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アイルランド中部のローカル線 目次


目次 (1) アイルランド鉄道事情 Railway in Ireland
リムリック〜リムリック・ジャンクション Limerick - Limerick Junction
リムリック・ジャンクション Limerick Junction
リムリック・ジャンクション〜ウォーターフォード Limerick Junction - Waterford
(2) ウォーターフォード〜キルデア Waterford - Kildare
キルデア〜バリーブロフィー Kildare - ballybrophy
バリーブロフィー Ballybrophy
バリーブロフィー〜リムリック Ballybrophy - Limerick

ウォーターフォード〜キルデア Waterford - Kildare


 3時間をウォーターフォードの街で過ごした後、駅へ戻り、14時50分発ダブリン・ヒューストン(Dublin Heuston)行きの客となる。こちらは一応「インターシティー」扱いなので、ネット購入だと座席予約が必須というか、自動的についてくる。ここもリムリック同様、駅員による改札がある。

 開放的な改札風景  ウォーターフォード発車時はガラガラ

 改めて駅を観察すると、かつてはもっと線路やホームがあったものを、ホーム山側は線路を閉鎖して柵をしてしまい、列車の発着線が1本だけになっているようであった。ということは、さきほど降りた同じ所が乗り場で、同じような3輌編成の新車が停まっている。と思ってさきほどのメモを見ると、車輌番号が同じであった。ダブリン路線と車輌が共通運用だから、綺麗な新車3輌編成だっただけなのだろう。しかしこの3時間の間にもう1本、ダブリン行きがあったはずなのだが、それはどこからどう出たのだろうか。

 定刻にウォーターフォードを発車した時点ではガラガラで、4人掛けテーブル付きのボックス席が半分以上、丸々空いていた。だが座席上の電光表示に予約済の名前や番号が入っている所が結構ある。ダブリンに向かって乗客が増えていくのだろう、

 先ほど通ってきた所をシュア川沿いの景色を見ながら数分走り、信号場でポイントを渡ると、右カーヴで向きを変えて、内陸に入る。そのあたりから、これまた典型的な農牧風景となる。次のトーマスタウン(Thomastown)までは32キロあり、今日のルートの中で一駅の駅間距離としては、リムリック〜リムリック・ジャンクションの35キロに次いで長い。といっても他も20キロ前後が多いので、際立って長いわけではないのだが、途中に信号場が一つある。こちらは通過で、待たせている反対列車と行き違った。そこからトーマスタウンは割と近く、トーマスタウンは元複線の相対ホームが単線化された駅であった。

 単線化されたトーマスタウンの廃ホーム  スイッチバックのキルケニー駅

 次のキルケニー(Kilkenny)が近づくと、右手から単線の線路が寄り添ってきて、合流した。そこからキルケニーまでも単線で、また5分近くかかった。キルケニーは行き止まりのスイッチバック駅である。古くから栄えた歴史都市で、今も結構大きい街だ。ここである程度の乗車があり、ボックス平均1人以上となった。スイッチバックのため5分停まるから、ちょっとホームに降りてみる。見事な青空で、午後になって気温も上がってきている。

 立派な駅舎のミューナ・ベーグ  列車交換待ちで長時間停車のカーロウ

 ウォーターフォードから本線と合流するキルデア(Kildare)までは、途中駅5駅で、全列車とも全駅停車だが、距離は131キロあるので、一駅平均22キロもある。そして、所要時間は奇しくも89キロのリムリック・ジャンクション〜ウォーターフォードと同じである。あちらは踏切が多いからか、線路規格も低いのか、駅の停車時間は短いのに、スピードが遅く、それに対してこちらは途中に停車時間の長い2駅があるにもかかわらず、なかなかのスピードで、表定速度73キロと、善戦している。踏切も少なく、あっても必ず遮断機がついているようであった。ミューナ・ベーグ(Muine Bheag)は寂しい所にある駅だったが、相対ホームの交換駅で立派な石造りの駅舎もあり、ここでも結構乗ってきた。

