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トロンハイム〜モー・イ・ラーナ 目次


目次 (1) ノルウェーの鉄道 Railway in Norway
トロンハイム Trondheim
トロンハイム〜グロン Trondheim - Grong
(2) グロン〜モー・イ・ラーナ Grong - Mo i Rana
モー・イ・ラーナ Mo i Rana

グロン〜モー・イ・ラーナ Grong - Mo i Rana


 グロンで行き違う反対列車は、こちらよりも先に着いていた。客車のこちらと違い、3輌編成の気動車だった。この一日3往復区間のうち、トロンハイム〜ボードーの全区間を走るのは、昼行と夜行が各1往復だが、客車列車はそれだけで、あとは気動車による運行らしい。

 グロンはある程度の乗降客があって、バスの乗り継ぎもある結節点となる駅であった。ホームにバス停が横付けになっていて、見事なバリア・フリーである。改札口のない欧州では昔から当たり前の光景だが、見るたびに、最近にわかにバリア・フリーと叫び出した日本との差を感じざるを得ない。

 グロン駅  トロンハイム行きが入れ違いに発車していく

 若干空いたグロンを出ると、ほどなく長いトンネルに入った。この先、風景は内陸的に荒涼としてきて、渓流も見られる。川幅は広い。荒涼とは言ったが、高緯度の割には緑が多く、地味も豊かな感じはある。

 この先は多くの駅が、リクエスト・ストップである。乗降客が少ないながら、駅を廃止にするわけにもいかない、そういう人口稀薄な集落が増えてくるのだろう。2つほど駅を通過し、リクエスト・ストップ3つ目のナプスコガン(Namsskogan)に停車。構内は広いがホームは短く簡素な造りの駅で、乗っている最後尾はホームにかからない。それでも構わずドアは開いた。

 後ろがホームにかからないナプスコガン駅  黄色い駅舎のマイヤヴァトゥン駅

 その先でトナカイの群れを2度ほど見る。だいぶ北辺の地に来たと感じる。車窓風景には適度な変化はあるが、単調な乗り心地で、ぼんやり景色を眺めているぐらいがちょうどいい。

 次のマイヤヴァトゥン(Majavatn)もリクエスト・ストップの駅だが停車して、2名が下車した。中欧あたりでリクエスト・ストップと言えば、駅舎もないホームだけの停留所というイメージがあるが、ここではリクエスト・ストップと言っても多くの駅に交換設備があり、立派な駅舎もある。マイヤヴァトゥンもそんな駅の一つで、鮮やかな黄色が印象的な立派な駅舎があった。しかし駅前には何もなく、線路の反対側は湖である。車がなければどこにも行けそうもない。

 マイヤヴァトゥンを出れば左右にいくつかの湖を見る。その先は森林が多い。

 薄いクリーム色に塗られた駅舎が印象的な、トゥロフォシュ(Trofors)に着く。グロンから1時間43分にして、ようやくリクエスト・ストップではない主要駅が現れた。といっても、駅前に人家が固まった小集落に過ぎない。それでも久々の駅前集落だから、主要駅なのだろう。

 駅舎に貼ってある駅名標には、H.o.h. 81,09 m と書いてある。このような表記があちこちの駅にあるのには気づいていたが、これは間違いなく駅の標高であろう。フィヨルドに沿った駅だと、これが1桁で、さきほどまでは3桁だった。後で調べると、今回の乗車区間で標高が一番高いのは、マイヤヴァトゥンの標高319メートルで、今はそこから81メートルまで下ってきているのであった。

 それにしても、私の感覚では、グロンから30分ぐらいに思える。少なくとも、東京から名古屋や仙台と同じ時間が経っているとは信じられない。

 トゥロフォシュからモシュアン(Mosjøen)は、1駅30分かかるが、その大半を渓流に沿って下る。川幅は広く水量も多い。人工物はほとんど見当たらず、原始の川のままという気がするが、歩行者しか渡れそうもない吊り橋がかかっていた。今も使われているのだろうか、だとすると誰が何のために渡るのだろう。他に人工物が全くないのでわからないが、見えない所に人家などがあるのだろうか。

 トゥロフォシュ駅  人の気配もないのに吊り橋があった

 モシュアンは、人口1万弱。スタインチャール以来280キロ、久々のフィヨルド沿いの町で、さきほどからの川に沿って下り、海抜6メートルまで下りてきた所にある。駅が近づくと家が増えてきてこれまでより大きな町らしいことが感じられる。

 モシュアンは降りる人が多い  モシュアンもバス停併設の駅

 下車客も多く、駅前にホテルがいくつも見られる。駅の裏手に採石場か何かがあるし、駅の先は漁港なので、産業があって人が住んでいる町なのだろう。後で調べれば、大きなアルミニウム工場がある産業都市で、小さな空港もあるという。

 モシュアンは工業の町か  車窓から見えるフィヨルドの凪いだ風景

 モシュアンからしばらくは、渺茫たるフィヨルドに沿って走る。それを最後尾から見ていると、フィヨルドの向こうに工業都市モシュアンの姿が見えた。こんな北辺の地でも、あれだけの産業があるからこそ人がそれなりに住んでいるわけだろう。

