欧州ローカル列車の旅 > 2013年 > セルビア・ハンガリー > スボティツァ〜ベーケーシュチャバ (2)

スボティツァ〜ベーケーシュチャバ 目次


目次 (1) スボティツァ Subotica
パリチ Palić
スボティツァ〜ホルゴシュ Subotica - Horgoš
(2) ホルゴシュ〜レースケ Horgoš - Röszke
レースケ〜セゲド Röszke - Szeged
セゲド〜ベーケーシュチャバ Szeged - Békéscsaba

ホルゴシュ〜レースケ Horgoš - Röszke


 ようやく発車時刻が来た。国境駅ホルゴシュの発車は定刻で、早発はしなかった。新規の乗客も現れず、客は私一人だけである。ということは、乗客ゼロで走ることも珍しくないのだろう。こういう国際列車で国境を越える旅は、理屈抜きに愉快だ。

 ホルゴシュを過ぎ国境へ向かう草深き細道  国境手前のセルビアで最後かもしれない踏切

 ホルゴシュからハンガリーのレースケまでは、トーマス・クックの時刻表によれば、7キロある。地図によると、そのほぼ中間が国境のようである。特に川があるわけでもなく、相変わらず平坦な平原で、どういう経緯で画定されたのかと思うような、何でもない所に国境線が引かれている。線路の方は、相変わらず整備状態が悪く、20キロ制限がかかっている。後方運転台に行って速度計を見てみるとピッタリ20キロで走っている。発車時刻もいい加減だし、車掌が禁煙の車内で煙草を吸うようなお国柄ではあっても、安全に関する規制はしっかり守っているようであった。

 時速20キロでゆっくりと走る

 国境を越えたらしいと思うあたりから、列車はスピードを上げた。40キロ制限の標識が現れ、列車も今度はピッタリ40キロで走る。軌道の保守は、当然、国境から先はハンガリー国鉄の担当になるわけで、ハンガリーの方がある程度は手を入れているというわけだろう。これだけをもってセルビアとの国力の差と決め付けるのはどうかとは思うが、旧東欧からEUに加盟した中でも比較的優等生と言われるハンガリーと、未だコソボ問題などでくすぶるセルビアとでは、やはり経済状況も異なるのであろう。それがこういった、重要ではない末端のインフラにかけられるコストの差となって現れているに違いない。

 国境を越えてもスピード以外は何も変わらず、単調な景色と乗り心地のまま、レールバスは淡々と走る。そして風景に変化もないまま、減速し、ポイントをガタガタと渡って、終着のレースケに着いた。周囲に家も見られない寂しい所にある駅であった。

 レースケ駅

 これから乗る接続列車のセゲド行きは、既に到着している。そのセゲドから来てスボティツァ方面へ向かうと思われる客が数名、この列車の到着を待っていた。ホームで待っていた、と書きたい所だが、この駅には何とホームが無い。

 こちらは列車が停まってもすぐには降りられない。ここでハンガリーの税関職員と入国審査官が乗り込んでくる。最初に男性の税関職員が、酒や煙草があるかと私に訊く。きっとセルビアの方がずっと安いのだろう。だから買出し客から税金を取るのが彼の主要な任務と思われる。身軽な荷物の東洋人旅行者一人では張り合いが無いことだろう。すぐに降りていって駅舎内に消えてしまった。次に若い女性の入国審査官が私のパスポートを取る。私だけではなく、運転士と車掌のパスポートも同様に回収して、列車を降りていった。そうか、と思う。公務員たる鉄道職員の業務といえども、セルビアのパスポート保有者であるから、ここではハンガリーの入国審査を受けなければならないのだ。

 セゲドからの乗り継ぎと思われる客が乗り込む

 2分ほど待つと、彼女がパスポート3冊を持って車内へ戻ってきた。各自にパスポートを返却する。そして無罪放免になったかのごとく、私も車外へ出ることができる。ホームで待っていた人達は、既にハンガリーの出国審査を終えているらしく、このレールバスへ乗り込む。私はその逆で、ハンガリーの気動車に乗り込むべきであるが、発車まで時間があるので、駅周辺を散歩したい。何もなさそうなことはわかるが、車内で待っているだけでは詰まらない。