 その次のカーロウ(Carlow)で、11分も停車する。列車交換のためで、その交換列車が遅れてきたので、こちらも遅れて発車。もう一つ、アタイ(Athy)という駅に停まる。また乗客が増えた。トーマスタウンを除けばどこも相対ホームの交換駅で、古い大きな駅舎があり、今もしっかり使われているようであった。

 個性的な駅舎のアタイ  キルデア到着時にはまあまあの乗車率

 アタイから15分、左手から複線非電化の本線が近づいてきて、完全に合流してしまう。そこから複線の本線を快走し、分岐駅らしくもない途中駅風のキルデアには、4分ほど遅れての到着となった。


キルデア〜バリーブロフィー Kildare - Ballybrophy


 キルデアはダブリンから西へ48キロ、通勤圏としてはやや遠いが、ダブリンの発展に連れ、というか、ダブリン一極集中の影響もあり、このあたりからダブリンへ通勤する人も結構いるらしい。もともと農牧業主体の典型的なアイルランド内陸部の長閑な所ではあるが、競馬と競走馬産業が特に盛んなことで知られる。

 鉄道面では、ダブリンから西と南へ向かう路線のターミナル、ヒューストン駅を出て、西へと向かった線路の最初の分岐点である。その分岐先がウォーターフォード方面で、今、乗ってきた。ダブリンからの本線という観点から見れば、以後も少しずつ分岐してあちこちの行先へと散ってゆき、メインのコークへの路線だけが最後まで複線で、他はほぼ全て、分岐した後は単線になる。

 キルデアに4分遅れで到着  キルデア駅の新駅舎と奥の古い旧駅舎

 そんな分岐駅であるが、相対ホーム一面と中線(下り本線)と留置用の引込み線ぐらいの駅で、石造りの古くて立派な駅舎は閉鎖されており、代わって自動改札を備えた小ぶりで開放的な駅舎と出入口があった。駅前は広い駐車場で、店もなく、すぐ住宅地である。日本の都市近郊と違い、駅前から発展するということがないこういった様子は、イギリスでもしばしば見られる。

 5分前に発車していったゴールウェイ行き  ポートリーシュ行き各駅停車がキルデア到着

 だから駅付近は特徴も薄い場所だが、列車が遅れた上、駅の写真も撮っていたので、町の中心まで行くには時間が足りないという中途半端な待ち時間になってしまった。それでも天気が良く爽やかな初夏の午後、気持ちの良いひとときであった。

 本日の超ローカル線旅行2本目の線は、ここからコーク方面へ本線を59キロほど行った、バリーブロフィーという所が起点である。キルデアはある程度の主要駅かと思えば、コークなど遠方へ行く長距離列車はほとんど停車しない。だからまずは、途中のポートリーシュ(Portlaoise)という所まで行く各駅停車に乗り、ポーターリントン(Portarlington)またはポートリーシュのいずれかで、後から来るコーク行きインターシティーに乗り換えなければならない。そのポートリーシュ行きは17時05分。その前に17時ちょうど発ゴールウェイ行きもある。ゴールウェイ方面への分岐駅はポーターリントンなのだが、ゴールウェイ行きはそのポーターリントンを通過してしまうので使えない。

 そのポートリーシュ行きも、また同じ形式の新型気動車3輌編成で、ほぼ定刻にやってきた。ダブリンから途中の駅で客を少しずつ降ろしてきた後なのだろう、回送同然に空いていた。ネット予約時の画面では、乗り換え指定はポーターリントンになっている。しかし切符にはそこまでの記載はない。けれども、インターシティー区間であるポーターリントン〜バリーブロフィーは、指定席なのである。しかし切符券面の指定番号の部分は、インクが薄くてほぼ読めない。だからこの列車で終点ポートリーシュまで行って乗り換えて適当な空席に座っても全く問題ないだろうが、とりあえず切符の通り、ポーターリントンまで行くことにする。

 途中駅のモナスタラヴァン(Monasterevin)は、一旦廃駅になったものを、2001年にダブリン首都圏の拡大により再開業したという駅で、2017年までは日曜は全列車通過していたそうだ。2駅19キロを13分で快走、複線の本線だからスピードも速く、あっという間にポーターリントンに着いた。

