欧州ローカル列車の旅 > 2012年 > イタリア > パオラ〜シバリ

パオラ〜シバリ 目次


目次 パオラ Paola
パオラ〜コゼンツァ Paola - Cosenza
コゼンツァ〜カスティリオーネ・コゼンティーノ Cosenza - Castiglione Cosentino
カスティリオーネ・コゼンティーノ〜シバリ Castiglione Cosentino - Sibari

パオラ Paola


 イタリアの北半分には、日本を含む世界中から観光客が大勢訪れる著名都市が沢山ある。それに引き換え、南半分は、せいぜいナポリ(Napoli)あたりまでで、それより南は観光客もぐんと減る。加えてイタリアは昔から南北の経済格差が大きいことで知られる。いくぶん改善されたとはいえ、今も基本的な構造は大きく変わっていない。

 鉄道面を見ても、北半分には高速鉄道網がかなり張り巡らされてきており、新線開通や新型高速特急誕生などの話題にもこと欠かない。しかしそれもナポリぐらいまでで、そこから南は、今も古くからの在来線が、長距離客を時間をかけて運んでいる。具体的には、北のトリノ(Torino)から、長靴の真ん中を過ぎたあたりのナポリまで、938キロを最速の高速列車は5時間18分で走る。しかし、ナポリから、長靴の爪先にあるレッジオ(Reggio)までは、453キロと、距離は半分に満たないが、最速列車でも4時間弱、ほとんどのIC列車が5時間以上かけて走っている。ローマあたりからシチリア島へは、列車で行くなら丸一日がかりで、むしろ夜行の方が便利、という時間距離だ。だから今の時代、普通の人は飛行機で移動する。ローマとシチリア島の間の鉄道のシェアは、恐らく相当に低いであろう。

 私個人の過去の旅行歴を見ても、列車でシチリア島まで足を延ばした時は、往復とも夜行を使ってしまい、間の景色を見ていない。あとはローマあたりまでは何度か来たが、ナポリより南へは、日中に足を踏み入れたことすらない。欧州を鉄道乗り放題切符で旅していると、色々な所に抜けられるのが魅力だが、イタリアの半島部はそれがないので、何となく足が向かなかったとも言える。

 そこで今回は、半島南部をいくらかでも体験すべく、ローマ空港から南へ下りてきた。前の晩は、ラメツィア・テルメ(Lamezia Terme)という所で1泊し、翌日、ここパオラにやってきた。パオラからは、半島先端部を横断するローカル線で、東のイオニア海側にあるシバリという所へ抜けることにした。特に理由はない。実はトーマス・クックの地図を見た時に見つけた、狭軌のローカル線に興味をそそられたのだが、残念ながら廃止されてしまったらしい。イタリア南部の鉄道網も、段々と寂しくなっているようだ。

 地中海性の温暖な気候を半ば期待して、ここまで南下してきたわけだが、残念ながら天候が不安定で、寒くて風が非常に強い。冬の地中海沿岸はしばしば強風に見舞われるというが、そういう日に当たってしまったようだ。それでも前の晩に降っていた雨が止んでくれただけでも有難い。

 パオラ駅の駅名標  パオラに到着したローマ行きIC特急

 パオラは、人口1万7千人の、ティレニア海に面した町である。著名な見所があるわけではないが、ずっと海沿いを走る鉄道路線の一つの要衝になっているようで、機関庫もあり、この駅始発着の列車もある。そしてここから分岐する支線は、コゼンツァ(Cosenza)という所へとつながっているのだが、そのコゼンツァの手前から、半島の反対側にあるシバリまでの路線も出ている。地図で見ると、パオラからシバリまでが1つの線で、そこからコゼンツァへの支線が分岐しているように見えるが、実際はコゼンツァがこのあたりの中心都市で、全ての列車はコゼンツァが発着となる。コゼンツァは人口7万を越える。鉄道は支線だけでまかなっているのに対して、南北を結ぶメインの高速道路がこの街を貫通している。

 という程度のことが、予習をして時刻表などを調べているうちにわかってきた。地中海に沿った港町より、内陸にある街の方がずっと大きく、地域の中心都市(日本で言う県庁所在地に相当)となっているのもちょっと意外な気はする。そんなコゼンツァという街がどんな所かもちょっと気になるが、今回は駅前旅行だけになってしまった。

 モダンなパオラの駅舎と狭い駅前広場  パオラ駅前からの風景

 強風に肩をすくめながらも、さっそくパオラの町を少し歩いてみる。駅舎は部分的にモダンなデザインになっているが、駅前広場は狭い。駅前の道を左に行けば、すぐ上り坂になっている。平地の少ない町のようだ。