 審査官の目があるので一旦は乗り込んだものの、やはり面白くないので、降りて改めて両方の車輌を眺める。ハンガリー国鉄の小型気動車は、以前にハンガリーを旅行した時にも何度となく見かけて、何とも可愛らしい車輌だと思っていたが、セルビアのレールバスと並んだ今日は、立派な大型車に見える。


 駅前へ出ようとすると、入国審査官の女性が、一体どこへ行くのか、これに乗れ、といった感じで、ハンガリーの気動車を指す。英語が通じるのかどうかわからないが、わかっているよと身振りで示して、駅前へ行ってみる。多少怪訝な顔をされたものの、追いかけてくるわけではないので、駅前の写真を撮る。だがここは何という凄い駅前であろう。未舗装の細い道路が来ているだけで、見事に何もない。後で地図で見てみると、レースケというのは一応小さいながらも村であって、人家もそこそこある集落のようであるが、駅からは少しばかり離れているのである。よって駅前はまるで秘境のごとき様相を呈している。

 まるで秘境のようなレースケ駅前  スボティツァ行きレールバスが一足先に発車

 12時35分、先に私が乗ってきたレールバスが、折り返しスボティツァ行きとなって定刻に発車していった。こちら、ハンガリー国鉄のセゲド行きは、12時45分発である。レールバスが行ってしまうとますます寂しく、何もなくなってしまう。この時間なら、レースケの住民が最寄りの主要都市セゲドへ行く需要もありそうなものだが、そんな人は誰も現れない。スボティツァ行きが停まっている間は駅舎の前に立っていた出入国審査官も、もう引き上げてしまっている。「国際列車」が出発してしまったことで、彼女の監視の任務も終了なのだろう。あとは私も静寂そのもののレースケで、発車を待つだけである。


レースケ〜セゲド Röszke - Szeged


 12時45分、こちらセゲド行きも定刻に発車する。乗客はやはり私一人だった。セゲドまで途中駅はない、一駅だけの列車である。レースケ〜セゲド間は、12キロあって、所要時間15分。ハンガリー領内でもレースケから国境寄りは40キロ制限であったが、こちらは60キロぐらいで快走する。セルビアのレールバスの後だからかもしれないが、安定した頼もしい走りっぷりを感じさせてくれた。

 他に乗客もいない一駅だけの連絡列車  セゲド駅に到着

 セゲドは、ブダペスト、デブレチェン(Debrecen)に次ぐハンガリー第三の主要都市で、セルビアとルーマニアとの三国国境近くに位置している。駅は欧州に多い行き止まりの終着ターミナル駅タイプである。よって、セゲドが近づいてくると、ブダペストからの複線の幹線が近づいてくる。そのあたりから、森の中をのんびり走るローカル線ではなくなり、列車はスピードを上げた。沿線に建物も目立つようになる。

 トラムの発着するセゲド駅前  セゲド駅の内部は重厚そのもの

 セゲドは、広々としたホームを持つ駅で、主要駅の風格はあったが、頭端ターミナル式の構造ではなく、ホームと駅舎の間は構内踏切で結ばれていた。そのせいか、田舎駅の長閑な風情も併せもっている。しかし駅舎は大変立派で豪華な造りであった。


 駅は街の外れにあるようで、正月明けの日曜の今日は閑散としていた。駅前にトラムが発着しており、これで市街地へ簡単に行けそうである。ハンガリー第三の都市だから、見所も色々ありそうだが、駅前は場末の田舎町といった雰囲気である。

 今日の最大目的は、スボティツァからセゲドまでのマイナーな国境越えルートだったので、セゲドに着いた時点で私は十分満足であった。あとは今日中にブダペストに着ければいいので、特に予定は決めていなかった。セゲドの街歩きというのが一つの候補であったが、何となく曇天でパッとしない天気のこともあるし、距離的には乗り足りない気もするので、もう少しローカル線を乗り継いでみることにした。セゲドについて何も調べて来なかったから、という理由もある。


