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ルクセンブルクの盲腸線 目次


目次 (1) ルクセンブルクの鉄道
ノアツァンジュ〜リュムランジュ Noertzange - Rumelange
(2) ベッタンブール〜ヴォルメランジュ・レ・ミーヌ Bettembourg - Volmerange-les-Mines
エッシュ・シュル・アルゼット〜オドゥン・ル・ティッシュ Esch-sur-Alzette - Audun-le-Tiche
エッテルブルック〜ディーキルヒ Ettelbruck - Diekirch
(3) カウテンバッハ〜ヴィルツ Kautenbach - Wiltz
パラディソ Paradiso
カウテンバッハ Kautenbach

カウテンバッハ〜ヴィルツ Kautenbach - Wiltz


 エッテルブルックへ戻り、次にここから乗った列車は、12時28分発の直通の各駅停車ヴィルツ(Wiltz)行きである。やはり2000系の2輌編成で、乗客は割と多い。ルクセンブルク盲腸線巡りの最後は、カウテンバッハ(Kautenbach)から分かれるヴィルツまで9.5キロの路線である。直通なので、起点駅カウテンバッハでの乗り換えはない。

 エッテルブルックに到着するヴィルツ行き  小駅ゴーベルズミュールの立派な駅舎

 エッテルブルックから先は人家も減り、山峡を川に沿って上流へと進む。途中の駅も小さく寂しい集落であり、分岐駅のカウテンバッハもそれは同様である。カウテンバッハでは一番左のホームに入る。駅の構内で本線とヴィルツへの支線が分かれ始めている構造で、その間に駅の出口がある。

 カウテンバッハ〜ヴィルツは単線のローカル支線ではあるが、本線に遅れること15年、1881年に開通した古い路線である。全区間に渡りヴィルツ川の渓流に沿ってカーヴが続き、途中は人家もほとんど見られない。短いながら、ルクセンブルクで一番の景勝路線と言っていいだろう。私は過去に2度ほど乗ったことがある。森と渓谷の他には何もないが、その自然の素朴な美しさにしばし浸っているうちに、あっという間に着いてしまう、もっと乗っていたいような路線である。

 この線の途中には2つの小さな単線の無人駅がある。この両駅は、ルクセンブルク全国でもここだけという、リクエスト・ストップ、つまり乗客がいる時だけ列車が停まり、さもなければ通過するという駅である。利用者は非常に少ないようで、過去にもこれら途中駅で列車が停まった記憶がない。この支線に入ったほぼ全ての乗客が終着ヴィルツまでの客である。ヴィルツは山峡に小ぢんまりと開けた中規模の町である。

 知識もなく大きな期待もせず乗ってみたら思いのほか良かった、という線は、その印象が強すぎて、二度目は大したことがない、と思う場合もある。しかしこの路線は今回も裏切られることなく、素晴らしい渓谷美を堪能させてくれた。やはり途中駅には停車しなかった。直線がほとんどない線で、川に沿ってカーヴが続く。時々トンネルや小さな鉄橋がある。最後の比較的長いトンネルを出ると、そこはもうヴィルツの町はずれ。丘の上に瀟洒な家が並ぶ美しい山峡の町、ヴィルツに定刻に到着した。

 終着ヴィルツに到着した  明るく美しい印象のヴィルツの町

 ヴィルツは人口5千人ほどの静かな町である。ヴィルツ川の左岸に開け、山に囲まれた町で、全体に平地が少なくなだらかな起伏が多い。ヴィルツ城を初めとした史跡もいくつもあり、観光客も来るが、鉄道の便があるためか、住宅地としても悪くなさそうである。ルクセンブルクまでの所要時間は各駅停車で65分だから、通えない距離ではないが、少々遠い。毎日通っている人がどれほどいるのだろうと思う。