 2001年再開業のモナスタラヴァン  ポーターリントンに到着

 ダブリンから67キロ、流石に通勤圏としては遠く、ベッドタウンとして発展しているとは思えないが、駅周辺に新築の住宅が結構見られた。駅は相対ホーム一面で、ゴールウェイ方面への分岐駅ではあるが、ここもそれらしくない途中駅風である。駅舎は古く大きく立派だ。かつては運転上の要衝で駅員も多かったけど、自動化でほとんどいなくなった、といったところだろう。それよりも大きいのが駅前の駐車場で、土曜夕方の今はガラガラだが、もしや平日はこれが一杯に埋まるのだろうか。毎日の徒歩通勤なら、駐車場を歩くだけでいやになりそうだ。その先には、駅前パブが1軒あり、その先の道路はもう普通の田舎道で、沿道に点々と人家があるといった程度であった。タウンセンターは小さいながら、さらに行けば一応あるらしい。

 駐車場が広いポーターリントン  レトロな切符売場のサインが残る

 ポーターリントンは1847年の路線開通時に開業した古い駅である。7年後の1854年にゴールウェイ方面への路線も開業し、以来一世紀半以上に渡り分岐駅として機能してきている歴史ある駅である。しかしここも駅前はいつまで経っても商業的に栄えることはないようだ。アイルランドでもイギリスでも、こういう所が非常に多い。いずれにしても、次の列車まで24分、そのうち数分を駅の観察に費やすと、もうタウンセンター訪問は無理なので、駅前観察だけにしておく。

 ポーターリントンに定刻入線のコーク行き

 次も2駅だけの乗車で、ある意味、アイルランド国鉄の看板列車である、ダブリン〜コーク間のインターシティーであり、本日唯一の客車列車である。ダブリンからここまでノンストップでやってきて、ここから各駅停車になる。といっても、一駅の距離も時間も、日本の特急並みである。アイルランドでは数少ないファーストクラスも付いた7輌編成で、乗車率は6割程度であった。座席指定は無視して空いている予約の無い席に座った。

 発車後、単調な農村地帯を10分走ると、次が中規模の町ポートリーシュ。さきほど乗ってきた列車の終点で、ダブリンからの区間列車は最長でもここまで、この先はほぼ長距離インターシティーのみ、というダブリン広域都市圏の末端にあたる。ここは駅と線路がやや高い所にあるので、町並みが見通せて、それなりの大きな町であることがわかる。出ればまた単調な農村風景に戻り、15分あまりの快走後、自動アナウンスが入り、スピードが落ちる。


バリーブロフィー Ballybrophy


 バリーブロフィーには定刻18時10分に着いた。冗談抜きに、到着のアナウンスが流れてスピードを落としても、人家1軒と見えない。ホームにかかったところの左手にやっと1軒の家が見えた。駅前も何もない所で、乗り換え以外の利用者は非常に少ないようで、大半の列車が通過する。

 バリーブロフィーに定刻に到着

 私も最初は、この1時間後の列車で来て、ここはさっと乗り換えるだけ、という旅程を組むつもりであった。しかし、そういう何もない駅も面白かろうと考え直し、1時間前のこの列車を選んだ。そこから遡ると、ウォーターフォードでの滞在時間が3時間になり、キルデアでは中途半端な待ち時間しか作れなかった。そんな駅であるが、5人ぐらい下車客がいた。駅員もしっかりいる。

 跨線橋からコーク行きの写真を撮り終わると、ホームで発車合図を出していた駅員がやってきた。他の下車客はもう去ってしまった。駅員に「駅付近に店などはあるか」聞くと「何もない」ときっぱり言う。そして「どこへ行くんだ」と言うので、面倒だから途中駅の駅名「ニナ(Nenagh)」と答える。実際はリムリックなのだが、切符も二分割だし、リムリックへ行く人はわざわざここで乗り換えない。リムリックならば、乗ってきたコーク行きでそのままリムリック・ジャンクションまで行って乗り換えると、ずっと早く着く。私が今のコーク行きで降りてきたことは、駅員もわかっているので、リムリックと答えては、話が面倒になるだろう。もっともこんな風に1時間も早く来て写真を撮っているので、鉄道マニアだというのはわかるかもしれない。であれば、話が通じるかもしれないが、この国はお隣イギリスと違い、鉄道マニアはあまりいそうもない。

