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ジェチーン〜ポトゥーチキ 目次


目次 (1) ジェチーン Děčín
ジェチーン〜モスト Děčín - Most
モスト〜カルロヴィ・ヴァリ Most - Karlovy Vary
(2) カルロヴィ・ヴァリ〜ポトゥーチキ Karlovy Vary - Potůčky
ポトゥーチキ Potůčky
カルロヴィ・ヴァリ Karlovy Vary

カルロヴィ・ヴァリ〜ポトゥーチキ Karlovy Vary - Potůčky


 そんな駅前の観察をしているうちに、乗る列車が入ってきていた。濃淡2色のイエローにグリーンを配したデザインの2輌ユニットの気動車で、チェコのこのエリアでしばしば見かける車輌である。写真を撮っていたので最後に乗り込むと、思いのほか乗客が多く、窓側の席には座れなかった。平日の13時だから空いていると予想していたので、意外であった。

 発車するとすぐに、女車掌が検札に回ってくる。乗り放題の切符なので、普通なら見せて終わりである。ところがこの車掌は、どこで降りるのかと聞く。いや、そう言っているとは思うのだが、チェコ語なので実はわからない。当方はあいにく、今回は準備不足の上、第一候補はこの路線ではなかったし、ポトゥーチキもヨハンジョルゲンシュタットも、長くて覚えにくい地名なので、急に聞かれても答えられない。しかし乗り放題なんだから、どこでもいいじゃないか、と思ったし、これまでの経験では、チェコでこういう切符で下車駅を執拗に聞かれたことなど一度もなかった。だがこの車掌が引き下がらないのは、何故かとピンときた。終点のヨハンジョルゲンシュタットがドイツだからである。チェコ語のできない外国人だから、ドイツへ抜けるのではないか、それはこの切符ではままならぬぞ、と思って、下車駅を確認したいのだろう。そこで、終点の一つ手前の駅だ、駅名は忘れてしまった、と英語で言うのだが、英語が全く通じない。近くの席の若者が通訳をしようと聞いてくれたが、彼も英語初心者で、こういう複雑な事までは理解してくれない。だが、笑顔一つ見せないきつい顔のこの車掌は、引き下がらないのである。あ、そうか、と思いついて、鞄からトーマス・クックの地図を出して、ポトゥーチキのところを指しながら地図を見せた。そうしたらあっさり納得してくれて、先へと進んでいった。

 カルロヴィ・ヴァリ郊外の車窓(帰路に撮影)

 こうなると、ポトゥーチキで降りないわけにはいかなくなった。実は私は、ヨハンジョルゲンシュタットまで行こうかどうしようかと迷っていたのである。ポトゥーチキとヨハンジョルゲンシュタットは、僅か2キロで、線路沿いの並行道路こそないものの、国境を越えて歩ける道路はある。準備不足と言いながらも、国境は特に好きなので、ここだけはグーグル・マップを一度ならず眺めていたため、その程度は頭に入っている。一番の理想は、この一駅間を片道は列車で、片道は歩いて国境を越えることだったのだが、この列車のヨハンジョルゲンシュタットでの折り返し時間は12分しかないので、走っても無理である。そこで次に、滞在時間12分しかなくても、ヨハンジョルゲンシュタットまで行くか、それとも国境手前のポトゥーチキという所で降りてみようか、そこは決めかねていた。それはポトゥーチキに到着する瞬間に車窓を見て最終判断しようと思っていた。

 もちろん、切符の問題はある。しかし数年前に、やはりチェコの乗り放題切符でスロヴァキアへ乗り越した時は、スロヴァキアの運賃を別途払おうと思って車内でチェコの車掌に自発的に申し出て、行き先を告げたのだが、彼は切符を見ただけで行ってしまった。国境を越えて車掌が交替し、スロヴァキアの車掌が検札に来たので、今度こそ払おうと思ったが、その車掌も切符をしげしげと見た挙句、オーケーと言って行ってしまったのである。大らかなのかいい加減なのかわからないが、そんなものだと思っていたから、今回も、ヨハンジョルゲンシュタットまで乗ろうと思えば何とかなると軽く考えていた。もちろんドイツ区間の運賃は請求されればちゃんと払うつもりだったし、ヨハンジョルゲンシュタットから乗る場合は、ポトゥーチキまで1駅の切符を買ってから乗るつもりであった。だが今日はあの怖い女車掌がいる限り、今さらヨハンジョルゲンシュタットまで乗り越したりしたら、言葉がわからないからといって警察にでも連れていかれかねない。