 パオラ駅前から町へ上がる道  このあたりが町の中心部

 その坂道を進んでいくと、上るに連れて下界の景色が広がっていく。町の中心は駅から歩いて10分弱だが、なかなかの急坂で、お年寄りや病人などにはきつい道である。古びて垢抜けない町だが、長年、地域の中心として機能してきた貫禄は感じる。さらに少し行くと、駅と海を見下ろす公園に出た。眼下に駅と線路が鉄道模型のように広がり、その先には、青々としたティレニア海がある。


 ハアハア言いながら、ここまで坂道を上ってきたが、帰りは横から違う道を下ればあっという間に駅に戻ってしまった。逆回りにして、来る時にこちら側から上がってきた方が楽だったかもしれない。どちらにしても、結果的には行き帰りで違う道を通り、町の中心を経由して一回りすることができ、短時間ながら満足のいくパオラ歩きとなった。

 パオラ10時43分発コゼンツァ行き客車列車

 これから乗るのは10時43分発のコゼンツァ行きである。終着コゼンツァまで途中は1駅だけ。ホームに入ると、既に機関車に牽かれた客車4輌という結構長くて重厚な列車が入線していた。私はうかつにも、ここ始発のごく短距離の列車かと思っていたのだが、そうではなかった。これは遠く本線のナポリ・チェントラーレ(Napoli Centrale)駅を早朝6時32分に発車した長距離鈍行列車なのであった。途中27の駅に停まり、既に4時間以上かけてここまでやってきた。そしてここから支線に乗り入れてあと22分走る、その最後の区間だけを乗るわけだ。ナポリから乗り通している客がいるとは思えないが、とにかくそんな長距離ローカル列車が走っている。そういう本線の列車が乗り入れて終着となるコゼンツァというのは、それなりに大きな都市であろう。列車の運行形態から、そういった想像もつく。

パオラ〜コゼンツァ Paola - Cosenza


 クリスマス前の土曜日なので、普段と比べてどうなのかはわからないが、どちらにしても列車は空いていた。4輌という長めの編成なのは、途中で朝の通勤時間帯にかかるからかもしれない。

 発車するとほどなく南下する本線と分かれて左へとカーヴする。そしてまだパオラの町はずれ、というぐらいの所でさっそくトンネルに入ってしまう。これは、ギャレリア・サントマルコ(Galleria Santomarco)トンネルで、全長15キロ余りの長さがある。1987年に開通した新線で、それまでの狭軌の山岳ルートを置き換えたらしい。その際、コゼンツァ駅も現在地に移転したという。

 地元に大きな恩恵を与えたトンネルに違いないが、身勝手な旅行者の私としては、面白くない。峠越えの旧線が残っていれば、さぞかし素晴らしい景色を楽しめたに違いないからだ。地図で見ても、今の路線はトンネルを一直線に進むだけなので、轟々とスピードを出し、闇の中をひたすら走るだけである。10分ちょっとかかったであろうか、出ればそれなりの山の中、といっても険しい所ではない。

 カスティリオーネ・コゼンティーノ着

 間もなくスピードが落ち、線路はまっすぐ行く線と右へカーヴする線とに分かれる。まっすぐの線が、半島を横断してシバリへ行く線だが、定期旅客列車は基本的に全てコゼンツァを発着としているので、この列車も含め、全ての列車は右へカーヴする方へと進む。次にシバリ方面からの路線が合流してくる。三角地帯である。

 やがて建物が増えてきて、列車はカスティリオーネ・コゼンティーノ(Castiglione Cosentino)に着く。一応の町のようで、降りる人が結構いる。大きな荷物を持った人も多いので、クリスマス帰省なのかもしれない。

 そしてさらに1駅、格別ではない景色の中を走り、あっけなく終着コゼンツァに着いた。コゼンツァまでの客はそれなりに多かった。

 終着コゼンツァに到着

 トンネルがほとんどという、正直、全然面白い線ではなかった。その上、このコゼンツァ駅の味気無さはどうだろう。ローカル線としての旅はこの後に期待するとしても、ここまでに関しては、南イタリアの田舎を走るローカル線、といったような風情はほとんど無かった。けれども帰ってから調べたら、この路線は革命的な新線だったことがわかった。つまり、1987年に現在のトンネル新線ができる以前は、カーヴを繰り返しながら標高500メートル以上の所を登り詰める、狭軌軽便鉄道の山越え路線だったのだそうだ。このような旧線と新線の関係は、日本で類例を挙げるとすれば、北陸トンネルと旧線の敦賀〜今庄間が近いだろう。現在は途中駅のない、パオラとカスティニョーネ・コゼンティーノの間は21キロで、そこを14分で走破してしまう。それに対して旧線は、途中に駅が3つあり、距離も29キロあったそうだ。距離の差はさほどではないが、所要時間は恐るべきことに、2時間を要していたという。いくら狭軌鉄道とはいえ、俄かには信じ難い話だが、すさまじいまでの山越えルートだったようだ。旧線は新線開通と引き換えに、途中3駅とともに廃止された。

