欧州ローカル列車の旅 > 2014年 > スロヴァキア > ズヴォレン〜バルデヨフ (2)
定刻であれば、ヴルッキでの乗り換え時間は16分ある。急ぐ人には若干長く感じるかもしれないが、日本ほどダイヤが正確ではないので、このぐらいが望ましいのであろう。駅前旅行を楽しみたい私の場合は、特に観光名所のなさそうなこういう駅でも、もう少し乗り継ぎ時間が欲しい。しかし実際には6分遅れの13時53分に着いたので、10分しかない。
結局一等車は始終私一人だけだったので、他の車輌が混んでいるのかどうかはわからなかったが、二等車からはそれなりに人が降りてくる。ずいぶん乗っていたんだな、というよりも、ここで乗り換える人がこんなに多いことに驚いてしまった。
ヴルッキに着いた220列車 | ヴルッキ駅前 |
だが、駅前に出ると様子が変である。駅前広場にはバスが何台も停まっていて、バスの窓にジリナ(Žilina)という手書きの札が掲げてある。そして今列車から降りた人が続々と乗り込んでいる。言葉がわからないと、こういう時に困るのだが、これはこことジリナの間がバス代行になっているのは、ほぼ間違いない。とすると、これから私が乗るコシチェ行きは、ジリナの方からやってくるのだが、どうなるのだろうか。
ヴルッキ駅付近の町並み | 行き止まりホームに停車中のローカル気動車 |
中年の駅員がいたので聞いてみた。にこやかでフレンドリーな人である。だが彼は英語を全く解さないようであった。とりあえず、私がコシチェ方面へ行きたいことだけ理解してもらう。すると彼は、自分の腕時計を見せて、時計の外周を指でくるりと一周、なぞって見せる。1時間のことを言っているのかなとは思うが、ここはやはりもっと正確なところを知りたい。すると近くにいた大学生ぐらいの若い男性が寄って来て、コシチェ行きの列車は1時間遅れるということを英語で教えてくれた。
ヴルッキの駅構内には、ズヴォレンにあったような発車時刻の電光掲示板はなかった。ズヴォレンのも最近設置されたのだろう。3年ほど前にジリナに来た時も、主要駅にもかかわらず、そういうものはなかった。スロヴァキアは、こういったものが最近ようやく徐々に設置されつつある段階らしい。最近になって設置された分、機能は多くて、遅れ時刻なども表示される。遅れ時刻は変わることもあるので、鵜呑みにするのはリスクもあるが、一旦遅れ時刻が表示されると、それよりもさらに遅れることの方が多い。しかし駅員や、訳してくれた青年の言う1時間というのは大雑把すぎる。ピッタリ60分とは限らないだろう。こういう場合、駅から遠くへ離れるのはリスクが大きい。さりとてこの駅と駅前だけでは物足りない。こんな時、何となく旅の疲れがどっと出るものである。駅周辺を10分ほど歩き回っただけで、駅へ戻った。
ほどなくして、コシチェ方面から列車がやってきた。機関車に牽かれ、10輌の客車をつないだ堂々たる編成の、長距離列車である。これもここで客を降ろして、ここからジリナ方面へはバス代行になるのかと思って見ていると、普通に客を乗降させて、発車していった。これはコシチェ発ジリナ方面ブラチスラヴァ行きの列車である。どうやらバス代行は一部の列車だけで、この区間が全面運休となっているわけではないらしかった。
ホームにあった使われなくなった洗面台 | 狭いホームに到着する臨時停車のコシチェ行き |
ここヴルッキ駅は、今の日本からはほとんど消えてしまった昔ながらの幹線汽車駅の雰囲気が色濃く残っている。高速新線など無縁の旧態依然たる路線ながら、長距離・長編成の急行列車が結構な頻度で行き交っており、利用者も多い。新幹線開通前の東北本線あたりの駅を彷彿とさせる。こうして列車の発着を見ているだけでも大いに楽しいはずであるが、この時は自分自身の乗る列車が遅れていたので、この先の乗り継ぎの心配が先に立っていた。それでもここに関しては、町歩きよりは駅にいる方が楽しめるかもしれない。
ブラチスラヴァ行きが出た後は、やることもなく、ホームをぶらぶらしながら駅を眺めていたが、やがてさきほどの駅員が、私にも目配せをして、本屋前のホームから一つ線路を跨いだ狭いホームを差し、ここで待てという感じで誘導する。他の乗客も続々とその狭いホームに立ちだした。するとまもなくジリナ方面から客車列車がやってきた。駅員にコシチェかと聞くと、そうだという。停車した列車の各入口にも、確かにコシチェと書いてあるから間違いない。まだ15時35分で、1時間の遅れと言っていたのに、32分しか経っていないではないか。やっぱり駅にいて良かったと思う。
ズヴォレンからヴルッキまでは、一等といえども座席指定ができず、全席自由席であったが、こちらの列車は座席が指定されている。ところが指定された席に行くと、既に別の客が座っているし、席上の表示も私の予約区間になっていない。どちらにしても他に空席がいくつもあったので、空いている席に座った。