 ヨハンジョルゲンシュタットは、ドイツ側の国境都市だが、人口が最盛期の10分の1近くに減っているという、寂れゆく旧東独を象徴する都市の一つらしい。戦後しばらくはウラン鉱などの鉱業で栄えたが、長続きせず、東西ドイツ統一後、今度は繊維や家具などの軽工業が目に見えて廃れていったという。今、市街地を歩いても空き家だらけらしい。そんな街を観察するのに12分では無理だが、とりあえずは行ってみたいという気持ちが半分、せっかく行くのなら時間を取ってゆっくりすべきだから今回はポトゥーチキという所を見てみようかという気持ちが半分、である。

 乗客は多いが、英語のわかる人など誰も乗っていないのかというようなローカル列車は、カーヴを繰り返しながら、徐々に勾配を上っていく。カルロヴィ・ヴァリの街も果てたが、人家は結構ある。20分ぐらいは各駅で多少の乗降はあるものの、大きな変化はなく、ほとんど空かないし、窓際の席も空かなかった。

 大量に下車したネイデク駅  ネイデク・ザスタヴカ停留場

 ネイデク(Nejdek)という少し大きな駅に着いた。着く前から立ち上がってドアへ向かう人も多少いたから、ここで少し空くのかな、と思って見ていると、停車してドアが開いてから、次から次へと席を立つ人が続き、結局4分の3ぐらいの乗客がここで降りてしまった。到着前から降車口に長い列を作らず、停まってからおもむろに席を立つ人が多いのは、日本でもそうだが、ローカル線らしい降り方である。もとよりネイデクなど、聞いたこともない町だし、車窓から見ても、多少は建物が建て込んでいるものの、高いビルやアパート群があるわけでもない普通の田舎町だ。だがとにかく、カルロヴィ・ヴァリから26分という適度な距離でもあり、この両駅間の利用者が特に多いようだ。

 ネイデク・ザスタヴカ付近  ヴィソカ・ペツ駅

 一気にガラガラになり、ローカル線のイメージにふさわしくなった列車は、さらに先へと進む。カーヴを繰り返しながら勾配を上がっているのはわかる。ネイデクの次に、ネイデク・ザスタヴカ(Mejdek zastávka)という単線の小さな駅がある。この「サスタヴカ」が後ろについた駅名は他にも結構ある。チェコ語で、ドルニ、ホルニは、日本でいう下と上だというのは知っていたが、ザスタヴカとは、東西南北のどれかかな、ぐらいに思っていた。だが後で調べると、停留場とか乗降場といった意味らしい。つまり、ネイデク駅とネイデク停留場は別の駅なのである。

 ヴィソカ・ペチュ付近  ノヴェ・ハムリ駅

 列車は北上し、ヴィソカ・ペツ(Vysoká Pec)、ノヴェ・ハムリ(Nové Hamry)と、古びた駅舎のある駅に停まり、各駅で少しずつ客を降ろしていく。その次に、またネイデク・ティソヴァ(Nejdek-Tisová)という、ネイデクのつく駅が現れる。ネイデクが随分奥まで広がっている自治体なのか、それともまたネイデクに舞い戻ってきたのか・・・普通に考えれば奥まであると思うだろうが、ここは違う。勾配緩和のためだろうが、線路はノヴェ・ハムリのあたりでぐるりと方向転換し、再びネイデクに近づいているのである。後で地図を見ると、ネイデク・ザスタヴカから、ネイデク・ティソヴァまで、鉄道の営業距離は7キロだが、直線距離では1.5キロほどしかなく、割とまっすぐの道もある。この間の列車の所要時間が13分だから、ネイデク・ザスタヴカで降りて走れば、ネイデク・ティソヴァで再びこの列車に乗れるかもしれない。実際はきっとかなりの登り坂できついだろうが、逆なら十分できそうだ。特に帰りの列車は、ノヴェ・ハムリで列車交換のため4分も停まるので、16分かかっている。1.5キロの下り坂を16分なら、走らなくても間に合うかもしれない。こういうのを見つけると、次回やってみたくなる。これは一種の鉄道病だろう。

