欧州ローカル列車の旅 > 2013年 > スペイン > ビルバオ〜サンタンデール (2)
目次 | (1) | バスク最大の都市ビルバオ Bilbao |
ビルバオ〜アラングレン Bilbao - Aranguren | ||
(2) | アラングレン〜マロン Aranguren - Marrón | |
マロン〜サンタンデール Marrón - Santander | ||
サンタンデール Santander |
アラングレンでバルマセダ方面の電化路線を左へ分岐すると、この先、こちらは超閑散区間となる。バルマセダ方面の方が、海から離れて山深く分け入っていくのだが、最初しばらくは大きな川に沿って人口の多い谷間を行くため、あちらの方が開けているようだ。それに対して、こちらはその谷と海との間にある山間部に分け入っていく。この先は、サンタンデールまでの全区間を走る一日3往復の他、平日のみ朝のカランザ(Carranza)発ビルバオ行きが1本あるだけだ。朝のカランザ始発は、どこからか回送でやってくるのか、それとも前日の列車の一部が切り離されてカランザに留置されるのか、どちらかであろう。逆のビルバオ発カランザ行きという列車はない。カランザはここから30分余り走った、バスク最後の駅である。
次のミメティス(Mimetiz)にしても、駅は高台にあって、バルマセダ行きが分かれていった下界の方に人家が結構見える。しかしあのあたりの人がわざわざ坂道を登ってこの駅から一日3往復半しかない列車を利用することはないのだろう。そんな風に寂れてしまった路線ではあるが、新型気動車は狭軌鉄道にしてはまあまあのスピードで、右へ左へとカーヴを繰り返しながら山道を行く。9時が近づき、やっと完全に朝らしくなると、今日も天気はいいのかな、と思えてきた。
ミメティス付近の山村風景 | 4人が下車したバスク最後の駅カランザ |
このあたりは小さな川の支流がいくつも海に向かって北へ流れている。この路線はそんな所を横切りながら、山間をさまようようにカーヴを繰り返しながら徐々に西へと進んでいる。そんな山中でもちょっと人家があると、ポツンと小さな駅があるが、利用者は少ない。特にアルセンタレス(Arcentales)という駅は、単線のホームだけの駅で、森に囲まれていて、周囲に人家も見当たらない。もちろん乗降客もいない。この線の山村区間を象徴するような寂しい駅であった。
山の景色が少し開けて多少の集落が現れ、カランザに着いた。5分ぐらい遅れている。ここがバスク州最後の駅で、この先はカンタブリア州になる。そういう州内の流動が濃いのか、ここで4人ほど下車し、車内はますます閑散とし、私が乗っている先頭車は他に乗客が誰もいなくなってしまった。
州境を越える区間は、10分余りかかる、駅間距離の長い区間である。しかし特にここが険しいわけでも峠を越えるわけでもない。カランザより手前から、川は列車の進行方向に流れており、州境と分水嶺は関係ない。
淡々と山の中を走り、またしてもちょっと一服という感じで平地が開けると、カンタブリア州最初の駅、ヒバハ(Gibaja)である。ここで列車交換のため7分停車する。この列車の途中駅で最長の停車時間なので、ホームに降りてみた。
ヒバハ近くの集落 | 乗客のいない先頭車 |
相対ホームの駅で、女性の駅員がいる。反対ホームのビルバオ行きを待つ乗客が数名いるが、こちらの列車は乗降客がいない。カンタブリア州に入ったので、ここからはサンタンデールへ向けて徐々に客が増えるのではと思っていたのだが、ここはまだ広域的にはビルバオ圏なのだろうか。といってもそのビルバオ行きを待つの客もほんの数名なので、今日がたまたまに過ぎないのかもしれない。所要時間では、サンタンデールよりビルバオの方がやや短い。