コゼンツァ〜カスティリオーネ・コゼンティーノ
Cosenza - Castiglione Cosentino


 コゼンツァは盲腸支線の終着駅としては立派な駅である。乗った時は知らなかったのだが、上に書いたように、1987年のトンネル新線開通時に移転開業した駅だから、新しくて当然である。この支線は、本線への乗り入れや接続のダイヤを考慮して列車が運転されているようである。そのため、コゼンツァに本格的な車輌基地の機能はないものの、留置線はあるし、折り返しまで長時間滞留する車輌もあるようだ。そんな中に1本だけ、1輌編成の気動車が停まっている。これがこれから乗る11時45分発のシバリ行きである。やっと真のローカル線らしい列車に乗れるな、と嬉しくなる。

 コゼンツァ駅  コゼンツァに停車中のシバリ行き単行気動車

 コゼンツァは、駅が新しいだけではなく、駅前にも旅情のかけらも無かった。駅が街の中心から離れているのはここに限ったことではないが、それでも古くからの駅であれば、駅前にそれなりの風情や風格が出てくる。その点ここは、コンクリートばかりの味気ない駅前で、駅前商店すら無い。あるのは駐車場ばかりで、駅利用者の多くがパーク・アンド・ライドのようである。その他、目に入るのは歩道橋と団地ぐらいである。

 味わいも無いコゼンツァ駅舎  コゼンツァ駅前の風景

 この駅前を見たら、歩いて市街地まで行くのも億劫になった。それに、11時45分の列車までにそこまで往復できるかどうかもわからなかった。しかし、どこにも行かないとなれば、ただこの駅にいても面白くない。

 モダンで広いががらんとしている構内

 そこで私は、先に発車する、さっきの列車の折り返しと思われる11時25分発のパオラ行きで、カスティリオーネ・コゼンティーノまで1駅戻ることにした。この一駅間は、コゼンツァ方面とシバリ方面の両方の列車が利用できる。カスティリオーネ・コゼンティーノも、さっき車内から見た限り、格別面白そうな所ではないが、少なくとも店の一つもないコゼンツァ駅前よりはいいだろう。どちらも詰まらなくても、それはそれで、待ち時間を両駅に分散させる方がいい。

 そういった次第で、コゼンツァは駅前見学だけにして、駅に戻る。それでもまだ時間があるので、駅構内を一回りしてみる。盲腸終着駅のはずだが、線路は先へも延びている。そちらの方へ行くと、もう一つのホーム群があった。一見してわかる、狭軌のホームである。これが、ここから出ていた、山を越えてタラント湾沿いの、カタンザーロ・リド(Catanzaro Lido)までの軽便鉄道である、カラブリア鉄道(Ferrovie della Calabria)の乗り場である。私自身、この場に立った時点では詳しいことは何もわからなかった。ただ、トーマス・クックのレールマップに掲載されているにもかかわらず、実際の鉄道は走っていないようだから、つい最近になって廃止されたのかなと思っていた。昔からそうとわかっていれば、廃止前にやってきて乗りたかったのだが、こういったことはあちこちにあって、ある程度はやむを得ない。

 廃止か休止状態のカラブリア鉄道ホーム

 線路は錆びているものの、それほどひどい状態ではないので、割と最近まで列車が走っていたようにも思える。しかし車輌は全くいない。コゼンツァの駅も、パオラからの路線も、格別面白くなかっただけに、ここからの軽便鉄道が動いているなら、是非とも乗りたいところだが、乗れないものはやむを得ない。

 帰ってからインターネットで調べてみたのだが、日本語どころか英語でも情報が少なく、苦労した。けれどもわかったことは、カラブリア鉄道はこの地域に4路線を持っている狭軌のローカル私鉄であること、最近、事故とか安全性の問題があって、運行停止してバスに置き換わっているらしいこと、この鉄道会社自体が一旦潰れて会社更生法だかの適用を受けていること、などである。しかしこのまま完全に廃止されてしまうのかというと、再開の可能性もあるような記述が見られた。もし近い将来、再開されることがあれば、何としても乗りに訪れてみたい、そんな面白そうな鉄道である。