 バリーブロフィー駅前から駅舎と給水塔跡  ホームから見える給水柱

 そのような次第で、ここバリーブロフィーで、1時間15分の待ち時間がある。コーク行きが去った後は、駅員も駅舎に入ってしまい、人もおらず、駅前も何もない。歩いてみると一般の民家は少しあるので、人跡未踏な僻地ではないが、まとまった集落すらない農村地帯にたまたま乗り換えを伴う中規模な駅が設置されてしまったという感じだろうか。ここもまた1847年開業と歴史は古く、これから乗り換える線もそれからほどなく1854年に開通し、既に1世紀半以上、接続駅として機能してきている。汽車時代は給水駅だったようで、駅横に大きな給水塔の土台だけが残り、ホームに接して見事な給水柱も残っていた。かつては多くの鉄道員が働いていたに違いない。それなのに駅前に町が形成された形跡もない。

 冒頭に、アイルランドの鉄道は、ダブリンと各地を放射状に結ぶ路線ばかりで、横の連絡は僅かであり、その数少ない2路線に乗るのが今日の旅だ、と書いた。その2本目にこれから乗るわけだが、地図を見てもらえばわかるように、1本目のリムリック・ジャンクション〜ウォーターフォードとは違い、三角形の底辺を行くような線ではない。それどころか、ダブリンからリムリックへ、むしろこちらが最短距離のように見えるだろう。見えるだけなく、実際そうなのだ。バリーブロフィーからリムリックまでは、こちらが92キロに対して、リムリック・ジャンクション経由は三角形の2辺を行く遠回りルートであり、距離も8キロほど長い100キロある。にもかかわらず、こちら直行最短距離ルートの方が実に1時間も余計にかかるのである。

 具体的に通常の日の時刻表で示すと、左の通りで、平日は2本とも、ダブリンからの列車に乗ったら、リムリック・ジャンクションで乗り換えることで、また日曜はリムリック・ジャンクションに停車しない短絡線経由の直通便に乗ることで、いずれもバリーブロフィーで最短距離路線に乗り換えるよりも、リムリックには1時間以上、早く着く。このようになっているため、バリーブロフィーからリムリックへ行く切符をネットで買おうとしても、この直行ルートでは全区間が出てこなくて、リムリック・ジャンクション経由になってしまうのである。私の今日の切符が途中のニナで二分割なのも、それが理由で、要するに、最短距離の乗り換え無しルートにもかかわらず、全区間を乗り通す客がいない前提の予約システムになっている。


 と言っても、その気になれば、リムリック・ジャンクション経由の切符でこのルートに乗ることも問題はなさそうである。しかし私は途中駅で分割して2枚の切符を買った。理由はこれが断然安いからである。このバリーブロフィー〜ニナ〜リムリック間は、ネットで事前購入すると、どの駅からどの駅まででも関係なく、一律僅か2.99ユーロなのである。ただ、全区間だけは買えない。なので、どこの駅で区切って買おうが、一部区間重複した切符を買おうが、合計5.98ユーロで全区間に乗れてしまう。リムリック・ジャンクション経由だと、ネット早割りでもそれよりはるかに高い。ここまで極度のネット割引の設定は、一体どういう理由だろう。もうこの路線では収入は諦めているから、安くするから、せめて一人でも多く乗ってくれ、としか思えない運賃設定である。

 19時03分、定刻にダブリン側のカーヴから、2輌編成の気動車がゆっくりと現れた。リムリック発の列車で、一日二往復のうち夕方の一往復の往路である。これの折り返しに私は乗車する。車輌は朝一番にリムリック・ジャンクションまで乗ったのと同じ形式で、2輌編成であった。2輌が最短ユニットで、朝に乗ったのは2編成連結の4輌編成だった。


 ドアが開き、乗客が降りてくる。それを見て愕然とした。たった2人。これは聞きしに優る風前の灯のローカル線である。もっとも土曜の夕方に沿線からダブリンへ向かう客は、もともと少ないだろう。この線の2往復は、朝のリムリック発と、今から私が乗る夕方のリムリック行きが、いずれもここバリーブロフィーでダブリン方面と接続しており、それがメインの客と思われる。その逆である今のこの列車も、ダブリン方面へと接続が組まれているのだが、そのダブリン行きが今日は20分以上遅れているという。