ホームの先にある踏切が閉まり、向こうから同じ形式の気動車列車がやってきた。同じようにガラガラであった。こちらのホームのビルバオ寄りに立っていた女性駅員が発車合図を出すと、後から来たビルバオ行きが先に発車していく。既に多少遅れているのだが、こちらはなかなか動かない。この程度の遅れは気にしていないだけだとは思うが、後から来た方を先に発車させるというのは、もしかすると通票時代の習慣がそのまま残っているのではと思ってしまう。今はもう腕木信号機も通票もないし、利用者も少なそうなこういった駅に、どうして駅員がいるのかはわからないが、趣味的にはとてもいい。
綺麗に手入れされた感のあるヒバハ駅舎 | ヒバハ駅に上下列車が並ぶ |
いずれにしても、こちらの列車は乗客もほんの僅かで、乗降客もおらず、私一人がホームをうろうろしているのを除けば静かそのものである。結局4分遅れで発車した。
ヒバハ駅を後にするビルバオ行き | ウダージャ駅 |
ヒバハを出ると、風景はいくぶん穏やかになり、概ねカランザ川に沿って北へと下っていく。7分走って次のウダージャ(Udalla)に着くと、2名乗ってきた。 所要時間では、このあたりがビルバオとサンタンデールの中間地点である。
マロン付近の山里風景 |
周囲に山を見ながら、時に人家が散在する長閑な山里をまた5分ほど走って次がマロン(Marrón)。少し大きな集落で、4名乗ってきた。少ないながらも、徐々にサンタンデールへ向けて人の動きが出てきた。
マロンとサンタンデールの間には、ビルバオからの3往復に加えて1往復の区間列車があるので、ここから一日4往復の区間になる。その区間運転の列車とは、ビルバオからの一番列車であるこの列車より前にここを出てサンタンデールへ向かう朝の列車と、サンタンデールをビルバオ行き最終の後に出てここまでの夜の列車である。朝のマロン発が7時20分、夜のマロン着は21時41分。
マロンから4分でリンピアス(Limpias)。ここで今までで一番多い、5名ほどが乗ってきた。中年女性が多いのは、平日のこの時間に街へ出かけるローカル線の、世界共通の客層かもしれない。リンピアスを出ると、風景が開け、地形もだいぶなだらかになってきた。
リンピアス駅付近の車窓 | モダンなシセロ駅 |
次のトレト(Treto)の手前で小さな鉄橋を渡るが、これはこれまで沿ってきたカランザ川の下流ではなく、北西から流れてきた別の川である。このすぐ先で、カランザ川の下流、但しこのあたりではリンピアス川と名前を変えているが、それと合流し、その先はほどなく北大西洋へと流れ出る。これは後で調べたことだが、そんな下流部に入ったことが、車窓風景の変化からも感じられる。そのトレトも3人乗車と、各駅で少しずつ乗ってきた。それでもまだ車内は空席の方がずっと多い。
次のシセロ(Cicero)は、これまでの多くの駅と違い、モダンな都市近郊型の駅であった。だが駅の裏手は湿地帯なのか、空き地が広がっているばかりで、乗降客もいなかった。
この路線はビルバオからこの辺まで、海岸線を避けて山の中を迂回するように走ってきた。他方の道路は旧国道も高速道路も海沿いを走っている。その海沿いも平坦な地形ではなさそうで、地図を見る限り、かなり曲がりくねった道路である。それでも列車の半分の所要時間で高速バスが両都市を結んでいるのだから、鉄道ももっと海沿いを通せなかったのだろうかと考えてしまうが、19世紀の技術と輸送需要ではこのルートに分があったのであろう。
そんなわけで、まだサンタンデールまで3分の1近く残ってはいるが、この辺からは海にも国道にも近い開けたルートを通るので、山越え区間ほどは面白くないだろうと予測していた。現実もその通りで、車窓風景はだいぶ平凡になった。
ガマ(Gama)という駅に着く。町は結構大きい。引き込み線もあり、貨物列車が停まっており、タンク車のタンクをクレーンでトラックに積み替える作業をしていた。フェーベは、スペイン全土や欧州各地への乗り入れもできない狭軌ローカル鉄道ではあるが、貨物輸送も行っているらしい。地域のローカル輸送とはいえ、1000キロを越えるネットワークだから、昔なら貨物輸送を担うのも当然だろうが、この規模では存続も時間の問題なのではと思ってしまう。現にビルバオ以来、途中で貨物列車と行き違った記憶もない。どれだけの輸送量があるのかと思う。