発車してしばらくして、その理由がわかった。これは、本来私が乗る予定だった、ヴルッキ15時03分発の、ブラチスラヴァ発コシチェ行きではなく、その少し前を走る、プラハ発コシチェ行きなのであった。本来、ヴルッキは通過なのだが、ダイヤが乱れたため、臨時停車してくれたらしい。
この列車はプラハからコシチェまで、まさに旧チェコスロヴァキアを東西に端から端まで、丸一日かけて走る長距離急行である。私は数年前に、多分この同じ列車だと思うが、チェコ国内で短い区間を乗ったことがある。その時、同じコンパートメントにビジネスマン風の中年男性がいて書類を広げていたのだが、その人はプラハからコシチェまで乗り通すらしかった。この区間にはもちろん飛行機も飛んでいるし、こんな長時間を汽車で行く人が、それもビジネスマン風の人がいるのに驚いたものだった。
右の時刻表は、ジリナから東は全駅を掲載しているが、それ以西はこれらの列車の停車駅のみ記載してある。私がもともと乗る予定だったのが、R607列車であり、実際に乗ったのは、Ex123列車である。そのもう1本前に、何とジリナ発コシチェ行きという長距離鈍行があったので、参考のため一緒に掲載した。日本でも国鉄時代にはこういう幹線の長距離鈍行が結構あったが、今はほぼ壊滅してしまった。スロヴァキアにはまだこんな列車があるのだ。もちろん客車列車だろうし、これに全区間乗ってみたい。時刻表でこういう列車を見つけると、反射的にそんな気持ちになる。
この列車は、列車番号は、Exで始まるので、ズヴォレンから乗った列車と同じ「急行」だが、編成も長いし停車駅も少なく、日本で言うと、昔の在来線幹線の特急に相当しそうだ。本来ならば、ジリナからリプトヴスキ・ミクラシュ(Liptovský Mikuláš)という所まで、約1時間、無停車である。R607は、その間、ヴルッキを含め3駅に停まる。他の2駅にも臨時停車するかと思ったが、それはなかった。というよりも、快走しているのになかなか次の駅に停車しないこともあって、自分が乗っている列車がEx123列車であることに気付いたのである。
自分が乗っている列車がこれだとわかると、次なる関心事は、キサックで乗り継ぐ予定の列車に乗り継げるかどうかである。この後、2本のローカル列車を乗り継いで、バルデヨフまで行くのだが、キサックからプレショフまでは、毎時1本あるので、1本ぐらい遅れても、大きな問題ではない。しかし、プレショフとバルデヨフの間は約2時間に1本の運転である。ヨーロッパの田舎に良くあるように、今日予約してある宿は小さなホテルで、チェックイン時刻は21時までとなっている。2時間後の列車になると、それにも遅れるし、バルデヨフに着く前に日が暮れてしまう。今日のプランを立てるに際しては、バルデヨフ着から逆算して、このルートとこれらの列車を選んだのであって、こんな大きなダイヤの乱れは想定していなかった。
タトリ山脈を遠く眺めるシュトゥルバ付近の車窓 | 車内販売もある快適な旅 |
そんな私の心配をよそに、列車は緑の濃いスロヴァキア北部の山村地帯を快走している。この路線はほぼ全区間、トーマス・クックの時刻表で、景勝路線を表す黄緑色に塗られている。声をあげて驚くほどの絶景はないが、全体的に景観の水準が高い。遠く雪山も見えている。何か飲みながら車窓を眺めて旅をするのに向いた線だなと思う。そう思っていたら、車内販売がやってきた。若い男性の販売員は英語も流暢であった。以前にも経験があるが、どうも東欧は英語のできない駅員や車掌が多い割に、車内販売員は英語が上手、という気がする。
大きく立派なシュトゥルバ駅 | 中核駅の一つ、ポプラト・タトリ |
大きな駅舎を構えた立派なシュトゥルバ(Štrba)に着いた。こちらの本線ホームの上に直角に交差して、支線のホームがあり、意外にもモダンな車輌が停車していた。続いてポプラト・タトリ(Poprad-Tatry)。このあたりの主要駅であり、北スロヴァキアを代表するリゾート地でもあるらしい。この辺はポーランドが南へ張り出してきているので、ポーランド国境に近い。その国境をなすタトリ山脈は、冬はスキーで有名だそうだ。標高の高い高原であり、夏もきっと爽やかなホリデーを過ごせるのだろう。そういった所へ向かって、登山電車のような支線が通じている。今回の旅では、このエリアは最初から通過するつもりで特に下調べもしていなかったが、次回はこの地域の支線に乗って山に分け入ってみたいと思う。
マルゲツァニー駅 |