セゲド〜ベーケーシュチャバ Szeged - Békéscsaba


 セゲドで乗り継ぐ列車は、13時21分発のセゲド発ベーケーシュチャバ(Békéscsaba)行き普通列車である。97キロを1時間49分で走る路線で、1〜2時間に1本、運転されている。


Thomas Cook Rail Map Europe 18th Edition より引用

セゲドもベーケーシュチャバも、ブダペストから放射状に延びている幹線上の駅であり、これから乗るローカル列車は、三角形の底辺を結ぶ路線の一つである。東京なら身延線なり両毛線なり色々あるが、ハンガリーにもこういう路線は多い。しかもここは途中2つの駅でさらに分岐する路線がある。ハンガリーには、各地を結ぶローカル線がまだまだ多く走っている。その多くがローカル線であり、気動車1輌という路線もあるが、これから乗る列車は、ディーゼル機関車に牽かれた4輌編成の客車列車であった。1輌の気動車、特にレールバスなどは楽しいが、それも堪能したので、今度は趣向を変えて、日本では完全に消滅してしまった客車鈍行列車。それに乗れるというのも、セゲドの街歩きの魅力を上回ったという次第である。

 セゲドを定刻に発車。ガラガラである。最初の停車駅、セゲド・ロークス(Szeged-Rókus)までは8分かかるが、そのうち4分ほどは、今通ってきたところを戻る。街を取り囲むように3分の1周ぐらいの右カーヴが続く。それが終わるあたりで線路は三方向へと分かれる。真っ直ぐ行くのがブダペストへの幹線で、左へ大きくカーヴしていくのが、今乗ってきたレースケ方面、そしてこの列車は右へゆるやかにカーヴしていく。

 そうして街外れという感じの所を進むと、セゲド・ロークスである。まだセゲドの市内で、路面電車もこの駅前へも来ている。ここで早速4分停車して、反対列車と行き違う。あちらも同様の4輌編成の客車列車で、やはり空いていた。ホームには駅員が出ており、女性の車掌がホームに降りている。日本でも20年前ぐらいまで見られた汽車旅の光景が、この国ではごく普通に見られる。

 セゲド・ロークス駅で反対列車と行き違う  反対列車の車掌さん

 次のアルジェー(Algyő)は、セゲドもすっかり抜け出たというあたりの郊外駅で、手前に貨物扱い場があった。中規模の駅舎があり、ホームにおばさんの駅員が立っているが、乗降客はいない。

 単調な草原地帯を淡々と走り、小さな町に入ったあたりで、左手から単線の線路が寄り添ってくる。合流した所にある小さな駅が、ホードメゼーヴァーシャールヘイー・ネープケルト(Hódmezővásárhelyi Népkert)という、絶対覚えられそうもない長い駅名である。小さい駅だが乗換駅だからか、肉声の放送まである。その狭いホームで小型気動車2輌の列車と行き違う。あちらは今分岐してきた支線に入る列車なので、こちらの列車から好接続であり、乗り換えた人もいた。だがあちらも空いている。

 小型気動車2輌の列車に接続  ホードメゼーヴァーシャールヘイの街並み

 次がホードメゼーヴァーシャールヘイ(Hódmezővásárhely)で、市の中心駅である。ここは駅間が2キロと短い。途中の車窓にはイギリス系のスーパーマーケットであるテスコが入るモダンなショッピングセンターが見えた。今日は日曜だから、ハンガリーの普通の店は休みだろうが、車がそこそこ止まっているところをみると、スーパーは開いているのだろう。当たり前の現代生活が営まれているのを改めて感じる。対する鉄道の方は、時代がかった雰囲気を引きずって、古びた駅に着く。大きい古い駅舎で、案内放送まであるが、乗降客は依然として少ない。右側には多数の側線があるが、使われなくなって久しいようである。