貨物も扱うガマ駅 | ベランガ駅付近の都市近郊らしい車窓 |
ガマの次のベランガ(Beranga)も、駅付近に人家は多い。しかしここも1名しか乗ってこない。もしかすると、人家が多いところはバスが便利で、そうでないところはこの鉄道だけが頼りなのだろうか。
ベランガからまた少し山に入るが、これまでよりはずっとなだらかな風景が続く。次のオス・デ・アネロ(Hoz de Anero)は、2面3線の少し大きな駅だ。たまたま停車した窓の外に、ここから3駅先のオレホ(Orejo)まで、333万4665ユーロ61セントを投資して、路線を更新強化する工事をするといった記載のある看板が出ていた。こう言っては失礼ながら、どちらかというと大雑把な国民性だと思うのに、61セントという細かな数字まで、どうやって計算したのかと思う。だが良く見ると下に、2000-2007と書いてあるので、工事はもう終わっていて、数字は結果なのであろうか。工事をした割には本数が増えたわけでもない。乗り心地も特にそこまでと変わらなかった。
オス・デ・アネロで見た路線更新工事の看板 | 分岐駅であるオレホ駅 |
その路線強化区間の終わりがオレホで、ここは、リエルガネス(Liérganes)という所までの盲腸支線が分岐する駅である。支線といっても、あちらの方はサンタンデールからの近郊区間であり、終点まで本数も多い。そういう分岐駅であるが、オレホ自体は閑散として所で、乗客も1名しか乗ってこなかった。
よって、オレホからサンタンデールまでは、近郊電車が頻繁に走る区間になる。そのため、長距離のこの気動車列車は快速となる。ビルバオ側と同じ扱いである。といっても、通過駅は2つしかない。しかも近郊区間とは言ってもまだ単線である。そのため、次のエラス(Heras)で列車交換のため5分停車する。この列車の全区間でヒバハに次いで長い停車時間である。少し遅れてやってきた交換列車は、3輌の、前面が食パンのような風貌の、ちょっと個性的な顔つきの電車であった。エラスは古く痛んだ駅舎もあれば、都市近郊の駅として駅前が整備されているという、新旧交じり合った所であった。
古い駅舎が閉鎖されているエラス駅 | エラス駅前は小綺麗に整備されていた |
エラスを出ると、近郊電車専用の駅を2つ通過する。その最初の通過駅はサン・サルバドル(San Salvador)という駅名で、これは中米エルサルバドルの首都と同名で、スペルも全く同じである。
いつの間にか線路は複線となっている。次の停車駅、アスティジェロ(Astillero)の手前で右手に海が見えた。完全に海岸沿いの低地の風景となった。左側は湿地で、小さな池の向こうに近代的なアパートが見える。まさに中都市の近郊という感じだ。駅も、日本の都市近郊私鉄の駅と似た雰囲気である。
アスティジェロ駅付近のアパート群 | 高速道路が並ぶマリアーニョ駅 |
近郊電車区間に入ってからは、乗降ともほとんどない。もう朝も11時近いので、半端な時間だからだろうが、この鉄道、朝夕はこのあたりの住民にどれほど使われているのだろう。右手に高速道路が近づいてくる。あちらも交通量が多いというほどではないが、それでも車やトラックが行き交い、列車を追い抜いていく。
街はずれのヌエバ・モンターニャ駅 | 下車客もいたバルデシージャ駅 |
そんな所から、少々殺風景な工場や倉庫の多いところも通り、最後の停車駅、バルデシージャ(Valdecilla)に停まる。ここで初めて、まとまった数の下車客がある。そういえばカンタブリアに入って以来、各駅で少しずつ乗車があって段々客が増えていったが、途中で降りた客はほとんど見ていない。ここバルデシージャはもうサンタンデールの中心にも近い。並んでレンフェの駅もある。そして最後の一駅は、規模の大きなレンフェの線路とほぼ並行して走る。途中、数分遅れが続いていたが、いつの間にかほぼ取り戻していて、時刻表より1分遅れの11時ちょうど、サンタンデールの7番線へと列車は滑り込んだ。