 ガラガラとなった車内  リクエスト・ストップ用ブザーは5ヶ国語表示

 ネイデク・ティソヴァの次に、またネイデクのつく駅が続くが、リクエスト・ストップで停車しない駅もある。最近のチェコの車輌には、ワンマンバス同様、下車を知らせるボタンがついている。古い車輌には無いので、その場合は事前に車掌に申し出ないといけないが、チェコも段々乗客が減って、リクエスト・ストップが今後ますます一般的になると見越して、最近の車輌には下車知らせボタンをつけるようにしたのだろう。欧州のローカル線ではすっかり当たり前に普及したリクエスト・ストップを見るたびに、これが日本で全く行われていないのが不思議で仕方ない。JR北海道などは、札幌近郊以外の普通列車は全部このシステムを導入して、小駅では乗降客がいる時だけどの駅でも停めてあげれば利便性も増すのに、と思ってしまう。

 ペルニンク付近  ペルニンク駅

 そんな事を考えながら、カーヴを繰り返しながら山へ分け入っていく車窓を眺める。ちょうど紅葉の時期なので、晴れれば綺麗だろうが、今日はどんよりと曇っている。黄色はなかなか鮮やかだが、日本のような赤系統の素晴らしい紅葉は見かけなかった。

 ホルニ・ブラトナ駅  ホルニ・ブラトナ付近

 再びネイデクを脱出し、高原らしい趣のペルニンク(Pernink)、続いてホルニ・ブラトナ(Horní Blatná)と、また数名ずつ客を降ろす。ホルニ・ブラトナを出ると、私の乗っている2輌目は、他に1人しか客がいなくなった。このあたりがこの路線の最高地点で、ここから緩やかに下っていく。観光地も何もなさそうな田舎に見えるが、周辺にはいくつかのスキー・リゾートが点在しており、冬は賑わうらしい。きっとドイツ側から割安感を求めて来る人が多いのだろう。ホルニ・ブラトナから駅間距離が長くなり、森の中を進み、ポトゥーチキの手前にある、ポトゥーチキ・ザスタヴカ(Potůčky zastávka)という停留所駅に停まり、1人だけ客を降ろした。

ポトゥーチキ Potůčky


 そして国境駅ポトゥーチキに着いた。本当に何もない所だが、他に2名、下車客がいた。降りた人は当然ながらすぐ散ってしまい、列車の発車を見届けたい私一人になった。今や無人の小駅に過ぎないが、国境駅だから、時刻表での停車時間が5分も設けられている。

 普通の人なら、こんな何もない詰まらん所、となるわけだが、一部の鉄道好きは、この何もなさに異様な興味を示す。私もその一人であり、我ながら物好きだとは思う。しかしそれにしても、何という雰囲気であろう。まさに絵に描いたような、寂れた国境駅の現代版である。それなりに立派で大きな駅舎はあるが、閉鎖されて入れなくなっている。一応、狭い島式ホームがあり列車交換ができ、さらに引き込み線も1本あるが、使われている線路は1本だけで、他のレールは錆びている。恐らくかつては引込み線か国境管理事務所でもあったであろう部分は、更地になっている。それだけである。そして寂しく先へ続いている線路の正面の丘の上に、家が何軒か見える。あそこはもうドイツの家である。