 カスティリオーネ・コゼンティーノで下車

 そして11時25分発のパオラ行きに乗る。乗ってきた列車の折り返しかと思ったが、違った。同じような機関車+客車だが、来る時は客車4輌だったのに、今度は3輌であった。機関車は後ろについていて、先頭の客車には運転室がついている。乗客は少ないが、パラパラとは乗っている。動き出せばさっき来たばかりの所を戻り、数分でカスティリオーネ・コゼンティーノに着いた。ここで降りたのは私だけだったが、乗り込む人は10人以上いた。



カスティリオーネ・コゼンティーノ〜シバリ
Castiglione Cosentino - Sibari


 カスティリオーネ・コゼンティーノも、風情満点というわけではなかったが、コゼンツァに比べれば、歴史を経てきた分、雰囲気が染み付いていた。駅前も一応、長年駅前をやってきた風であり、駅前の通りを歩けばカフェやパブも雑貨屋やパン屋もあった。コゼンツァではそういったものが何もなかったので、私はここでパン屋に入り、昼食用のパンを仕入れた。値段はかなり安かったし、英語は通じなかったものの、店員の女性も素朴で愛想も良かった。

 カスティリオーネ・コゼンティーノ駅舎  カスティリオーネ・コゼンティーノ駅前通り

 駅に戻り、次のシバリ行きを待つ。ほぼ定刻に、コゼンツァの方から1輌の気動車がやってきた。さっきコゼンツァのホームに停まっていたやつである。やはりここでの下車はいないが、ここから数名が乗り込む。

 シバリ行き1輌の気動車がやってきた  カスティリオーネ・コゼンティーノに着いたシバリ行き

 1輌ではあるが、それなりの座席数があり、ここを出た時点での乗車率は3割ぐらいであった。1つ空いていた4人分のボックス席に一人で座ることができた。やっと本物のローカル線に乗れたなと嬉しくなる。

 ここからシバリまでは、51分かかり、途中に駅が5つある。最初と最後の駅間距離が長くて一駅10分以上かかり、その途中はどこも一駅6〜7分に綺麗に揃っている。どんな所を行くのか想像もつかなかったが、概ね平坦で、特にこれといった景色ではなかった。沿線の人口密度は低いようで、駅付近を中心に小さな集落があり、途中は荒地か穀倉地帯という感じである。

 サン・マルコ・ロッジャーノの芸術的な落書き  反対ホームは使われていないテルシア駅

 北西側には山頂に雪をいただいた山々が見えて、平坦なだけの南東側とは対照的であった。もちろん単線で、途中の駅はどこも結構荒れ果てていた。交換設備が現役の駅、一応あるけれど線路が錆びついている駅、そして単線のホームだけの駅と、色々であった。

 スペッツァーノ・アルバネーゼ・テルメ駅  線路の北西には雪をいただいた山々が見える

 そして右側から海沿いを一周する路線が合流してくると、終着シバリである。パオラ側と異なり、ここで合流する海沿いの路線は、完全なローカル線である。しかも、ここより南は列車が動いているが、北側は今は全てバスになっている。一時的な工事か何かのためのバス代行であって、まさかこのまま廃線になるわけではないと思うが、ともあれ現在、シバリは北側へ乗り継ぐ場合、駅前に出て代行バスに乗り換えなければならない。

 そのシバリだが、ここもまた事前に調べた限り、これといって特徴のなさそうな町であった。そもそも海沿いの町でありながら、海に面しているほど近くもない。だから駅の周囲はどちら方向も単調な穀倉地帯である。


 駅自体は鉄道の要衝として、それなりの歴史を経てきているようで、ローカル線同士の乗り継ぎ駅としては、そこそこの規模がある。駅舎も大きい。とはいえどの方向も単行気動車による運行のようで、本数も少なく、いつまでも鉄道として維持できるのかどうか、ちょっと不安でもある。私は何故か、廃止された北海道の中湧別駅を思い出した。

 駅前に何もないが駅舎は立派なシバリ駅

 駅舎は大きかったが、駅前はだだっ広いだけで、見事に閑散としていた。そしてコゼンツァ同様、駅前には買い物ができるような店の一つもない。地図によれば、ここから海岸までは1キロちょっとだから、歩こうと思えば海まで行ける。しかし私はここから南方面への列車に乗り換えて、違う所で海を眺めることにした。だからシバリは駅前旅行者で終わってしまったことになる。代行バスも駅前に発着するため、乗り換え客でそれなりに人のいる駅であったが、純粋にシバリ駅で乗降する客は、いかにも少なそうであった。



欧州ローカル列車の旅:パオラ〜シバリ *完* 訪問日:2012年12月22日(土)


ルクセンブルクの盲腸線 (3) へ戻る     ブレシア〜エドロ へ進む