 本線コーク行きが到着  ダブリン行きから乗り換えてくる乗客

 ほどなく本線下りホームに、ダブリン発コーク行きがやってきた。私が乗ってきた1時間後の列車である。これから乗る列車も、主にこのコーク行きからの乗り換え客を受けているわけだ。さてどのぐらいの客がいるだろうと興味津々で眺めるが、ここで降りた客は10人足らずのようだった。しかも乗り換えずに駅を出る人もいる。それでも数名が乗り換えてきた。駅員に聞くと、この後のダブリン行きが遅れているので、それを待っての発車になるので、こちらも遅れるという。一応そうして本線の両方向から接続を取っているらしい。

 19時40分、遅れのコーク発ダブリン行きが着く。ニナ方面から来てホームで辛抱強く待っていた2名がこれに乗り込む。そして、あちらからも若干の客が乗り換えてきた。リムリック側の本線から来た客が、リムリック行きに乗り換えるとは、ブーメラン旅行だが、途中から途中という細々とした需要があるらしい。それを含めても、2輌の乗客は10名弱と思われる。


バリーブロフィー〜リムリック Ballybrophy - Limerick


 結局時刻表より17分遅れ、19時43分に発車。ダブリンと反対方向のリムリックへ行く列車だが、ダブリン方向に向かい、すぐに緩やかな左カーヴで本線と分かれる。するとまたたちまち緑まばゆい農牧地帯になり、牛が現れた。

 バリーブロフィーからリムリックまでは、途中5駅ある。うちロスクレー(Roscrea)とニナが大きな町で、他は小さな集落である。列車のスピードは遅い。のんびりカタンカタンとジョイント音を響かせながら走るので、旅としては楽しいが、日常的な乗り物としては遅すぎて時代遅れなのだろう。というのも、このルートはほぼ、ダブリン〜リムリックの一級国道と高速道路に沿っている。そこをバスも走っていて、頻度でもスピードでも全く勝負にならない。鉄道が不振なのはそれが理由で、移動の需要自体がないわけではないのだ。とはいっても、線路から沿線を見る限り、たまに農家がある程度で、高速化したところで鉄道利用者が沢山いそうな所でもなさそうだ。それに混じって風力発電機がかなり稼動している。

 長閑な牧草地だが風力発電機が目立つ  風格ある駅舎が印象的なロスクレー

 そんなところをのんびり走ると、最初の駅、ロスクレーに着き、早くも数名が下車する。相対ホームの交換駅で、立派な駅舎がある。駅員が運転台にやってきて、通票を交換する。輪っかに入っていない、金属の棒だけの交換であった。通票といえば洋の東西を問わず、輪っかがついている印象があるが、あれは受け渡しをしやすくするためのもので、通票自体はあの根本に入っている金属製の通行証である。ここは通過列車もないので、輪っかをつけてそれごと交換する必要もないのだろう。

 ロスクレーは駅員がいて通票交換  荒れた感じの寂しいクロックジョーダン

 この沿線はアイルランドでもとりわけ大農場が多いエリアだそうだ。だから、農家の敷地内を線路が横切っており、私道の農道踏切が沢山ある。農作業の人と彼ら所有の牛ぐらいしか通らない踏切ではあるが、そうは言っても高速で通過できないようだ。少し踏切が途絶える所で、若干スピードを上げるものの、またスピードを落としては踏切通過を繰り返す。そんな農地の多い寂しい駅が、2つめのクロックジョーダン(Cloughjordan)で、おばさんが一人下車した。

 そんな調子で単調な農村をのんびりひた走ると、にわかに家並みが増えて、ニナに着く。沿線最大の町で、私が切符を分割購入したところである。駅も大きく立派だったが、乗降客はいなかった。

 沿線途中随一の町ニナは乗降ゼロ  ニナを過ぎると左手に山が見える

 私の乗っている1輌目には、おばさんが一人いるだけである。この人はずっとiPadをテーブルにおいて、映画を見つつ、時々スマホをいじっている。退屈を承知で用意してきているのかもしれない。

