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スタラ・ザゴラ~ゴルナ・オリャホヴィツァ 目次


目次 (1) ブルガリア国鉄第4線 Bulgaria BDZ Line No.4
スタラ・ザゴラ Stara Zagora
スタラ・ザゴラ~トゥロヴォ Stara Zagora - Tulovo
(2) トゥロヴォ~バゾヴェツ Tulovo - Bazobec
バソヴェツ Bazovec
クラステツ Krastec
(3) ラドゥンチ Radunci
ラドゥンチ~ツァレヴァ・リヴァダ Radunci - Tsareva Livada
ツァレヴァ・リヴァダ~ゴルナ・オリャホヴィツァ Tsareva Livada - Gorna Orjahovica

トゥロヴォ~バゾヴェツ Tulovo - Bazovec


 トゥロヴォからダボヴォの1駅は、右側通行の複線区間である。線路の両側は平凡な農村地帯であるが、少し離れて両側が山で、特に左側の山は険しい、これからあの中に入っていくわけで、楽しみになってくる。そしてほぼダイヤ通り、中間でスタラ・ザゴラ行き列車とすれ違った。こちらの列車がトゥロヴォで長時間停車して、本線上下列車と接続を取ったのと同様、あちらの列車はダボヴォで長時間停車して、本線上下列車と接続を取っているダイヤである。本線列車同士も、こちら第4線の列車同士も、このあたりで唯一の複線区間であるこの両駅間ですれちがうようになっている。このダイヤの妙にはつくづく感心してしまった。

 ダボヴォに進入  ダボヴォ駅

 ダボヴォは規模から雰囲気まで、トゥロヴォと似たりよったりの駅であった。構内は広いものの多くの線路が錆びている。違いは駅前で、トゥロヴォは一応、駅前集落があったが、こちらダボヴォは何もない所で、ダボヴォの集落は駅から離れている。ここでも待っていた客が10名弱いて、乗り込んできた。恐らくほぼ全て、ダボヴォからの客ではなく、ブルガス発ソフィア行き列車からの乗換え客であろう。ここは1分停車ですぐ発車する。

 ダボヴォを出るとほどなく、人家も無い広々とした農村地帯をブルガス方面の単線と少し並行して走り、緩やかなカーヴを描きながら、分岐していく。そこから1分も走ると平野が果てて、山に入る。地図で見ると、道路と川と線路が絡みながらサミットへ向かっているのがわかるが、車窓は両側とも山林で、見晴らしは良くない。そんな所にある最初の駅、ヤヴォロヴェツ(Javorovec)は、かつて複線だった痕跡が残る荒れ果てた単線の無人駅で、駅舎はお化け屋敷のごとく荒れていた。乗降客もいない。

 左カーヴでブルガス方面と分岐  荒れ果てたヤヴォロヴェツ駅舎

 ヤヴォロヴェツと次のラドゥンチは9キロ。本日の乗車全区間で2番目に駅間距離が長いが、直線距離では5キロ程度である。8の字ループの大半が、この区間になる。時代は便利になったもので、こんな山の中でも携帯の電波も入り、グーグルマップで現在地がわかるので、私はそれを見ながら通路に出て、進行右側の車窓を見る。しかし車窓は相変わらず山林ばかりである。その山の上に線路が、さらにその上にも線路があり、そのあたりにラドゥンチ駅があるはずなのだが、何も見えない。トンネルに入り、ぐるりと右カーヴしているのもわかるが、それを出ても、同じような眺めである。次のトンネルに入り、出たあたりがラドゥンチ駅の真下のはずだが、ここも両側が山林で、それ以外の眺望はない。列車はなおも勾配を上りながら、次のトンネルに入ると、今度は左カーヴが続く。出れば少しばかり線路の両側が広がる。そして右窓前方にラドゥンチ駅が現れるのだが、何故か反対列車が停まっている。やはり機関車牽引の2輌の客車である。時刻表をしっかり見て作成したダイヤでは、こんな列車はないのだが、臨時か回送だろうか。