 ポトゥーチキ駅  ドイツへと走り去る客のいない列車

 ここでの5分は案外長い。あの女車掌が私の行動をずっと見張っていたらいやだなと思ったのだが、それもなさそうなので、駅や列車の周囲を歩き回り、色々な角度から写真を撮った。その際気づいたのだが、列車内には一人も乗客がいないようであった。

 欧州で人がいなくなって寂れた国境は、いくつも見てきたが、ここまで壮絶に寂れた所は少ない。ここはチェコのはずれのドイツとの国境駅。シェンゲン協定以前はここでチェコの出国審査があった。社会主義の時代は、チェコの人はドイツへの自由旅行すらままならなかった。そんなに大昔ではなく、中年以上の人は、皆その時代を経験してきている。この国境駅にも、この先へ行きたくても行けなかった人たちの怨念が詰まっているかもしれない。そんな国境手前で降ろされ、というか、降りざるを得なかった今日の私は、それとは全く別の理由だが、この駅にはそんな雰囲気が漂っている。だがそんな時代は過ぎて、今は誰でも自由に国境を超えてドイツへ行ける。それなのに、あの列車には乗客は誰も乗っていなかった。

 という風に、最初は元社会主義国のチェコから見たドイツ、として見ていたのだが、考えてみれば、この国境の先は、ベルリンの壁崩壊までは、同じ社会主義国の東ドイツだったのである。当時は盟友だった筈だ。それが、先にあちらが統一ドイツとなり西側の一員となってしまった。その2年後に今度はこちらがチェコスロヴァキアからチェコになった。並行してチェコも民主化が進み、10年後にはチェコもEUに加盟した。この国境も、戦後などと言わなくても、もっと最近の時代に色々変化しているわけだ。そんな感慨にふけりながら戻る列車を待てば、退屈もしない。けれどもやはり、国境の向こうのヨハンジョルゲンシュタットを見てみたかったと思う。次回はちゃんと有効な切符を持って、ここを列車で超えてみよう。

 駅付近は静かで寂しい所  駅前の川を渡る橋

 今の列車がヨハンジョルゲンシュタットで折り返して戻ってくるまで、15分ほどあるので、駅前の細い道を歩いてみる。間もなく小さな川を渡る橋がある。渡るとほどなく、色々なものが見えてきた。駅は見事に何もないが、ちょっと歩けば村がある。そういう所は他にもいくらでもある。だがここポトゥーチキは、国境の町。普通の寒村ではない。俄か作りのようなバラック建てのマーケットというのか、ショッピングセンターのようなものが現れた。

 その少し先に、立派なガソリンスタンドが見える。あの立派さからすると、ドイツの人がガソリンを入れに来て潤っているに違いない。国境につきものの光景である。

 橋を渡ると雰囲気が変わった  ポトゥーチキのマーケットの一つ

 マーケットは日用雑貨や保存の利く食料品、そして酒タバコの店が多かった。明らかに、今晩のおかずの生鮮品を買いに来るところではなく、車でまとめ買いをしに来るところである。広い駐車場が設けられているので、きっと週末は賑わうのだろう。今は数台しか停まっていないが、例外なくドイツのナンバーであった。そして店員にはアジア系の顔つきをした男性が多い。中国系かと思うが、改めて、したたかだなと思う。値段の表示は全てユーロであった。私も帰りの列車用に、缶ジュースとお菓子を買った。ユーロの小銭はホテルに置いてきてしまったので、コルナを出したら、もちろん問題なく受け取ってくれた。

 折り返して戻ってきた列車

 霊気すら感じた駅から、一気に世俗的な商売と生活の世界に来てしまったが、こういったことも国境地帯の面白さである。ここはなかなか興味深い。やはり15分ではなく、2時間後の次の列車までここで過ごし、歩いて国境を越えてヨハンジョルゲンシュタットまで行ってみたい。日の長い季節なら、きっとそうしたであろう。だが今日は、2時間後の次の列車に乗る頃には真っ暗になってしまう。だからやはり、明るさの残るうちに、カルロヴィ・ヴァリに戻ることにする。