 ニナと次のバードヒル(Birdhill)の間は、この線で最長の駅間距離であり、左手に赤茶けた山が見える区間であるが、やはり農道踏切をちょくちょく横切る。

 ガラガラの列車内  バードヒルで二度目の通票交換

 バードヒルはロスクレーに続く交換駅だが、駅舎はなく、作業員用の小屋のようなものがあるだけである。やはり駅員がいて通票交換をする。ここで受け取る通票は輪っかつきであった。iPadのおばさんはここで下車し、駅前に停めてある車で帰宅の途についていた。発車後、2輌目をのぞいてみると、そちらの客は青年が1人だけであった。

 ところで車掌は、最初に検札はしたし、駅ではちゃんとホームに降りるしで、職務は果たしているが、あとはずっと運転席の後ろにある一般座席に陣取って、新聞などを広げている。既に駅に着くたびにホームの写真を撮っている私とは目配せをするぐらいの関係になっているので、その車掌に踏切のことを聞きにいってみた。やはり農道踏切は60キロ制限がかかっていて、それがネックでこの路線の所要時間が長いのだそうだ。仮にそういう踏切が一切なければ、本線並みの高速で走るのに問題ない線形と線路なのだが、どうしようもないらしい。

 最後の途中駅キャッスルコネル  朝に乗った線が近づいてきた

 最後の途中駅、キャッスルコネル(Castleconnell)は、単線ホームの簡素な駅だが、駅舎はある。2輌目の青年は、ここでも降りない。途中で乗ってきたわけではないので、そうすると全線乗車である。リムリック・ジャンクション経由よりネットで安い切符が買えるのでこの列車を選んでいるのかもしれない。そして意外にも、ここで手ぶらの中年男性が2名、乗ってきた。知り合いではなく別々の一人客である。ここはもうリムリックの郊外だから、市内交通的な使い方をしているのかもしれないが、1日2本しかない路線を使いこなすのは大変だろう。発車すると車掌が彼らに切符を売りに行く。

 事実、キャッスルコネルはもうリムリックのベッドタウンでもあるようだ。当然、町の人はリムリックへ出るのに鉄道はほとんど当てにしていないだろう。その先も農村風景ではあるが、少し遠くに住宅が見えたりして、町が近づいた風になる。そして徐行し、左から線路が寄り添ってきた。今日の最初に乗った線と合流するキローナン信号場である。行きは通過したが、今度は必ず停車するに違いないと思ってみていると、果たして信号施設を扱う小屋の前で停車し、運転士が通票を渡す。ここからは自動信号の区間になるので、ここは通票を渡すだけで、受け取りはない。そう言えば昔の日本には、走行したまま通票を受け取るための渦巻き型の通票受けがあちこちにあった。そういったものがあればここも停止しなくても良さそうだが、昔も今も、こちらにはそういう器具は無いのだろうか。

 キローナン信号場で停止して通票を渡す  薄暮のリムリックには定刻に到着

 本線合流後は行きに最初に乗った区間を快走し、5分ほどで薄暮のリムリックには、実に定刻ピッタリに到着した。私以外の下車客は3名で、待ち受ける駅員数名と運転士、車掌が集まると、乗客より職員の方が多い状態である。土曜の夕方だから特に客が少ないのかもしれないが、これは平日でも大勢乗るとは思えない。午前中に乗った2往復路線と比べても、一層利用が少なく、夕方ということもあり、寂しさ際立った旅の最後であった。

 リムリック駅舎  駅舎から見た駅前風景

 日没後で真っ暗になる前のリムリック駅前は風情があった。青空広がる朝は店が全く開いていなかったが、今は駅前の酒屋をはじめいくつかの店が開いていて、駅前にもパラパラと人がいる。駅前は市の中心から離れてはいるが、さすが第三の都市ではある。先行き心配としか言いようのない空気輸送の鈍足ローカル線であったが、だからこそ楽しめた、非日常体験の旅であった。



欧州ローカル列車の旅:アイルランド中部のローカル線 *完* 訪問日:2019年5月11日(土)


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