 このすぐ上を線路が二重に通っている筈だが  ラドゥンチ構内に差し掛かった

 ラドゥンチも駅自体は寂しい所で、乗降客もいない。ヤヴォロヴェツと違い交換駅だから、女性の駅員が2名いて、他には黒い犬が2匹いる。窓を開けて写真を撮る私に向かって、その一匹が吠え出した。駅員常駐だけあって、小綺麗に整備はされている。きっと駅員も列車が来ない時間は暇なのだろうが、こんな人家もない山の中で女性2人での勤務はいかばかりかと思う。

 時刻表にない列車が停車中  こざっぱりしたラドゥンチ駅

 ラドゥンチを出ると、右手に高い煙突が目立つ廃工場がある。その先、地図によれば、今しがた通ってきた線路の上を2度も通る。下はトンネルなのだが、何か見えるかもしれないと思って目を凝らしていたが、やはり山林が多く、何も見えなかった。日本のループ線でも、敦賀にしても湯檜曽にしても、それなりに上からも下からも景色が楽しめるし、スイスあたりもそういうループが多い。対するラドゥンチは、地図で見るとどこよりも面白いのだが、残念ながらループならではの景色を楽しむことができない。それが、ここが鉄道旅行ルートで脚光を浴びない理由なのかもしれない。しかも今は冬で樹々はほぼ落葉している。それでも殆ど景色らしい景色が見えないのである。夏はもっとずっと見晴らしが悪いだろう。

 左手にスマートフォン、右手にカメラを持ちながら景色と見比べつつの8の字ループ通過体験は、これで終わった。線路はその先も勾配を上がり、時に短いトンネルを経て北上する。線路の両側は依然として山林ばかりで眺望は良くない。

 完全な廃墟のボルシュティツァ駅舎  ボルシュティツァで降りた家族連れ

 そんな景色が変わらぬまま、列車は次のボルシュティツァ(Borushtica)に停まる。単線の無人駅で、やはり荒廃した大きな駅舎がある。ここで母親と子供3名の家族と思われる一組が下車。犬も連れている。こんな寂しい所で降りてどこへ行くのかと思ったが、発車すればその先、木々の間から山村集落が見えた。ある程度は住人がいる村のようだ。地図で見ても道路も悪そうだし、ここではこの鉄路が今も重要なインフラであり、生活路線なのであろう。

 木々の間から見えるボルシュティツァの集落  クラステツはハイキングの客が大勢下車

 同じような山林の中を列車はなおも登り、次のクラステツ(Krastec)に着いた。ここではハイキング姿の人が十数名、下車した。概ね30~50代の男女で、子供連れも、小さな子供を背負った女性もいた。クラステツは、列車ダイヤを作成している時に気づいたのだが、夜行以外は全列車が最低2分停車している。だからある程度大きな町なのかと思ったが、調べれば現在のクラステツの人口は7名。交換設備があるから駅員がいて、駅舎もまあまあ綺麗だが、車窓から見る限り、特に何もない所である。またこのクラステツは、この第4線で標高が最高の駅で海抜865メートル。、駅の少し先が線路の分水嶺になる。分水嶺を越えたら今度はバゾヴェツのループで下っていくわけである。しかしそんなサミットの高原らしさもない、山林に囲まれた駅であった。


バゾヴェツ Bazovec


 クラステツと次のバゾヴェツは近い。その間がサミットだが、気動車のような音もないし、どこが最高地点だったかはわからなかった。短いトンネルをいくつか抜けて、列車はほどなくバゾヴェツに着いた。地図によれば、最後のトンネルを抜けてすぐの所を、ループ線の先の線路がトンネルで下を通っている。

 どうしても降りるのに気が進まない駅であれば、乗り越すことも考えていたが、天気もいいし、見た感じ、雰囲気も良さそうなので、予定通り下車することにする。他には犬を連れた中年夫婦と思われる人たちが下車した。単線の駅だから恐らく無人駅だろう。駅員ではないと思うが、正体定かでない人が2人、駅舎の前に立ち、雑談しながら列車を見送っている。


 これまでの途中駅は、どこも山林に囲まれていたが、それに比べれば、バゾヴェツは景観がやや開けた明るい感じの所である。前方に踏切があるので、急ぎそちらの方へ走り、乗ってきた列車の発車を撮影する。踏切の先には、下り25パーミルの勾配標があった。