 後で調べると、ポトゥーチキは案外賑やかで、もう少し先まで歩けばもっと沢山の店があり、レストランなどもあるそうだ。観光地ではないが、現代版マーケット・タウンとして、特にドイツからの買い物客を当てにして開けているらしい。国境審査があった頃でも、ドイツ人はビザ無しでチェコに入れたから、こうした国境特需による賑わいの歴史も案外長いのかもしれない。きっと昔は列車で買い出しに来る人も大勢いたに違いない。日本のローカル線でも最近まで良く見られた、担ぎ屋のような行商人もいたかもしれない。しかし今や、誰もが車で来る時代となった。他の用事なら鉄道を使う人であっても、こういう場所にまとめ買いする目的なら、断然車だろう。

 さっきの列車がヨハンジョルゲンシュタットから折り返してきた。今度はドイツからの乗客が2〜3人いた。ここポトゥーチキでも私の他に2名、乗る人がいる。もちろんさっきの女車掌もいる。

カルロヴィ・ヴァリ Karlovy Vary


 発車すると、かの女車掌が検札を始めたが、私の所には来なかった。わかっているからいいのだろう。ああいう性格なら、形式的に必ずやるかと思ったが、そこまで固くもないらしい。

 マーケットで買ったビスケットで腹ごしらえをしながら、今しがた通ってきた車窓をまた眺めてのんびり過ごす。いくつかの駅で乗客が乗ってきたが、行きに大量下車したネイデクでも、今度は少ししか乗ってこなかった。よってカルロヴィ・ヴァリまで、ボックスに1人状態で、のんびりローカル線らしい旅を堪能することができた。

 カルロヴィ・ヴァリでは、行きに乗り換えた幹線との接続駅、カルロヴィ・ヴァリ駅では降りず、もう1駅、終点の、カルロヴィ・ヴァリ・ドルニ駅まで乗る。カルロヴィ・ヴァリで降りたのは4分の1ぐらいで、多くの客が、ドルニ駅まで乗る。カルロヴィ・ヴァリからの1駅だけ乗車の人も若干いた。

 ドルニ駅も、中途半端な古さを感じる駅ではあったが、本駅のようには痛んでいない。駅舎は、隣接するバスターミナルの待合所も兼ねた、小さな駅ビルであった。カルロヴィ・ヴァリの交通の結節点になっている場所らしい。駅前は繁華街とは言えないものの、何もない本駅に比べれば、ホテルも店もあり、それなりの街だと感じられた。そこから歩いて3分もすると、賑やかな商店街に入った。

 ここもまた、街はだいぶ近代化されている。鉄道は、沿線から駅に至るまで、一時代前のままだ。洋の東西を問わず、先進国・途上国を問わず、そういう所は結構多い。だから車より列車の方が車窓風景も楽しかったりもするのだが、ともあれ、旧態依然たる鉄道を降りて、街に入ると、何げに時代のギャップを感じてしまう。

 ドルニ駅付近の街並み  中心部の広場あたり

 カルロヴィ・ヴァリといえば、名前を知っている日本人なら、まず温泉を連想するだろう。だが、日本のような温泉地情緒はない。温泉といっても、健康や治療のために飲む温泉らしく、どこかに大浴場などがあるのかどうかはわからなかった。それよりは地域の中心として、ショッピングで賑わう街は、なかなか活気があり、曇天の晩秋の夕方でも寂しさを感じない。いい街である。

 歩行者天国の商店街  風情も満点の川沿い

 あとはもうジェチーンのホテルに戻るだけだから、遅くなっても構わないのだが、日が暮れた後の街をいつまでも彷徨っても仕方ないので、1時間弱滞在し、ドルニ駅17時06分発のヨハンジョルゲンシュタット行きに乗る。というか、私が16時08分にドルニ駅に着いた時に駅の時刻表を見たら、カルロヴィ・ヴァリ本駅方面の列車はこれが最初であった。この1駅の連絡列車みたいなのが別にあるのかと思ったが、やはりそんなものは無さそうであった。乗ったのは、さきほどポトゥーチキまで一往復してきたのと同じ車輌であった。車掌まで同じだったらいやだなと思ったが、今度は別の男性の車掌が乗務していた。時間的に、沿線、特にネイデクあたりに帰る人が多いと思われ、ボックス平均2名程度は乗っていた。私はこれに1駅だけ乗り、カルロヴィ・ヴァリの本駅で降りる。