田舎の景色は変わらないが、突如、煙突などが見え出し、線路が広がってきて、スピードも落ちる。ここが、マルゲツァニー(Margecany)で、鉄道の主要駅だが、この列車は停車しない。バンスカ・ビストリツァからここまで、山の中をローカル線が通じている。全線を通しで走る列車は1本しかなく、あとはローカル列車を乗り継がないといけないという、今回の計画段階で興味をそそられたルートである。この駅がその合流地点である。鉄道ジャンクションとしては主要駅、とものの本に書いてあるが、今はこの幹線にローカル線が合流するだけである。かつてはもっと活気があったのだろうか。いずれにしても、乗継列車がなければ特急が停車しても無意味なような、人家は少ない寂しい所であった。
全体的に景色は素晴らしかったが、少々単調でもあり、特急列車からの車窓観察にも疲れてきた頃、列車は乗換駅のキサックに近づく。ここもまた小さな山間の村のようで、駅が近づいても街が現れるわけではない。しかしコシチェに近く、プレショフという大きな街への路線も分岐するキサックは、マルゲツァニーよりは乗り換え客も多いらしく、ほぼ全ての列車が停車している。
キサックには40分遅れの17時57分に着いた。離れたホームに、それらしき古びた電車が停車していた。
キサックで向こうのホームに古い電車が見える | 駅舎は大きく立派なキサック駅 |
乗り換える予定のリパニー(Lipany)行きは、17時53分発なので、時刻表通りだとすれば4分前に発車してしまっているはずだが、あの電車がそれで、この列車の到着を待っていてくれたのだろうか。このような場合、日本ならば駅員が声を張り上げて乗り換え客を誘導するだろうし、乗客も急いで乗り換えると思うが、ここにはそんな雰囲気はなく、皆のんびりしている。あまりにのんびりしているので、もう接続列車は出てしまったのかとも思っていた。もっとも乗り換えは構内踏切で、楽である。誤乗すると大変なので、立っていた駅員に「プレショフ?」と確認してから乗り込む。他に10人程度の乗り換え客がいたようである。何にせよ、この電車に間に合って良かった。ダイヤ通りであれば、ここキサックは36分という手ごろな乗り換え時間があり、駅周辺を散歩できる筈だったが、仕方ない。間に合っただけでも有難い。
キサックは山に囲まれた小さな集落であった。駅は路線の分岐点でもあり、乗り換え客の方が多く、対して駅の乗降客は少ないように見える。もっともこの列車が着いた時間だからそうみえるだけで、実際はコシチェに近いので、朝夕の通勤通学時間だとまた違うのかもしれないが。
乗り換えた電車はコシチェが始発の、プレショフ方面リパニー行きで、いかにも年季の入った重々しい5輌編成であった。中も特にリニューアルされておらず、古さがにじみ出ている。最後尾は駆け込みの乗り換え客で混むかなと思い、真ん中の3輌目まで行って乗ってみた。ガラガラに空いていた。
乗ってきた列車がコシチェに向けて出て行く | 年季の入った電車内 |
キサックからプレショフまでは、僅か17キロで、途中駅が6つもあるので、平均駅間距離は2.5キロ程度と、短い。そこを23分かけて走る。コシチェの都市近郊区間という感じであり、コシチェからプレショフまでは、日中1時間に1本の等時隔運転が実現している。割と本数がある区間だが、単線であった。
最初の駅オビソヴチェ付近の車窓 | ローカルな乗客が数名乗り降りするオビソヴチェ |
汗ばむような初夏の夕方だから、窓が大きく開いている。最近は洋の東西を問わず、鈍行ですら窓が開かない車輌が増えてきたが、これは昔ながらの窓が大きく開く車輌なので、走り出すと風がビュンビュンと入ってくる。走行音も大きいが、モーターの音は静かだ。大きいのがブレーキの音で、ものすごい金属音がする。他の乗客が耳を押さえて顔をしかめていたほどである。私は、沿線の雰囲気ともども、伊那谷を走る飯田線の旧型電車の頃を思い出した。
駅に停まると降りる客が手でドアを押し開ける。力も必要である。そして危なっかしいデッキの階段を使ってホームへ降りる。車掌もホームへ出て、乗降客の確認が済むと手を大きく挙げて発車合図を出す。窓から乗り出していた運転手がそれを確認する。発車すると車掌が回ってきて、乗ってきた客に切符を売る。
立派な駅舎のある有人駅 | 単線でホームだけの無人駅 |
単線の駅は無人で、交換設備のある駅には駅員がいた。各駅とも農村地帯に人家が点々とあるような、穏やかで素朴な風景で、強い印象はないが、地方都市近郊の長閑なローカル電車、という言葉がピッタリの、鉄道旅行の味わい深いひとときであった。
豊かそうな住宅が並ぶ小駅の車窓 | プレショフが近づくと景色が変わる |
それでもプレショフが近づくと人家が増え、工場の煙突なども現れる。プレショフは、コシチェに近いが、スロヴァキアの北東部一帯を占めるプレショフ県の県庁所在地でもあり、同県最大の都市でもある。幹線の途中駅キサックは構内踏切と東欧に多い狭いホームが並んでいたが、ここプレショフは、高くて幅も広いホームがあり、ホーム間や駅舎との間も地下道がある。県庁所在地の面目躍如といったところであろうか。