 乗ってきた列車が去っていく  民家から出る焚火の煙

 列車の後ろ姿を撮影した後も忙しい。あの列車はこれから楕円形の大きなループを下っていき、数分後、この駅の下あたりをトンネルで抜けるのである。そのどこかを上から見下ろせる所がないか、来る前から地図で調べていた。はっきりは分からないが、見えるかもしれない場所はある。せっかくここまで来てこんな駅で降りたのだから、そこへ行ってみる。それは踏切の道を右へ行けば良さそうである。速足でそちらへ行けば、右手に民家があり、炭焼きでもしているのか、人が2人いた。ハイキングの人なども来るようで、そこまでよそ者も珍しくないのか、強烈な視線もなくホッとする。

 この正面下方に線路がある  好撮影地ではないがとにかく列車が見えた

 踏切から速足で1分、道路が右へカーヴしており、下を見下ろせる所がある。見れば樹々の間を通っている線路がはるか下方に見え隠れしている。道路はこのカーヴの先、急勾配で下っているので、先へ行けばもっと線路に近づけるのかもしれないが、時間がない。良い写真にはならないが、ここで乗ってきた列車を見ることにする。望遠レンズに付け替えて待つこと1分、左から右へ、乗ってきた列車が走り去るのが見えた。

 踏切から見るバゾヴェツ駅  バゾヴェツ駅舎

 この4分間は忙しかったが、後はたっぷり時間がある。まずは駅へ戻り、改めて駅をゆっくり観察する。さきほどの2人はまだ駅舎前で雑談しているので、ハローと声をかける。別段気にしていないみたいだが、英語は通じないようであった。あちらも言葉が通じないことがわかっているのか、それ以上は関心も示さず、雑談を続けている。

 駅は、もう痕跡もほとんど残っていないが、かつては交換できる複線だったように思われる。そして駅前にはちゃんと、このあたりの地理歴史を説明する2ヶ国語の案内板があり、地図もあった。地元の人しか下車しないような駅でもなさそうで、それはそれでホッとする。駅舎のすぐ脇から下へ降りる道があり、その道沿いにも民家が結構あるようだ。駅前の地図を見て気づいたのだが、この駅舎横の道を降りていくと、さっきの下の線路を越えて道が先へ続いている。もしかすると、こちらを行けば、ループ線の下を通る列車の写真をもっと良く撮れる場所があるのかもしれない。さすがのグーグル・ストリートヴューもこの道まではカバーしていないので、行ってみなければわからないのだが。

 駅前にはわかりやすい地図があった  バゾヴェツのホーム端からクラステツ寄り

 ホームの一番クラステツ寄りに立つと、トンネルが見える。地図によれば、あのトンネルのすぐ手前あたりの下を、ループ下の線路がトンネルで通っている。線路脇を歩いて行ってみたい気もするが、恐らく何も見えないだろうから、やめておく。とにかくバゾヴェツは、ループの中にある駅で、日本だとただ一つ、肥薩線の大畑がそうである。

 さて、次に乗るスタラ・ザゴラ行きまでのバゾヴェツでの待ち時間は1時間20分。バゾヴェツは民家はパラパラと見られるが、店一つない所である。下を走る列車を撮り、戻って駅をじっくり観察しても、まだたっぷり1時間ある。そこでやはり、一つ手前のクラステツまで、歩くことにした。事前にグーグルマップで調べてあり、それによれば、バゾヴェツからクラステツまで、徒歩だと3.4キロ47分と出る。といっても、言葉も通じない外国の辺境だし、獣が出る所かもしれない。今日は雪解けの暖かい日だから、これが北海道なら熊が冬眠から醒めて出てきそうな日和だ。だから実際の決断は天候も見て、来てから決めようと思っていた。さきほどクラステツでは山歩きの人が下車していたし、バゾヴェツにも、山歩きのための新しい標識が2ヶ国語で整備されている。これなら大丈夫であろう。

踏切を渡って振り返った所  振り返ってみるバゾヴェツ集落の入口

 まずは駅の先の踏切を渡る。いきなり登り坂で、すぐ左右に分かれるので、左へ行く。樹々の間からバゾヴェツ駅を見下ろしつつ進む。人家は駅の上に1軒、振り返ればバゾヴェツ集落の家が数軒。その先はもう何もない山道になる。そのあたりに一組、ハイキングなのか、中年女性が2人いたので、ハローと声をかけると、あちらも応答してくれた。閉鎖的な田舎で地元の人に怪しがられるかもと思ってきたバゾヴェツだが、そういう感じもなく、降りて良かったという気持ちになれた。