 駅の手前はすぐトンネルで、トンネル入口の上を駅前からの道路が通っている。ここは駅の全景を見下ろす絶好の場所である。その右手上方向の丘の中腹には瀟洒な住宅地が広がっており、その上は牧草地もあり、牛が放たれている。天気の良い初秋の午後とあって、別天地のような眺めであった。

パラディソ Paradiso


 以上で今日の盲腸線巡りは終わりだが、天気も良いので、ヴィルツから歩いて隣の駅、パラディソ(Paradiso)へ行ってみることにする。車窓から見る限り人家1軒だけという、森と渓谷の中にひっそりとある不思議な駅なので、興味をそそられる。しかも、これまでに乗った列車が停まったこともないので、車内から駅をじっくり観察する機会もなかった。駅間距離も短いので、歩いても知れている。今回、1日でルクセンブルクの5本の盲腸線全てに乗って夕方までにルクセンブルクへ戻るにあたり、乗り潰す以外にどこで何をするか、迷いに迷ったが、オドゥン・ル・ティッシュでの町歩きを諦めて12分ですぐに折り返したり、ディーキルヒを僅か4分で折り返すようにしたのも、ここヴィルツでこれに費やす時間を確保するためであった。もし雨なら中止して違う所で時間を取るように変えるつもりであった。幸い、今日は気持ちの良い秋晴れで、絶好のウォーキング日和である。

 ヴィルツからパラディソは、鉄道の駅間距離は2.4キロに過ぎない。しかし、線路に沿ってずっと道路があるわけではないので、実際にはもう少し歩かないといけない。そのために私はグーグルマップをプリントして持ってきている。線路に沿ってずっと道がある所でなければ、やはり地図は必要である。

 最初はヴィルツ町内の国道を歩く  脇道に入ってからは人家も無く人も全く会わない

 地図がいるのはヴィルツの町内である。何しろ線路はヴィルツを出るとすぐトンネルへと消えてしまう。そこをぐるりと迂回する道路は、一旦ヴィルツの北にある集落まで国道を行き、そこから右へ曲がり、橋を渡って線路に接近するというルートで、ほぼ直線に近い線路に比べると1キロ以上は迂回しているかと思われる。途中、一度道を間違えて少し焦り、速足になったが、無事に脇道に入ることができた。そこから3分ほど歩くと、川の対岸に線路が見えてきた。

 浄水場の向こうの築堤に線路が通っている  地図の通りヴィルツ川の橋が現れた

 この脇道に入ってからは、人家もないし、人も車も全く通らない。線路が見えなければ、ちょっと不安で歩けないような道である。やがて前方には車窓から見えた浄水場が見えてきた。

 浄水場から2分ほどで、ヴィルツ川を渡る小さな橋がある。ここまで来ればパラディソの駅は近いはずである。この橋から見たヴィルツ川の水は、遠くから見るのと違って多少濁りがあるように感じた。

 橋から見たヴィルツ川の流れ  踏切の標識が現れるとやはりホッとする

 急いだので大汗はかいたが、それでも地図の通り、前方に踏切が見えてきた時はホッとした。その踏切の右側が駅のホームである。母子なのか、人が二人いる。駅の真横に1軒だけ人家があるので、そこの人なのだろうか。それ以外に何もない所だし、利用者もほとんどいないような駅なので、最初はちょっと怪訝な顔をされたが、話しかけてみたらフレンドリーで、英語も流暢な人だった。というよりも、どうもここの人ではなく、この家は別荘か何かなのでは、という気がした。

 カーヴの先に踏切がある  踏切から見た駅の全景

 あと7分ほどでヴィルツ行きの列車が来る。その人たちに、列車に乗るには手を振って列車を停めたらいいのかと聞くと、いやそれでは列車は停まらない、電話をしないといけない、と言うではないか。指さす方を見ると、踏切の脇に業務用のような電話がある。これは知らなければわからない。フランス語もドイツ語も自信ないが、そんな事を言っている場合ではないので受話器を取る。幸い、英語が難なく通じて、次の列車でヴィルツに行きたいと言うと、OKという返事が返ってきた。