カンタブリア州都サンタンデール市街地の風景 |
カンタブリア州都であり、最大の都市でもあるサンタンデールは、人口約18万の港町である。スペイン北海岸を代表する都市の一つで、空港もある。しかし多くのヨーロッパ人は、サンタンデールと聞けば、まず銀行を連想する。名前の通り、この街を発祥とし、世界的に大きく広がった銀行である。たまたま、と言っては悪いかもしれないが、そういう銀行が生まれた街であり、今も本店がここにあるそうだが、だからといって、サンタンデール全体が金融都市というわけではない。
3時間近い長閑な鉄道旅行を楽しませてもらった、我が狭軌鉄道のサンタンデール駅は、モダンで小ぢんまりした駅であった。ビルバオのような重厚さはないが、その分、どちらかというと、日本の私鉄のターミナルに近い。
駅前は市の中心部からは少し離れているが、隣にRenfeの駅が並び、道路を渡ればバスターミナルになっているという、サンタンデールの交通の中心となっていた。
駅から市街地は、徒歩10分弱である。駅のすぐ北側が丘なので、車と歩行者共用のトンネルがある。海沿いに行っても市街地に行けるが、トンネルを歩く人も多い。
市街地は人も多く、活気があった。10階建て前後の中層ビルが多く、ビジネス、観光、商業のバランスが取れている都市という印象である。
そして海辺へ行けば、大きな船も停泊している。そう、ここは北スペイン有数の港町でもある。遠くイギリスのプリマスとポーツマスへ、フェリーが出ている街でもある。イギリスまでの所要時間は24時間前後。これを遠いと感じるか、案外速いと感じるか、遅いか速いか見当もつかないか、人それぞれだと思うが、かつて、イギリスとスペインというのは、結構遠いイメージがあったと思う。ドーバー海峡を越えて、列車で行くとしても、高速鉄道が発達した今日でも、やはり丸一日かかる。もちろん格安航空会社が発達した今日では、ほとんどの人が気軽に飛行機で、そして文字通り格安で訪れている。だがそんな時代でも、丸一日を要する長距離フェリーが運航されている。ここはまだ、それが見られるという、段々と貴重になりつつある港町の一つなのである。
サンタンデール駅に到着 | サンタンデール駅の自動改札 |
駅に関しては、地方都市の小ターミナルという感じではあるが、ビルバオ・コンコルディアに比べれば発着本数も行き先の種類も多く、日本の都市近郊私鉄のような感じでそこそこ利用されているようであった。
駅構内には古い地図の壁画がある | サンタンデール駅ホームに近郊電車と並ぶ |
モダンな駅のようでも、古い歴史があるようで、良く見ると改札前の壁の上の方には、古い沿線案内の絵図が掲げてあった。私はこれを見た瞬間、大阪の南海汐見橋駅に今も残って掲げてある昭和30年代の古い沿線案内図を思い出した。
それにしても、と思う。ビルバオという十分日帰り圏内の主要都市とを結んでいながら、高速バスに完敗し、通しの利用者がゼロに近いという現状。両端付近で都市近郊輸送に残った使命を見出しながらも、中間の閑散区間も廃止にまではできず、かろうじて3往復を残している。今はそういう路線であるが、壁画の地図を見れば、かつてはそうではなかったことが、十分に偲ばれるのである。
手前がレンフェで左奥がフェーベのサンタンデール駅 | 隣にあるレンフェのサンタンデール駅 |
隣のレンフェの駅にも行ってみた。レンフェはレンフェで、高速鉄道を全土に張り巡らせてきてはいるが、その代償として、それ以外のローカル線や並行在来線をだいぶ整理してしまい、ローカル列車好きの私としては、趣味的には欧州でも一番つまらない鉄道になりつつあると思っている。しかしここサンタンデールは、まだそういった高速鉄道が押し寄せておらず、こちらもフェーベと大差ない、近郊輸送が中心の駅といった雰囲気であった。ちょうど到着した4輌編成の近郊列車からは、身軽ないでたちの乗客がそこそこの人数、降りてきた。