 ホードメゼーヴァーシャールヘイ駅  クートヴェリ駅

 街を抜けるとまた大平原が続く、単調な車窓と乗り心地である。クートヴェリ(Kútvölgy)という駅は、草原の中の寂しい駅で、乗降客もいなかったが、そんな駅にも女性駅員がいて、しっかりと発車合図を出して、列車を見送っている。次のセークタス(Székkutas)も似たようなもので、やはり女性の駅員がいた。日本の国鉄末期の閑散線区は、駅員はほぼ男性であった。その点は違うが、それを除くと印象が重なる部分が多い。

 セークタス駅  大平原がひたすら続く単調な車窓

 今度は右から支線が合流してきて、オロシュハーザ(Orosháza)に着いた。車窓からはさほどの都市に見えなかったが、やはり平原の中にある都市の一つである。ここで乗客が増えて、ようやくガラガラのローカル線という雰囲気が払拭された。支線から乗り換えてきた人もいるだろう。大きなバッグを持った若者が多い。逆にこちらの列車からローカル気動車へ乗り換える客も少数いる。


 オロシュハーザからは駅間距離が若干縮まり、5〜8分に一度、駅に停まる。単線の無人駅もあるが、交換駅は大体、立派な駅舎があり、駅員がいる。最後の途中駅、テレクゲレンダース(Telekgerendás)も、そんな駅の一つで、新しい駅名標もついていたので、これでも廃線に向かっているわけではなく、今後も徐々に近代化されていくものと思われる。

 テレクゲレンダース駅  ベーケーシュチャバの立派な駅舎

 そして、おもむろに右へカーヴをすると、左から立派な複線電化の幹線が寄り添ってきて、ベーケーシュチャバの街へと入った。ベーケーシュチャバは、セゲドよりはずっと小さな都市である。しかし鉄道の要衝としては重要で、ブダペストからここを通ってルーマニア西部へとつながる幹線鉄道が通っている。ルーマニア国境まではあと30キロ余りで、日に数本の国際IC特急も通っている。そして私が乗ってきたセゲド方向からとともに、反対の北東方向からもローカル線が合流する、一大ジャンクションとなっている。古さは目立つものの、壮大な駅舎があった。しかし、そんな主要駅で、広い構内を持つのに、都市の格が低いからなのか、駅には跨線橋も地下道もなく、途中の小駅同様の細いホームも多い。

 駅は大勢の人で賑わっていた。静かだった昼のセゲドを含めて、ハンガリーの鉄道はこの先大丈夫だろうかと心配もしたが、それは杞憂だったようだ。もっとも今日は日曜日、しかも正月休み最後という、移動の多そうな日である。その夕方、帰省Uターンラッシュのピークなのであろう。支線から乗り換えの人、駅の外からやってくる人、その多くがブダペスト行きのホームへと集まってくる。今度の列車は15時18分発、ルーマニアからやってくる、インターシティー特急ブダペスト行きである。

 支線の着いたホームは広さもある  ブダペスト行きIC特急が狭いホームに到着

 そういう幹線の主要駅であり、支線は広いホームに着いたのに、ブダペスト行きのホームは群小の小駅と同じ狭小ホームであった。線路の両側にホームがあり、その両方へと人が集まる。これはさすがに危険ではないかと思ったが、間もなく重厚な電気機関車に牽かれた長大な列車が、ごく普通の進入速度でゴーッという音を立てながら入ってきた。客車は8輌つながっていた。ドアは両方とも開く。既に席の大半が埋まっており、ベーケーシュチャバでほぼ満席になったようである。車内は若い人が多く、教科書やノートを開いている大学生も多い。ブダペストまで2時間半。ブダペストのアパートなり下宿なりに着いて夕食を食べ、明日からの仕事や学校に備えるのにちょうどいい時間帯の列車なのであろう。



欧州ローカル列車の旅:スボティツァ〜ベーケーシュチャバ *完* 訪問日:2013年1月6日(日)


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