 左にある黄色い柱の中に電話がある  ホームのヴィルツ寄りから眺めた駅

 踏切が鳴り出した。母子にお礼を言ってホームに上がる。カーブの先から2000系2輌編成の列車がゆっくりと現れた。大丈夫な筈だが一応手を振って合図をする。


 かくして問題なくここから列車に乗ることができた。乗客は割と多かった。滅多に停車しないこの駅に珍しく停まり、変なのが一人乗ってきた、という感じだと思うが、特に誰も関心を示さないので、もしかするとそこまで珍しくもないのだろうか。いずれにせよ、右手にさっきの浄水場を見て、歩いてきた道路が奥へ去ってしまうとトンネルに入り、出ればすぐヴィルツである。

 ヴィルツでは27分後のカウテンバッハ行きまで時間がある。その間にさきほど歩いていて見つけたパン屋に行って、パンとジュースを買い、駅のベンチで昼食にする。そして14時23分発のカウテンバッハ行きの客となる。ヴィルツからカウテンバッハまでの支線は、基本はルクセンブルク直通の1時間に1本の運行だが、時間帯によってはその間に区間列車も入る。しかし区間列車はカウテンバッハでの接続が悪い。逆方向は接続が良いので、その折り返しの回送みたいなものだろうが、それにしても、この程度の利用者しかいないヴィルツのために、随分と沢山の列車を走らせているものだ。この時間の上り列車はパラディソは全て通過となっていて、下りのみリクエストストップになっている。だから私はパラディソまで急いで歩き、一旦ヴィルツへ戻ってきたのだが、どうせリクエストストップなら、上りも停めてくれてもいいのではないか。というよりも、きっと停めてくれるのだと思う。というのは、パラディソで電話をした時、次の列車に乗りたいと言ったら、どちら方向の列車かと聞かれたからだ。

カウテンバッハ Kautenbach


 もう一つのリクエストストップであるメルクオルツを通過

 いずれにしても、今はヴィルツからカウテンバッハ行きに乗っている。これも客は私一人である。他に誰も乗客がいない列車が、これで本日4度目になる。三たび浄水場を見て、パラディソを通過、なおも人家もない山の中の渓谷地帯をカーヴを繰り返しながら、客のいない列車はゆっくり走る。もう一つのリクエストストップの駅、メルクオルツ(Merkholtz)も通過、左手から本線が合流してくると、カウテンバッハである。

 カウテンバッハ、素晴らしい駅である。本線とヴィルツ方面が分岐する鉄道上の主要駅だが、人家も疎らな所にある。線路だけでなく、川もここで分岐している。というより、川の場合は合流していると言うべきであろう。ヴィルツ川とクレルヴ川がここで合流し、名前はヴィルツ川となり、次にシュール川合流するとそちらが本流でシュール川となる、そのシュール川はエッテルブルックでディーキルヒ方面へと曲がり、ディーキルヒの街を抜けてやがてドイツとの国境となり、モーゼル川へと合流する。モーゼル川はコブレンツでライン川に合流する。このあたりの清冽な渓流の水が、この先そんな旅をたどることに思いを馳せるのも感慨深い。

 カウテンバッハに着いたヴィルツからの列車  カウテンバッハは本当に小さな村

 カウテンバッハ自体は人口100人あまりの小邑だそうだ。緑に囲まれた自然環境の豊かな所に古い駅舎があり、待合室がある、風情満点の駅である。こんな何もない所で待たされるのは退屈でかなわん、と思う人も多いに違いないが、ルクセンブルク旅行の最後はこの駅の雰囲気にしばし浸りたかった。盲腸5線を巡るのが今回のテーマだが、その起点となる分岐駅のうち、ここだけは行きに直通列車で通り過ぎてしまったので、帰りに降りておきたかった、というのもある。

