ってきた所を戻り、行きは通過したドマト/エムス(Domat/Ems)という駅に停まる。駅自体が改装工事中で、周辺もクールの郊外住宅地といった感じである。その先は分岐駅のライヒェナウ・タミンスまで、ライン川が近づいてきて眺めがいい所がある。

 駅工事中のドマト/エムス  分岐駅のライヒェナウ・タミンス

 ライヒェナウ・タミンスでさきほど乗ってきた線と分かれる。この先はSバーンの乗り入れはなく、1時間に1本の地方路線になる。さきほど上から眺めたフォルダーライン川の鉄橋を渡ると、クール郊外の雰囲気はなくなり、左手車窓にフォルダーライン川の渓流を見ながらの寂しい車窓風景になる。そうして着いた最初の駅トゥリン(Trin)は、木造の立派な駅舎があり構内も広かったが、とても寂しい所であった。

 山中の小駅トゥリン  フォルダーライン川の流れ

 フォルダーライン川を鉄橋で渡り、渓流が車窓右手に移ると間もなく、ヴェルサム・サフィエン(Versam-Safien)に着く。ここも寂しい所だが、数名が下車、地元の人ばかりかと思われる。反対ホームのベンチには、まだ20分以上あるのに、クール行きの列車を待っているのか、数名が座っている。人口も少なく、列車の速度も遅いが、生活路線として利用されていると感じる。

 下車客数名のヴェルサム・サフィエン  貨物列車が停まっていたイランツ駅

 右手に寂しいフォルダーライン川を眺めながら、ちょくちょくと小駅に停車して若干名の客を降ろす。そして少し大きな駅、イランツ(Ilans)に着いた。二面三線の他に側線もある大きな駅で、隣ホームには貨物列車が停まっていた。出てすぐ踏切があり、フォルダーライン川を渡る橋から踏切渋滞ができていた。鉄道がしっかり利用されていても、やはり車社会だという当たり前の風景に出会った。

 イランツはなかなか大きな町  雪国ならではの民家が印象的なトゥルン

 イランツを過ぎると徐々に線路際に雪が目立つようになり、トゥリンとよく似た名前のトゥルン(Trun)まで来ると、地上はすっかり雪景色になった。駅前に雪深い土地ならではの三角屋根の大きな民家がある。どことなく只見線沿線を思い出す風景である。ここから先は勾配が急になる。

 ラビウス・スラインで列車が行き違い  ラビウス・スラインで下車して家路に着く人々

 クールから1時間のラビウス・スライン(Rabius-Surrein)で二度目の列車行き違い。手ぶらの地元客が数名下車し、徒歩で雪道へと消えていく。こういった生活感溢れる帰宅列車の風情は、氷河急行では体験できない。

 終着近くの寂しい車窓  終着ディゼンティス/ムステルに接近する列車

 そのあたりから車窓風景が、山里から山岳風景に変わる。そんな所をしばし行くと、カーヴの前方にディゼンティス/ムステルの、雪を被った渋い家並みが見えてきた。既に夕方ということもあり、寂しい眺めであった。


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