 フィヨルドに薄日が差してくる  淡々と北へ進む線路

 そんなフィヨルドもやがて見えなくなり、また内陸に入る。コンフォート車もモシュアンでだいぶ空いてしまったし、13時を過ぎ、下車駅まで1時間となったので、食堂車に行ってみる。長距離路線だし、停車時間があっても駅で何も買えない所ばかりだから、車内での供食は必須であろう。とはいえこの乗客数では大赤字に違いない。本格的な食堂というより、カフェテリアという感じではあったが、1輌の半分がテーブルとカウンターの席で、半分は売店であった。まだ昼食時ではあるが、客は2組だけであった。日本ではほぼ消えてしまった食堂車を味わいたかったが、一応、荷物を席に置いてきたし、コンフォート車に戻ればコーヒーが無料で飲めるので、サンドイッチだけ買って席へと戻った。

 サンドイッチなどが買える売店  のんびりムード漂う食堂車

 次がドゥレヴァトゥン(Drevvatn)で、リクエスト・ストップだが停車して客を降ろす。寂しい所だが、やはり交換設備もあり、大きな駅舎がある。駅ごとに駅舎の色を変えてあるのは、きっと意図的であろう。何もない所にポツンと駅がある所が多いので、知った人でも間違って降りてしまいそうだ。駅舎の色が隣駅と異なることで、覚えている自分の降りる駅で間違いなく降りられる人もいるのだろう。

 ドゥレヴァトゥン駅  こんなフィヨルドが見えては消える車窓が続く

 ドゥレヴァトゥンの先で、また左手にフィヨルドが見える。波もないので、大きな川だと言われればそうかと信じそうだ。ここは、モシュアンのフィヨルドとは別である。別と言っても当然、海で繋がっているわけだが、モシュアンからここまで、仮に船で行こうと思えば、列車の倍以上の距離をぐるりと回らないといけない。そんな細かく切れ込んだフィヨルドが当たり前のようにいくつもあるのが、このあたりの地形である。この先は概ねこのフィヨルドに沿って進む。モー・イ・ラーナまで、同じフィヨルドである。

 ビイェルカ駅  岩をくり抜いただけのトンネル

 そんなフィヨルドの途中にあるビイェルカ(Bjerka)を過ぎ、見え隠れするフィヨルドに沿って列車はカーヴを繰り返しながら、淡々と走る。のんびりして単調な乗り心地である。そしてトロンハイムから6時間40分、ようやく下車駅のモー・イ・ラーナが近づいてきた。長旅という実感たっぷりだが、これでも距離では約500キロで、東京〜京都の程度なのである。


モー・イ・ラーナ Mo i Rana


 モー・イ・ラーナ。ヨーロッパの中にいても、異国情緒豊かな響きをもつ地名である。だが、ノルウェー語の「イ」が、英語の「イン」の意味だと知れば、どうということはない。もともと、モーという町であり、他のモーと区別するため、ラーナという地域の中のモーであるという風にして、こういう地名になったのだそうだ。それでもモーがえらく短い単語なので、初めて聞けば不思議な響きを感じてしまう。だがヨーロッパには一音節の地名は存外多い。日本にだって有名な「津」がある。伊勢の津に対して岡山に「吉備津」がある。英語で書けば、Tsu in Kibi となってもいい。それがノルウェー語なら、Tsu i Kibi なのである。

 午後の天候が変わったのか、北に来たからなのか、前半は晴天だった車窓風景も後半はどんよりとしていた。それでも雨は全く降らなかった。それが、私がこの駅のホームに降りた途端、という感じで、雨が降り始めた。他の下車客も、何だ運が悪いな、という顔をして空を見上げている。

 残念ながら、駅は一部工事中である。何が残念と言っても綺麗な写真が撮れないことぐらいで、特に不便はないのだが、来るところまで来たという情緒に浸るのにマイナスには違いない。駅舎は八角形だろうか、超近代的とは言えないが、古いものでもない。中に入ってみれば、1990年竣工らしき表示があった。北国だからか、採光を考えて作られたのであろう。特段の味わいはないが、寒い冬にも汽車を待つのに不自由ない設備だ。

 モー・イ・ラーナの駅舎  駅前の山側風景

 このあたり、線路はほぼ南北に走っている。駅舎があるのは線路の東側で、西側はすぐ海である。海といってもフィヨルドの奥深くであり、このあたりから大西洋の外海の大海原まで船で行くとすると、幅の狭いフィヨルドを、距離にして80キロ程度行かないといけない。両側の陸地には道路も通っているから、海というよりは太い川のようである。そういう地形ゆえ、モー・イ・ラーナは、海辺の町というには少々難があるかもしれない。実際、線路を地下道で潜って海辺へ行って見た印象も、どちらかといえば"湖畔"に近かった。はっきり言えば、格別の眺めではなかった。