 ところで、私はずっと、この駅の発音はカタカナだとカウテンバッハが近いと思っていたのだが、帰ってからネットで調べると、といってもこんな知られていない所の情報は日本語ではほとんど出てこないのだが、数少ない情報にたどりつくと、そこではコタンバックと出てきた。確かにフランス語読みすれば、そうである。だが、このスペルはどちらかと言えばフランス語系ではなく、ドイツ語系に見える。しかも、言語的にフランス語よりはむしろドイツ語とかオランダ語に近そうなルクセンブルク語というのもある。それらでの発音は、恐らくカウテンバッハに近いのだと思う。現に車内の自動放送でもそう聞いたと思う。

 ルクセンブルクという国は、こんなに小さい国なのに、ルクセンブルク語という自国の言語があり、ドイツ語もフランス語も普通に使われている。どれも公用語だそうだ。だから道路標識にしても駅の表示案内にしても、3ヶ国語表記がされていてもおかしくない。しかし一般の案内表示はほぼフランス語に統一されているようだ。ややこしいのは地名の発音で、例えば列車の自動放送では駅名は2ヶ国語で発音する。一例としてルクセンブルク駅の場合、最初にフランス語で「リュクサンブール」と言い、次に英語読みに近いが英語ではなくルクセンブルク語で「ルクセンブルク」と言う。しかし駅によっては全く同じ発音で2度繰り返したようにしか聞こえない所もある。そして、実際の現地の人の発音は、その土地ごとに長年の慣習で定着した発音が最も普通に使われているような気がする。だから、ここはやはり「カウテンバッハ」で一番通じるのではないかと思うが、これも定かではなく、間違っているかもしれない。しかし少なくとも私はカウテンバッハだと思って旅行してきたし、車内放送を聞いた時も違和感がなかったので、本記事ではカウテンバッハに統一して記載した。

 閑散とした駅ではあるが、本線の駅だけあって、発車時刻が近づくと、車で送られてきた人など、数名の乗客が集まってきた。そして右の線路から15時08分発の列車が機関車+客車5輌の編成でやってきた。ベルギーからの直通列車で、機関車はルクセンブルク国鉄の所属だが、客車はベルギーの車輌であった。


 車内にはパラパラと客がいるが、空いている。ボックス席にゆったり落ち着いて、ルクセンブルク最後の車窓を楽しんだ。これは主要駅のみ停車の快速である。エッテルブルックで結構乗ってきて、次のメルシュ(Mersch)でもそこそこの乗降があった。最後はルクセンブルクの到着手前で、世界遺産にも指定されているルクセンブルクの旧市街を見下ろす絶景ポイントがある。今回は行かなかったが、このルクセンブルクの旧市街は素晴らしい所である。地方や田舎も面白いので、せっかくルクセンブルクまで来たらそちらにも足を伸ばして欲しいとは思うが、ここはやはり一度は行ってみたい素晴らしい首都である。間違ってもルクセンブルクの駅前だけを見て、つまらない街だと思ってしまってはいけない。鉄道がメインの旅行も人それぞれ、好き好きだが、ルクセンブルクまで来て鉄道に乗るだけ、駅前を見るだけの旅行しかしなければ、この首都の魅力をほとんどわからずに終わってしまうと思う。

 旧市街を見下ろす高い橋を渡ってルクセンブルクへ  ルクセンブルク駅舎

 そんな魅力ある都市の、格別ではない駅前から、私はバスで空港へ向かった。その空港バスまで全て含めて一日乗り放題で4ユーロ。物価の安い国ではないが、交通機関は本当に安い。それでいて利便性も悪くなく、大概は空いていて、まず楽に座れる。公共交通は福祉と割り切って公営でやっているというのがわかる。日本で同じことを今さらやろうとしても無理なのは承知だが、こんなに豊かで交通弱者にも優しい国もあるのだということは、多くの人に知ってもらいたいと思う。



欧州ローカル列車の旅:ルクセンブルクの盲腸線 *完* 訪問日:2012年9月17日(月)


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