 夕方のカルロヴィ・ヴァリ・ドルニ駅  市街地に近いがドルニ駅の発着列車は少ない

 その先のことを調べずに本駅に着いたところ、ジェチーン方面へ戻る列車は、18時22分発の各駅停車モスト行きまでない。それでモストまで行くと、モストでジェチーン行きの各駅停車に連絡する。それにしても、日没後のこの何もないカルロヴィ・ヴァリの本駅で、1時間以上待つのは退屈極まりないので、駅を出て歩いてみた。というのも、さきほどカルロヴィ・ヴァリの中心部を散策している時に、街の地図を見たところ、この両駅間は、営業距離こそ3キロあるが、線路はぐるりと大きく街を迂回しているので、直線距離では1キロもないことがわかったのである。

 寂しい駅を出て、薄暗い夜道を坂を下ると、ほどなく橋がある。それを渡ると前方右手に市街地が見えてくる。そこに入って最初の大きなラウンド・アバウトの交差点まで来ると、その先はもう市街地で、右手に行くと、何だ、という感じで、さっき歩いた商店街に出た。本駅から歩いて10分程度である。結局また同じ商店街をうろついて、18時過ぎに歩いて本駅に向かった。駅への上り坂もどうということなく、余裕で楽々と着いた。カルロヴィ・ヴァリはガイドブックに載るぐらいの街だから、こんなことはちょっと調べてくれば良かったのだろうが、まあ、それをせずに来てこうして発見する楽しみというのもあり、悪いことではない。

 道もわかったので、もしも次回、今回と同じプラハ発ヘブ行き急行列車に乗るチャンスがあったなら、そしてそれがカルロヴィ・ヴァリの本駅に定刻に着いたならば、12分後にドルニ駅を出る、マリアーンスケー・ラーズニェ行きに、走れば間に合うかもしれない。私のような遊びではなく、必要あって挑戦するそんな客も、ごくたまにいるのかもしれない。

 18時22分発モスト行き各駅停車

 これも帰って調べて知ったのだが、本線のカルロヴィ・ヴァリ駅は、地元ではカルロヴィ・ヴァリ・ホルニ駅と呼ばれることもあるらしい。ホルニ駅は、上駅のことで、対するドルニ駅は、下駅である。正式にはただのカルロヴィ・ヴァリで、私はこの章で便宜上、本線の駅という意味合いも込めて「本駅」という言葉を使ったが、現地では本駅とは呼ばれていない。チェコでは本駅は、フラヴニ(Hlavni)であり、hl としばしば略して時刻表などで書かれている。プラハをはじめ、あちこちの都市に、本駅がある。ジェチーンも、ウースチー・ナド・ラベンも、本駅であった。しかしカルロヴィ・ヴァリは何故か本駅ではなく、ただのカルロヴィ・ヴァリ駅であり、ドルニ駅は、カルロヴィ・ヴァリ・ドルニ駅である。何故そういう風になってしまったのか、歴史的経緯があるのかもしれないし、ひょっとしてあまりにみすぼらしいので本駅を名乗らないのか、などと思ったりもする。とにかく、はっきりフラヴニ(本駅)と書いてくれていれば、もっと明瞭ではある。まあ、こういったわかりづらさはどこにでもある。日本だって、鹿児島と鹿児島中央など、そうなった歴史的経緯を知らないと、むしろなまじ意味を知れば却ってわかりづらい。外国人なら多分混乱するだろう。知らないのが悪いと言われれば仕方ないことで、他所のことを悪く言えたものではない。



欧州ローカル列車の旅:ジェチーン〜ポトゥーチキ *完* 訪問日:2014年11月6日(木)


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