 駅裏はフィヨルド  フィヨルド沿いの瀟洒な家

 他方、市街地は線路の山側に小ぢんまりと広がっている。駅からも近い。人口密度が低いエリアにおいて、中核となる町であるから、それなりの商業の集積はあり、商店街と言える程度に店が集まっているし、人もちゃんと歩いている。田舎にしては、という注釈はつくけれども、そこそこ垢抜けていて、日曜必需品ばかりでなく、都会にいかないと買えないようなジュエリー屋やギフトショップ、ブティックなど、おしゃれで都会的な店も結構あり、田舎くさくないあたりはさすが北欧である。

 高緯度の割に温暖なこの地方ではあるが、それでも欧州の大都市から遠く離れた僻地には違いない。19世紀までのモー・イ・ラーナは、狩猟や漁業などの一次産業が中心の寒村であったという。20世紀に入り、郊外に豊富に埋蔵されていた鉄鉱石の採掘が始まり、鉄鋼業が興った。戦中戦後を通じ、工業都市として栄え、最盛期の人口は2万を超えたという。それらも1990年代に廃れ、今はサービス業が主体の平凡な地方都市になっている。そういう歴史ゆえ、町を歩いても目を見張るような歴史的建造物があるわけでもなく、中途半端にモダンで近代的な商店街が、日用品から高級品までを売っている。

 モーの中心の商店街  中心部はゆるい傾斜があり上からは海を望める

 そういった地域のマーケットタウンなので、遠路はるばるやってきたにしては、インパクトが弱い。例えるならば、稚内や根室の方が、まだはるばる最果てまで来たとの感が強い。もちろんここは最果てではなく、線路も道路もまだまだ北へと続いている。そう思えば、無理してでも終点まで乗るようなプランを立てて、ボードーまで行きたかった気はする。汽車に乗ることが一番の目的なのだから、自己満足でいいのだろうが、モー・イ・ラーナまで丸1日かけて何を見てきたのか、そこは何があったのか、と聞かれると、本音では少々辛い。加えてここは、北極圏の少し手前である。北極圏を越えに行ったことにもならない。というのも、実は私が今までの人生で行ったことのある最北の地は、フィンランドのロヴァニエミ(Rovaniemi)で、ここがまた、北極圏のすぐ手前の町なのである。だから、今回もまたか、という気がしないでもない。

 降りたときぱらついた雨はすぐ止んだ。どんよりした夕方の町を1時間ほど散策し、駅へ戻る。15時31分発トロンハイム行きを待つ人が20人ばかり、駅に集まってきている。トロンハイムへは、この列車を逃すと次は深夜0時20分に通る夜行列車までない。やはりどこへ行くにも遠い僻地だと思う。もっとも空港はあって、国内であっても長距離移動では鉄道より一般的な足となっているようである。

 トロンハイム行き姉妹列車の到着  屋根の下で待っていた客が一斉に列車へ向かう

 戻る列車は、往路の姉妹列車だから、やはり客車で、同じく5輌編成であった。中はガラガラに空いていた。土曜だからだそうだ。ノルウェーの特徴なのか、列車の運転本数は概して土曜が一番少ない。イギリスだと日曜が断然少なく、土曜は平日から朝夕の通勤列車を間引いた程度なのだが、この違いはどうして生じるのだろう。モー・イ・ラーナでは、切符売場は営業時間を終えていたが、女性の駅員がいて、今日は土曜だから指定席を取らなくても心配ないと言っていた。実際その通りで、今度はコンフォート車ではなく普通車なのだが、座席はよりどりみどり。無料コーヒーこそないが、普通車でも座席はそれなりにゆったりしているので、これで十分快適である。

 22時過ぎにトロンハイム到着

 丸一日を費やして、北極圏近くまで行ってきた。そんな価値があるのかどうか、何とも言えないけれども、オスロ近郊だけではないノルウェーの姿を観察できたのは確かだと思う。同じところをただひたすら戻る行程。そしてグロンを過ぎて、長い一日も暮れた。夏なら最後まで明るいのだろうし、そんな時期にも来てみたい。逆にほとんどが夜の冬場に地元の人たちがどんな生活をしているのかも垣間見てみたい。今はそのどちらでもない季節なので、特に緯度が高い所ならではの見ものもない。よって余計に平凡に感じられた一日ではあった。

 帰ってからしばらくして、たまたま宮脇俊三氏の「フィヨルドの白夜行列車」という紀行文を見つけて読んでみた。スウェーデン側から北極圏を越えて鉄道で北欧最北の駅ナルヴィクへ入り、さらに北上し、ノールカップまで行っている。そしてボードーまで戻って、そこから列車で南下している。ボードーからの列車は、それまでの北極圏の後だと特に感銘も受けなかったようで、「ふつうの景色になりましたね」の数行であっさり終わっている。まあ、そうなのだろう。その何だか普通の所を、私は1日かけて、つぶさに観察してきた。でもそれでも私には面白い旅であった。だが次回こそ北極圏に行ってみようと思う。



欧州ローカル列車の旅:トロンハイム〜モー・イ・ラーナ *完* 訪問日:2014年9月13日(土)


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