 ひたすら登り坂の山道が続く  新しい標識は英語表記もあり一安心

 そこから先は、クラステツの駅に着くまで、全く人と出会わなかったし、車も1台も通らなかった。予想外だったのは、結構な登り坂が続くことと、気温も思ったより高かったことで、厚着してきたため、途中でジャケットもセーターも脱いだのだが、それでも汗をかいてしまった。大丈夫とわかっていても、時間も気になって速足で歩いたから余計である。


クラステツ Krastec


 この山道の最高地点は全行程を4分の3ほど行った所で、クラステツの駅への少し広い道へ合流する手前である。そこまでも一時的な下りはあったが、概ね登りであった。このサミットは水系で言うと、クラステツ側はギリシャ・トルコ国境でエーゲ海に注ぐマリツァ川の支流の支流であるボルシュテンスカ川、バゾヴェツ側はルーマニア・ウクライナ国境で黒海に注ぐドナウ川の支流の支流、ベリツァ川のそのまた先端の名もない流れという、まさに天下分け目のサミットなのである。つまりこの鉄道は、天下分け目のサミットを、南北2つのループ線といくつもの短いトンネルで越えているわけだ。今の技術なら長いトンネル1本で高速新線でも造れるだろうが、将来に渡り、そういうものは出来ないだろう。現在のこの区間が開通し、旅客営業が始まったのは、1913年9月1日とのことである。

 山道の最高地点と思われるあたり  左から下りてきて右へ行く

 地図では、山道から合流する方の道は主要道のように描かれていたが、幅が広くなっただけで、相変わらず人も車も全く見かけない。交差点にはクラステツ1キロという大きな道路標識もある。まだ時間に余裕はあるが、それに従い、そちらへ向かう。地図によれば、この交差点から逆方向へ行けば、400メートルほどでボルシュテンスカ川の源流にたどり着く筈である。

 クラステツの集落入口を告げる標識  少し高い所に人の住んでいる家が数軒あった

 そこからこれまでよりずっと勾配の緩い下りの道を歩くこと7分、久々に道路の右手に大きな建物が見えてきた。しかし近づいてみれば廃墟である。その左手、少し高い所に民家が数軒ある。これがクラステツの集落だろうか。そこまで来れば、すぐ前方が駅であった。列車の発車時刻までまだ23分。少し早く着きすぎたかもしれない。もっとゆっくりのんびり歩いてくれば良かったのだろうが、後からだから言えることである。

 クラステツ駅に着いた  切符売場もある待合室内部

 さっそく駅を観察する。駅舎は古くて所々痛んでいるが、大きく立派で、今も待合室の役割を果たしている。切符売場の窓口が2つあるが、閉鎖されていて、それらしき通知の貼り紙があった。きっと切符は車内で買うようにと書いてあるのだろう。トイレもちゃんと使えるし、手も洗えた。駅前に犬が一匹、長い鎖でつながれている。おとなしく人懐こい犬である。

 本屋前ホームからバゾヴェツ方向  貨物駅跡と思われる錆びた線路群

 ホームは2面3線で、その奥に引き込み線などもあり、貨物駅の跡らしきものもある。今も列車が2分停車するダイヤになっているのは、前後にループ線があるので時間調整のゆとりを持たせているのかもしれないが、利用者が多かった時代の名残りなのかもしれない。

 スタラ・ザゴラ行きが定刻に到着  クラステツに停車中の列車

 そうこうしていると駅員が出てきたので、英語が通じるかわからないが、切符を買いたいので「チケット?ビル?」と聞いてみる。やはり英語は通じないが、意味はわかったようで、車内で買えというような返答だったようである。どこからともなく中年男性が一人現れ、駅舎前のベンチに座っている。やがて定刻に、バゾヴェツ方向から、やはり電気機関車プラス客車2輌のスタラ・ザゴラ行きが現れた。さきほどは大勢降りて賑わった駅だが、早い午後の時間は静かで、乗車は私とあと1名、降車客は無し。


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